So-net無料ブログ作成
インタビュー ブログトップ
前の20件 | -

一条貫太(日本クラウン) 「やんちゃ船」 スケール感増した昭和なボイス <クラウン船歌3人男>に [インタビュー]

一条貫太.jpg◆デビュー2作目の「やんちゃ船」を2019年1月にリリースしている。最近の新人では「早い時期に2枚目を出してもらった」と笑みを見せるのは、日本クラウンの歌手、一条貫太である。新曲はデビュー曲とはまったく曲調の違った作品だが、カラオケランキングでも上位に食い込むなど、たくさんの人たちに歌われているようである。



一条貫太・やんちゃ船.jpg










 大学3年間で卒業に必要な単位は修得していたので、デビューしてからの1年間はほとんど大学へは行っていないが、18年11月には学園祭に招かれて歌っている。演歌を聴く機会がない同世代の人たちに、デビュー曲「ふたりの始発駅」などを聴かせたが「みんな新しい音楽のように聴いてくれたようです」と一条。

 3月22日には大学も卒業した。学生歌手としてデビューして1年が過ぎた。「ファンの皆様に支えられていることを肌で感じた1年でした」と満足そう。

 「やんちゃ船」は自分にとって等身大の歌のようだという。
  実はデビュー曲の候補作の4、5作の中には、すでに「やんちゃ船」も入っていた。この楽曲には掛け声が入る。 ♪ やーれ どっこい どっこいしょ 〜 は歌う人を心地よくさせてくれる。
 「かけ声の入る歌はたくさんありますが、これは特に力が入りますね」
 と、次の ♪ やんちゃ船 〜 へと続ける。

 船に乗る男を歌う歌も少なくない。
 同じ日本クラウンには、「なみだ船」「北の漁場」などの北島三郎「兄弟船」の鳥羽一郎といったベテラン歌手がいる。それに一条が加わって、3人の<クラウン男船>である。

 北島からは「代表作になるように頑張りなさい」と励まされ、鳥羽も「船(海)の歌を歌ってもらえるのが嬉しい」と声援を送る。

 新曲の「やんちゃ船」は学生歌手から、歌手専業へと船出する自分の歌への思い入れと共通する部分があるという。

 「今まで以上に気を引き締めて、頑張って歌っていきます」意欲を見せる一条。4月6日には地元千葉でコンサートを開き、会場いっぱいに埋め尽くしたファンを前に「これから歌手1本でやっていきます」と宣言。
 たくさんの励ましの声援が寄せられていた。





[一条貫太 オフィシャルサイト]
http://www.crownmusic.co.jp/artist/ichijo/
[一条貫太 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/ichijo/whats.html


nice!(5) 
共通テーマ:音楽

市川由紀乃(キングレコード) 7月から新歌舞伎座初座長公演 「人生いろいろ〜島倉千代子物語〜」 新曲「雪恋華」で夢再び [インタビュー]

市川由紀乃3.jpg◆キングレコードの歌手、市川由紀乃が2019年7月5日からの新歌舞伎座開場60周年記念の特別公演で初座長を務める。芝居と歌謡ショーの2部構成で、1部の芝居は今年7回忌を迎えている島倉千代子の人生を演じる「人生いろいろ〜島倉千代子物語〜」で、歌謡ショーは新曲「雪恋華」などオリジナル曲を中心に披露する「市川由紀乃オンステージ」。子供の頃から憧れだったという歌手、島倉を演じ歌う市川は、3月末には東京・品川の東海寺にある島倉の墓前で公演の報告をするとともに「どうぞ力を貸してください」と手を合わせている。公演は18日まで。



市川由紀乃・雪恋華.jpg




 「私で良いいのでしょうか」
 昭和、平成と時代を彩ってきた歌手、島倉千代子の幼少期から最後の楽曲となった「からたちの小径」(2013年、日本コロムビア)のレコーディングまでの一代記を演じる話をもらった市川由紀乃は、思わず呟いてしまった。
 「イメージを壊してはいけないし、かなりのプレッシャーに襲われました」

 島倉とは2、3度、仕事で一緒になっただけある。市川にとってはテレビを通して見てきた大スターであったから、デビュー2年目で初めて楽屋へ挨拶に行った時、島倉は「頑張ってね」とただ一言、優しい言葉を返してくれている。市川にとっては憧れの人を目の前にして「嬉しくて、胸キュンの一瞬」だった。

 実は市川はデビュー当初から島倉千代子のビデオを見て、リズムの取り方やステージングを学んできている。
 首を傾げてみたり、可愛らしい表情や話し方など一つひとつの所作は、6月からという本格的な稽古で身に付けていくのだろうが、市川が心強く思っているのはマイクを持つ手が島倉と同じ左手ということである。

市川由紀乃・新歌舞伎座公演チラシ.jpg

 左手でマイクを持って歌うのは女性歌手では少ないと言われる。
 子供の頃に左利きから右利きに直されたというが、マイクを持つ手だけは左のままなのである。
 「右と左では力の入れ具合が異なってきますから」と、同じ左だったことに感謝する。

 島倉の約60年にもなる歌手人生は、華やかな反面、借金や病気など多くの苦労を背負う道のりであった。
 「明るく微笑みを絶やさなかった島倉さんは、どのような思いでステージに立っていたのだろうか。台本を読んで、その時の心境を考えさせられてしまいました」

■時間の大切さを感じる

市川由紀乃2.jpg 座長公演の1部は芝居、2部は歌謡ショーである。
 劇中では島倉の歌も披露する。
 市川は「日頃からカバー曲もとことんレッスンして臨んでいます」と自ら課題を課している。地方で仕事を終えて帰ってきても「時間の大切さを感じながら、先生の元でレッスンを受けている」ほどである。

 若いといっても、疲れはたまる。
 でも「そんな疲れも、今はいとおしいのです」と話すのは、以前から「人一倍努力しないと、先輩たちの背中を追いかけて行けなくなるから」といった、彼女ならではの生真面目さの現れでもあるようだ。

 2019年3月、名古屋・御園座での五木ひろし特別公演では、五木演じる浪人の妻の役をこなしたが「正座から立ち上がる姿をより美しく見せるために、繰り返し稽古して本番に臨んだ」が、公演後半はサポーターを付け、痛みを隠しての熱演だった。

