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藤井香愛(徳間ジャパンコミュニケーションズ)  デビュー曲「東京ルージュ」  若い人たちに歌謡曲を  大阪で初キャンペーン [インタビュー]

◆赤いドレスに身を包み、すまし顔でこちらを見つめる。ちょっと大人の女性を感じさせるジャケット写真の藤井香愛(かわい)。2018年7月4日、徳間ジャパンコミュニケーションズから「東京ルージュ」でデビューした。「若い人たちに歌謡曲を聴いてもらいたい」。新しい時代の歌謡曲歌手を目指す。7月26日には30歳を迎える。

藤井香愛.jpg藤井香愛・東京ルージュ.jpg

 あこがれの歌手デビューである。
 「楽しいです」
 10代からモデルなどを経験してきていたり、4年前にはワンマンライブも開いていることもあって、ステージングは堂々としている。
 「ツイッターを読んでキャンペーン会場に来てくれた人などもいます。サビの ♪ 東京ルージュ ~ が頭に残っているよ、といった声も聞かれます」

藤井香愛2.jpg <新世代の歌謡ディーヴァ(歌姫)>のキャッチコピーと書かれたCDジャケットのイメージと少し違う感じもするが。
 「歌う時とそうでないときの自分ではオンオフの区別がはっきりとしています。歌のイントロでディーヴァへのスイッチが入ります」

 確かに一気にオシャレ感が増す。
 「歌詞の世界を思い描いてドラマの主人公になり切れるように歌っています」
 これもレッスンの成果なのだろうか。

 彼女はデビュー前から書き続けているというレッスンメモを持ち歩いている。
 「歌い出しから曲の世界に入っていく」「曲の情景をイメージする」。
 レッスンで指摘されたこと、気付いたことなどをすべて書き留めている。
 「自宅に持ち帰って読み直して、次のレッスンまでに克服させます」
大阪・イズミヤ今福店で初キャンペーン

 今も毎日バッグに入れて持ち歩き、反省点すべきことを書いている。

 かなり几帳面なようである。高校時代にはパソコンやワープロや文書デザインのなどの検定資格を取っている。会社勤めの準備かと思ったが、決してそうではないという。
 小学2年からボイストレーニングを始めているほど、幼いころから歌手を目指していた。「資格はレッスンの気分転換でした」

 デビューが決まった半年前からは週1回のレッスンを繰り返してきた。が、あこがれの歌手への道は思ったより厳しかった。それでも進学した東京の音楽系高校では歌、作詞、ダンスなどを基礎を積み重ねている。

 目指す歌手像は。
 「演歌じゃなくて歌謡曲を歌っていきたい。今は若い人たちみんなに歌謡曲を聴いてもらいたい」

 デビューのきっかけとなった去年8月のオーディションイベントでは最終選考に残ったものの、なんと落選している。オーディション会場近くの中華街へ家族と駆け込み、ヤケ酒をあおった。
 「赤ワイン、日本酒などお酒は毎日でも飲みたいほどに好きですが、最近は仕事に影響しますから我慢しています」
 ディーヴァには深酒は似合わないようである。





[藤井香愛 オフィシャルサイト]
https://ameblo.jp/kawai-fujii/
[藤井香愛 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/id=10422







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秋岡秀治(日本クラウン) 「夢落葉」 人気急上昇 秋岡演歌の真骨頂  カップリングには「黒あげは」を収録 [インタビュー]

秋岡秀治2.jpg◆「演歌好きな人にとってはど真ん中な歌ですね」。日本クラウンの歌手、秋岡秀治の新曲「夢落葉」は、2018年5月の発売後、演歌ファンの反応が良く、目下人気上昇中である。作曲家の岡千秋が書いた「酒とふたりづれ」(2013年)以来という岡作品である。その岡が「(秋岡)秀治の良さが生きるように、メロディーを先に書く〈メロ先〉にしてもらった」という、秋岡演歌の真骨頂の路地裏演歌。カップリングにはすでに廃盤になっていたが、カラオケ好きの人たちからリクエストの多い岡作品の「黒あげは」を再収録している。


秋岡秀治・夢落葉.jpg









 秋岡秀治が自信たっぷりに「新曲の『夢落葉』は秋岡演歌の完成形に近い。僕らしさが120パーセント出ている曲です。こういう作品を待っていました」と話すように、デビューから28年目にしてようやくつかんだ秋岡らしさなのである。

 岡自身も、他人では歌えない秋岡らしさを存分に引き出した、という。その「夢落葉」は ♪ 離ればなれの 俺たち ~ のサビがファンの心を突く。

 岡のメロディーに詞を書いたのは里村龍一だった。秋岡の作品では初めてである。「デビュー当時に仕事を一緒にさせて頂いたことがありましたが、書いていただく機会がなく、今回、それが実現してダブルでうれしいです」

 男の胸の想いを振り絞るように歌う秋岡演歌の原点は、吉岡治作詞、岡千秋作曲のデビュー曲「男の酒」(1991年)に見ることが出来る。
 実はこの楽曲をもらった秋岡は「岡先生の言うことがまったく解らなくて、指示通りに歌えなかったんです」という。あれから28年たった今だからこそ秋岡は「やっとその言葉を理解でき、それを表現出来るようになりました」と、自らの演歌を見つけたようである。

■埋もれさせない

秋岡秀治.jpg カップリングの「黒あげは」は2000年に一度、メイン曲としてリリースしている。8センチCDの時代で、すでに廃盤になっていたという。当時、秋岡はこの歌が歌謡曲調であり、しかもスーツ姿で歌っていたこともあって「ファンは引いてしまった」(秋岡)ようだ。
 ところがこの歌、底辺に流れるのは秋岡演歌そのものだったのだろう。このまま埋もれさせておくにはもったいない。多くのファンがそう思い、長年カラオケを歌ってきた。それでもオリジナル・カラオケがない。
 「オリジナル曲を聴きたい」

 多くのカラオケ好きな秋岡ファンからリクエストが相次いだ。そんな声は秋岡にも届いてきた。それに押されるように新曲の「夢落葉」のカップリングとして再収録されることになったのである。
 「歌っていてジーンと胸が詰まりますね。詞が素晴らしくて、物語を読んでいるようです。聴きながら涙しているファンの方もいらっしゃいます」


 岡はかつて秋岡に言った。
 「時代に流されずに、まっすぐ真ん中を歩いてほしい。必ず時代が秋岡に合うようになるから」
彼はその言葉が自らの歌手生活の支えになったというが、「黒あげは」とともに新曲「夢落葉」は、まさに時代が秋岡に寄り添ったと言えるだろう。





[秋岡秀治 オフィシャルサイト]
http://akioka-syuji.com/
[秋岡秀治 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/akioka/whats.html






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真木柚布子(キングレコード)  「美唄の風」  美しく優しい美唄に吹く風を歌う  5年前のカップリング曲   ハワイでも披露 [インタビュー]

真木柚布子.jpg◆ハワイにふる里、北海道美唄の風を吹かせたキングレコードの歌手、真木柚布子。かねてから交流のあったハワイ在住の歌唱指導者からの誘いがあって、去る2018年6月21日から26日まで6日間、旅行会を兼ねて現地のカラオケ教室とタイアップした交流カラオケまつりを楽しんだ。ハワイではもう何度も歌っている彼女だが、日本からファンクラブ・柚子の会から50人を同行しての現地での大規模なイベントは初めて。もちろん2018年4月に出した新曲「美唄の風」を歌った歌謡ショーも盛り込み、ハワイ・ワイキキビーチにある会場には美唄の優しい風が吹いていた。


真木柚布子・美唄の風.jpg










 「美唄の風」は2013年9月に出した「北の浜唄」のカップリングとして収録されたものを、今回、メイン曲として再収録した。北の浜唄と同じ作詞・下地亜記子、作曲・弦哲也、編曲・前田敏明による、真木のふる里である北海道・美唄の美しさをゆったりと流れるメロディーで表した作品である。
 「最初はカップリングだったんですが、皆さんに5年間歌い続けてもらっている人気曲なんですね。私の大好きな曲の一つです。セールスには少し不安もありましたが、たくさんの人に美しいふる里の歌を歌ってもらいたかった」
 真木は新曲「美唄の風」に寄せる想いをこのように話している。

 このところ長く歌われ続ける歌が少なくなった。何代にも渡って歌われる歌が一つやふたつあってもいいのではないか。多くの歌い手が今、そう思っている。
 真木もそんなひとりである。
 「この歌をメインすることで、自分なりのスタイルを確立してみたかった」

美唄の風inハワイ2.jpg
美唄の風inハワイ1.jpg
ハワイ在住の人たちと交流をはかった「美唄の風 in ハワイ」の模様

 こんな想いがこもった新曲をハワイに住む人たちにも感じてもらおうと、歌と旅行の会「真木柚布子と行くハワイツアー」が実現した。今年は11月にデビュー30周年になるし、8月には還暦を迎えることもあって、それのプレ企画としてのハワイでのイベントでもあった。
 日本からの同行者の中には舞踊団5人も含まれていたし、それをバックに歌った真木の歌謡ショーでは「美唄の風」など代表曲の数々を聴かせた。

■自分のスタイルを大事に歌い続ける

 その北海道美唄市は札幌の北西、JRで40分足らずの所に位置し、東には富良野、南には夕張がある自然豊かな町である。かつては炭鉱の町として栄えたが、閉山した今は人口も3万人弱と減少しており、かつての勢いもなくなっている。
 「歌い手にとっては最高の地名である<美唄>も、この歌を出す前は読み方が解らない人がたくさんいました。それでも出してからは、みなさんに<びばい>と読んでいただけるようになって、かなり美唄市の宣伝に貢献しました」

