So-net無料ブログ作成
インタビュー ブログトップ
前の20件 | 次の20件

竹川美子(日本クラウン) 「三年椿」 作詞家松井由利夫の遺作 詩情豊かな15周年記念曲 22日には東京でコンサートも [インタビュー]

竹川美子2.jpg◆デビュー15年になる 日本クラウンの歌手、竹川美子が、2019年3月22日、東京・渋谷区文化総合センター大和田・伝承ホールで開く初のホールコンサート「美子と仲間達」で、同6日にリリースした新曲「三年椿」と共に落語家、古今亭志ん五から指導を受ける落語も披露する。新曲は23枚目のシングルで、初めて故・松井由利夫の詞を歌う。「レトロな昭和の情景が浮かんでくる」(竹川)という作品。恩師叶弦大が曲を書いている。


竹川美子・三年椿.jpg









 15周年を記念したコンサート「美子と仲間達」は、生バンドで「三年椿」やデビュー曲で代表曲の「江釣子のおんな」などオリジナル曲10曲余を歌うほか、民謡のメドレー、三味線による弾き語りも盛り込む。
 同時に見せ場の1つが、5分程度の落語の披露。出し物は「初天神」で、息子と父親のコミカルなやり取りを語る。同門の長谷川真吾、知里、六本木ヒロシも共演する。広島からは両親も応援に駆けつけるという。

竹川美子・落語.jpg
落語を披露する竹川=歌う王冠ライブで(2019.3.15)

 幸せ薄い女の切なさを歌い続ける竹川美子が今月6日に出したばかりの「三年椿」は、男性と別れて3年ぶりにふる里に帰った女性が主人公。捨て切れない想いを振り切ろうとする健気な女性を歌う。演歌好きにはたまらない<演歌の王道>を行く作品である。松井由利夫の美しい詞が情景を引き立てる。

 松井が生前、叶に預けていた詞に、竹川の15周年記念曲にと、今回、叶が曲を書いた。
 「美空ひばりさんのように、どっしりと大きく歌いなさい。さらに最後の2行はつぶやくように、島倉千代子さんっぽく可憐さを出して、と叶先生から注文されて驚きました。結局はレコーディングでは竹川美子っぽくなってしまいましたが」

竹川美子3.jpg
大きく可憐に「三年椿」を歌う

 大物歌手を手本に、と言われた竹川だったが「覚えやすいメロディーだけに、歌いやすいのでは・・・。最初に大きく歌うと、あとはスッーと入っていけます」と、歌う際のポイントも説明してくれた。


 カップリングの「いのちの鎖」も、松井由利夫作詞、叶弦大作曲、そして編曲は蔦将包である。やっと巡り合えた幸せな作品を歌う竹川は「詞を読んで涙がポロポロと出てきたんです。こんな事って初めて。分かりやすい詞で、簡単に歌の世界に入っていけました」と、ようやく笑顔で歌える楽曲をもらって嬉しそうであった。

竹川美子.jpg

 彼女はデビュー曲の「江釣子のおんな」以来、決して結ばれない恋に苦しむ女性をずっと歌ってきた。本人もきっとそうだろうと、聴くものを錯覚させてしまうかのように。
 そうした想いは「三年椿」でも十分に感じられるのだが、真逆に「いのちの鎖」はイントロの鐘の音が表すように、幸せいっぱいに包まれた作品なのである。その歌は、15年のキャリアと心境の変化が、彼女に自信を持たせた結果でもあるようだ。


 そんな竹川は15周年を迎えられたことの喜びを「皆さんへの感謝の気持ちを大切に、1歩1歩前進して歌の財産を増やして、お見せできるようにしたいです」と、話していた。






[竹川美子 オフィシャルサイト]
http://www.havmercy.co.jp/takegawa/pg313.html
[竹川美子 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/takegawa/whats.html









nice!(5) 
共通テーマ:音楽

真木ことみ(日本クラウン)   「恋散らしの雨 / あたたかい雨」  ふたつの雨が見せる切ない女性のドラマ [インタビュー]

真木ことみ2.jpg◆日本クラウンの歌手、真木ことみが2019年2月6日にリリースした新曲「恋ちらしの雨」は、カップリング曲「あたたかい雨」とともに、雨がキーワードである。発売日には東京・中野のCDショップで歌唱キャンペーンを行ったが、偶然にも空は雨模様。2曲とも雨がが重要な意味を持っているだけに、さい先のいいスタートであった。1ヶ月たった3月11日付けのオリコン演歌チャートでも16位にランキングされているなど、好調な売れ行きを見せている。










真木ことみ・恋散らしの雨.jpg 恋散らしー。聞き慣れない言葉だった。しとしとと静かに降る雨が、花びらを散らせていく光景に、恋の終わりを重ねている。真木は「まるで絵でも見ているかのような、日本の美しい情景を感じさせてくれます」と説明している。

 作詞は麻こよみ、作曲は徳久広司。この売れっ子コンビによる作品は、真木にとっては2作目になる。

 1番から3番まで、ラスト近くで 〈雨 雨 雨 雨 〉と雨が4つも続く。感情が高まるところでもある。「すべて違う雨を表現しており、最初は強く、次は弱く、再び強く、最後は色っぽくといった具合に表現を微妙に変えています」
 これはあくまでも真木の解釈による表現であり、正解はないという。
 「歌う方の気分で表現を変えてみてもいいですね」

 真木の声は太く「女性の優しさを表現するのは苦手」と自身で告白しているが、今作の「恋散らしの雨」では「徳久先生のメロディーによって角が取れて、優しさや柔らかさを表現できたように思えます。素の自分も出すことができました」と、レコーディングも短い時間で終えている。

 真木の「スッとレコーディングが終わると、歌い手としてはもっと違う表現ができるんじゃないかと思うんですよね」の言葉は、やはり歌い手であることを感じさせる。、


■心を癒す雨

 カップリング曲は「あたたかい雨」。バラード調の歌謡曲である。やはり雨がキーワードになっている。作詞は真木のマネージャーである浦千鶴子。真木に提供するのは3作目になる。作曲は鳥羽一郎の子息でシンガーソングライターの木村竜蔵で、真木にはこれが初めての作品になる。

真木ことみ.jpg

 「切ない歌なんだけど、不安なことや苦しみも、貴方と一緒ならば幸せに思えるでしょうといった歌なのです。癒されるメロディーで、繰り返し聴きたくなる楽曲です」

 演歌だとコブシや感情が入ってしまいがちだが、この作品では「それを入れないで歌うのがポイント」のようでもある。

 この歌の雨はタイトルの通りに、心を温かくしてくれる。一方のメイン曲の「恋散らしーー」では冷たい雨がしとしとと降るといった、2つは対照的な雨を表現している。






[真木ことみ オフィシャルサイト]
https://ameblo.jp/maki-kotomi/
[真木ことみ 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/maki/whats.html







nice!(5) 
共通テーマ:音楽

長保有紀(日本クラウン) 「つよがり」 馴染みやすい3連のブルース演歌 メイン曲2作目の自作詞 [インタビュー]

長保有紀.jpg◆日本クラウンの歌手、長保有紀が2019年2月6日に出した新曲「つよがりは」は、メイン曲とカップリング曲のいずれも彼女自身が「はずき」のペンネームで詞を書いたものである。作曲はシンガーソングライターの美樹克彦。はずきは長保の生まれ月である8月から取った、旧暦の8月の名称。タイトルは詞が書きあがった当初、もっと演歌っぽいものだったが、あれこれ変更して今のものに落ち着いた。カップリングの「虹の橋から」はペットの目線で書いた、これもはずき作品である。


長保有紀・つよがり.jpg









 長保が「歌詞は演歌だけど、3連のメロディーがお洒落」という「つよがり」は、語るような口調で歌うブルース演歌。まだ演歌という言葉がなく、流行歌と呼ばれていた時代から歌に馴染んできた彼女が歌いたかったのは、こんな作品なのではと思わせる。

 彼女はかれこれ20年以上も、着物に不倫ものと言った演歌を歌ってきた。「長かった。歌は世につれ世は歌につれ、と言いますが、今の演歌は決して世に連れていないよう思うんです」
 と長保が指摘するように、今、歌を聴き、歌う人たちの好みと離れて過ぎている。そこに投じられたのが「つよがり」だった。

 書き上げた詞に付けたタイトルは、曲が付くと「どうもしっくりとこなかった」(長保)ことから、変更することになる。曲調は演歌ではなく、かつての歌謡曲だったからである。色々考えた挙句、浮かび上がったのが、今の「つよがり」であった。


 ところが「歌詞の中には<強がる>といった言葉は出てくるが、タイトルの『つよがり』はまったく出てこないんですよ」と笑う。
 3番にある ♪ 無理に笑えば 尚つらい 〜 が強がりな主人公を連想させるのだが、タイトルも作品の重要な1部であり、設定は難しい。

 メイン曲を長保自身が作詞したのは、「露の花」(2017年)に次いで、これが2作目であるが、作詞家としての長保のキャリアは20年以上にもなる。これまではアルバム収録曲やカップリング曲が専らであった。
 新曲の表題曲となった「つよがり」は美樹が曲を担当した。長保と1年前に千葉での仕事で出会ったことがきっかけとなって実現した。