 その痛みの跡が、今回の新歌舞伎座での初座長公演へ向けて、気持ちを奮い立たせている。

■「雪恋華」で再び紅白へ

 4月14日、4年ぶりという大阪・堺市のショッピングセンター、おおとりウイングスでのキャンペーンステージには、会場を埋め尽くす約1000人もの人たちが彼女の歌を聴こうと集まった。
 ファンからお帰りなさいのかけ声で迎えられ新曲「雪恋華」を披露。新歌舞伎座での初公演については「楽しみにしているよ」と、声援もかけられていた。

市川由紀乃.jpg

 その「雪恋華」は「2019年は勝負の年」とする市川が、紅白復帰をかけて歌う1曲である。這い上がることの難しさは、良く理解していると現実は隠せないが「この楽曲は多くのチャンスをもたらしてくれているし、喜んでくれる人たちに応えることにもなる」と、去年悔しい思いをしたことが今、大きなバネになっているようである。

 インタビューの終わりに市川は「たくさんの思い出が詰まった新歌舞伎座さんから、今年、大きなチャンスを頂きました。千秋楽まで精一杯演じていきたいです」と語った。





[市川由紀乃 オフィシャルサイト]
http://www.primecorp.co.jp/yukino-ichikawa/index.html
[市川由紀乃 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=13522
[新歌舞伎座 市川由紀乃特別公演]
https://www.shinkabukiza.co.jp/perf_info/20190705.html








nice!(5) 
共通テーマ:音楽

秋岡秀治(日本クラウン) 「夜の雨」 代表曲「黒あげは」の流れをくむ男っぽくワイルドな新曲 [インタビュー]

◆日本クラウンの歌手、秋岡秀治が歌う2019年2月発売の「夜の雨」は、彼がデビュー10周年記念曲で歌った「黒あげは」を思わせる。「男っぽくワイルド」な歌唱が人気だった「黒あげは」は、評判の良さがひとり歩きして、2000年に出したCDはすでになく、前作の「夢落葉」のカップリングに再収録したほどであった。最初に出して20年が経過している節目に合わせて、「これと同じラインにある」という今回の新曲「夜の雨」が出来上がった。作曲は同じ岡千秋である。

秋岡秀治.jpg
秋岡秀治


 2018年の秋、秋岡秀治の師匠で作曲家の岡千秋は秋岡に「いい作品が出来た」と誇らしげに言った。その年の5月に再収録した「黒あげは」が、男っぽいメロディと歌いやすさがいい、と存外に好評だったことを受けて、メロディが先行して出来上がった。

秋岡秀治・夜の雨.jpg 「夜の雨」はまさに、「黒あげは」を踏襲した作品で「惚れているから背を向ける、強がりな男を歌う」硬派な楽曲である。ハバネラ調というゆったりとしたモダンなメロディが、主人公である男の辛い想いを一層強く感じさせてくれている。
 それを秋岡は押し殺したような声で、前半は語るように、辛い男の胸の内を<ワイルド>に表現する。

 20年前に「黒あげは」を歌った秋岡は、岡から「線が細くて男っぽさがない。もっとガァーと歌ってほしい」と言われているが、当時はその言葉の意味が全く理解できていなかった、という。

 「それが最近良くわかってきました」
 その言葉の通りに30年近く歌ってきてようやく、歌の魅力を十分に引き出せるようになったのである。

 「夜の雨」は円香乃が詞を書いているが、「黒あげは」は吉岡治であった。その吉岡は生前、秋岡に「君の歌の魅力は、聴くと秋岡が歌っている、とすぐに分かる日本一の泥臭さだよ」と話している。

 ところが若い秋岡にはそれは分からず「優しく色っぽく歌ったり、高音やパンチを効かせて歌うこともやってみました。吉岡先生や岡先生の言葉が分かるようになったのはずっと後ですが、それからは先生たちが指摘されたことを目指すようになりました。聴いてくれている人たちの反応を感じ取りながら勉強をしてきました。今にしてそれが完成してきたようにも思います」と、今の域に達するまでにはかなりの時間と試行錯誤があったようである。

 それだけに今、ファンからは「歌ってみたい」「あの歌い方だ堪らないんだよ」などと反応も良い。これぞ秋岡節と言わんばかりの喝采である。
 この作品を担当したディレクターも「昔と全然違っている。年齢と共に声が分厚くなっている」と評価する。
 秋岡も「中低音が響くようになりました。『黒あげは』のように、長く歌って行ける作品にしたい」と意気込みを見せている。

 かつて「黒あげは」はスーツ姿で歌っていた。ところが地方の興行主からは、秋岡らしくない、不評だったこともあって、途中から着物に替えている。もちろん今作の「夜の雨」も期待を裏切らない着流し姿である。






[秋岡秀治 オフィシャルサイト]
http://akioka-syuji.com/
[秋岡秀治 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/akioka/whats.html








nice!(6) 
共通テーマ:音楽

辰巳ゆうと(ビクターエンタテインメント) 高い人気に支えられてセカンドシングル 「おとこの純情」 歌謡浪曲にも挑戦中 [インタビュー]

辰巳ゆうと.jpg◆ビクターエンタテインメント期待の新人、辰巳ゆうとが、2019年3月27日にデビュー2枚目のシングル 「おとこの純情」を出している。それに先駆けて3月23日には東京・赤羽で初のワンマンコンサートも開いて、多くの観客を沸かせた。去年は第60回日本レコード大賞最優秀新人賞も受賞。それを受けての今年は「歌を聴いてくれる人たちに満足してもらえるように、1曲1曲を(大切に)歌っていきたい」と意欲を見せる。



辰巳ゆうと・おとこの純情.jpg









「おとこの純情」Aタイプ

 前作のデビュー曲「下町純情」は、高校生の主人公をイメージしたものだったが、今作の「おとこの純情」はそのタイトルからも伝わるように、21歳になった辰巳自身と重ね合わせ「成長した自分を見てほしい」とアピールする。

 作曲は徳久広司である。
 徳久が歌うデモ歌唱を聴いて、その「ダンディで渋い歌」に圧倒された辰巳だが、
 「若さだけの自分の取り柄を前面に出して歌おう」と、開き直ってレコーディングに入った。

辰巳ゆうと44.jpg

 ファーストコンサートを開いた赤羽は、彼がデビューする以前にストリートライブを行なっていた懐かしい街。そこのホールに満員の600人を集めて、オープニングで「おとこの純情」を発売に先駆けて披露した。
 発売日の27日には、埼玉県内のショッピングモールでの歌唱キャンペーンで3回のステージを務めた。それぞれ200人を超えるファンが詰めかけ声援を送るといった盛況ぶり。
 「新人賞をもらってから、同世代の人たちはもちろんですが、10代30代の人たちにもたくさん応援に来てもらえるようになりました」