真木柚布子2.jpg

 地元ではふるさと納税をした人には「美唄の風」のCDを使いたいという話もあるとか。

 真木は「もちろんヒットはだしたいけれど、それだけをねらうのではなく、コンサートやディナーショーで私の歌のスタイルを作り上げていきたい。とくにこれからの60代は自分の思うように納得のゆく仕事をしていきたい」と、独自の路線を目指そうとしている。





[真木柚布子 オフィシャルサイト]
http://www.yukomaki.com/
[真木柚布子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=12453






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大沢桃子(徳間ジャパンコミュニュケーションズ)  「椿の咲く港」  ふる里を歌う15周年記念曲 これからも夢を諦めないで歌っていく [インタビュー]

大沢桃子.jpg◆今年もキラキラと輝く年にしたいー。そんな想いも込めて、徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手、大沢桃子は、衣装の着物の左襟に〈MOMOKO〉と銀色に光るアクセサリーを縫いこんでいる。5年前のデビュー10周年の時から始めたもので、彼女のトレードマークとしてすっかり定着している。2018年5月に出した「椿の咲く港」を歌う彼女の衣装にもやはり、それは輝いていた。新曲はデビュー15周年記念曲である。デビュー当初から「次はないかもしれない」と、いつもいつも思ってきたが、気がつくとシングルの枚数は17枚目になっている。


大沢桃子・椿の咲く港.jpg









 大沢桃子は、15年前の2003年4月に「七福神」でデビューした。作詞は中村つばき、大沢本人であり、演歌のシンガーソングライターの誕生であった。 それから15年。新曲「椿の咲く港」は、大沢のふる里、岩手県大船渡の港を舞台に書き下ろした。ペンネームにもしている椿は「ふる里を象徴する花」である。

 珊瑚の樹林のような珊琥島(さんごじま)や松林の中にある白い灯台が美しい碁石岬といった大船渡の名所を歌詞に盛り込んでいる。「暗い曲は嫌いなので、大切な人を待つ女性の気持ちを明るく表しました。謙虚な美しさを意識しました」と大沢。

大沢桃子2.jpg

 カップリングは名古屋を舞台にした「金の鯱さん」と、コンサートのエンディング曲用に作った「夢ごよみ」を収録した。「金の鯱さん」はお座敷ソング風な遊び心がある作品。名古屋は彼女が9年連続コンサートを開催している馴染みの深い土地。『燃えよドラゴンズ!』(1974年)以来、ご当地ソングのヒット曲が誕生していないというだけに、期待の名古屋大好きソングでもある。

 先ごろ、河村たかし名古屋市長を表敬訪問した際には、河村から「ええがや~」と、名古屋歌への賛辞をもらったほど。

■愛されるヒット曲を

 演歌界ではシンガーソングライターは珍しい。それを15年続けてきた。新曲を出すたびに「次の曲を出せないのでは」と、不安を抱える毎日でもあった。そのたびに「1人でも私の歌を聴きに来てくれる人があれば、夢を諦めないで歌っていく」と、絶えず前を見つめ続けてきた。それは今も変わらない。

大沢桃子3.jpg

 踊りを浅香光代に学び「舞台に立てること、歌えることをお客様に感謝しなさい」と教えられ、裏方として全国を付いて回った寺内タケシとブルージーンズからは音楽作りを学んだ。
 トラック運転手をしていた父親は37歳で亡くなっている。結婚記念日の当日だったという。その後、母親は大船渡で美容師をしながら大沢を育てた。だから大船渡は彼女の歌の原点であり続ける。
2010年に出した「風の丘」では初めてふる里の父母への想いを歌にした。彼女の代表曲でもある。

 そんな大沢がデビュー15周年という大きな節目を迎えて「皆さんに愛されるヒット曲を届けられるように頑張っていきます」と、次のステップへ向けての意欲をみせていた。





[大沢桃子 オフィシャルサイト]
https://bspro.jp/momoko/
[大沢桃子 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/oosawa.html







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たくみ稜(日本クラウン)  「夢でいいから」  男っぽくパワフルに女心を表現  クールファイブ直伝のムード歌謡 [インタビュー]

たくみ稜.jpg◆人には必ずチャンスがやって来る。日本クラウンの歌手、たくみ稜にとってはまさに今がその時なのだろう。2018年6月に出した新曲「夢でいいから」が、オリコン演歌・歌謡曲チャートで初登場9位と好位置からのスタートを切っている。「今度は感触が良いんですよ」。先日、大阪市内のイベント会場で顔を合わせた時に、彼はそれだけ言い残して足早に東京へと帰って行った。スケジュールも連日詰まっているようで、まさに東奔西走の忙しさである。来春には、久しぶりに出演した映画、新田次郎原作の「ある町の高い煙突」が公開される。新曲は、たくみの原点でもある内山田洋とクールファイブのエッセンスが盛り込まれたパワフルなムード歌謡である。それだけに「僕の(歌の)引き出しのど真ん中に位置する」もので、何度も聴きたくなる歌のひとつに多くの人が挙げる。


たくみ稜・夢でいいから.jpg








 「夢でいいから」は内山田洋とクールファイブを彷彿とさせるムード歌謡である。女心を力強く歌った、クールファイブのボーカルを務めた前川清は、クールファイブそのものであったが、その前川の歌が好きだという作曲家の徳久広司が、前々作の「オランダ坂」に次いで曲を書いた。
 たくみは「クールファイブに加わっていたことなど、今回、僕のテイストをより良く引き出しくれたのが徳久先生でした。とくにイントロのサックスの音色が聴く人の心を捉えます」と、歌の魅力を語っている。

 最初に考えられたタイトルは「一途な女」だった。それではどうも演歌っぽい、と再度出されたのが「夢でいいから」である。その詞は麻こよみが書いた。
 「詞は短く、言葉がストレートで分かりやすいです。しかも起用転結がはっきりしていて、歌っていて映像が浮かんできます」

 徳久は今回の新曲に際して、カップリングの「恋物語 part 2」と合わせて2曲しか用意していなかったという。たくみをクールファイブ時代に原点回帰させるためであった。
 たくみは日本クラウンに移籍してから「一人静」「オランダ坂」「上海たずね人」と、1曲1曲と存在感を高めていた。新曲では今まで2作続いたリズム歌謡から一転して、ムード歌謡へと舵を切ることになった。
 レコーディングでたくみは「自分の思うように男っぽく女心をパワフルに表現しました」と、徳久のアドバイス通りに歌った。

 発売された「夢でいいから」は、各地の歌唱キャンペーンで女性ファンから「歌いやすい」と言われるなど、早くも多くの女性の心を捉えているようである。

■クールファイブが原点

たくみ稜2.jpg たくみは内山田洋とクールファイブの4代目ボーカルを7年間務めた。彼がまだフリーで歌っている20年近く昔、当時、クールファイブのボーカルは3代目だったが、同じステージで仕事をしたことがあった。それが縁でその後、ボーカリストのオーディションを受けることになった。初仕事は東京・ベイ・ヒルトンホテルでのディナーショーであった。
 「オーディションには80人ほどが挑みましたが、その後、リーダーの内山田さんからコーラスとボーカルのメンバーとして手伝って欲しい、と依頼がありました。ディナーショーでは20曲ほどを自分なりの歌い方で歌いました」

 それからたくみは、大好きだった前川清がかつて務めていたボーカルを担当することになる。
 「半年ほどリーダーのもとに通って、前川さんの歌唱を仕込まれました。1年弱はコーラスを兼任しながらのボーカルでした」

 たくみがクールファイブの歌を初めて聴いたのは中学1年の時だった。
 義理の姉が持っていたLPに入っていた「逢わずに愛して」のメロディーにうっとりとしてしまった。芸能界へ入ったのは、その歌に惚れたというのも確かだが、それよりなによりも「金儲けになる」といった想いが強かった。

 プロになるため色んなオーディションに挑んだ。歌ったのは「逢わずに愛して」だった。日本テレビの「スター誕生」では決勝大会まで進んだ。設立3年目のトーラスレコード(1999年にユニバーサルミュージックに吸収合併されて消滅した)が初めて行った新人オーディションではグランプリを獲得して、プロへの切符を手にした。

 たくみはクールファイブから独立した後も「そして神戸」「恋唄」など前川時代のクールファイブのヒット曲を歌い継いでいる。ところが、その前川にはまだ1度も会ったことがなかったのである。それが2018年2月、ようやく念願が叶うことになった。
 「東京・中野サンプラザで開かれた前川清さんの50周年記念コンサートの楽屋で挨拶をすることが出来ました。歌っていることを報告したところ『どうぞ、頑張って下さい』の言葉をもらって、それまでの胸のつかえがいっぺんに取れました」

■来年はデビュー35年

 たくみが目指すのは一流の人たちと肩を並べることである。そのために常に前向きに勉強は欠かさない。歌同様にその生き方はパワフルである。
 かつてはどん底を味わったこともある。夢に描いた「金儲けになる」からは程遠かった。20代でデビューしたての頃は仕事がないので、チラシ配りや水上バスに乗ったりとアルバイトを転々としてきた。カラオケ教室も開いたし、NHKの朝のテレビ小説のオーディションも受けた。

たくみ稜3.jpg

 長い暗中模索の時代が続いた。「スケジュール帳が真っ白な時には落ち込みます。3年前に日本クラウンに入ってからは順調に仕事も増えていますが、暇な時には余計なことを考えてしまう」ことだってある。



 来年にはデビュー35周年を迎える。
 「心地よくそれを迎えるためにも、ぜひ『夢でいいから』をヒットさせたい」
 その一言には、いつも以上に<チャンスをものにするぞ>といった力強さを感じさせてくれた。