長保有紀2.jpg

 カップリング曲の「虹の橋から」は、長保が3年ほど温めていた作品である。詞はペットの犬や猫の目線で書かれている。
 タイトルの虹の橋は、亡くなったペットが行く架空の場所で、ペットを飼う人たちの間では広く知られている。飼い主が亡くなると、この橋で再会して、一緒に虹の橋を渡って天国に行くのだと伝えられている。

 長保自身も犬を2匹、猫を1匹を飼う、彼らにとっては<お母さん>なのである。すでに何匹もペットを見送っており、作品では、そうしたペットたちが<飼い主がいつまでも涙を流してはいないか>と、虹の橋で心配している姿を歌う。
 「私と同じように犬猫を家族同様に飼っている人たちに聴いてほしい1曲です。キャンペーンなどで歌うと、動物好きの人の中にはこの歌で救われた、と涙する人もいます」

 長保にとってはメイン曲にも増して自信をみせる1曲である。





[長保有紀 オフィシャルサイト]
https://ameblo.jp/nagahoyuki/
[長保有紀 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/nagaho/whats.html







nice!(5) 
共通テーマ:音楽

レーモンド松屋(ユニバーサルミュージック) 「クラブジェールのママ」 4曲入りデラックスシングル 人気のフォークロック系歌謡曲 [インタビュー]

レーモンド松屋2.jpg◆ユニバーサルミュージックの歌手、レーモンド松屋「クラブジェールのママ」(2018年10月24日リリース)は4曲入り。表題曲とカップリングの「大切なもの」と共に新曲だが、これと同時に収録されたのはライブで人気の高い「サンセットラブ」「ローリングストーン」は、共に初めてCD化したというデラックスなシングルである。当初は初めてのミニアルバムを考えていたというが、アルバムなら添付されない譜面を付けてのファンサービスが好評だ。



レーモンド松屋・クラブジェールのママ.jpg










 まずタイトルを思いついたんですー。
 レーモンド松屋は前作から自らを<大人の恋の吟遊詩人>を名乗るシンガーソングライターであり、今作も収録曲4作すべてを彼が作詞・作曲を行なっている。
 クラブシェールのママの虜になってもう2年、もうそろそろ1人占めさせてほしい ー 。メイン曲の「クラブシェールのママ」で、主人公は呟く。

 歌詞はお洒落なクラブを思わせる。
 さぞかしレーモンドもクラブ通いを、と思いきや・・・。
 「クラブという所へは松山で2度行ったきりですが、その時のイメージが(曲作りに)役に立っています。皆さんが遊びに行かれるクラブのママさんをイメージして歌ってもらえると良いんじゃないのかな」
 登場するクラブもママも架空のものだという。

レーモンド松屋.jpg

 自ら感じたこと、インスピレーションを大切にしたインパクトある曲作りは今も昔も同じである。
 1番に登場するのは和服姿のママ、2番にはドレスである。それぞれ違ったママをイメージして物語の面白さを演出する。
 「楽しく歌える歌です。歌全体が色っぽくて、ライブで歌うと皆さんも楽しんでくれていて、いい感じです」

 レーモンドの中にはベンチャーズ、フォーク、ニューミュージック、さらにはロックもあれば演歌もある。
 「僕の体の中にはこれらさまざまな音楽のエッセンスが詰まっている」
 かつての映画の看板をイメージして描いてもらった、というジャケットは、自分と同じ世代の人たちが歌いたい曲作りの象徴のようでもある。彼のインディーズ時代から一貫した音楽に向き合う姿勢に変わりはない。

■心のままに旅する

 カップリングの「大切なもの」は、1昨年末から約40日間の入院生活を経験して、人生にとって最も大切なことを考えさせられた自身の心の想いを書いた。
 2番の歌詞 ♪ がむしゃらに生きてみても 見えない物もある 〜
 は、ゆっくりと心のままに生きるのもいいのかな、と60代を転機に考えを改めた自分を表している。

 レーモンドらしい1曲である。





[レーモンド松屋 オフィシャルサイト]
http://raymondm.com/
[レーモンド松屋 ユニバーサルミュージック]
https://www.universal-music.co.jp/raymond-matsuya/







nice!(5) 
共通テーマ:音楽

水城なつみ(キングレコード)  好スタート、8枚目シングル「みちのく恋唄」  5月にはバンジージャンプも [インタビュー]

水城なつみ.jpg◆キングレコードの歌手、水城なつみが2019年2月27日に出したデビュー8枚目のシングル「みちのく恋唄」が、同3月11日付けのオリコン演歌チャートで3位にランキングされた。前作の4位から1ランク上げて、自身初の高ランクでのスタートとなった。新曲のキーワードは南部風鈴。チリリンリン と鳴る澄み渡る音色が悲しい歌の世界を作り上げている。デビュー記念日の5月にはバンジージャンプに挑戦するバスツアーも計画している。


水城なつみ・みちのく恋唄.jpg









 風鈴や雨といった<音風景>を感じながら歌い進める。一気に感情が高まってくるのが、5行目の ♪ 南部 南部風鈴 チリリンリン・・・ 〜 だろう。
 透き通った南部風鈴の音が、聴くものに寂しさを感じさせる悲しい歌である。しかし水城は、決して主人公に成り切って涙を溜めることなく、笑顔でこれを歌う。この方が「聴く人に歌のストーリーを想い浮かべてもらいやすい」(水城)からだという。

 万城たかしの詞は、好きな人との心の距離は離れてしまったけれども、風鈴の音色は今もj変わりなく、きれいな調べを奏でている。それが尚更に悲しみを募らせるのである。
 18歳でデビューして7年、25歳になろうとしている水城も、そうした大人の女性の心の内を表現できるようになってきた。

 「サビの部分は、最初の南部 〜 で引きつけて、チリリンリン・・・で可愛らしさを出して、バランスを取っています」

水城なつみ2.jpg

 一方、カップリングの「はちきん祭り歌」は、メイン曲とは一転して、元気いっぱいな作品である。水城自身が高校まで、祭りで神輿を担いでいたというほどで、本来の水城は<はちきん>なのである。嫌なことがあっても切り替えも早く、何事につけて元気いっぱいな性格。日頃、歌っている健気な女性は「演歌で教えてもらった」というほど。

■女性演歌で初(!?)のクレー射撃

 彼女のはちきんぶりは、こんなところにも見られる。
 デビュー記念日の5月22日には、念願のバンジージャンプに挑戦するというのである。ファンと一緒に行くバスツアーで、茨城県常陸太田市の竜神峡に架かる竜神大吊橋から、100メートルを落下するという。ツアーではまた、自身のアルバムに収録している「納豆音頭」にちなんで、同県内の納豆工場も見学する。

水城なつみ3.jpg

 ステージでは<あがり症>などと公言しているものの、実際にはかなりのアクティブ女子なのである。去年5月には殺陣師集団、菊地剣友会の指導を受けて、時代劇の舞台で2ステージをこなしているし、
 さらに同12月には、長年趣味で狩猟をしている祖父の影響もあって、クレー射撃の免許を取っている。約8キロあるという銃を構えての射撃。翌日は筋肉痛に悩まされるため、目下、ダンベルで鍛えているところである。

 なんとも頼もしい演歌歌手である。
 今年4月6日には、仲良しの歌手仲間、中西りえ(日本クラウン)徳永ゆうき(ユンバーサルミュージック)と3人でライブ「花よりだんご 良い子 悪い子 普通の子」を、去年に続いてJR東京駅前のライブハウス、ヒットスタジオトウキョウで開く。
 仕事においてもアクティブに動いている。





[水城なつみ オフィシャルサイト]
http://www.mizuki-natumi.com/
[水城なつみ キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=44259








nice!(4) 
共通テーマ:音楽

二見颯一(日本クラウン) きょう「哀愁峠」で歌手デビュー 20歳大学2回生 目標は三橋美智也 [インタビュー]

二見颯一1.jpg◆指導を受けていたボイストレーニングの先生が、本人に内緒で応募した新人歌手のオーディションでグランプリを取ってしまった。2017年に行われた日本クラウンの演歌・歌謡曲新人歌手オーディションで、最終選考に残った20人の中から選ばれ、2019年3月6日、「哀愁峠」(作詞・たきのえいじ、作曲・水森英夫、編曲・石倉重信)でデビューした二見颯一(ふたみ そういち)である。三橋美智也が大好きで5歳から民謡を、中学に入ってからは演歌を習ってきた。東京の大学に進学して、将来は「地元の県庁に勤めたい」と考えていたが、まさかのプロ歌手の道への転身である。


二見颯一・哀愁峠.jpg









 宮崎県国富町生まれの二見颯一は、幼い頃からゴーヤやニラなどを作る両親の畑仕事を手伝いながら、ラジオから流れてくる民謡や演歌・歌謡曲を聴いて育った。5歳から習い始めた民謡では、中学1年で民謡民舞少年少女全国大会中学生の部で優勝、高校2年になると正調刈干切唄全国大会男性の部でも優勝するなど、徐々に力を付けていった。

 高校を卒業して18歳で上京した時には、取り立てて歌手になろうとは思いもしなかった。合格した日本大学で法律の勉強をして、卒業後は地元宮崎に帰り「県庁に勤めて定年後は後は民謡・歌謡教室を」と、ごくごく平凡な人生設計をなんとなく描いていた。
 それがボイストレーニングの先生によって一変してしまった。