 とりわけ女性ファンからの人気は高く、新曲発売翌日の神戸でのキャンペーンライブでも、ペンライトを振って応援する人たちが目立った。
 <ゆうとコール>に迎えられて、ジャケット写真と同じ衣装でステージに登場した辰巳は、早速「おとこの純情」を熱唱してファンを喜ばせた。客席も回って観客とハイタッチして、歌手・辰巳ゆうとをアピールしていた。

■全国47都道府県踏破へ

 辰巳は東京都内の大学に通う学生歌手である。幼い頃からの憧れだった歌手になって1年、彼は今、どのような想いなのだろうか。
 「思っていた以上に演歌歌手って大変だということが分かりました。歌のレッスンはもちろんですが、慣れないメイクもすべて自分でしています。ノドの調子も常にいい状態を保たなければいけないので、いろんな方法を試しています。このように皆さんからは見えない部分で、かなり努力をしているんですよ」

 そう言って笑って見せる辰巳にとって、化粧は歌手になって初めての経験であった。
 ニキビが出来た時の隠し方など、母親に尋ねることも多いという。

 歌でも、三波春夫が歌った「俵星玄蕃」など歌謡浪曲にも挑戦する。小学生の頃からカラオケ喫茶店で歌っていたという。今は三波の長女、三波美夕紀から歌と振り付けの指導を受けて、自らの歌の幅を広げようと取り組んでいるところである。

辰巳ゆうと2.jpg

 今年は47都道府県の全国踏破を達成するのが目標。
 「仕事で訪ねた先の人たちの縁をもらうことで、青春歌謡曲や演歌っていいなぁ、と思ってもらえるとうれしいですね」
 すでに15都道府県へは足を運んでいるが、まだ先は長い。

 大阪・藤井寺市出身の彼は、地元関西にはもう何度も帰ってきている。
 「皆さんが熱い応援をしてもらって、僕のハートも熱くなり、うれしいです。多くの人に新曲を知ってもらって1歩1歩ステップアップして行きたい」

 今年も辰巳からは目が離せないようである。






[辰巳ゆうと オフィシャルサイト] https://www.nagarapro.co.jp/top/artist/artist.php?id=98
[辰巳ゆうと ビクターエンタテインメント] https://www.jvcmusic.co.jp/-/Artist/A025361.html








nice!(5) 
共通テーマ:音楽

はやぶさ(ビクターエンタテインメント) 「ルビーの指環」「夏の日の1993」 など昭和・平成を彩る8曲収録「歌謡カヴァーソングス2」 5月には水森かおりの新歌舞伎座特別公演 [インタビュー]

◆新世代歌謡グループのはやぶさが、昭和と平成を代表する名曲をカバーしたアルバム「歌謡カヴァーソングス2」を2019年2月にリリースした。デビュー8年目に入った彼らが出す2枚目のカバーアルバムであるが、今回は演歌から歌謡曲、Jポップと次の世代に歌い継ぐ8曲を彼らの声で伝える。4月には箕面劇場で、5月は新歌舞伎座と劇場出演も相次ぎ、はやぶさは日々、変身中である。

はやぶさ.jpg
はやぶさ


 はやぶさのカバーアルバムの第1弾はムード歌謡曲を揃えたが、今回は「岸壁の母」(菊池章子・二葉百合子)「祝い船」(門脇陸男)「あずさ2号」(狩人)などの演歌・歌謡曲から、Jポップの「夏の日の1993」 (Class)まで、2人組の歌手の作品中心に8曲を収録している。
はやぶさ・カヴァーソングス2.jpg 収録曲のうち6曲はグループリーダーのヒカルとヤマトが一緒に歌っているが、伸びのある高音が真骨頂のヒカルは「祝い船」を、ヤマトは持ち前の低音で「ルビーの指環」(寺尾聡)をと言った具合にソロで聴かせる楽曲も揃えている。

 「歌い方がすぐに演歌になってしまうんです」というヒカルは「夏の日の1993」 の収録には苦労したようだ。
 「聴いたことはありましたが、歌ったことがなかったので、演歌との違う歌い方などをボイストレーニングの先生からレッスンを受けました」

 それでも2人は「どれを歌っても同じになることは避けて収録しました」と、新たなアルバムへの意気込みを見せた。

■10日間の新歌舞伎座公演

 5月4日から13日までは大阪・上六の新歌舞伎座での「新歌舞伎座開場60周年記念 水森かおり特別公演」に出演する。水森をはじめ椎名佐千子、岩佐美咲といった同じ事務所の先輩歌手とも、芝居と歌で共演である。
 これより先、3月9日から18日は明治座で同じ水森かおり特別公演にも出演しており、新歌舞伎座では一味違ったステージを見せてくれそうである。

水森かおり新歌舞伎座特別公演 ・小.jpg

 芝居での2人の役柄はヤマトが水森の従弟役で、ヒカルはヤマトの親友といつた設定。
 「芝居は初めてのことも多く、色んな方に応援してもらっています。とくに水森さんには出番をチェックしてもらうなど、助けてもらっているので安心してステージ集中できます」

 このところ劇場生活の多いはやぶさだが、新歌舞伎座の前の4月7日には大阪・箕面市の箕面温泉スパーガーデン箕面劇場で「箕面天空 歌のコンサート」に出演する。
 4回目の出演で、昼夜2回公演をする。はやぶさは「昼夜それぞれ別の内容をお見せするようにしています。ご期待ください」と、張り切っている。

 1月に東京で開いたコンサートでは、ヒカルの実生活をヒントにヤマトが書いたコントを2人で演じて、会場を大いに笑わせたという。箕面劇場での再現も期待したい。



タイプA・箕面天空 歌のコンサート編


タイプB・新歌舞伎座開場60周年記念 水森かおり特別公演編


[はやぶさ オフィシャルサイト]
http://8823.click/
[はやぶさ ビクターエンタテインメント]
https://www.jvcmusic.co.jp/-/Artist/A023877.html








nice!(5) 
共通テーマ:音楽

和田青児(日本クラウン) 「おもかげ」 3作連続の自作曲 ファンのニーズを取り入れた曲作りで人気度上昇 [インタビュー]