[たくみ稜 オフィシャルサイト]
https://www.m-plus-ryo-takumi.com/
[たくみ稜 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/takumi/whats.html






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桜井くみ子(日本クラウン)  「灯ともし頃」 永井龍雲作詞・作曲  夕暮れを背景に明日への希望を歌う   デビュー10年の転機となる作品 [インタビュー]

桜井くみ子.jpg◆♪ 何処にでもあるような幸福せでいいんです ~ 日本クラウンの歌手、桜井くみ子が2018年5月に出した「灯ともし頃」に出てくる一節である。ぜいたくなんか言いません。一緒の時間を過ごせるだけでうれしいのです。主人公の心の内に秘めた想いを最も表した部分である。彼女は「泣けてくるところ」だという。シンガーソングライターの永井龍雲が桜井のために初めて作詞・作曲した作品である。フォークソングっぽいこの歌は、ファンにとっては桜井のイメージを変える1作であるが「繰り返し聴いているうちに、なんていい歌なんだろう、と思えてくる」(桜井)そんな、ジャンルを超えてじわじわとしみ込むような歌である。








 聞きなれない「灯ともし頃」という言葉は、日が暮れて明かりを点し始める頃をいう。ジャケット写真の桜井くみ子は、まさに好きな人に想いを馳せながら夕暮れの景色を眺めている姿なのである。

 桜井のデビューは2008年7月である。今年で10年になる。そのデビュー前、作曲家藤竜之介の元でレッスン曲として歌っていた1曲に五木ひろしが歌った「暖簾」があった。なんていい歌なんだろうと思って歌っていたが、今から3年前に永井龍雲のライブで彼が歌う「暖簾」を初めて聴いた。
 ドラマのように情景が浮かんでくるその歌に、桜井は五木バージョンとは違う良さを感じ「いつか女性版の『暖簾』を歌ってみたい」と思うようになった。

桜井くみ子・灯ともし頃.jpg それが去年の永井のライブで本人と初めて話す機会を得ることをきっかけに、作品を提供してもらうことへと進んだ。しかも制作スタッフの総意でメイン曲にすることが決まった。
 歌の主人公のイメージは作家の永井龍雲をはじめ誰もが、飾らない素朴で地味だけど可愛らしい、着物の女性をイメージした。

 ところが桜井は「この歌は聴く人によってとらえ方がまちまちなんです。詞は純愛とも取れるし不倫とも読めます。不思議な歌なんですが、聴いてくれる人に決めてもらえるといいかな」と、判断をファンな委ねている。

 新しい作品を作っていこうと、桜井をはじめスタッフによって出来上がった作品である。「30代、40代の女性が聴き、歌う歌になれば、と思っています」と彼女は話す。
 初めて衣装を洋服に替えた前作の「哀愁流転」までは桜井自身、「同世代に聴いてもらえる演歌を模索していた」が、この「灯ともし頃」を歌うことで、その考えは変わった。

 「演歌とかフォークソングだとか歌のジャンルは、なくせばいいんじゃないかな。これを歌って、そう思うようになりました。聴く人が良い歌だ、と思える歌がいい歌だと思います」

桜井くみ子2.jpg

 彼女は子供の頃から人と話すのが苦手だったという。歌にあるように、電話かけてもいいですか?と尋ねるような引っ込み思案な女の子だった。それが何と好きな歌を職業として選び、今年でデビュー10年になる。
 今はすべて完璧でなくても、自然体でいれば良いのだ、と思うことで気持ちはぐんと楽になったようで、インタビューの間も何度も可愛らしい笑顔を見せてくれた。

 「灯ともし頃」との出会いは、そんな気持ちの変化から実現したのかもしれない。

 カップリング曲は「白糸の滝」。麻こよみ作詞、岡千秋作曲の純然たる演歌である。従来の桜井であれば、間違いなくこれがメイン曲であったであろう。去年12月に出したアルバム「プレミアムベスト」に収録された13曲のうち、新録音3曲の1曲だったものをシングルカットした。

 デビュー10年を迎え桜井はまた「縁とかタイミングとかが重なってチャンスへとつながっていきます。目標を持って1日1日を大切に歌っていきたいです」と、その心の内を話してくれた。





[桜井くみ子 オフィシャルサイト]
https://ameblo.jp/kumiko-sakurai
[桜井くみ子 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/sakurai/whats.html






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KANA(テイチクエンタテインメント) 「愛は流れ星」  誰もが口ずさめる歌  デビュー20周年記念曲  6月15日からは全国8会場でライブツアー [インタビュー]

KANA2.jpg◆パワーあふれる歌唱で多くの女性ファンを惹きつけるテイチクエンタテインメントの歌手、KANAがデビュー20周年記念曲「愛は流れ星」を2018年4月に出した。表題曲のほか趣きの異なる2曲をカップリング。6月15日からは全国8会場でライブツアーを開く。新曲のほかデビュー曲やデュオ時代の楽曲も披露する。KANAは「今回の作品は多くの人に口ずさんでもらえるものを作ってもらった」と話す。9月にはボーカルコンテストも行う予定である。








 記念曲はメインの「愛は流れ星」「愛なんて、シャバダバだ」「あばよ!Goodーbye」の3曲。いずれも曲はKANAの実兄である小林宏和氏が書いている。
 それぞれがコンセプトを持ち、メイン曲の「愛は流れ星」は「みんなが口ずさみ、歌える歌」に仕上げられている。

 「今までKANAの歌は難しい、と言われてきました。自分の想いを投げかけて聴いてもらうだけでなく、口ずさんでもらえる歌にしたい、と言って作ってもらいました。こうすることでKANAを応援してくれる人がさらに増えるかもしれませんね」

 8割は女性だという彼女のファン。歌に一度触れた40代、50代の女性たちの心を捉えて離さない。カラオケ発表会・大会でも、KANAの歌を選曲する人が増えているという。

KANA・愛は流れ星.jpg 「愛なんて ー 」は見せる楽曲で、踊りを組み入れる。今年のボーカルコンテストにパフォーマンスの部門を設けているのも、この歌で歌唱のほかにもダンスなどの振り付けやコスプレといった<見せる歌>を重視しているから。
 「あばよ! - 」は自らの20年を振り返り「私が歌の道で生きていこうと決心するまで」を作詞家の北村けいこが、KANAの動画などを見てイメージして書いた作品。
 自身の歩みが重ねられた楽曲であり「8年間付き合って振られてしまった男性のことを、忘れられない切なさ、辛さから抜け出し、それが歌へと向かわせる原動力にもなった」(KANA)ことを軸に綴られている。

 今はその男性とは良き友達としての付き合いをする間柄であるが、KANAとは長年の師弟関係でもあるシンガーソングライターで作曲家の杉本眞人は「その時、お前に歌の神様が降りてきたんだよ」と、今でも言い続けている。
 サッパリとしたタイプに見える彼女ではあるが「レコーディング前の練習では泣いてしまった」というのだが、それを第3者的にサラリと歌い流すのが女性ファンを惹きつける魅力なのだろう。

KANA.jpg

 こんな色とりどりな歌を1枚のCDに収めたのが「愛は流れ星」である。流れ星は一瞬にして消えてしまうが、彼女の20年は「女性デュオのRose(ロゼ)の名前で歌手デビューしてから、インディーズのソロ歌手・可奈を経てバンドコーラス、そしてメジャーのソロといった具合に、色んな道を歩んできたけれど、その時々に出会った人たちに助けてもらい、楽しくて幸せな時だった」と自身で振り返っている。

 中でもソロシンガーとして本格的に歩み始める原動力となったのは、杉本(眞人)バンドのバックコーラス歌手時代の相方でもあった先輩のジャッキーの存在が忘れられないという。
 「今の私を作ってくれたのはジャッキーさんが言った『そんなこと知ったこっちゃねぇ』の一言でした」
 ジャッキーのその言葉は短いけれど「いつまでもくよくよしていても仕方がない。辛いことなんか打ち捨てて、前を向いて歩んで行こう」と、KANAを奮い立たせることになる。彼女にとっては20年で一番のインパクトを与えた言葉だったようである。



 KANAは去年に続いて今年も全国ツアーを行う。大阪会場は7月22日、難波千日前のイエスシアター(なんばグランド花月=NGK=の地下)で開く。2人組時代の歌などファンにもあまり知られていない曲を振り返って聴かせるという。
 東芝EMIから女性デュオとしてのデビュー曲「純愛」と、それに続く「浅い夢」「恋の媚薬」の3曲をメドレーで歌うなど、ファンには堪らないプレゼントとなりそうである。






[KANA オフィシャルサイト]
http://pre-pro.co.jp/talent/kana/
[KANA テイチクエンタテインメント]
http://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/kana/







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木下結子(日本クラウン)  「おはじき」  7月4日発売  ♪ 弾き飛ばされた私 ~ 笑って明るく、辛いこともはじき飛ばす [インタビュー]

木下結子.jpg◆日本クラウンの歌手、木下結子が2018年7月4日にクラウン6枚目のシングル「おはじき」(作詞・高畠じゅん子、作曲・杉本眞人、編曲・矢田部正)をリリースする。1970年代のサイケな時代を背景に、ノリのいい歌謡曲に初めて挑戦している。今年35年になる歌手人生の中でもこうしたはじける歌は今までにもなかった、という彼女は「これが吉と出るか凶となるか」と胸を躍らせて「女性だけでなく男の人にも歌って欲しいですね」と呼びかける。カップリングは世界平和を願うバラード「チャオプラヤ川」(作詞・高畠じゅん子、作曲・小杉仁三、編曲・矢田部正)。