 自分の知らないところでオーディションの1次審査を通過してしまったからである。大学1回生の時であった。それを知らされた二見は、迷うことなく出場することを承諾している。両親も彼が子供の頃から「歌手としてデビューさせたかった」というほど、息子の歌には自信を持っていたようだ。
 それでも彼自身、グランプリをもらった時には「ただただビックリでした」と、信じられなかったようである。

■1文字1文字を大切に歌う

二見颯一2.jpg デビュー曲「哀愁峠」は、♪ 帰りたい帰りたい 〜 から最後の2行が、歌っていてとても感情が入るところ。所謂<サビ>と言われる部分である。二見の特徴とされる高音を存分に表したところなのだ。
水森英夫は彼に、前半は民謡の歌い方を、♪ 日向 〜 から歌いじりまでは反対に出来るだけ演歌っぽく、と指導している。
 「その歌い方によって、非常にメリハリが付いて、歌いやすくなっています」と二見。

 二見を水森に紹介したのは、オーディションを受けさせた、水森とも親交があり、宮崎でボイストレーニングを指導した人物であった。

 上京し師事した作曲家、水森の元で三橋美智也、三波春夫や民謡の大先輩である成世昌平など幾人もの歌の勉強を重ねた。
 水森からは「この文字はこのように歌う、といった具合に、歌詞1文字1文字を大切にした歌い方を教わりました」と二見。
 民謡という彼の持ち味を生かしてつくられたというデビュー曲では、低音から高音まで音域が広いため「力を抜いて歌うように」といった水森の教えを守る。

 三橋美智也を思わせような高音の響き渡る声は、かつて民謡の先生から「やまびこが返ってくるように歌いなさい」と教えられた通りに、畑仕事を手伝うかたわら、広い畑で歌って鍛えたもの。レコード会社が名付けた彼のキャッチフレーズも、そのものズバリ〈やまびこボイス〉

 目指す歌手はもちろん三橋美智也である。
 「民謡はもちろん演歌やCMソング、テレビドラマの主題歌などと色んな分野で歌い、沢山の人に愛された三橋さんのように、さまざまなジャンルを歌っていきたい」

二見颯一・絵.jpg
子供の頃から大好きだった絵を描くことは今も続けている

 その二見は「歌手になることは出来ましたが、これからは沢山の人に知ってもらうことが大切で、頑張ります」と意欲を見せる。
 デビュー日には大阪市内で開かれた歌謡ショーに出演した。中学・高校時代にNHKホールや国技館で開かれた民謡全国大会で歌った経験もあり、度胸は座っている。
 本名は二見颯。芸名は(二見)颯一。1番になるように、といった思いが込められているかのようである。





[二見颯一 オフィシャルサイト]
https://ameblo.jp/futamisoichi1026/
[二見颯一 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/futami/whats.html








nice!(5) 
共通テーマ:音楽

北川裕二(キングレコード)  「やめとくれ ?」  新路線のスローバラード演歌  くせになる1曲 [インタビュー]

北川裕二.jpg◆キングレコードの歌手、北川裕二が2019年1月に出した「やめとくれ ?」は、スローバラード演歌と呼ぶ新しいジャンルの1曲である。6年前、彼に転機をもたらすことになった大衆演歌を歌わせた、キングレコードの中田信也ディレクターが新人ディレクターと共同で制作したものだった。「三振するかホームランになるか」といった実験的な作品だが、もちろん本人は「ホームランにしてみせます。クセになる1曲です」と意欲満々である。










 「楽しんで歌おう」といったコンセプトで生まれたのが「やめとくれ ?」だった。女性の強がりを歌った女歌である。当初は別の楽曲がメイン曲の候補に上がっていたが、次作のメインに回された。
 大衆演歌の第1弾となった「女のみれん」(2013年)が作られた6年前、実は5作品が一緒に制作されていた。その1作が今作のカップリング曲「おれの道づれ」であった。幸せ演歌で「結婚式でも歌えます」と北川。

北川裕二・やめとくれ!!.jpg ここ6年ほど<ド演歌>を歌ってきた北川にとって、今作のスローバラード演歌は畑違いのようにも思えた。事実、制作陣の中にも「北川に合うのかな」といった疑問もあった。が、そうした懸念に反して北川は、かつて仲間とバンド活動をしていただけあって「このジャンルは大好きなんです」と自信をみせる。

 「歌詞を読むと確かに結構暗いですね。暗い歌を暗く歌うんじゃなくて、楽しく歌っていますよ。しかも上手く歌おうとせずに、リズムに乗って歌うといいですね。最後は希望も持てる内容の詞になっています」

 シングル「やめとくれ ?」と同時に、カバーアルバム「歌匠 弦哲也を歌う」を発売している。「北の旅人」「天城越え」など、いずれも師匠で作曲家の弦哲也の作品ばかり13曲を収録している。スタッフが選んだ20曲の中から北川自身が選曲した。
 その中の都はるみの「千年の古都」は、北川が初めて歌ったという楽曲だった。「都はるみさんのイメージも損なわないように歌うのも難しかった」

 美空ひばりが歌った「裏窓」にも挑戦している。この歌詞には ♪ ひとりぽっちの わたしのために ? の1節がある。「そこを<ひとりぼっち>と歌ってしまったんです。間違えて覚えていたんですね。録り直すことになりました」

 全曲がカバー曲のアルバムは初めての体験だった。
 「メロディーラインは先生のものですから苦労はありませんでしたが、いずれも大先輩が歌った歌ですから緊張しました」
 35年選手の北川にしても、気が抜けない作品だったようである。

■3度目のカラオケ大会

 「やめとくれ ?」のカラオケ大会も行う。CDに封入されている応募券と一緒に、同曲の歌唱音源をキングレコードに送って事前審査を通過すると、2019年5月15日に同社関口台スタジオで行われるカラオケ大会に出場できる。
 さらにアルバム「歌匠 弦哲也を歌う」に封入されたレコーディング参加応募券を送ると、同スタジオで今秋に予定されている北川の新曲レコーディングのコーラス隊に抽選で20人を招待する。

北川裕二2.jpg

 北川がカラオケ大会を開くのは、2001年の「男のまごころ」16年の「泣いて大阪」に次いで3度目。


 去年から始まったデビュー35周年が今年4月で終わる。それを記念して全国で行ってきたディナーショーも、今日3月3日の札幌、4月29日の東京会場で幕を閉じる。
 36年目に向けては「少しでも早くヒット曲を出して先生(弦哲也)に報告したい。今はそれに向けて全力投球するだけです」と、喉の健康にいいというお気に入りのカリン酒を飲んで張り切る。





[北川裕二 オフィシャルサイト]
http://www.kitagawa-yuji.com/
[北川裕二 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=10436







nice!(6) 
共通テーマ:音楽

椎名佐千子(キングレコード) 「漁火(いさりび)街道」  失った恋を探しに今度は福井・越前町をただひとり行く [インタビュー]

椎名佐千子.jpg「漁火街道」。キングレコードの歌手、椎名佐千子が2019年1月1日にリリースした20枚目のシングルである。前作の京都府舞鶴市を舞台にした「舞鶴おんな雨」から、今度は隣の福井県越前町の越前海岸沿いを走る漁火街道と呼ばれる所が舞台。も一度逢えますか、と叫んでみても、声は日本海の荒波にかき消されて愛しい人には届かない。まるで手の届かない遠くに見える漁火のように・・・切ない恋歌である。きょう3月2日には、福井・越前町で初披露する。



椎名佐千子・漁火街道.jpg









 女性のはかなげで寂しい表情を映したかのような越前の海が、歌と重なってくる。椎名は前作の3年前には「哀愁・・・日本海」を歌っており、日本海はもう馴染みである。その荒波はまるで、戻らぬ人を想う胸の痛みのゆうでもある。
 同じ日本海でも「前作はスケール感があった」(椎名)が、今作のそれは歌詞にも出てくる、風と波の浸食によって出来た洞穴・呼鳥門のように、主人公の心のうちを表すかのようである。

椎名佐千子2.jpg 発売後2ヶ月あまりが過ぎた。
 「キャンペーンではキーを設定し直して、男性も良く歌ってくれます」
 椎名ファンの幅広さを示している。
 漁火街道は風光明媚な一方で、その景色は険しさもあってなお一層、歌を引き立てている。
 「歌いどころ、泣かせどころ、聴きどころは1番であれば、やはり ♪ ねぇねぇ あなた 今頃どこにいる 〜 でしょうね」

 その主人公の心情を表す、歌の世界観にグッと入り込めるところである。

 作品ごとに異なる世界観、椎名はそれをどのように自分のものにして表現するのだろうか。
 「イントロが流れると、自然とドラマに入っていけますね。歌っていて気持ちが乗る瞬間があります。観客の反応から感じ取ることもあります。こういう風に歌うと伝わるんだ、と分かってくるんですね。まったく知らない所で歌うのが、とても勉強になります」

 椎名はまだ1度も漁火街道を訪ねたことがない。インターネットで見た写真や動画などでイメージを膨らませて歌う。
 きょう3月2日、越前町観光連盟主催の第6回越前かに感謝祭で開かれる歌謡ショーでは、特別ゲストとして「漁火街道」を披露する。「呼鳥門などを観光する時間が取れると良いのですが。地元の越前かにも食べてみたい」と、初めての越前に関心を示す。

■「俵星玄蕃」にも挑戦中!