和田青児.jpg◆日本クラウンの歌手、和田青児が2019年2月に出した新曲「おもかげ」は、前々作から3作連続して彼自身が、星つかさのペンネームで作詞・作曲した作品である。「自分のカラーが確立されてきた」と自信を強めるが、その陰には歌う人たちの好みに耳を傾けてきた真摯な取組みがある。テレビで聞いた実業家の言葉を参考にした曲作りから生まれた作品は今、ファンの高い支持を得ようとしている。










 切ない別れを歌った「おもかげ」は、「望郷縁歌」「哀愁子守唄」と続いた前2作品とは違う。和田青児にとっては今までになかったテーマである。
 ところがキーとテンポ、さらにはいずれも5行詞であることなど、ヒットした今までの2作品を踏襲したところもあり「支援してくれたファンが期待するカラーを残した」のが今作でもあった。

和田青児・おもかげ.jpg 「おもかげ」とカップリングの「故郷が呼んでいる」は、共に作詞と作曲が星つかさ、編曲は石倉重信である。「望郷縁歌」から3作続く自作曲である。
 ここ数年でギターと譜面を書くことを覚えたこともあって、オリジナル曲をいくつか書きためていた。2015年に出した「男の懺悔(ざんげ)」のカップリング曲「心 〜こころ〜」で、自ら作詞・作曲した作品を初めて世に送り出した。以来、今作まで11作品がリリースされており、和田青児は誰もが認めるシンガーソングライターなのである。

 和田がこれまで歌ってきた作品の中には、今作のような別れをテーマにした悲恋ものは少なかった。どちらかと言えば、前向きに周りを元気にしてくれる作品が主流だった。今年7月には50歳になることから「『おもかげ』のような、切ない歌にも向き合っていかなければ」と、新しい引き出しを作った。

 1番の2行目に ♪ 赤い花 赤い花 〜 と、同じ言葉を2回繰り返す部分がある。言葉は変わるが、2番3番にも同じ繰り返しがある。聴いていて心地が良くなる箇所でもある。
 「楽曲を作る際には自己満足にならないことを心掛け、歌う人に喜んでもらえるように書くように務めています。カラオケ発表会にゲストで招かれた時などは、歌う人の好みのを探るヒントになります」
こうした積み重ねがヒット作につながっているようである。

和田青児2.jpg

 北島三郎の北島音楽事務所に23年間、独立して8年になる。北島の下では「歌うこと学ぶと共に、ピアノ前に座る先生の姿を見て歌を作ることを勉強した」という。当時はレコーディングも1日で終わらず、デビュー曲の「上野発」は3日間にも及んだ。
 レッスンでは歌詞を1行ずつ北島が歌う通りに歌っていく。「真似ないとOKが出ない」から、自然と歌は似てくる。

 今、和田は「売れる歌よりも喜んで歌ってもらえる作品作りにこだわっていきたい。そうすれば後から自然と売れてくる」と考える。
 これは、すかいらーくの創業者の1人として知られる横川竟(きわむ)の言葉を参考に、自ら考え出した作品作りのためのガイドラインである。
 「レストランも歌(CD)の世界も同じなんですね。買ってくれる人のことを考えると、良いものが出来ます」
 ファンの声に多く耳を傾け続けているのも、そのためなのである。





[和田青児 オフィシャルサイト]
http://www.seiji-wada.com/
[和田青児 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/wada/whats.html








nice!(5) 
共通テーマ:音楽

山口ひろみ(テイチクエンタテインメント) 「最終出船」  女性の悔しく切ない想いをぶつけて歌う哀愁演歌   レコ―ディンクに4時間半   映像シーンを再現させる作品 [インタビュー]

山口ひろみ2.jpg◆テイチクエンタテインメントの歌手、山口ひろみが2018年11月に出したシングル「最終出船」(作詞・麻こよみ、作曲・岡千秋、編曲・南郷達也)は、レコーディングに約4時間半もかかった、彼女にとっては<難産>とも言える作品であった。カップリングの「心の糸」が、わずか30分で終了したのに比べると、大変な作業だったことが分かる。その理由は、従来の演歌とは違う主人公の性格表現に手間取ったからであった。彼女にとっては「17年歌ってきて初めて」の体験で、未だに完成形に至っていないという。



山口ひろみ・最終出船.jpg









 最終の船で去ってゆく男性を、主人公は坂道を裸足で、しかもつま先は凍り、髪の毛も振り乱しながら「どうしてなの、行かないで」と、悔しさを滲ませながら叫んで追いかける。
 従来の演歌の主人公なら、泣きながら船を見送る切なく健気な女性なのだが、この作品は大阪弁で言えば「私を置いていくなんて、なんでやねん」と叫ぶところであろう。

 レコーディングの前には、繰り返しレッスンも受けた。
 「最初は弱く歌っていたんですね。すると岡(千秋)先生が、全く良いところがない、もっと悔しさ辛さを前に出して歌いなさい、言われるんです」
 山口は何度も歌い直すが、一向にOKが出ない。
 思わず「しんどい(歌)ですね」と漏らすと、岡は「歌うということはしんどいもんなんや」と叱咤した。

山口ひろみ4.jpg山口ひろみ3.jpg
第271回大阪発流行歌ライブで歌う山口ひろみ

 この歌のサビでもある ♪ あなたなぜです 〜 は、今までならば「色っぽく歌っていたフレーズ」だったが、遠くへ届くように前へ前へと声を出す。
 さらに ♪ 髪が乱れて 〜 から最後の2行は「従来ならば押し殺していた感情を、入れ過ぎるぐらいに表に出して歌うように、と忠告されました」と山口。

 こんなに難航したレコーディングは初めてで、いつも明るく元気な彼女も「つい悲しくなって涙が出てしまい、とうとう泣いてしまった」一幕もあったほどである。

 山口に岡が楽曲を提供するのは久しぶりだった。その岡が「山口ひろみの殻を破りたい」と言って作ったのが、今作である。キー合わせの段階から、美空ひばりのキーを試すなど、いつも以上に力が入っていたようだ。

 それだけではなく「腕を大きく挙げて」など、珍しく岡は振り付けの指導まで行なっている。「こんなことは初めてでした」と、山口は驚く。
 その岡は「難しい歌だけど、これには低音から高音まで音域の広さ、感情表現の方法、コブシの入れ具合など演歌に必要な要素の多くが詰まっている<演歌の教科書>でもある。これを歌えると、どんな歌でも歌えるから頑張れ」と励ましの言葉も掛けている。