 「おはじき」のジャケット写真は、衣装にサイケ調なボーダー柄のTシャツにパンツを選び、70年代そのものを演出している。つけまつ毛まで着ける。その時代を象徴するかのように、都会の孤独の中で独りにらめっこして生きる女性が主人公。かつての内藤やす子を連想させるように、心の内面を歌う。

 彼女の楽曲には、去った男への未練心を歌ったクラウン移籍第2弾の「いとしいあんちくしょう」(2013年)がある。「おはじき」と同様に負けず嫌いの性格な主人公が、好きな人への想いは人一倍に<いい女>を歌っている。ところが今回の主人公は、それよりもずっと活動的な姉ゴ肌で「『いとしい--』を上回る格好よさが感じられる」(木下)のである。

 木下の歌の多くは、デビュー曲の「放かされて」(1983年)「ノラ」(1989年)に代表されるように、恋に身を焦がし、捨てられて独り寂しく生きる女性を歌ってきたが、「おはじき」は決してそのような暗く、じめじめとした女性ではない。ポップなメロディーでカラッとした女性を描く。
 木下も「はじき飛ばされてしまった女性を歌った、素晴らしく賑やかな楽曲」と、自身のライブなどでアピールしているが、その反面では、やはり哀しさを隠し切れない主人公の姿も見え隠れする。


木下結子2.jpg カップリング曲はタイのバンコクを流れる川の名前をタイトルにした「チャオプラヤ川」。歌にはその川辺で生きる屈託のない子供たちの姿が登場するが、世界には「ひとかけらのしあわせ」を求めて生きている人もいるし、私たちに何が出来るの-と問いかける。平和を願う、これも木下にとっては初挑戦となる。1コーラスで3分という長い楽曲である。

 高畠じゅん子の詞に、小杉仁三氏が存命中に曲を付けていたが、日の目を見ずに高畠の元で温められていた。


 10月28日には5回目の東京・ヒットスタジオでのライブを行う。東京ライブ「関東でももっと木下結子を知ってもらいたい」という自身の想いから、「マリーゴールドの恋」のリリースに合わせて初めて開催したも回を重ね、今回も新曲発売記念ライブと銘打って計画を進める。


 木下のファンは関西だけではなく全国に散らばるが「デビュー以来のCDを持っています」や「生歌が聴きたくて」といった人たちが、たくさん集まっている。

 このところ全国から仕事の依頼が舞い込んでいる。
 ここ数年は関西を中心に活動していたが、SNSでの情報発信を契機に各地から「歌を聴きたい」といった声が届き、愛車を駆って各地へ出向く巡業の旅が増えている。7月10日には岐阜市内で開かれる長良川清流ジョイントライブにも出演する。

 歌だけではなく、映画にも出演した。25年ぶりに集まった高校の同窓生のひとり、といった役柄。去年は春に撮影したが、その映画がこのほど完成して、今年8月に岡山県新見市で上映会が開かれる。もちめん木下も出席することが決まっている。

 木下は今年9月21日で、日本コロムビアから「放かされて」でデビューして35年目になる。日本クラウンには2012年に移籍し、「ウヰスキー」「マリーゴールドの恋」など5枚のシングルを出している。
 彼女は「今、楽しみながら一番いい仕事が出来ている」と心の充実ぶりを話している。






[木下結子 オフィシャルサイト]
http://nora-yuiko.jugem.jp/
[木下結子 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/kinoshita/whats.html







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竹川美子(日本クラウン) 「片恋おぼろ月」 デビュー15周年記念第2弾シングル 艶っぽさを増した純和風な艶歌 [インタビュー]

竹川美子.jpg◆作曲家叶弦大に弟子入りして20年間住み続けた静岡・伊豆長岡の町を離れて、2018年1月から東京都内に移り住んでいる日本クラウンの歌手、竹川美子。今までの新幹線移動やホテル泊からも解放されて、コンサートや観劇、歌手仲間との付き合いなど自らに刺激を与えるゆとり時間に当てている。歌への影響も大きいようで、5月に出した前作にも増して艶っぽい純和風な新曲「片恋おぼろ月」にも「変化が現れているようです」と、表情は明るい。


竹川美子・片恋おぼろ月.jpg









 表情が柔らかくなったよ。あか抜けしたね。一体どうしたの? 最近、竹川美子に会った人たちは口を揃えてそのように指摘する。
 「気持ちが柔らかくなったように思うんです。伊豆長岡で暮らして、いろんな人生勉強をさせてもらいましたが、どこか縛られている自分がありました」

 東京ー静岡県・三島の新幹線移動。仕事で遅くなったり、朝が早い場合にはホテルに泊まる。こんな生活が続いてきた。ところが新幹線の時間は気にしなくて良くなったし、プライベートな時間をたくさん持てるようになった。
 「自宅周辺をウオーキングしたり、新しいお店を見つけたり、歌手友達と食事に行ったり、観劇したりと、新鮮な気持ちです」

竹川美子2.jpg そうした変化が歌に好影響をもたらしているようだ。
 前作の「船頭さん」は、和のテイストが入った古風な作品だった。さらに和の色合いを強めたのが、今年5月2日に出した「片恋おぼろ月」である。しかも「チントンシャンの小唄端唄の世界で、今までにない艶っぽさ」(竹川)が際立つ。

 20年間住んだ伊豆長岡は温泉町で、かつては芸妓も400~500人もいたと言われる。今はその数も10人程度までに減っているそうなのだが、竹川は「そうしたお姉さんたちの稽古風景を見たり、お座敷を体験したりと和の世界に触れてきた」ことが、今、歌の表現に役立っている。

 新曲の「片恋おぼろ月」では、芸者歌手として名を馳せた市丸の動画をYouTubeで見て聴いて、〈チントンシャン〉の世界に近づこうとした。
 「以前からテレビ見たことはありましたが、改めて動画で勉強しています。お姉さんたちの近くで生活してきて、芸妓への世界にも憧れはありましたね。それでもスカウト話はなかったですね」


 伊豆長岡では7月7、8の両日、今年で83回目になる源氏あやめ祭が行われる。毎年、これに参加している竹川は、祭り2日目の8日に純烈(日本クラウン)真木ことみ(同)と一緒に出演して「片恋おぼろ月」など歌を披露する。
 伊豆長岡など3町が合併して誕生した伊豆の国市の市制10周年を記念して、2014年には北川大介とデュエットした「伊豆の国音頭」もCD化されているなど、長年住んだ伊豆長岡とは、東京に拠点を移したというものの、歌手の原点であることには変わらないようである。



 前作では屋形船で新曲をお披露目するイベントを東京都内で行なっているが、今作ではそうした予定はないそうである。

 竹川は「『片恋おぼろ月』は季節は春の歌ですが、秋にお月見の会をしたねって提案しているんですよ」と、6月30日には六本木ヒロシ、これが落語デビューという知里(日本クラウン)らと落語と歌のイベントを東京・南小岩のCDショップ名曲堂で開く。好奇心旺盛な彼女が始めた落語の会。その上達ぶりが見ものである。彼女の落語の師匠、古今亭志ん五もゲスト出演する。





[竹川美子 オフィシャルサイト]
http://www.havmercy.co.jp/takegawa/pg313.html
[竹川美子 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/takegawa/whats.html






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秋元順子(キングレコード)  「哀しみのコンチェルト」  「愛のままで・・・」から10年  とめどない哀しさに女性ファンが再び熱く燃える [インタビュー]

秋元順子.jpg◆キングレコードの歌手、秋元順子が広く世に知られるようになったのは、メジャデビュー3作目のシングルとして2008年に出した「愛のままで・・・」の大ヒットによってである。60歳であった。それから10年。2018年5月に14枚目のシングル「哀しみのコンチェルト」を出した。作詞・作曲ともに「愛のままで・・・」と同じ花岡優平である。恋の終わりを、あるいは人生の別れをドラマチックに歌い上げる愛のメロディーは、まるで「愛のままで・・・」を彷彿させるかのように、とめどなく切なさが押し寄せてくる。









 「哀しみのコンチェルト」を聴いて共感する女性は多い。それは全編から伝わってくる寂しさや切なさによるものからであろう。しかしこの歌はただ悲しんでいるだけではない。
 作品を書いた花岡優平は「愛する人を失った哀しみを乗り越えていくドラマ」であると語っているし、一昨年から身近な人たちをたくさん亡くした秋元順子自身も「歌うことでその哀しみを包み込んでしまう」というように、涙が枯れるまで歌って哀しみの幕を下ろそうと前へと向かう歌である。

 人は歳を重ねるに従って幾つもの別れを体験し、辛くて哀しいことをたくさん経験する。それを秋元は無理に表そうとせずに「サラリと歌うように心がけている」のが、たくさんの女性を惹きつけるこの歌の魅力なのだろう。

 「悲しみすぎないで自然体で歌うほうが、聴く人に重ぐるしく感じさせない」
 長年の経験から秋元は指摘する。

 ♪ あなたがいなくても 季節は移りゆく ~ 「哀しみのコンチェルト」の1番に出てくる一節である。低く太い秋元の声が無情な移ろいを描写する。寂しい、切ないと言葉にはしないが「初めて聴いて涙が止まらなかった」との声も聞かれる。


秋元順子・哀しみのコンチェルト.jpg 相変わらず女性たちの間での秋元人気は高い。各地で開かれているカラオケ発表・大会では、出場者の歌唱曲には必ずと言っていいほどに、彼女の曲目を見つけることができるほどである。
 とりわけ大ヒットした「愛のままで・・・」は定番曲である。「哀しみのコンチェルト」は、それに迫る風を感じさせる。5月21日付けのオリコン演歌チャートでは初登場3位にランキングされる人気ぶりで、2週目も11位と「ヒットの予感をさせる作品」らしさを感じさせている。