 3月18日からは水森かおりの明治座初座長公演に、歌と芝居で出演する。引き続いて5月には大阪・新歌舞伎座に巡回する。椎名にとっても「楽しみにしている」初の試みである。
 それと併行して、今、三波春夫の長女、三波美夕紀から長編歌謡浪曲「俵星玄蕃」を習う。これまで我流で歌ってきたというが「所作や振り付けを含めて、基本から学ぼうと取り組み始めました」と椎名。

 舞台公演も楽しみである。






[椎名佐千子 オフィシャルサイト]
http://shiina-sachiko.jp/
[椎名佐千子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=18032







nice!(5) 
共通テーマ:音楽

中西りえ(日本クラウン) 好スタート 「海峡迷子 / 東京かぐや姫」 4月には水城・徳永とライブ第2弾 [インタビュー]

◆初めての哀愁演歌である新曲「海峡迷子」を2018年12月に出した日本クラウンの歌手、中西りえが、19年4月6日に、同世代の仲良し歌手仲間の水城なつみ(キングレコード)徳永ゆうき(ユニバーサルミュージック)と一緒に、ライブ「花よりだんご 良い子・悪い子・普通の子 〜新年度編〜 」を、JR東京駅前のヒットスタジオトウキョウで行う。去年12月に初めて3人で開いたが、それの好評を受けての第2弾。今回は1970年代にフジテレビ系列で放送された人気バラエティー番組「欽ちゃんのドンとやってみよう!」のオマージュ版になるという。

中西りえ2.jpg


 「演歌っぽくないライブなんですよ」
 中西りえはそう話してくれた。
 確かに前回は初音ミクの「千本桜」まで飛び出したのだから、振り袖で切ない女性を歌う演歌を期待した人は驚きであろう。
 しかもワンピースにリクルートスーツ、それにお揃いのTシャツといった具合に、普段はあまり見ることが出来ない3人のコスチュームも見もの。

花よりだんご.jpg
左から水城なつみ、中西りえ、徳永ゆうき(中西りえのブログ「歌力一直線」から転載)

 観客も20代から70代までといった幅広い年代の人たちが、彼らの歌と寸劇のパフォーマンスを見にやって来た。

 今回のライブの内容は当日のお楽しみだが、事務所も違えばレコード会社もまちまちの3人が話し合って決めている。カラオケボックスに集まったり、会えない時にはLINEで打ち合わせをする。
 「3人の中ではリーダーを作らないで、タメ語で話すことも認めているんです。それでも話が脱線しそうになると、年長の私がコントロールします。ライブでは仲の良い3人の姿を見てほしいです」と中西。

全国踏破してヒットへ

中西りえ・海峡迷子.jpg 中西は2012年に「北海男節」でデビューしている。今年33歳。美空ひばりが好きな一方でアニメが好きでドリームズカムトゥルーや椎名林檎も好きという。
 新曲の「海峡迷子」は8枚目のシングル。今作から初めて、演歌の定番衣装である着物を着た。恋への未練を引きずって最終フェリーで北国を目指す女性を歌う。
 とにかく暗い歌世界だが「3番では明日への希望を感じてもらえます」と笑う。

 「研ナオコさん、ちあきなおみさん、内藤やすこさん、中島みゆきさんの歌世界が好きなんです。だから今回の新曲は、いつかは歌ってみたかった作品なんです」

 デビュー8年目にして、ようやく時機到来といった風である。

 評判も上々のようである。
 「この作品は今までの中で一番、皆さんに歌われているんじゃないでしょうか。難しい歌だけど、歌い過ぎないで語りなさい、とアドバイスを受けました」

 これを是非ともヒットさせるためにも「まだ無名の私を1人でも多くの人に知ってもらいたい」と、全国でキャンペーンなどを展開する。47都道府県全てを踏破するまでにあと4県になっている。





[中西りえ オフィシャルサイト]
http://www.sunnysb.jp/rie/
[中西りえ 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/nakanishi/whats.html







nice!(6) 
共通テーマ:音楽

真咲よう子(日本クラウン) 「恋つばめ」 逢いたさ募らせる恋心と海を渡るつばめと重ねて歌う [インタビュー]

真咲よう子.jpg◆デビュー45年の日本クラウンの歌手、真咲よう子はとにかく明るい人である。アイドルだった10代の頃の雰囲気をそのまま残している。もちろん今はクラウンを代表する演歌歌手である。その明るさゆえか、デビュー前には三波春夫の前歌を務めている。2018年12月に出した新曲は「恋つばめ」。61枚目のシングルである。女性の一途な恋を歌っている。春を感じさせる温かな、ツバメの願いも叶えてくれそうな1曲である。











真咲よう子・恋つばめ.jpg 「恋つばめ」。作詞は大久保輿志雄。作曲と編曲は椿哲也。 ♪ 逢いたくて 逢いたくて いますぐ逢いたくて 〜 と、春を心待ちにするつばめの想いを、真咲はつばめになったかのように、恋しい想いを歌う。

 レコーディングの日、カップリング曲の「白河慕情」とメイン曲が入れ替わった。決して珍しいことではないが、命がけで海を渡って来たつばめと、愛しい男性を追いかける一途な女性の恋を重ねた熱さが、そうさせたのであろう。
 発売から2ヶ月経った2019年2月18日付けのオリコン演歌チャートでも56位にランキングされている。
 「覚えやすいからでしょうか、明るい曲調も相まって皆さんに支持されています」

 カップリングに回った「白河慕情」は、福島県白河市を舞台にした悲恋の歌。かつては相合傘で歩いた南湖のほとりも、今はひとり未練の傘を差して行く。そんなご当地演歌である。

 明るい性格でインタビューの間も、真咲からは笑いが絶えない。彼女にはやはり「恋つばめ」が良く似合う。「慰問で行く老人ホームで課題曲になっている」というのもうなづける。

■趣味は銭湯や郵便局スタンプ集め

真咲よう子3.jpg 「『恋つばめ』の楽曲をもらったのをキッカケに、つばめを研究してみようかしら。つばめの巣も食べてみたいし」
 と笑顔で話す真咲は好奇心旺盛である。


 趣味の銭湯巡りや郵便局のスタンプ集めなど、好きなことには、もう何年も夢中になっている。今までに行った銭湯は東京を中心に650ヶ所にもなる。東京の銭湯ではスタンプを押してもらえる。それを集めるのを真咲は楽しみなのである。ただ仕事で出かける関西などには、そうした銭湯スタンプはないという。

 銭湯通いが高じて5年前には本名の紅谷洋子の名前で、日本銭湯文化協会か行う銭湯検定で銭湯ガイドマイスター2級の資格を取ったほどである。

 郵便局のスタンプ(局印)集めでは、集めたスタンプの数は3000を超える。行った先々の郵便局の窓口で、入出金のたびに貯金通帳に押してもらえるのが局印である。子供の頃は切手蒐集だったが、今はこの局印を集めるのが趣味になった。

■三波春夫のおやつ代が郵貯スタンプに

 局印を集め始めて40年にもなるというから、始めたのはまだ「女のみれん」(1981年)で演歌歌手として日本クラウンからデビューする以前である。
 真咲の歌手デビューは1973年、紅谷洋子の名前でビクターからアイドルとしてスタートしている。「恋は1/2」など2枚のレコードを出しているが、アイドルとしての活動は約2年間だった。

真咲よう子2.jpg

 アイドルの仕事がなくなると、スケジュール帳は真っ白だった。ビクターから薦められて三波春夫の前歌歌手のオーディションを受けた。この時に歌ったのが、後に日本クラウンからのデビュー曲になる「女のみれん」だった。
 それに合格した真咲はその後、三波春夫やフランク永井、村田英雄の前歌歌手として全国を巡業している。前歌ではもっぱら、堀越学園で同級生だった石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」などを歌っていた。

 前歌で最も長い付き合いとなったのは三波春夫で、郵便局の局印を集めるきっかけも、この時からである。
 「まだ10代の頃でしたが、三波先生は公演期間中は毎日、出演者やスタッフにおやつ代として千円を渡していました。もちろん私ももらっていました。ある年、私の誕生日に<洋子ちゃんへ>と書いて、1万円を頂いたことがありました。それは今も使わずに大事に仕舞っています」

 真咲は毎日、千円をもらうたびに、劇場近くの郵便局へ行って貯金をしていた。今のようにATMなどはないから窓口に通帳と一緒に出すのだが、公演場所が変わるごとに夜行列車で移動するから、その都度新しい局印が増えていった。

■ステージは1枚の絵

 三波春夫から教えられたことは、貯金をすることではなかった。
 「先輩のステージを見て勉強する際は、舞台のソデではなく客席の一番後ろの席から見るのが良い。全体の動きや観客の反応を見ることが出来るからでした」

 多くのことを教えてくれて、優しかった三波春夫の弟子になりたかったが、彼は弟子を取らなかったから、叶わなかった。それでも楽屋では「良く正座をさせられて歴史物語を聞かされました」といい、真咲はきっと三波春夫の心を受け継ぐ歌手のひとりでもあるはずである。






[真咲よう子 オフィシャルサイト]
http://www.crownmusic.co.jp/artist/masaki/wn.html
[真咲よう子 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/masaki/whats.html







nice!(5) 
共通テーマ:音楽

真木柚布子(キングレコード)   「紺屋高尾」デビュー30周年記念曲    ラップで歌う [インタビュー]