■新たなファン層獲得へ

 CDが発売されて約4ヶ月がたつ。それでも山口は「今なお課題がいっぱいで、ステージに立つたびに歌は進化しています」と、表現方法に工夫を凝らす。
 山口がそう話す「最終出船」だが、ドラマチックな歌に聴き手からは予想を超えて、なかなかの好評である。

 普段はまったく演歌を聴かないという20代の女性が「これを聴いて胸を掴まれ、涙が出てきました」と感想を漏らしたというが、演歌を聴かない人、カラオケを歌わない人が映像作品を見るかのように、ストーリーに惹きつけられるケースも少なくない。この歌ならではなのだろう。





[山口ひろみ オフィシャルサイト]
http://www.kitajima-music.co.jp/hiromi/
[山口ひろみ テイチクエンタテインメント]
http://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/yamaguchi/










nice!(5) 
共通テーマ:音楽

津吹みゆ(日本クラウン) 「由良川恋文」 鮎のようにきれいな心で待ち続ける健気に綴った恋文 京都・由良川が舞台 「望郷さんさ」のカップリング曲 [インタビュー]

津吹みゆ.jpg◆日本クラウンの歌手、津吹みゆが京都府北部を流れる由良川を歌っている。2018年10月に出したデビュー5作目の「望郷さんさ」のカップリング曲「由良川恋文」がそれである。宮下健治が作曲を、作詞は万城たかしである。福島県出身の<みちのく娘>の津吹はキャンペーン先で「どうして由良川なの、と質問を受けることも多い」のであるが、その理由は分からないと首をかしげて笑う。その姿はまったく<恋文>とは程遠いのだが・・・。


津吹みゆ・望郷さんさ 由良川恋文.jpg









 由良川は京都府の北、丹後・丹波地方を代表する河川であり、日本海へ注いでいる。朝霧で知られる由良川流域の街で、高校時代を過ごした記者にとっては郷愁を誘われる。
 そこを舞台にした「由良川恋文」を、デビュー5年目、23歳の津吹みゆが歌っているというので話を聞いてみたくなった。彼女とはデビュー前に大阪で偶然に会ったのが最初であったが、徐々に人気を高めている。

 由良川を舞台にした演歌・歌謡曲はいくつかあるが、福島県出身の津吹は由良川の名は初めて耳にするようだった。万城たかしの詞で宮下健治が歌うデモ音楽をもらうと「1番に出てくる ♪ 跳ねて身を焼く 鮎になり 逢いに行きたや 〜 とは、どのような気持ちなのか」と気にかかって仕方なかったようである。

 「それにデモで宮下先生が歌う声がとても素敵で、胸にグッときました。その気持ちとは、きっと清流に泳ぐ鮎のように、きれいな心になって逢いに行きたい、といった乙女ごころなのでしょうね」

津吹みゆ2.jpg

 由良川を代表する魚である鮎に万城は女性の恋心を重ねたのであろう。
 彼は野中さおり(徳間ジャパンコミュニケーションズ)のヒット曲「雪国恋人形」(1994年)や、去年、第51回日本作詩大賞に選ばれた福田こうへい(キングレコード)が歌った「天竜流し」(2018年)などを書いている。

 津吹の作品は、曲はすべて師匠の四方章人が書いてきた。今回初めてカップリング曲で宮下健治が担当した。作詞の万城たかしも初めてだった。彼はメイン曲と両方を受け持っている。
 新たな津吹みゆを作りたい想いがディレクターにあったのだろう。それが由良川とつながったのか。

 この詞はタイトルにある通り、想い人への<恋文>そのものであるわけだが、津吹は「中学の時に<恋文>を書いたことがあります」というものの、鮎の塩焼きの方が気になるように思えた。


[津吹みゆ オフィシャルサイト]
http://www.crownmusic.co.jp/artist/tsubuki/si.html
[津吹みゆ 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/tsubuki/whats.html







nice!(5) 
共通テーマ:音楽

竹川美子(日本クラウン) 「三年椿」 作詞家松井由利夫の遺作 詩情豊かな15周年記念曲 22日には東京でコンサートも [インタビュー]

竹川美子2.jpg◆デビュー15年になる 日本クラウンの歌手、竹川美子が、2019年3月22日、東京・渋谷区文化総合センター大和田・伝承ホールで開く初のホールコンサート「美子と仲間達」で、同6日にリリースした新曲「三年椿」と共に落語家、古今亭志ん五から指導を受ける落語も披露する。新曲は23枚目のシングルで、初めて故・松井由利夫の詞を歌う。「レトロな昭和の情景が浮かんでくる」(竹川)という作品。恩師叶弦大が曲を書いている。


竹川美子・三年椿.jpg









 15周年を記念したコンサート「美子と仲間達」は、生バンドで「三年椿」やデビュー曲で代表曲の「江釣子のおんな」などオリジナル曲10曲余を歌うほか、民謡のメドレー、三味線による弾き語りも盛り込む。
 同時に見せ場の1つが、5分程度の落語の披露。出し物は「初天神」で、息子と父親のコミカルなやり取りを語る。同門の長谷川真吾、知里、六本木ヒロシも共演する。広島からは両親も応援に駆けつけるという。

竹川美子・落語.jpg
落語を披露する竹川=歌う王冠ライブで(2019.3.15)

 幸せ薄い女の切なさを歌い続ける竹川美子が今月6日に出したばかりの「三年椿」は、男性と別れて3年ぶりにふる里に帰った女性が主人公。捨て切れない想いを振り切ろうとする健気な女性を歌う。演歌好きにはたまらない<演歌の王道>を行く作品である。松井由利夫の美しい詞が情景を引き立てる。

 松井が生前、叶に預けていた詞に、竹川の15周年記念曲にと、今回、叶が曲を書いた。
 「美空ひばりさんのように、どっしりと大きく歌いなさい。さらに最後の2行はつぶやくように、島倉千代子さんっぽく可憐さを出して、と叶先生から注文されて驚きました。結局はレコーディングでは竹川美子っぽくなってしまいましたが」

竹川美子3.jpg
大きく可憐に「三年椿」を歌う

 大物歌手を手本に、と言われた竹川だったが「覚えやすいメロディーだけに、歌いやすいのでは・・・。最初に大きく歌うと、あとはスッーと入っていけます」と、歌う際のポイントも説明してくれた。