 彼女にとってエポックメイキングとなった「愛のままで・・・」から10年。

 「大ブレイクした時に〈どう着地するかだよ〉と、突然のヒットに私の心を心配してアドバイスをくれた娘は40歳の2児の母親になっていますが、今は健康に気を付けて皆さんに喜んで聴いてもらえるように歌を続けて、と優しいことを言ってくれてます」

 そんな言葉を背に、これから暫くは日本中を駆け巡って新曲のキャンペーンだという。6月21日には東京へ戻って、コンサート「秋元順子 ~ コウトウ・ラブ・ストーリー ~ 」を、同江東区・ティアラこうとうで開く。

 秋元はハワイアンからジャズ、カンツォーネ、ラテンなどジャンルを問わず幅広く活動しているが、シャンソンでもその実力ぶりを発揮する。7月7日には、東京・NHKホールで開かれるシャンソンの祭典「パリ祭」に出演するし、同12日には横浜のホテルニューグランドで「パリ祭 WEEK 秋元順子シャンソンを歌う」にも出演する。





[秋元順子 オフィシャルサイト]
http://www.apc-brain.co.jp/aj/
[秋元順子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=20106






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長保有紀(日本クラウン) 「お酒でワルツ」  衣装をドレスに替えて歌うオシャレな歌謡曲調  初の鈴木淳作品 [インタビュー]

長保有紀.jpg◆彼女の声質には、きっとこんな曲が合うよー。日本クラウンの歌手、長保有紀が2018年4月に出したオシャレな雰囲気が漂う「お酒でワルツ」は、作曲家鈴木淳のこんな一言から生まれた。歌謡曲を得意とする鈴木は演歌も書くが「(長保には)着物じゃない歌を書かせてほしい」と希望したという。元来、彼女はちあきなおみや西田佐知子の世界が好きだ。デビュー前からプライベートで口にするのも、そんな歌が多かった。服装も着物よりもカジュアルなものを好む。本来の自分に戻って歌う新曲だが、ファンにとっては新感覚な1曲のようにも映るようである。








帽子とカジュアルルックが大好きな長保有紀

 長保有紀のデビュー曲「女の人生待ったなし」(1985年、アポロン音楽工業)の衣装は洋服だった。着物を着て不倫ものなど、艶っぽい歌になっていくのはデビューして3、4年してからである。カラオケ好きな人たちが抱く長保のイメージは、その頃から少しずつ出来上がっていく。

 「20数年間、着物を着て歌の主人公を演じてきましたが、本当は好きで得意とするジャンルは『お酒でワルツ』のような歌謡曲路線なんです。これってスタイルを選ばずに聴ける歌で、ごろっと寝転んでも楽しめるかな。カラオケで歌いたい人にはカップリングの『外国船』が好まれるかもしれません」

長保有紀・お酒でワルツ.jpg 昭和歌謡のヒット曲には、耳に焼き付いた忘れられないフレーズがたくさんある。この「お酒でワルツ」でならば、間違いなく ♪ 今夜はお酒 朝までお酒 〜 であろう。聴く者の心に印象付けられる、この歌のサビなのである。

 かと言って「決して歌い込まない方がいい」と、長保はいう。さらりと表現した方が、歌の世界を巧く表してくれるからである。
 「ワルツ調の歌は今までに何曲か歌っていますが、洋服に戻ってのものは珍しい。メロディーは簡単ですが、歌うのは難しいですけど皆んなで楽しみながら歌いましょう」

 20数年間、着続けてきた着物であるが、着ていると結構苦しいのだそうだ。そこから解き放してくれた「お酒でワルツ」は、長保をどこへ向かわせるのだろうか。これから路線に変更はあるのか。

 「ようやく本来の私の時代が来つつあるように思います。徐々にイメージを変えていこうかしら。自分が得意とするところに落ち着けたらいいと思います。まぁ、両方歌っていけたらいいけどね」

 この新曲にかける長保の期待は大きい。
 「長保イコール着物しか知らない人にも、しっかりとこの『お酒でワルツ』を聴いてほしいです」
 歌うだけの歌の楽しみから聴くことを楽しめる、そんな歌が彼女の手元に舞い降りてきたようである。ちなみお酒はすぐに酔っぱらうほどに弱いのだそうである。





[長保有紀 オフィシャルサイト]
https://ameblo.jp/nagahoyuki/
[長保有紀 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/nagaho/whats.html






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真咲よう子(日本クラウン)  「晩秋ひとり旅」 デビュー60枚目シングル  心地よい三連のリズム  カップリングは「宗右衛門町ブルース」 [インタビュー]

真咲よう子.jpg◆日本クラウンの歌手、真咲よう子が2018年4月25日に出した新曲「晩秋ひとり旅」は、彼女が1981年に「女のみれん」で日本クラウンからデビューして、ちょうど60枚目のシングルになる。歌は語るような出だしから、徐々に盛り上がって行く。ラストは伸びやかに歌うドラマチックな楽曲である。心地よい三連のリズムで評判が良かったという前々作の「つれそい花」(2016年)のカップリング曲「波の華」に倣った、悲恋を歌う自信作品である。


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 「晩秋のひとり旅」の本格キャンペーンは5月15日、ショッピングモール・岸和田トークタウン(大阪・岸和田市)の大阪からスタートした。トークタウンで歌ったのは初めてで、次の会場のイズミヤ今福店は10年ぶりだったという。明日16日には12年ぶりに大阪発流行歌ライブにも出演することになっている。
 「歌うのが難しいと言われていた前作と違って、今作は皆さんにとって歌いやすいようです。これから夏を迎えようとしている季節ですが、秋に向けて沢山の女性に歌って欲しいですね」

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イズミヤ今福店での歌唱キャンペーン(2018.5.15)

 三連のリズムの楽曲がメイン曲というのは久しぶりだという。真咲の多くの作品は裏声で女性の艶っぽさを表現してきたが、今回はディレクターの要望に「地声で出るところまでのキーで作ってもらった」と、どんなリクエストにも応える職人根性を見せる。
 裏声から地声に変えたため、歌の雰囲気は今までのものと違っているが、女の哀しさを歌うのは同じ。

 この歌には地名は出てこないものの、真咲の中では「北海道・釧路の肌に突き刺さる寒さをイメージして歌っています」という。
 どうして釧路なのだろう。
 「釧路は毎年行っているんですよ。そこは晩秋の夕陽がとてもきれいで、町の橋の上から見る景色の美しさも格別です。それに雪が降った後の寒さなど、肌で感じるところが歌とピッタリなんです」
今秋には釧路を含む北海道地区でのキャンペーンを予定している。

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カップリング曲ではレパートリーにもなかった「宗右衛門町ブルース」を歌う

 カップリングには平和勝次とダークホースの大ヒット曲「宗右衛門町ブルース」(1972年、日本クラウン)を収録した。自身のレパートリーの中にはなかったという初めて歌うものだった。ところが「レコーディングでは違和感もなく、伸び伸びと歌えました」と、和服姿の居酒屋の女将をイメージして歌っている。
 カバー楽曲を収録するのは神戸一郎が歌った「あじさいの花」をリメイクして出した同名曲(1994年)以来だという。

■山口百恵と同期

 3年後にはデビュー40年という節目を迎える。「百恵ちゃん、淳子ちゃんと同期なんですよ」と言うように、クラウンからのデビュー以前の1973年、15歳の時に本名の紅谷洋子の名前で、ビクターレコードから「思春期」でアイドルデビューして、ふたりと競い合っていたのである。その時から数えると今年は歌手デビュー45年ということになる。

 アイドル路線から退き、三波春夫に付いて4年間、ステージマナーなど専ら礼儀作法を学んだ。クラウンへはレッスン曲の持ち込み作品だった演歌「女のみれん」での再デビューだった。以来、1年にほぼ1作品をリリースしてきている。

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裏声を使わずに地声で切ない女性を表現する

 2年前から毎月1回、東京・阿佐ヶ谷の事務所近くにあるカラオケ喫茶を会場に、店が営業を終えた夜に、ライブ「よう子の部屋へようこそ」を開いている。20人程度小規模なイベントだが、2時間かけて千葉からもやって来る熱心なファンもいるほどだ。
 真咲は新曲とリクエスト曲、懐メロなど8曲ほどを披露する。歌好きの人たちが歌うコーナーも設けて、みんなで歌を楽しんでいる。
 「CDとは違う歌い方も聴いてもらえるので、楽しんでもらっています。ぜひ生の『晩秋のひとり旅』も楽しんでもらいたいです」と真咲。


 「晩秋のひとり旅」は今の自分を集大成した作品だと自信を見せる真咲は「自分の作品はどれもストーリーを組み立てて歌っていますが、今作の『晩秋のひとり旅』は特にドラマを作りやすい内容です。語るように歌ってもらえるといいですね」と話していた。





[真咲よう子 オフィシャルサイト]
http://www.crownmusic.co.jp/artist/masaki/wn.html
[真咲よう子 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/masaki/whats.html






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新川めぐみ(日本クラウン) 「夕陽川」 赤い夕陽が映える川に切ない想いを馳せる 歌いたい曲と好評  改名2作目 [インタビュー]

新川めぐみ.jpg新川めぐみに改名して2作目の「夕陽川」を2018年4月4日に出した。今までの秋吉真見時代のパンチある熱唱型歌唱から、抑えて大人の女性を歌うスタイルに切り替えている。これがなんと大当たり。歌唱キャンペーンで歌を聴いて「次のカラオケ発表会の歌唱曲にする」という人や、ショッピングモールでの歌声を耳にして「すごくいい歌」とCDを買って行く人など、「今までにない反応の良さ」(新川)といった出足好調ぶり。デビュー12年デビューながら、〈新川めぐみ〉としてはまだ2年目で、行く先々で名前を連呼して名前を覚えてもらおうと懸命である。