真木柚布子2.jpg◆デビュー30周年を迎えているキングレコードの歌手、真木柚布子が、その記念曲で47枚目のシングル「紺屋高尾(こうやたかお)」を2018年11月に出している。花魁の最高位である高尾太夫と、紺屋の染物職人との純愛を描いた浪曲、古典落語の演目として知られる「紺屋高尾」。それをセリフ入りで、しかもラップ調で真木ならではの演歌に仕上げている。2019年10月には東京・渋谷の伝承ホールで30周年を締めくくるコンサートを行う。「紺屋高尾」の歌謡芝居もリストに加わるかもしれない。カップリングの「30年の歌語り」はその名の通り、真木の歌手人生を綴っている。







 花魁姿で初めてジャケット写真に収まった。真っ赤な背景に黒地の着物に花柄。帯は元禄調の結びを再現している。その絵柄は30周年を迎えている表現者、真木柚布子の熱い想いを端的に表すものである。

 「真木らしさを出してみたかった。ファンの皆さんからも目立つよ、と高評価をもらっています。花魁に入り込めますね」

真木柚布子・紺屋高尾.jpg 新曲「紺屋高尾」作詞が久仁京介、作曲が弦哲也、編曲は前田俊明である。
 歌のストーリーは良く知られているが、初めて聴いた人からは「どうしてこんな難しい歌を」と指摘されるが、真木は「今までの紺屋高尾の物語のイメージと異なった、ラップ調のメロディーが、セリフと共に歌を楽しく明るいものへと変えてくれています」と返している。しかも歌はハッピーエンドに終わる。

 一方、カップリング曲「三十年の歌語り」は真木の歌手人生を重ねて、作詞家の中嶋年張が書いた。♪ 拍手一つが嬉しくて 〜 、そんな想いで真木は30年間ずっと歌い続けてきた。辛いこともあったが、♪ 誰が勧めた訳でもないし 好きで歩いた道だから 〜 、と歌ってみせる。
 それでもまだ、♪ 語りつくせぬ歌があり 辿りつけない芸もある 〜 と、決して現状に満足しない彼女がそこにはいる。

 「30年は20年と重みが全然違いますね。歌っていて、グッと心にしみてきます。私が感じていることを書いてもらいました」

 2019年5月12日、真木の30年を振り返る歌謡ショー「三十年の歌語 真木柚布子 京都公演」を京都のファンクラブである京都柚の会が、京都市上京区にある京都府立文化芸術会館で開く。
 「ゲストに五条哲也さん、舞踊団正藤さんたちが加わって、華やかなショーをお届けします」と真木。

 これに先駆けて3月11日には、今年、三周忌を迎える作詞家、下地亜紀子との思い出を語り、歌い伝へていく「真木柚布子が綴る下地亜紀子先生との思い出ライブ」を、東京・中野にある中野サンプラザコスモルームで予定している。

真木柚布子1.jpg

 このライブでは多くの下地作品を歌うことになるが、真木が下地の作品を最初に出合ったのは2001にリリースした「宝船」からであった。
 「ここ数年は下地先生の作品を歌うことが多かったです。詞を提供していただいている中では最も多いと思います。セリフものまでバラエティに富んだ、素敵な詞を書いてもらった。困った時に相談すると、なんでも応えて頂きました」

 真木にとってはまた、姉のような存在で「ファンクラブの旅行会に参加してもらったり、洋服やバッグを頂いたりもしました。ハワイ公演にも一緒に出かけてもらいました」といい、30年の歌手生活の中で最も「ウエイトの重い人」だったという。

■寺でミニライブも

 30年の中で真木にとって忘れられない作品のひとつが、歌唱時間が10分4秒にもなる「歌謡芝居 九段の母」だという。2012年に出した「さくら月夜」のカップリング曲として収録されているが「作ってもらったのは今から20数年前」である。
 「長くCD化されずに、ステージや慰問先などで歌っていたのですが、12年にようやくカップリング曲として収録されることになったんです」
 この楽曲で今の真木のスタイルが生まれた、と言ってもいい。

真木柚布子3.jpg

 「これからも1年1年を大切に歌っていきたい」という彼女。
 そうした中でもライフワークのように続けたいと、今考えるのが「立派な照明がなくてもいい、会場もお寺のような小さな所でも構わない、そんなミニライブをやりたい」のである。
 第1回目を今夏、5歳から16歳までを過ごした埼玉県秩父市の寺の本堂で開催する計画を進めている。

 「それは昔からの夢だったんです」
 大きなステージでは決して味わえない、体温が伝わるような熱のこもったイベントに真木は今、意欲を見せている。





[真木柚布子 オフィシャルサイト]
http://www.yukomaki.com/
[真木柚布子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=12453







nice!(6) 
共通テーマ:音楽

福島はじめ(日本クラウン) 「女の時雨」 メジャーデビュー曲    初の女歌に<はじめちゃんコール> [インタビュー]

福島はじめ 4.png福島はじめ、デビュー23年目の日本クラウンの歌手である。その名前の通り福島県出身で、東日本大震災では被災して避難所生活を送る。その中から、歌手としての再起を誓う。それから8年。麻こよみ、徳久広司のコンビによる「女の時雨」でメジャーデビューを果たす。メジャーとは言え、まだ無名に近いが、いずれは大きなステージへと飛躍する実力は十分との評価も。今、そのステップを踏み出したところである。



福島はじめ・女の時雨.png








 福島はじめが歌手への第1歩を踏み出したのは、福島県南相馬市から単身京都にやって来た21歳の時だった。京都に着いて、真っ先に訪ねたのは高校時代に出場したカラオケイベントで名刺をもらっていた、作詞家清水峰湧が社長をする事務所だった。
 「高校3年の時にテレビで見た美空ひばりスペシャルの番組に触発されて、歌を一から勉強したくなって、清水先生に手紙を出したんです」
 返事をもらって、福島は地元で清水と会った。
 本気でやりたいのか、と清水に訊ねられて「大学へ行って勉強するつもりで京都で歌の勉強をする」と答えて入門が決まった。

福島はじめ.png 京都での生活には親からの仕送りはあったが、先斗町の京料理店・山とみで調理補助をしたのをはじめカラオケボックス、引っ越し会社などでアルバイトをして生活費を稼いだ。事務所社長の付き人や先輩歌手が出演するテレビ番組のADを務めるなど下積みの生活が続いた。

 そこでの下積み生活から得たものは ー 。
 「歌は教えてもらえないことの辛さはありました。そんな中でも将来、売れた時に恥ずかしくない姿を見せたい、とにかく今は自分で勉強して多くのことを吸収しようという思いでいっぱいでしたね」

 京都に来た翌年、高田まさひろの名前で日本クラウンから「女のかさね夢 / ひとり旅」を出してCDデビューしている。4年後、今度は大阪の事務所に移っていた。芸名も椿あきらに変えて、2枚目のCDになる「海は命さ / 福島慕情」を日本コロムビアから出していた。この時期に全国で飛び込みキャンペーンの過酷さを味わっている。
 「タウンページでスナックを探して訪ね歩きました。1つのスナックビルで100軒ほどのスナックを1軒1軒ドアを叩いていくんです。それでも歌わせてもらえるのは2軒程度といったこともありました」

 仙台では表につまみ出されたし、北海道では酔っ払いに絡まれて蹴られたこともあった。惨めな気持ちになったが、それでも「負けないぞ、といった気持ちだけで頑張りました。歌わせてもらえなくても、ありがとうございました、の言葉は忘れたことはなかった」

 門前払いばかりでも続けられたのは「歌をたくさんの人に届けたい、という思いがあったから」だった。しかも1度、歌を聴いてもらうことができると、引きつけられる、といった歌には自信を持っていた。まだ25歳の時であった。

■震災からの再起

 2011年になると椿あきらは、大阪の事務所から東京の事務所に移籍していた。その年の2月には、そこを辞めてふる里、福島県南相馬市に帰省していた。
 同3月11日午後2時46分、東北をはじめ東日本全体に未曾有の被害をもたらした東日本大震災が南相馬の町をも襲った。実家は海から1キロメートルほどの所にあったが「実家はもちろん町全体が壊滅状態でした。幸い母が営んでいた居酒屋は難を逃れたので、そこの床に新聞紙を敷いて生活する状態」だった。

 救援物資の配給があってもガソリンがないので取りに行けなかったし、1ヶ月も風呂に入ることが出来ない状態が続いた。そうした生活の中でも彼は避難所を回ってボランティア活動励んでいた。
すると大阪のファンが「こっちにおいでよ」と救いの手を差しのべてくれた。早速、母親を伴って大阪へ移るが、そこでの避難生活は3年にも及んだ。
 そうして生まれたのが、ふる里を歌った原田伸郎作詞作曲の「おかえり」(マースジャパン)だった。

福島はじめ 3.png

 あの頃、合言葉のように誰もが頑張れと言って被災地を励ましていた。でも、この歌はそうではなかった。
 「そんなに頑張らなくてもいいよ。もっと気持ちを楽に持って、歌うことが今の悲しみを癒してくれて、立ち直る力を与えてくれる、という内容でした」

 震災から5年、南相馬も落ち着いてきた頃、彼はレーベルを今度はホリデージャパンに変えた。演歌歌手としての位置付けを明確にするのが狙いだった。そこでは「津軽恋ふぶき / 安達太良カントリーロード」(2016年)を1枚だけ出したが、その頃に今、所属している事務所と親しく付き合うようになった。
 そしていよいよ2018年10月には、日本クラウンのオーディションを受けて念願のメジャーデビューを果たすことになる。