 カップリングの「いのちの鎖」も、松井由利夫作詞、叶弦大作曲、そして編曲は蔦将包である。やっと巡り合えた幸せな作品を歌う竹川は「詞を読んで涙がポロポロと出てきたんです。こんな事って初めて。分かりやすい詞で、簡単に歌の世界に入っていけました」と、ようやく笑顔で歌える楽曲をもらって嬉しそうであった。

竹川美子.jpg

 彼女はデビュー曲の「江釣子のおんな」以来、決して結ばれない恋に苦しむ女性をずっと歌ってきた。本人もきっとそうだろうと、聴くものを錯覚させてしまうかのように。
 そうした想いは「三年椿」でも十分に感じられるのだが、真逆に「いのちの鎖」はイントロの鐘の音が表すように、幸せいっぱいに包まれた作品なのである。その歌は、15年のキャリアと心境の変化が、彼女に自信を持たせた結果でもあるようだ。


 そんな竹川は15周年を迎えられたことの喜びを「皆さんへの感謝の気持ちを大切に、1歩1歩前進して歌の財産を増やして、お見せできるようにしたいです」と、話していた。






[竹川美子 オフィシャルサイト]
http://www.havmercy.co.jp/takegawa/pg313.html
[竹川美子 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/takegawa/whats.html









nice!(5) 
共通テーマ:音楽

真木ことみ(日本クラウン)   「恋散らしの雨 / あたたかい雨」  ふたつの雨が見せる切ない女性のドラマ [インタビュー]

真木ことみ2.jpg◆日本クラウンの歌手、真木ことみが2019年2月6日にリリースした新曲「恋ちらしの雨」は、カップリング曲「あたたかい雨」とともに、雨がキーワードである。発売日には東京・中野のCDショップで歌唱キャンペーンを行ったが、偶然にも空は雨模様。2曲とも雨がが重要な意味を持っているだけに、さい先のいいスタートであった。1ヶ月たった3月11日付けのオリコン演歌チャートでも16位にランキングされているなど、好調な売れ行きを見せている。










真木ことみ・恋散らしの雨.jpg 恋散らしー。聞き慣れない言葉だった。しとしとと静かに降る雨が、花びらを散らせていく光景に、恋の終わりを重ねている。真木は「まるで絵でも見ているかのような、日本の美しい情景を感じさせてくれます」と説明している。

 作詞は麻こよみ、作曲は徳久広司。この売れっ子コンビによる作品は、真木にとっては2作目になる。

 1番から3番まで、ラスト近くで 〈雨 雨 雨 雨 〉と雨が4つも続く。感情が高まるところでもある。「すべて違う雨を表現しており、最初は強く、次は弱く、再び強く、最後は色っぽくといった具合に表現を微妙に変えています」
 これはあくまでも真木の解釈による表現であり、正解はないという。
 「歌う方の気分で表現を変えてみてもいいですね」

 真木の声は太く「女性の優しさを表現するのは苦手」と自身で告白しているが、今作の「恋散らしの雨」では「徳久先生のメロディーによって角が取れて、優しさや柔らかさを表現できたように思えます。素の自分も出すことができました」と、レコーディングも短い時間で終えている。

 真木の「スッとレコーディングが終わると、歌い手としてはもっと違う表現ができるんじゃないかと思うんですよね」の言葉は、やはり歌い手であることを感じさせる。、


■心を癒す雨

 カップリング曲は「あたたかい雨」。バラード調の歌謡曲である。やはり雨がキーワードになっている。作詞は真木のマネージャーである浦千鶴子。真木に提供するのは3作目になる。作曲は鳥羽一郎の子息でシンガーソングライターの木村竜蔵で、真木にはこれが初めての作品になる。

真木ことみ.jpg

 「切ない歌なんだけど、不安なことや苦しみも、貴方と一緒ならば幸せに思えるでしょうといった歌なのです。癒されるメロディーで、繰り返し聴きたくなる楽曲です」

 演歌だとコブシや感情が入ってしまいがちだが、この作品では「それを入れないで歌うのがポイント」のようでもある。

 この歌の雨はタイトルの通りに、心を温かくしてくれる。一方のメイン曲の「恋散らしーー」では冷たい雨がしとしとと降るといった、2つは対照的な雨を表現している。






[真木ことみ オフィシャルサイト]
https://ameblo.jp/maki-kotomi/
[真木ことみ 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/maki/whats.html







nice!(5) 
共通テーマ:音楽

長保有紀(日本クラウン) 「つよがり」 馴染みやすい3連のブルース演歌 メイン曲2作目の自作詞 [インタビュー]

長保有紀.jpg◆日本クラウンの歌手、長保有紀が2019年2月6日に出した新曲「つよがりは」は、メイン曲とカップリング曲のいずれも彼女自身が「はずき」のペンネームで詞を書いたものである。作曲はシンガーソングライターの美樹克彦。はずきは長保の生まれ月である8月から取った、旧暦の8月の名称。タイトルは詞が書きあがった当初、もっと演歌っぽいものだったが、あれこれ変更して今のものに落ち着いた。カップリングの「虹の橋から」はペットの目線で書いた、これもはずき作品である。


長保有紀・つよがり.jpg









 長保が「歌詞は演歌だけど、3連のメロディーがお洒落」という「つよがり」は、語るような口調で歌うブルース演歌。まだ演歌という言葉がなく、流行歌と呼ばれていた時代から歌に馴染んできた彼女が歌いたかったのは、こんな作品なのではと思わせる。

 彼女はかれこれ20年以上も、着物に不倫ものと言った演歌を歌ってきた。「長かった。歌は世につれ世は歌につれ、と言いますが、今の演歌は決して世に連れていないよう思うんです」
 と長保が指摘するように、今、歌を聴き、歌う人たちの好みと離れて過ぎている。そこに投じられたのが「つよがり」だった。

 書き上げた詞に付けたタイトルは、曲が付くと「どうもしっくりとこなかった」(長保)ことから、変更することになる。曲調は演歌ではなく、かつての歌謡曲だったからである。色々考えた挙句、浮かび上がったのが、今の「つよがり」であった。


 ところが「歌詞の中には<強がる>といった言葉は出てくるが、タイトルの『つよがり』はまったく出てこないんですよ」と笑う。
 3番にある ♪ 無理に笑えば 尚つらい 〜 が強がりな主人公を連想させるのだが、タイトルも作品の重要な1部であり、設定は難しい。