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 新川めぐみの改名は3度目である。デビューはちあきまみ(パップ)、2011年に日本クラウンに移籍して秋吉真見、そして去年5月にクラウン復帰に際して新川めぐみで新たなスタートを切った。「新しい流れにのって、たくさんの人との縁に恵まれるように」といった願いを込めた命名であった。

 デビュー以来、新川はパンチ力のある熱唱型で歌ってきた。それが自分の性格にもピッタリとハマったからだろう。ところが前作の「待ちわびて」から、声を張り上げずにしっとりと大人の女性を表現するように路線を変えた。するとどうだろう、カラオケ好きのたくさんの人たちから「歌いたい歌」と高評価をもらえるようになった。

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歌唱指導と振付のキメのポーズを見せる新川めぐみ
(2018.5.11=山吹レコード=大阪・堺東)

 「それまでは、いい歌なんですが難しくて歌えない、といった声が多かったんです。それは音域が広すぎたからなのでしょうか。今は歌っていて、こんな発声でいいの、なんて思うほどでした。今は歌い出しは抑え気味に歌い、少しずつ盛り上げていって、最後は余韻を持ってもらえるようにしています。それが逆に説得力を増しているのでしょうね」

 先日までの東海地区のCDショップでの歌唱キャンペーンでは、そんな新しくした歌唱法を伝えた。歌を格好よく締めくくり、ステージ映えさせるための振付の<キメ>のポーズもアドバイスしているほど。
 至れり尽くせりであるが、その効果もあってキャンペーンで訪れた先では「この『夕陽川』でカラオケ発表会に出ます、といってCDを買ってもらっている」というシーンが増えている。

 新曲「夕陽川」は新川自身が自信作というだけに「日本クラウンヒット賞の敢闘賞を頂いた前作『待ちわびて』以上に、聴いていただいている人の反応はいいですよ。拍手の数も多いし、手ごたえを感じますね」と、聴く人たちにじわじわと浸透しているようである。

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山吹レコードでの歌唱キャンペーンで歌う新川めぐみ(2018.5.11)


好きな食べ物は九州パンケーキだとか。
 九州・・・? 初めて耳にした。
 黒米(熊本)赤米(福岡)うるち米(鹿児島)小麦粉(大分など九州各地)など九州産の素材だけで作ったというパンケーキミックス「九州パンケーキ」を使って焼いたパンケーキで、ふわふわでモチもちな食感が堪らないそうである。デパートなどの食料品売り場で購入できるという。

 話は歌からかけ離れてしまったけれど、これは記者の「しげちゃんキッチン」の新しいメニューに加えられそうである。またまた脱線してしまった。


 さて、改名2作目の「夕陽川」を歌う歌手新川めぐみにとってこれからは「私にとって、この新曲は平成時代最後の歌であり、平成の名曲として残るように、頑張って歌っていきます」と、力強く話していた。





[新川めぐみ オフィシャルサイト]
http://office-m-site.co.jp/
[新川めぐみ 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/shinkawa/whats.html






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北野まち子(キングレコード)  「冬酒場」 初めての語り歌で ドラマチックな演歌 今年デビュー30周年 [インタビュー]

4640FCDF-BD68-4397-82AB-8578810C8AB8.jpeg◆まち子ちゃ〜ん! キングレコードの歌手、北野まち子が久しぶりに店頭キャンペーンでやって来たという、大阪市城東区のイズミヤ今福店。彼女が現れるのを待ち構えていた沢山の人たちから盛んに声援が飛んでいた。人気の高さがうかがえる。2018年3月21日に出した「冬酒場」は、酒場の女将がカウンターの客に語りかけている映画のワンシーンを思わせる歌である。北野は「今までの北野まち子にはなかった新しいドラマチック演歌の歌世界です」と、女将になりきって歌っている。


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「冬酒場」の作詞者、石原信一は「カウンターで男が熱燗でも飲んでいるシーンを想像しながら歌ってもらえればいい」と、北野まち子に注文している。古びた赤ちょうちんがぶら下がる店を1人で切り盛りする女将は、白い割烹着を身に付けている。客は「高倉健さんかな、きっと庶民的な人なんですよね」と、北野はそんな店を想い描く。
「弘前に住む父の従兄弟がやはり居酒屋を営んでいたんです。そこをイメージしています」

ところがプロモーションビデオ(PV)には、そんな居酒屋らしき小道具はどこにも出てこない。窓ガラスに当たるみぞれを女は、恋しい人がやって来ないかと、見つめているだけである。

そんな寂しい女が語りかける歌〈語り演歌=うた〉を、北野は初めて歌うというそれは、まるで映画でも見ているかのようでもある。「私にとって大事な財産が増えたような1曲です」と北野。
今年8月にデビュー30周年を迎える北野に、作曲家の徳久広司も「大人の女性を歌って、引き出しを広げ、ステップアップにつなげられる」と、それまでメイン曲の候補として上がっていた「おんなの暦」を押し退けて、この「冬酒場」を推した。

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30周年という大きな区切りに今、思うことはー。
北野に訊いてみた。
「ひとつの節目に変わりはありませんが、今まで通りに一生懸命に元気な姿を皆さんに見せて、一方で元気をもらいながら、元気のお裾分けが出来るように歌っていきます」

フェイスブックを去年4月から始めている。
彼女の歌唱キャンペーンで出会った女性が「北野さんのフェイスブックにコメントを書いたら、返事をもらえたんです。うれしくて応援にやって来ました」と話していたように、SNS上であってもファン1人ひとりを大切にする、その誠実な人柄は彼女の歌そのもののようで、ファンの心に響いている。

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「北野まち子30周年記念パーティー」を2018年11月11日、東京・港区芝公園の東京プリンスホテルで開く。その日のために目下、体力作りと身体を引き締めようと「マネージャーさんと一緒にジムに通ってるんですよ」と北野。

東京・浅草あたりの居酒屋で歌唱イベントもやってみたいとも。実は北野、酒は人並みにいける口なのだそうである。





[北野まち子 オフィシャルサイト]
http://www.machiko-k.com/
[北野まち子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=18678









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こおり健太(徳間ジャパンコミュニケーションズ)  「泣きみなと」 高音の響きがますます冴え渡る切ない女歌 [インタビュー]

05097866-1BD9-412A-B9D8-BCB791AE201E.jpeg◆歌が自分を育ててくれ、ファンが歌を育ててくれている。前々作の「雨の舟宿」から3作続いてオリコンの演歌・歌謡曲チャートで初登場1位にランキングされた徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手、こおり健太は、デビュー10年の今をこのように語った。前作の「風花」と2018年4月11日に出したデビュー10周年記念曲「泣きみなと」は、作詞を田久保真見、作曲を岡千秋が手がけている。こおり自らがいう「個性的な女歌」で、演歌界に大きな花を咲かせようとしている。









「風花」発売前から始めたCD予約販売会は、今作「泣きみなと」でも東京、関西、九州、札幌、宮城で実施して好評を博した。大阪で開催されたライブでもたくさんのファンが並んで予約をしていた。
その「泣きみなと」は港が舞台である。風が海が、カモメも潮騒も、すべてものが歌の主人公の女性とともに悲しく泣いている。その切ない情景をこおり健太の高音が、一層増してくれる。女性ファンを惹きつける所以である。

彼はこんなに悲しく切ない女歌ばかりを歌い続けてきた、至極まれな男性歌手と言えるだろう。
女の心情を表すために、一体どんな工夫をしているのだろうか。
「デビュー以来、ずっと女歌を歌ってきました。頭の中で想像を膨らませながら描く理想のドラマを重ねながら歌っています。これからも女歌を歌う記録を更新したいです」

最近こおりは、ラジオで共演した先輩歌手で、女歌を歌わせると右に出る者がいない、とまで言われるほどに、その表現力が高く評価されている角川博(キングレコード)から「ネチっこくならないように、押し付けないこと」と、女歌を歌うコツを教わっている。

「僕の歌は歌詞を歌うことによって、主人公の代弁者になっています。説得力があるとも言われますが、裏を返すと表現が重いのであって、そのふたつのバランスを取ることが大事ですね」

3会場で10周年記念コンサート

95D50F05-8B09-4574-A574-695CD5E8B2FC.jpeg こおりは、幼稚園教諭と保育士の資格を取るために短大で学び、地元宮城県で3年8ヶ月、保育所で働いた。女性が多い職場環境が、今の女歌に影響を与えているのかは分からないが、決して皆無ではないはずだ。
歌手になりたいという子供の頃からの夢を実現するために退職し、その後上京したが、食べるために飲食店で皿洗いなどのアルバイト生活をする。

アルバイト先でカラヲケを歌っているところを、音楽事務所の社長から「うちでやってみないか」と、かけられた声に「やります」とふたつ返事でデビューへの道を掴んだ。
キングレコードから「口紅哀歌」でデビューしたのは2008年で、2作を出した。11年には徳間ジャパンコミュニケーションズに移籍して「泣いてください」で再出発。これが今の女歌のこおり健太につながる本格デビューであった。


そんな歌手デビューまでもを振り返る「こおり健太10周年記念コンサート」を、2018年9月30日の東京・四谷区民ホールを皮切りに、宮城・山元町中央公民館大ホール(同10月27日)札幌・道新ホール(同11月18日)の3会場で開く。
「歌手になるまでを振り返りながら、デビュー10年の軌跡を皆んなで共有し合える内容のコンサートにしたい」
こおりはメモリアルコンサートの内容を固めつつある。