■念願のメジャーデビュー

 福島は日本クラウンからメジャーデビューするに際して、芸名を三たび変えることにした「一(はじめ)」を平仮名の「はじめ」にしたのである。今度こそヒットチャートに加われる曲に、と満を持して出したのは、通算9枚目のシングルにして初めての女歌となった「女の時雨」である。
 マスコミや業界関係者も招いて、かつてやったことのないほどの盛大な新曲発表会を開いている。東日本大震災の日「今に見ていろ、歌で見返してやる」と、天を仰ぎ見た時のことを思い起こすかのように、彼はステージに立っていた。

福島はじめ 2.png

 「女の時雨」のレコーディングを控えて、移動の車の中は言うに及ばず、どこにいても納得いくまで何度も詞を読んで、切ない気持ちを表現するための練習を繰り返した。「そのうちに主人公は辛い人生の人なんだ、と思えるようになって涙が出てきたんです」

 カップリング曲の「夢屋台」と共に、作詞は麻こよみ、作曲は徳久広司である。当初、メイン曲候補は「夢屋台」だったという。ところが麻はレコーディングの日に「『女の時雨』って良くない?これ絶対にいいですよ」と言い出して、ついにメイン曲とカップリング曲を逆転させてしまったのだ。

 麻の閃きと福島の主人公に成り切るまでの歌い込みが、女の哀切をここまで表現できる演歌歌手を誕生させることになった。

■夢へ熱く燃える

 夢の第1ステップに踏み出した福島だが、当面の目標は・・・?
 「僕は実績を積んでメジャーデビューした訳でもないから、人一倍勉強しないと勝ち残れないと思っています。その上で歌謡ショー番組をやりたいですね。ほかの番組と正面から戦える内容のものをね」

 小柄で童顔な福島だが、その体の中は誰にも負けないといった、熱く想いが燃えているようである。


[福島はじめ オフィシャルサイト]
https://warakasu.jimdofree.com/福島はじめ/
https://ameblo.jp/fukushima-hajime/
[福島はじめ 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/fukushima/whats.html







nice!(4) 
共通テーマ:音楽

梓夕子(徳間ジャパンコミュニケーションズ)  「どうしたらいいの!?」 念願のバラード 3年ぶりの新曲 [インタビュー]

梓夕子 2.jpg◆時代にあった流行歌を歌う歌手でありたい。徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手、梓夕子が2018年12月に3年ぶりに出演した大阪流行歌(はやりうた)ライブでは、同9月にやはり3年ぶりに出した新曲「どうしたらいいの!?」などオリジナル曲のほか、「三百六十五歩のマーチ」「北の宿から」「舟唄」「津軽海峡冬景色」「人生いろいろ」と、さまざまな楽曲をカバーしてみせた。新曲はかねてから歌いたかったバラードで、明朗快活な性格とは裏腹に、女の悲しみを歌う。









 新曲「どうしたらいいの!?」はバラード調の楽曲である。
 恋に破れた女性の切なさを歌っている。
梓夕子・どうしたらいいの.jpg 「聴く人たちに如何に共感してもらうか、それがバラードですよね。歌いたかったんです。作曲の桧原さとし先生にお願いして作ってもらいました」
 今なお好評だという。前作の「冬恋かなし」も、そんな悲しい女性を同性の目で切々と歌っており、今回の3年ぶりの新曲につなげた。

 徳間ジャパンコミュニケーションズに移籍して12年目。前々作までは着物で、主に演歌を歌ってきた。そんな中でも「1曲1曲、違う顔を出してきました。可能性があるうちは、今しか歌えない、いろんな歌を聴いてもらいたい」と、梓は可能性に挑戦する姿勢を見せる。

 彼女がまだ幼かった頃、音楽は流行歌であり、今のように細分化されていなかった。テレビやパチンコ屋でもいろんな曲が流れていた。それを聴いて育った彼女は、とにかく様々なジャンルの歌に関心を示す。

■純烈がコーラス

 カップリングは純烈のコーラスが入った「人生お宝節(ニューバージョン)」である。
 笑顔年中無休の梓の明るい性格がそのまま出ているような、明るく楽しい歌なのが特徴だ。「これを歌って踊ると、皆さん喜んでくれるんです」。中には立ち上がって、ハアと掛け声を投げかける人もいる。
 「辛いこと、悲しいことあっても、ショーの間は忘れてもらって、帰る時には楽しかった、また(私に)会いたいねぇ、と思ってもらえるステージにしたいといつも心がけているんです」

梓夕子.jpg

 彼女のねらいにピッタリな1曲である。
 歌って踊る基本はスクールメイツ時代に叩き込まれた。「音楽が好きで、芸能界に憧れがあって入りました」。高校受験準備のために辞めるまで2年間通っている。

 カップリング曲では踊りも入る。バックでは純烈がコーラスを入れている。
梓は宿泊先のホテルの部屋でも鏡の前で踊り(振り付け)の練習をするが「スクールメイツ当時から踊るのは苦手でした」と苦笑いをしてみせる。


 愛知県出身で、今までは手薄だった関西地区でも徐々に歌う機会を増やしており「ファンも増えつつある」という。さらに今年は「47都道府県すべてを踏破したい」と意欲を見せる。





[梓夕子 オフィシャルサイト]
http://azusayuko.main.jp/
[梓夕子 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/azusa.html







nice!(5) 
共通テーマ:音楽

北川大介(日本クラウン) 「噂の湘南漁師町」 そーなんだ、そーなんだ!湘南の歌なんだ 地元も全力で応援 [インタビュー]

北川大介.jpg◆デビュー曲は「前橋ブルース」最近では横浜(ハマ)を歌ってきた日本クラウンの歌手、北川大介が、2018年12月発売の新曲「噂の湘南漁師町」では初めて湘南を舞台にしている。自称<湘南ボーイ>の面目躍如というところか。ジャケット写真では、地元で漁師を目指す人が増えることを願ってスーツ姿でサーフボードを抱えるといった、格好いいSHONANをアピールする。











 意外であるが神奈川県藤沢市・江の島や片瀬は、今でもれっきとした漁師町でもある。サザエ、アワビ、しらすやタコなどが多く獲れるという。しらす丼はここの名物でもある。北川が1月28日、ここにファンを集めた歌謡イベントでは、地元の江の島片瀬漁業協同組合などの協力を得て行われたというほど。
 ジャケット写真のブルーのスーツにサーフボードとは、あまりにも漁師には似つかわしくないスタイルである。
 「これは僕のアイディアなのです。最初は釣り竿にしようかとも迷いましたが、今の湘南のイメージにピッタリなサーフボードにしました。マネージャーの私物を借りました」

北川大介・噂の湘南漁師町.jpg 湘南は音楽で言えば演歌よりもポップスのイメージが強い。一方の漁師町と言えばコテコテの演歌が似合う。このアンバランスなタイトルの楽曲からは、ノリのいい明るくてポップなメロディーが流れてくる。
 詞はこの作品で第51回日本作詩大賞新人賞を受賞した、大阪市在住のはまだゆうこうによるものである。1番は ♪ サーファー娘の 潮焼け素顔 〜 で始まる。



 「この地には実際に2人のサーファー娘が住み着いて漁師になったという。彼女たちは今も現役で頑張っているそうです」
 そんなエピソードを聞かされると、そーなんだ、そーなんだ、とつい頷いてしまう。
 確かに歌には ♪ ソーナンダ が全部で5回も出てくる。このソーナンダには4つの意味があるという。
 1つは「湘南との掛け言葉」2つ目は「そうだねぇ〜という納得」さらには「はい、といった断定」そして最後は「ソーラン節の香りを持たせた掛け声」だという。

 歌う際にもそれらを使い分けると、より説得力が増すのかもしれない。

北川大介・2.jpg

 湘南ボーイを名乗る北川だが、湘南の作品を歌うのは初めてである。湘南ボーイは格好良くてはならない。記者は勝手なイメージを持っているが、それには北川は「1番から3番までそれぞれ、歌い終わりは ♪ 守ってやろうぜ 〜 ♪ 名乗りを上げるぜ ♪ 祝ってやろうぜ 〜 と、男らしくて格好いい」と、得意のポーズを決めた。


 カップリング曲の「横須賀挽歌」は、自ら命を絶った友を偲ぶ作品である。
 赤い電話機、スカジャン、立ち飲みなど昭和の香りが漂う詞、しかも外国船や海軍カレーといった言葉が横須賀っぽさを感じさせている。
 「泣かせる演歌ですね」
 北川は、やはりここでも格好よく決めた。





[北川大介 オフィシャルサイト]
http://www.kitagawa-daisuke.com/
[北川大介 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/kitagawa/whats.html







nice!(5) 
共通テーマ:音楽

島津悦子(キングレコード) 「長崎しぐれ」 覚えやすく、歌いやすい     遠くなった昭和を懐かしむ歌 [インタビュー]

島津悦子.jpg◆昭和を振り返ってみようー。そんな想いが平成30年も終わろうとしていた頃、デビューの翌年に昭和から改元され、そんなことが平成を駆け抜けてきたキングレコードの歌手、島津悦子の頭をよぎった。昭和の歌はわかりやすく、覚えやすい、歌いやすいといった特徴があった。そうした要素を取り込んだ作品「長崎しぐれ」が出来あがった。楽曲のコンセプトである<昭和>を感じ取って欲しい、と昭和女の島津はいう。