 メイン曲を長保自身が作詞したのは、「露の花」(2017年)に次いで、これが2作目であるが、作詞家としての長保のキャリアは20年以上にもなる。これまではアルバム収録曲やカップリング曲が専らであった。
 新曲の表題曲となった「つよがり」は美樹が曲を担当した。長保と1年前に千葉での仕事で出会ったことがきっかけとなって実現した。

長保有紀2.jpg

 カップリング曲の「虹の橋から」は、長保が3年ほど温めていた作品である。詞はペットの犬や猫の目線で書かれている。
 タイトルの虹の橋は、亡くなったペットが行く架空の場所で、ペットを飼う人たちの間では広く知られている。飼い主が亡くなると、この橋で再会して、一緒に虹の橋を渡って天国に行くのだと伝えられている。

 長保自身も犬を2匹、猫を1匹を飼う、彼らにとっては<お母さん>なのである。すでに何匹もペットを見送っており、作品では、そうしたペットたちが<飼い主がいつまでも涙を流してはいないか>と、虹の橋で心配している姿を歌う。
 「私と同じように犬猫を家族同様に飼っている人たちに聴いてほしい1曲です。キャンペーンなどで歌うと、動物好きの人の中にはこの歌で救われた、と涙する人もいます」

 長保にとってはメイン曲にも増して自信をみせる1曲である。





[長保有紀 オフィシャルサイト]
https://ameblo.jp/nagahoyuki/
[長保有紀 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/nagaho/whats.html







nice!(5) 
共通テーマ:音楽

レーモンド松屋(ユニバーサルミュージック) 「クラブジェールのママ」 4曲入りデラックスシングル 人気のフォークロック系歌謡曲 [インタビュー]

レーモンド松屋2.jpg◆ユニバーサルミュージックの歌手、レーモンド松屋「クラブジェールのママ」(2018年10月24日リリース)は4曲入り。表題曲とカップリングの「大切なもの」と共に新曲だが、これと同時に収録されたのはライブで人気の高い「サンセットラブ」「ローリングストーン」は、共に初めてCD化したというデラックスなシングルである。当初は初めてのミニアルバムを考えていたというが、アルバムなら添付されない譜面を付けてのファンサービスが好評だ。



レーモンド松屋・クラブジェールのママ.jpg










 まずタイトルを思いついたんですー。
 レーモンド松屋は前作から自らを<大人の恋の吟遊詩人>を名乗るシンガーソングライターであり、今作も収録曲4作すべてを彼が作詞・作曲を行なっている。
 クラブシェールのママの虜になってもう2年、もうそろそろ1人占めさせてほしい ー 。メイン曲の「クラブシェールのママ」で、主人公は呟く。

 歌詞はお洒落なクラブを思わせる。
 さぞかしレーモンドもクラブ通いを、と思いきや・・・。
 「クラブという所へは松山で2度行ったきりですが、その時のイメージが(曲作りに)役に立っています。皆さんが遊びに行かれるクラブのママさんをイメージして歌ってもらえると良いんじゃないのかな」
 登場するクラブもママも架空のものだという。

レーモンド松屋.jpg

 自ら感じたこと、インスピレーションを大切にしたインパクトある曲作りは今も昔も同じである。
 1番に登場するのは和服姿のママ、2番にはドレスである。それぞれ違ったママをイメージして物語の面白さを演出する。
 「楽しく歌える歌です。歌全体が色っぽくて、ライブで歌うと皆さんも楽しんでくれていて、いい感じです」

 レーモンドの中にはベンチャーズ、フォーク、ニューミュージック、さらにはロックもあれば演歌もある。
 「僕の体の中にはこれらさまざまな音楽のエッセンスが詰まっている」
 かつての映画の看板をイメージして描いてもらった、というジャケットは、自分と同じ世代の人たちが歌いたい曲作りの象徴のようでもある。彼のインディーズ時代から一貫した音楽に向き合う姿勢に変わりはない。

■心のままに旅する

 カップリングの「大切なもの」は、1昨年末から約40日間の入院生活を経験して、人生にとって最も大切なことを考えさせられた自身の心の想いを書いた。
 2番の歌詞 ♪ がむしゃらに生きてみても 見えない物もある 〜
 は、ゆっくりと心のままに生きるのもいいのかな、と60代を転機に考えを改めた自分を表している。

 レーモンドらしい1曲である。





[レーモンド松屋 オフィシャルサイト]
http://raymondm.com/
[レーモンド松屋 ユニバーサルミュージック]
https://www.universal-music.co.jp/raymond-matsuya/







nice!(5) 
共通テーマ:音楽

水城なつみ(キングレコード)  好スタート、8枚目シングル「みちのく恋唄」  5月にはバンジージャンプも [インタビュー]

水城なつみ.jpg◆キングレコードの歌手、水城なつみが2019年2月27日に出したデビュー8枚目のシングル「みちのく恋唄」が、同3月11日付けのオリコン演歌チャートで3位にランキングされた。前作の4位から1ランク上げて、自身初の高ランクでのスタートとなった。新曲のキーワードは南部風鈴。チリリンリン と鳴る澄み渡る音色が悲しい歌の世界を作り上げている。デビュー記念日の5月にはバンジージャンプに挑戦するバスツアーも計画している。


水城なつみ・みちのく恋唄.jpg









 風鈴や雨といった<音風景>を感じながら歌い進める。一気に感情が高まってくるのが、5行目の ♪ 南部 南部風鈴 チリリンリン・・・ 〜 だろう。
 透き通った南部風鈴の音が、聴くものに寂しさを感じさせる悲しい歌である。しかし水城は、決して主人公に成り切って涙を溜めることなく、笑顔でこれを歌う。この方が「聴く人に歌のストーリーを想い浮かべてもらいやすい」(水城)からだという。

 万城たかしの詞は、好きな人との心の距離は離れてしまったけれども、風鈴の音色は今もj変わりなく、きれいな調べを奏でている。それが尚更に悲しみを募らせるのである。
 18歳でデビューして7年、25歳になろうとしている水城も、そうした大人の女性の心の内を表現できるようになってきた。

 「サビの部分は、最初の南部 〜 で引きつけて、チリリンリン・・・で可愛らしさを出して、バランスを取っています」

水城なつみ2.jpg

 一方、カップリングの「はちきん祭り歌」は、メイン曲とは一転して、元気いっぱいな作品である。水城自身が高校まで、祭りで神輿を担いでいたというほどで、本来の水城は<はちきん>なのである。嫌なことがあっても切り替えも早く、何事につけて元気いっぱいな性格。日頃、歌っている健気な女性は「演歌で教えてもらった」というほど。