開催予定地には関西は入っていないが、大阪では「ピアノの弾き語りも混じえたライブを行いたい」と、今、計画を立てているところでもある。





[こおり健太 オフィシャルサイト]
http://k-kenta.sakura.ne.jp/wp//
[こおり健太 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/koori.html






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知里(日本クラウン)  「あなたの女です」 ニュー演歌第2弾 今年はこれでクラウンのヒット賞を [インタビュー]

3C90CB4C-33FA-4A79-942A-569E1CB123CB.jpeg◆今年度はヒット賞を狙います、と意欲を見せるのは日本クラウンの歌手、千里である。昨年度、初めて奨励賞をもらった。2018年3月28日発売の新曲「あなたの女です」は、「2、3回聴くと口ずさんでもらえる」と、ヒットへの手応えを感じている。プロモーションビデオ(PV)に中国語などで歌詞の字幕を入れて配信を計画するなど、彼女ならではの新たな取り組も見せ始めている。










知里は今、前作の「花艶歌」(2017年)から〈ニュー演歌〉と呼ばれる、ポップスぽい要素を多分に含んだ新しい演歌の路線を歩み始めている。衣装も上半身は着物だが、下半身はスカートにハイヒールといった、まるで服を着た人魚のようで、まさにニュー演歌の言葉に相応しい出で立ち。

EF45B8ED-8C41-4694-A557-88BFE36A1F41.jpeg 大学で声楽を学んでクラシックやジャズを歌ってきた。デビューから4曲は歌謡曲だった。レコード会社の「私に泥くさい演歌を、明るく思い切り唸って歌わせたい」といった要望に応えて、前作からニュー演歌という耳新しいジャンルの歌に挑んでいる。

「歌詞を読み、意味を解釈して、振り付けの所作を勉強しています」
演歌を自分のものにしようと必死である。

そんな千里だが今作(演歌)は「歌詞は単純だけど、重くて難しい言葉が並んで暗い。でも楽しく歌えます。こつこつと笑って歌っています。そうすると笑っている顔がいいなんてほめてもらえるんですよ」と、笑って見せてくれた。

ファンからは「あら、今度は演歌なの」と言われるが、ホームグラウンドの千葉を飛び出してのキャンペーンでも反応は良い。「CDを1枚1枚と買ってくれる年配の女性たちが増えてるんです」

そうした年配層をカップリング曲でも喜ばせている。「あなたの女です」のカップリングには織井茂子が歌った「黒百合の歌」(1953年)を、前作の「花艶歌」には伊藤久男の「イヨマンテの夜」(1949年)を収録している。彼女の豊富な声量が、歌の魅力を高めてくれている。

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新しいことをするのに抵抗は感じないという千里。今、始めようとしているのが、「花艶歌」と「あなたの女です」のPVに、中国語や韓国語、英語などの字幕を挿入してネット配信すること。
まだ歌詞の翻訳を始めたばかりだが「海外の人たちにも日本の演歌を楽しんでもらいたい」と、奇抜な衣装と合わせて国内外への期待は高まる。

順調に〈ニュー演歌〉の路線を歩み出した千里だが「将来は、ちあきなおみさんの路線に憧れています。さらにはマンボ、ルンバといった曲調を取り入れた作品にも挑戦してみたい」と、新しいものへのチャレンジ精神は旺盛である。





[知里 オフィシャルサイト]
http://office-kaneko.co.jp/
[知里 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/chisato/whats.html






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三門忠司(テイチクエンタテインメント)  「人生坂」 聴く人すべての応援歌  しみる三門演歌 [インタビュー]

三門忠司.jpg◆デビュー40年が近づいているテイチクエンタテインメントの歌手、三門忠司が自らの人生とかさねたかのような歌「人生坂」を2018年4月18日に出した。人生を坂にたとえて力まずに歌うそれは「自分への応援歌であり、聴く人すべての応援歌である」という。カップリング曲の「なぁ酒よ」は、今までにない歌の世界を歌ってみたい、といった三門の希望を叶えてもらって出来たもの。しっとりと歌う新しい趣きを作り上げている。両方の曲を作曲をした岡千秋が「忠やんの新しい世界ができたで」と言えば、三門も「2曲ともええ歌やでぇ~。歌ってもらって応援してもらいたい」と呼びかける。







 三門忠司は自らの歌世界で、男を、そして夫婦を歌い、さらにはなさぬ仲の男女を表現してきた。そうした多くの作品の中で共通しているのは男の生き様を歌っている点であろう。新曲「人生坂」とカップリングの「なぁ酒よ」もまた、紛れもなくそうした1曲なのである。

 発売前日の4月17日から始まった新曲発売記念の関西キャンペーンでも、たくさんの女性ファンが三門を追いかけ、席を確保するために早い時間から列を作って開演を待った。そんな光景を目にすると、三門が歌う男の生き様に魅せられた人たちが如何に多いかが分かるようである。

三門忠司・人生坂.jpg 「人生坂」は、辛い苦しいことの多い人生を坂にたとえて、自分で頑張っていこうよ-と歌う「すべての人に向けた応援歌」である。三門は今年10月で74歳を迎える。脱サラしての35歳でのデビューだった。そんな自分を励まし、聴く人には三門演歌が心に染み渡るような新曲である。
 「この歳になっても毎年、新曲を出してもらえるということは有難いことです。ファンには同世代の人も数多くいます。体調を崩してしまった、という声も聞かれます。そんな中から聞こえてくる『1年でも長く歌って』といった声援をエネルギーに、歌っていこうと思ってます」

 カップリングの「なぁ酒よ」は、男心の切なさをスローなテンポで歌っている。
 「最近は沁みるような切ない歌が少ない」(三門)ことから、この歌詞とメロディーが出来上がった。作詞の志賀大介は「男なら誰でも、こんな事あるよな」という世界を書いた。
 それならば歌ってみたい、という人も少なくはないのだが「この作品は作り手が、どや、歌えるものなら歌ってみい、と挑戦状を叩きつけたかのよう」(三門)な楽曲である。

 それに対して三門は「詞と曲の邪魔をしないように、自分の声と気持ちを寄り添うように歌えばいいでしょう。力まずに半分の力で歌い、残りは聴く人に膨らませてもらえばいい」とアドバイスする。


 多くのファンは三門の歌に「忠さんの声に癒され、ホッとする」という。「人生坂 / なぁ酒よ」は、そんな人たちに大きな力を与えてくれるのかもしれない。
 「人生坂」の最後に ♪ 人生坂は 誰の坂でも ないんだよ そうさ自分の 坂なのさ 〜 とあるように、三門は「僕も1人でも多くの人に聴いてもらえるように、CDを精一杯販売しヒットさせて、応援してくれている皆さんに応えていきたい」と、2年後に迫ったデビュー40年に向けて意気込みを見せた。





[三門忠司 テイチクエンタテインメント]
http://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/mikado/







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夏木綾子(キングレコード)  「金沢しぐれ」  旅情を誘うニッポの美を歌った演歌  初の金沢旅行も [インタビュー]

夏木綾子.jpg◆「今年、女友達3人で金沢へ旅行するんですよ」。キングレコードの歌手、夏木綾子が初めての金沢の旅を計画している。ひがし茶屋街、片町、犀川と2018年4月4日に出したばかりの新曲「金沢しぐれ」にも出てくる金沢の名所を訪ね、近江町市場では北陸の美味しいも体験する。金沢の風情を身体いっぱいに感じて「歌の主人公の気持ちになってみたい」と、心を早くも金沢へ向けて弾ませている。










 小雨降る金沢の街を行く女ひとり。そんな姿をメジャーな曲調でしっとりと歌う「金沢しぐれ」は、夏木綾子が「あじさい雨情」(2005年)から歌い続ける雨シリーズである。夏木と言えば雨、雨と言えば夏木と言ってもいいほどに、今まで雨のいろんな趣きを感じさせてくれている。雨は夏木演歌の定石になった。

 今作は、金沢を歩くようにゆったりと歌うそれは、まさに古都散歩の頁をめくるかのように、街のあちこちが目に浮かんでくる。
 「前作で徳島を舞台にした『眉山の雨』を歌って、地方都市の歌への魅力を感じさせられて、今回は行きたい土地に選ぶ人が日本で一番多いという金沢へ飛ぶことになりました」

 CD発売後の反響も良く「歌を聴いて、久しぶりにふる里の金沢へ帰ってみたくなりました」などといったファンレターが届くなど、聴く人の旅情を誘っているようである。

夏木綾子・金沢しぐれ.jpg 古都の風情を一段と感じさせてくれるのが、詞に散りばめられている「暮れなずむ」「そぞろ歩く」「傘をかしげて」「濡れそぼる」といった言葉だろう。
 いずれも日本の風景や人情の細やかさなどを感じさせるものであるが、今では演歌の世界でしか味わうことが出来なくなってしまったのが残念であるが、なればこそ「金沢しぐれ」はニッポンの美を歌った1曲とも言える。

 「3番に<しぐれ月>という言葉出てきますが、これは雨の日に月を言います。濡れているかのようなその姿を、しぐれにたとえています。知らない人が多い言葉ですよね」


 カップリング曲は夏木の母親の出身地、長崎・五島列島を舞台にした「海鳴り情歌」。無事に漁から帰って来てくれるだろうか、と東シナ海を見て恋しい人を待ちわびる歌である。夏木の祖父は五島で漁師をしていたという。彼女がまだ子供の頃、夏休みには毎年、大阪から1週間ほど母と一緒に五島へ行っていた。親戚の子たちと海や山で遊んだ記憶は今も鮮明である。