島津悦子・長崎しぐれ.jpg








 島津悦子、1961(昭和36)年生まれ。歌手デビューは1988(同63)年である。翌年から平成の世の始まりであり、間もなくバルブ経済も終わりを告げた。島津の歌手活動は実質、平成と共に歩んできたことになる。
 2018年10月発売の「長崎しぐれ」は、54枚目のシングルになる。その新曲発表会を東京で開いた彼女は「しっとりと落ち着いた長崎の風景が思い出される曲。昭和を思い出し、ほんわかとした気持ちになっていただければ」と期待を込めた。

 歌を聴いたファンからは「泣けてくるね」と言った声が届いてきた。

島津悦子4.jpg

 キングレコードの中田信也ディレクターは、今までにいろんな島津を引き出してきたが、今回は昭和50年後半から60年代にかけてこんな歌があった、といった昭和を懐かしむイメージで作り上げた。

 「タイトルからして昭和でしょ。期待した通りの楽曲です。それを存分に感じ取ってほしい。歌っていても癒されます。そこにはすべてを受け入れてくれて、一緒に人生を歩んでいこうという男性がいて、主人公の女性には幸せが見えてくるようです」

島津悦子3.jpg

 冒頭の ♪ 傘を差す手に 〜 の詞、まるで映画を見ているように情景が浮かんでくる、という。それだけに「詞は自然と覚えられる」ようなのである。
 映画ならば相手の男性役は。
 「差し詰め高倉健さんですかね」
 島津は言い切った。

 カップリング曲の「湯河原湯情」は、やはり昭和のどこかで聴いたことのある作品である。「三味線をいっぱい使った」といった工夫が、ここでも昭和を感じさせてくれる。


 2月23日には石川県津幡町の文化会館・シグナスで開かれる「美貌・美声4歌手競演 シグナス歌謡音楽祭」に、3月3日には大阪市大正区、京セラドーム大阪での「第15回関西かごしまファンデー」にも出演する。





[島津悦子 オフィシャルサイト]
http://www.shimazu-etsuko.net/
[島津悦子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=10397








nice!(4) 
共通テーマ:音楽

花咲ゆき美(日本クラウン). 「ひとり象潟」 秋田の景勝地・象潟が舞台 印象的なロングトーン 2月には「掛魚まつり」で披露 [インタビュー]

花咲ゆき美 2.jpg◆象潟(きさかた)は今は雪景色だろうか。日本クラウンの歌手、花咲ゆき美が訪ねたのはまだ一面に黄金の海が広がり、遠くに鳥海山が浮かんでいた。2018年12月リリースの彼女の新曲「ひとり象潟」は、象潟を旅する恋に傷いた女性の心の内を描いている。象潟を歌ったのは松尾芭蕉、島倉千代子に次いで3人目ということで、地元の秋田県にかほ市からはふるさと宣伝大使に任命されたほどで、19年2月4日には300年も続くと言われる、同市の金浦山神社で行われる掛魚(かけよ)まつりでは、市内の道の駅で「ひとり象潟」を披露する。








 象潟とは秋田県にある景勝地のひとつ。江戸時代の地震で海底が隆起して陸地化、現在のような水田化された。今、そこには島と呼ばれる103の小さな山が点在し、象潟ならではの景観を作っている。

花咲ゆき美・ひとり象潟.jpg デビュー14作目で初めてそこを訪れた花咲ゆき美が歌うのは「ひとり象潟」。恋をなくした歌の主人公の女性は小島に涙を流し、芭蕉も立ち寄った蚶満寺(かんまんじ)で過去を悔い、そして鳥海山に未来を占うー。歌には象潟の景色が散りばめられている。
 「ご当地ソングでは津軽を歌っていますが、今回のようにピンポイントを歌うのは初めてです。私の歌には寒くて悲しい歌が多いのですが、この歌もやはり寒い北国ですね」

 詞は麻こよみが書いた。
 作曲はデビュー前からの恩師、新井利昌である。この新井に花咲は「ロングトーンで歌い終わりたい」と、初めてわがままを言った。
 ♪ あなたに 逢いたい 〜〜 確かに長く伸ばしている。「物語を長く続かせて余韻を持たせたかった」
「こんなお願い、今まで言ったことなかったのですが、すんなりと聞いてもらえました」

 麻が「素晴らしい所がある」と詞に現したのが象潟だった。
 その地を歌ったものには、江戸時代には松尾芭蕉が「奥の細道」に著した、象潟や雨に西施がねるの花、があるし、近年では島倉千代子が合併前の象潟町の依頼で歌った「象潟小唄」が知られている。
 花咲は芭蕉以来3人目ということになり、「ひとり象潟」は象潟史の残る名誉ある作品となったのである。

秋田・にかほ市ふるさと宣伝大使・小.jpg
にかほ市宣伝大使の名刺

 間近に迫った掛魚まつりではそれを歌うが、掛魚とは漁師が氏神に供える魚のこと。ここでは地元で獲れる鱈が主役で、祭りはタラまつりとも言われている由縁である。
 「地元の食べ物も色々と食べてみたいですね。見かけたきりたんぽスープカレーにも興味がわきます」


 カップリングの「酒場のまねき猫」は、ノリのいいリズム演歌。キャンペーンで配る歌詞カードには、振り付けの踊りを見ることが出来るQRコードを添付している。





[花咲ゆき美 オフィシャルサイト]
http://www.t-force1.com/
[花咲ゆき美 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/hanasaki/whats.html







nice!(6) 
共通テーマ:音楽

川野夏美(日本クラウン) 「なみだ雲」 新たな世界に挑戦の21年目 初の羽衣マリコ作品 [インタビュー]

川野夏美.jpg◆日本クラウンの歌手、川野夏美にとって新境地の楽曲となった新曲「なみだ雲」は、脚本家の梅田みかが羽衣マリコのペンネームで初めて詞を書いた話題作であるが、それにも増して川野自身にとっては新たな気づきを与えてくれた作品だった。デビュー21年目の今年、新曲は歌手人生で大きなターニングポイントとなる「実験的で挑戦的」(川野)な1曲になったようである。カップリングの「蛍月夜」は京都を舞台に、美しい言葉を紡ぐまるで和歌でも詠んでいるような女性らしい作品。



川野夏美 ・なみだ雲.jpg








 「メロディーラインは曲を書いた弦哲也先生らしいそのものですが、レコーディングで中低音にキーを下げて歌うようにアドバイスを受けました」
 2018年11月に出した新曲「なみだ雲」である。現代を生きる女性のリアルな心情を歌っている。
 今まで中高音で歌ってきた川野にとっては、中低音は大きな挑戦でもあった。
 38歳の川野は十分に大人なのだが、中低音に下げることで「大人の歌」に仕上がっ た。聴いた人たちからは「低音がすごく良い」と、むしろ好反響である。
 「聴く人にはこの声が心地良いのだ、と気づかせてくれました」

 意外に思うが「引っ込み思案な性格なんです」と自身で言うように、川野は石橋を叩いても渡らない、といった慎重なタイプである。
 ところが昨秋、大阪と東京でのデビュー記念コンサートでは、その石橋を渡ってしまったのである。これまで尻込みをしていたことも、このコンサートでは「とにかくやってみよう」と1步を踏み出した。
 スタッフが選曲したホイットニー・ヒューストンの楽曲に挑戦したり、難しいと言われる美空ひばりなどが歌っているのは「城ヶ島の雨」も聴かせたのである。

川野夏美・2018.10.08 20周年記念コンサート.jpg
デビュー20周年記念コンサートin大阪で歌う川野夏美(2018.10.08 )

 コンサートの模様は川野にとって初めての映像作品として、2019年2月6日にDVDとして発売される。

 コンサートでの試みは彼女に自信を持たせることになった。それが新曲での新たな試みにつながったというわけである。
 「型にはまらないで表現している人たちへの憧れはずっと持っていたんですが、私が実際に今までの型を破ってみると、スタッフも良かったと言ってくれたし、学びの場を与えてくれた」

■大人に変身させた作品

 川野にとっては挑戦だった「なみだ雲」。その詞を書いた羽衣マリコ(梅田みか)との出会いもまた、冒険であった。「頂いた詞はとてもきれいで、現代女性のリアルな心情が良く表現されていました」と川野。

 かつて読んだこともあった羽衣(梅田みか)のベストセラー「愛人の掟」は、川野にとっては、かけ離れた<大人の世界>であった。それでもレコーディング当日に初めて顔を合わせることになった羽衣は「(キーを変えたことで)一瞬で大人っぽくなった」と、驚いていたほど。

川野夏美 2.jpg

 「なみだ雲」が作詞家デビュー作となった羽衣を口説いたのは、川野を担当する日本クラウンのディレクターであった。書店で見つけた梅田のベストセラー「愛人の掟」に川野の次作のヒントを得た彼は、何度となくメールで梅田にアタックして詞作へとつなげたという。

 新しい楽曲に挑むきっかけとなった羽衣との初対面の印象は。
 「東京でのコンサートには娘さんを伴って来て頂きました。女優さんのようにきれいな方で、大人の女性として憧れます」

 インタビューの終わりに、歌手として最終目標は・・・ありきたりであるが、こんな質問を投げかけてみた。
 「ライブで良いパフォーマンスが出来て、表現者としての川野夏美らしい歌を喜んでくれる人がいる。そんなスタイルを目指したい」
 新曲の「なみだ雲」はそれを実現するに相応しい「飛躍するための作品」としている。「聴く人に納得してもらえる説得力を持ちたい」





[川野夏美 オフィシャルサイト]
http://www.crownmusic.co.jp/artist/kawano/index.html
https://ameblo.jp/kawano-natsumi/
[川野夏美 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/kawano/whats.html







nice!(6) 
共通テーマ:音楽

小桜舞子(テイチクエンタテインメント) 「他人傘」 小桜に仁井谷が書き残した優しくなれる哀恋歌 昨秋には3度目のブラジル公演 [インタビュー]

小桜舞子 1.jpg◆傘を人生に例えるならば、差し詰め相合い傘の2人は同じ人生を一緒に送ることができる果報者。でも2本だと別々の人生を歩むことになる他人傘。テイチクエンタテインメントの歌手、小桜舞子が2018年12月に出した「他人傘」は、愛しているからこそ身を引き、それぞれの傘を持つことを選んだ女性を描く哀恋歌である。去年、3年連続してブラジル公演も果たした。世界文化遺産にも選ばれている、まるで映画のセットのようだったというオペラハウスが会場。発売前の「他人傘」を歌うと、そこは拍手と歓声で包まれていた。


小桜舞子・他人傘.jpg








 男の出世のために犠牲になる女性を描いた「婦系図」の世界と、「他人傘」はどこか似ていないでもないが、こちらは辛い辛いと悔やみながらも、罪な恋を夢と思って振り切る。発売前から歌い始めていたが、行く先々での評判は上々だという。

 ブラジルマナウス市にあるオペラハウス、アマゾナス劇場で2018年11月25日、3年連続で行ったブラジル公演でもリリースに先駆けて「他人傘」を日本語で披露している。大歓声に包まれたが、翻訳詞を読んだその観客からは「日本人らしい詞」だとコメントをもらったという。

小桜舞子 3.jpg
哀しい恋の物語が板についてきた

 前作同様に作詞は仁井谷俊也、作曲は岡千秋のコンビである。仁井谷は自らがペンを撮り、小桜の前作となった「よされ三味線」のレコーディングを前にして亡くなっているが、生前に「舞子ちゃんに大人の歌を」と、残した作品である。
 だからこそ、歌の内容とも重なって「胸が苦しくなるほどの作品です」と、小桜は仁井谷を懐かしむ。

 反面「歌っていて気持ちの良い、優しくなれる」とも言い、そのポイントのひとつが歌い出し。「♪ 雨に 濡れると 〜 をふたつに分けて、雨がポタッと落ちてきたようなタイミングをつかむのがコツ」だという。

■大成功のブラジル公演

 2年前のブラジルでの公演を終えて東京に帰った小桜は「2度とブラジルには来ることがないだろう」と思っていた。しかしホンダの現地法人が、ブラジル移民110周年を記念してスポンサーになって、3度目の公演が実現した。
 彼女にとっては信じられない出来事だったが「三たびブラジルの地を踏めたことを楽しもうと臨んだこともあって、ステージでもまったく緊張しなかった」と振り返る。

小桜舞子 2.jpg
和服と日本語でブラジル公演も大成功に収めた

 コンサートでは挨拶こそ「オブリガーダ」とブラジル語を使ったが、歌は全曲日本語だったし、MCも日本語で通した。
 それでも演歌の心は伝わるよで「美空ひばりさんの『悲しい酒』を歌うと、場内は静まり返り、歌い終わるや否や今度は大きな歓声に変わって、どよめいていた」という。

 日本とは何もかも勝手が違う海外だが「言葉が違っても悲しい、嬉しい、楽しいといった感情は同じなのですね」と、海外公演で演歌の真髄に少し触れたようである。





[小桜舞子 オフィシャルサイト]
http://www.kozakuramaiko.com/
[小桜舞子 テイチクエンタテインメント]
http://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/kozakura/







nice!(5) 
共通テーマ:音楽

澤敬子(徳間ジャパンコミュニケーションズ) 「人生がまん坂」   2度目のお披露目に大歓声   関西での活動に意欲 [インタビュー]

澤敬子3.jpg◆カラオケ喫茶店、シャルマン(大阪市此花区梅香)でのビンゴゲームでクリアファイルが当たった。そこには「人生がまん坂 全曲新録音 澤敬子」と書いてあった。それは歌手、澤敬子が提供した賞品のひとつだった。この日集まった多くの関西人にとっては馴染みの薄い名前であったようだが、彼女は新潟県を地盤に活動するデビュー31年目の徳間ジャパンコミュニケーションズのベテラン歌手である。「人生がまん坂」はデビュー曲で、去年、30周年を記念して新たに収録し直している。自らの歌手人生と重ねるかのような、その歌を聴かせてくれた。








 澤敬子とは、2018年10月に神戸市内で開かれたライブ以来2度目の出会いであった。今回は以前に増してより近くから歌を聴くことができた。

澤敬子・人生がまん坂2.jpg 今回、カラオケ喫茶店の店内で万雷の拍手を受けていた「人生がまん坂」は、作詞がいではく、作曲は遠藤実である。1989(平成1)年にキングレコードから出した、歌手人生を踏み出す第1歩となった楽曲である。去年、デビュー30周年を迎えるにあたって再度レコーディングし直した。

 彼女の芸名は、亡くなった今もなお、師と仰ぐ遠藤実が付けたもので「常に人を敬う心を持つように、という思いが込められています」と、その心を忘れずに歌い続けてきた。

 「歌はしっかりとしている」
 今回歌を聴いた音楽関係者が太鼓判を押すように、CDも何枚も売れていた。
 地元新潟ではラジオのパーソナリティもするなど、その存在感は強く、去年新潟市内で開いた30周年記念ディナーショーでは、会場は300人超という場内いっぱいの人たちで膨れ上がっていた。

澤敬子.jpg

 その澤が去年の30周年を機に、活動の場を関西に広げようとしている。
 「20年前に1度、関西でキャンペーンをしたことがあるんですよ」というものの、去年10月の神戸市内でのライブが本格的なお披露目であった。今回はその第2弾で、観客の反応に大いに手応えを感じていた。

 澤はこれを機に、関西での定期的な歌唱活動も検討するなど、31年目にして新たなステップを踏み出そうとしている。


[澤敬子 オフィシャルサイト]
https://ameblo.jp/sawa-keiko/







nice!(6) 
共通テーマ:音楽

北野まち子(キングレコード) デビュー30周年記念曲「こころの灯り」 小さな幸せを支えに歌ってきた自らを写す [インタビュー]

北野まち子11.jpg◆キングレコードの歌手、北野まち子が2018年11月にリリースした「こころの灯り」。デビュー30周年記念曲である。1989年に「包丁一代」(作詞・いではく、作曲・岡千秋、編曲・前田俊明)でソニーからデビューして28枚目のシングルになる。支えられながら歌ってきた今までの歌手人生と重ねている。





北野まち子・こころの灯り.jpg









 「自分を今まで支えてくれた人などへの感謝の気持ちと、歌の道に邁進してきた自分と重ねて、歌手人生30年を表現出来る内容の作品を作ってもらいました」
 北国の人らしく、北野まち子の言葉の端々には誠実さが滲んでいる。

 北野のデビューは平成元年である。
 そのデビュー曲の「包丁一代」は、音楽ディレクター・馬渕玄三氏のプロデュースによる歌手募集コンテストでグランプリを受賞したもの。それをきっかけに、CBSソニーから北乃町子の芸名でデビューした。今の北野まち子に名前を変えたのは、1975年5月に出したシングル「しぐれ海峡」からである。
 「平成とともに歩んできました。28枚のシングルはどれもが大切な宝物です」と北野。

 キングレコードは2002年2月の「おんな春秋」からである。移籍後に出したシングルの枚数は今作で23枚目になり、名実ともにキングを代表するアーチストになっている。

 その新曲「こころの灯り」は、小さな幸せを支えに生きていく女性を歌っている。
 彼女も今までファンの応援を心の支えにして歌の道で頑張ってきた。まさに彼女自身と重なる作品なのである。
 北野も「皆さんが心の支えにしていらっしゃる方を思い出しながら、この歌を聴いていただけたらうれしいです」と、話している。

北野まち子22.jpg

 キングレコードに移籍してから、CDショップなどでの店頭キャンペーンの回数が増えたという。
 「上手く歌えたか、お客様に届いているかなど自分の評価になりますね。『良かったよ』なんて言ってもらえると励みになります」
 今作でも聴いた人たちから「いいですね」といった声が返ってくる。

■北陸のやすらぎの里、能美を歌う

 カップリングの「能美の里から」は、石川県能美市を舞台に歌ったもの。2010年に「あなたがいたから」のやはりカップリングで、同市辰口町にある辰口温泉を舞台にした「たつのくち恋歌」を歌ったのをきっかけに同温泉観光大使に。
 毎年8月には同町で開かれる「たつのくち祭り」にゲスト出演して歌を披露している。
 去年5月には能美市観光大使にも就任している。

 今回の30周年記念曲のジャケット写真では同じ石川県の名産である加賀友禅の着物を見せているのも、そんな縁があってのことだという。





[北野まち子 オフィシャルサイト]
http://www.machiko-k.com/
[北野まち子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=18678







nice!(6) 
共通テーマ:音楽
前の20件 | 次の20件 インタビュー ブログトップ