 「サザエやウニ、アワビを採りに行く祖父に連れられてポンポン船で海へ行きました。祖父が海に潜っている間は、近くの島で遊んでるんですが、楽しい思い出ですね」

 歌はその頃の情景を想い出しながら、「金沢しぐれ」とは正反対に力強く歌う。


 初めての金沢旅行は梅雨入り前に休暇を取って、大阪の女友達と一緒に出掛ける。
 夏木は「美味しいものを味わいたいし、気に入った帯締めや帯揚げを見つけられるといいなぁと思っています。有名な金箔もね。街を歩いて歌の主人公の気持ちになり切りたい」と、期待を膨らませる。

 去年、大阪で25周年記念パーティーを開いた夏木は「今年からは30周年に向けて、健康に気を付けながら、いい歌を歌っていくことを心掛けていきます」と、話していた。






[夏木綾子 オフィシャルサイト]
http://natsukiayako.net/
[夏木綾子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=10421






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山口ひろみ(テイチクエンタテインメント) 「紅の雨」 デビュー16年で目指す新しい路線  ドラマチックでしっとりした演歌 [インタビュー]

山口ひろみ.jpg◆こんな山口ひろみがいたんやー!そんな驚きの声も聞こえてきそうな、2018年2月14日に発売された新曲「紅の雨」。スローなメロディーに切ない別れの詞がのる。「新しい路線を目指したい」というレコード会社のディレクターの強い意向で出来上がった。CDジャケットの潤んだ瞳で見つめる山口の写真は、いつにも増して女っぽさが感じられる。本人もお気に入りの1ショットである。


山口ひろみ・紅の雨.jpg









 「紅の雨」は、初めて好きな人に誘われてやって来た静岡県修善寺への旅は、切ない別れの旅だった、という設定である。タイトルの「紅-」は、別れたくないという燃えるような想いが、桜の花さえ紅色に見えてしまうところから付けられた。ドラマチックでありながらしっとりとした歌である。

 今まで歌ってきた楽曲とはガラリと違っている。意外とかまさかとか、といった声も聞かれるが、これは進化する山口ひろみのひとつの側面なのだろう。

 山口の歌は、今作のように歌謡曲寄りでありながらもしっとりとした演歌タッチな「紅の雨」であったり、こぶしの効いた山口のイメージを定着させたデビュー曲の「いぶし銀」、さらには師匠の北島三郎のオリジナル曲をアレンジした自身も大好きだという「その名はこゆき」の3つのタイプに大きく分かれるという。それぞれ違う顔を持つが、どれもが山口ひろみなのである。

 「私は取り立てて個性的でもないけれど、何でも歌えるようになりたい。そこに残っていける歌手になれるポイントがあるように思っています。幹がしっかりとしていれば、どんな歌を歌っても勉強になるはずです」

山口ひろみ2.jpg
私の帰るところは演歌です

 デビュー16年目になる山口がつかんだ、自らの歌世界である。
 「悩んだこともありましたが、10年を過ぎた頃からでしょうか、何を歌っていようと、これが山口ひろみだ、と皆さんが自然と感じてもらえるようになればいいと思うようになったんです」

 確かにデビューから彼女はいろんな歌を歌ってきた。女歌も男歌もあったし、抒情歌もあればブルース調も。デュエットも3曲ある。「どんな歌を歌っても、帰るところは演歌なんです」と、進化し続ける山口にはもう迷いはない。

 今作のカップリング曲「振り向いて」はシャンソンの香りがする歌謡曲で、彼女の器用さを表した1曲だ。衣装も着物よりもドレスが似合う歌で、新しい世界を開いている。

 そんな彼女がさらに新しい挑戦を見せてくれた。
 4月3日から16日までの期間限定だったが、JR大阪環状線の女性専用車両で流れた「おんなのうた」シリーズの「きょうもゴミが出せなかったの歌」を山口が着物姿の演歌歌手として歌ったのである。

 読売テレビが制作したもので、働く女性の"あるある"を1分間の歌「おんなのうた」にして、モヤモヤした気持ちを丸ごと受け止めて前に進もう、というものである。
 その第1弾が「きょうもゴミが出せなかったの歌」であった。環状線での配信終了後は、YouTubeでも配信されて、視聴回数は1か月余りで8万回を超えている。「紅の雨」で切ない女を歌う、同じ歌手なのかと思わせる企画であった。それをこなすのは、やはり大阪・天下茶屋出身の山口ひろみならではなのだろう。


 「紅の雨」のCDに封入されているプレゼント応募券を貼って応募すると、山口が初代の観光大使をしている宮城県女川町の蒲鉾か「紅の雨」のポスターが当たるプレゼントも実施している。





[山口ひろみ オフィシャルサイト]
http://www.kitajima-music.co.jp/hiromi/
[山口ひろみ テイチクエンタテインメント]
http://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/yamaguchi/






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「渡辺要物語 歌は心の港」 第8回 別れ [インタビュー]

二代目若乃花に抱かれる渡辺愛一郎.jpg渡辺要(日本クラウン)は2016年6月21日、人形・くいだおれ太郎で知られた大阪・道頓堀のビルの地下にあるライブハウス・道頓堀ZAZAで開かれた「道頓堀SUPER歌謡劇場」のステージに立っていた。彼はこの5日前に最愛の長男、愛一郎を43歳の若さで亡くしたばかりであった。あまりにも突然のその死は、要を奈落の底へ突き落したかのようであった。嘆き悲しむ要を慰めるかのように、同劇場を主宰する作曲・作詞家の中村泰士は彼の横に立ち「ええ歌を歌いまっしゃろう、このおっさん。この前、息子を亡くしたばっかりなんですわ」と彼独特の言い回しで、客席に向かって要への応援を呼びかけた。







第56代横綱の2代目若乃花に抱かれる愛一郎、要鮨で

 渡辺要にとって愛一郎は、結婚8年目でようやく出来た1人息子で、要鮨のお坊ちゃまとして、文字通り目の中に入れても痛くないほどに溺愛して育てた。それだけに息子の死を知らされた要の悲しみは尋常ではなかった。

 東京の母親の元から高松に戻った愛一郎は、高松市立四番丁小学校(現・新番丁小学校)の4年に編入した。同時に少年野球チームに入ると、すぐにレギュラーになったほど運動神経は抜群であった。
 県下トップクラスの香川県立高松高校への進学者が多いことでも知られた同市立紫雲中学へ進んでからも、部員が150人もいた野球部に入り「1年からベンチ入りしており、店にあった宴会用の太鼓を持って応援にも行った」と、要は周囲も憚らずにあらんばかりの親バカぶりを見せていた。


渡辺要2.jpg 志望していた高松高校の受験には失敗した。私立の大手前高松高校へと進学する。大学は母親の千恵子が住んでいた実家からも近い、東京の亜細亜大学に入学した。母親と長く別れて暮らした寂しさを癒すことが出来れば、と要の計らいで一緒の生活を選んだ。月々10万円を仕送りしたという。

 大手前高松高校では、成績順に1組から6組までのクラス編成がされていた。入学当初は6組だった愛一郎だが、2年で3組、3年では1組に進むなど優秀ぶりを見せた。
 クラスの入れ替えはテストの成績で決められていた。

 「テストでクラスで1番を取った時には、愛一郎は喜び勇んで帰ってきて、店に立っている僕に報告してくれました。祝いや、と叫んで赤飯を炊いて鯛の活造りを作ったもんです。小学生の頃には遠足や運動会となると、従業員が、親っさん弁当作りますわ、といって豪華な弁当を作ってくれて、それを持たせました。クラス全員の弁当を作ったろか、と言ったこともありました」

「道頓堀SUPER歌謡劇場」(2016.6.21)で歌う渡辺要

 さすがに愛一郎も、そんな父親に「恥ずかしいからやめてくれ」と断っている。

 大学生生活は4年間、東京で過ごし、卒業後はそのまま東京で就職している。

 そんな愛一郎の身体に変化が見られるようになったのは、27歳になった頃からであった。
 ある日突然、母親の千恵子が慌てふためいて「愛一郎がおかしい。押し入れに入って出てこない」と、電話がかかってきたのが始まりだった。
 要は信じられなかった。いつも活発に野球をするなどパワフルなイメージしかなかった息子が、そんなことになるなんて嘘だとしか思えなかった。

 「なにをアホなことを言うてるんや。そんなことになるわけがないやろう」
 要は千恵子を怒鳴りつけた。

 高松に帰りたいという愛一郎の希望通りに戻らせると、まるで子供みたいに「父さん・・・」と、か細いで話しかけてくるだけであった。ボールを追ってグラウンドを走っていた元気な愛一郎とは、まったく別人になっていたのである。
 病院での診断はうつ病だった。「改善はするが、完全には治らないだろう」とも宣告された。

 病状を心配して千恵子が東京から駆け付けると、愛一郎は「2度と来るな、帰れ」と母親をまったく受け付けようとはしない。


 離婚して東京へ戻った千恵子には新しい男性がおり、彼女の両親が亡くなると家に入れて愛一郎と3人での生活が始めていた。医者は「それが原因で自分の居場所がなくなった、と思わせるようになり、病気を悪化させたのだろう」と推測するのだった。


続く


「渡辺要物語 歌は心の港」第7回
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-04-25
「渡辺要物語 歌は心の港」第6回
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-04-24
「渡辺要物語 歌は心の港」第5回 四国1番の鮨店になる
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-02-09
「渡辺要物語 歌は心の港」 第4回 名物穴子鮨
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-02-04
「渡辺要物語 歌は心の港」 第3回 1番店へ
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-02-03
「渡辺要物語 歌は心の港」 第2回 「要鮨」開店
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-02-02
「渡辺要物語 歌は心の港」 第1回 大阪・法善寺横丁の寿司屋で修業
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2017-11-28
「渡辺要物語 歌は心の港」  プロローグ
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2017-11-23







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