■女性演歌で初(!?)のクレー射撃

 彼女のはちきんぶりは、こんなところにも見られる。
 デビュー記念日の5月22日には、念願のバンジージャンプに挑戦するというのである。ファンと一緒に行くバスツアーで、茨城県常陸太田市の竜神峡に架かる竜神大吊橋から、100メートルを落下するという。ツアーではまた、自身のアルバムに収録している「納豆音頭」にちなんで、同県内の納豆工場も見学する。

水城なつみ3.jpg

 ステージでは<あがり症>などと公言しているものの、実際にはかなりのアクティブ女子なのである。去年5月には殺陣師集団、菊地剣友会の指導を受けて、時代劇の舞台で2ステージをこなしているし、
 さらに同12月には、長年趣味で狩猟をしている祖父の影響もあって、クレー射撃の免許を取っている。約8キロあるという銃を構えての射撃。翌日は筋肉痛に悩まされるため、目下、ダンベルで鍛えているところである。

 なんとも頼もしい演歌歌手である。
 今年4月6日には、仲良しの歌手仲間、中西りえ(日本クラウン)徳永ゆうき(ユンバーサルミュージック)と3人でライブ「花よりだんご 良い子 悪い子 普通の子」を、去年に続いてJR東京駅前のライブハウス、ヒットスタジオトウキョウで開く。
 仕事においてもアクティブに動いている。





[水城なつみ オフィシャルサイト]
http://www.mizuki-natumi.com/
[水城なつみ キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=44259








nice!(4) 
共通テーマ:音楽

二見颯一(日本クラウン) きょう「哀愁峠」で歌手デビュー 20歳大学2回生 目標は三橋美智也 [インタビュー]

二見颯一1.jpg◆指導を受けていたボイストレーニングの先生が、本人に内緒で応募した新人歌手のオーディションでグランプリを取ってしまった。2017年に行われた日本クラウンの演歌・歌謡曲新人歌手オーディションで、最終選考に残った20人の中から選ばれ、2019年3月6日、「哀愁峠」(作詞・たきのえいじ、作曲・水森英夫、編曲・石倉重信)でデビューした二見颯一(ふたみ そういち)である。三橋美智也が大好きで5歳から民謡を、中学に入ってからは演歌を習ってきた。東京の大学に進学して、将来は「地元の県庁に勤めたい」と考えていたが、まさかのプロ歌手の道への転身である。


二見颯一・哀愁峠.jpg









 宮崎県国富町生まれの二見颯一は、幼い頃からゴーヤやニラなどを作る両親の畑仕事を手伝いながら、ラジオから流れてくる民謡や演歌・歌謡曲を聴いて育った。5歳から習い始めた民謡では、中学1年で民謡民舞少年少女全国大会中学生の部で優勝、高校2年になると正調刈干切唄全国大会男性の部でも優勝するなど、徐々に力を付けていった。

 高校を卒業して18歳で上京した時には、取り立てて歌手になろうとは思いもしなかった。合格した日本大学で法律の勉強をして、卒業後は地元宮崎に帰り「県庁に勤めて定年後は後は民謡・歌謡教室を」と、ごくごく平凡な人生設計をなんとなく描いていた。
 それがボイストレーニングの先生によって一変してしまった。

 自分の知らないところでオーディションの1次審査を通過してしまったからである。大学1回生の時であった。それを知らされた二見は、迷うことなく出場することを承諾している。両親も彼が子供の頃から「歌手としてデビューさせたかった」というほど、息子の歌には自信を持っていたようだ。
 それでも彼自身、グランプリをもらった時には「ただただビックリでした」と、信じられなかったようである。

■1文字1文字を大切に歌う

二見颯一2.jpg デビュー曲「哀愁峠」は、♪ 帰りたい帰りたい 〜 から最後の2行が、歌っていてとても感情が入るところ。所謂<サビ>と言われる部分である。二見の特徴とされる高音を存分に表したところなのだ。
水森英夫は彼に、前半は民謡の歌い方を、♪ 日向 〜 から歌いじりまでは反対に出来るだけ演歌っぽく、と指導している。
 「その歌い方によって、非常にメリハリが付いて、歌いやすくなっています」と二見。

 二見を水森に紹介したのは、オーディションを受けさせた、水森とも親交があり、宮崎でボイストレーニングを指導した人物であった。

 上京し師事した作曲家、水森の元で三橋美智也、三波春夫や民謡の大先輩である成世昌平など幾人もの歌の勉強を重ねた。
 水森からは「この文字はこのように歌う、といった具合に、歌詞1文字1文字を大切にした歌い方を教わりました」と二見。
 民謡という彼の持ち味を生かしてつくられたというデビュー曲では、低音から高音まで音域が広いため「力を抜いて歌うように」といった水森の教えを守る。

 三橋美智也を思わせような高音の響き渡る声は、かつて民謡の先生から「やまびこが返ってくるように歌いなさい」と教えられた通りに、畑仕事を手伝うかたわら、広い畑で歌って鍛えたもの。レコード会社が名付けた彼のキャッチフレーズも、そのものズバリ〈やまびこボイス〉

 目指す歌手はもちろん三橋美智也である。
 「民謡はもちろん演歌やCMソング、テレビドラマの主題歌などと色んな分野で歌い、沢山の人に愛された三橋さんのように、さまざまなジャンルを歌っていきたい」

二見颯一・絵.jpg
子供の頃から大好きだった絵を描くことは今も続けている

 その二見は「歌手になることは出来ましたが、これからは沢山の人に知ってもらうことが大切で、頑張ります」と意欲を見せる。
 デビュー日には大阪市内で開かれた歌謡ショーに出演した。中学・高校時代にNHKホールや国技館で開かれた民謡全国大会で歌った経験もあり、度胸は座っている。
 本名は二見颯。芸名は(二見)颯一。1番になるように、といった思いが込められているかのようである。





[二見颯一 オフィシャルサイト]
https://ameblo.jp/futamisoichi1026/
[二見颯一 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/futami/whats.html








nice!(5) 
共通テーマ:音楽

北川裕二(キングレコード)  「やめとくれ ?」  新路線のスローバラード演歌  くせになる1曲 [インタビュー]

北川裕二.jpg◆キングレコードの歌手、北川裕二が2019年1月に出した「やめとくれ ?」は、スローバラード演歌と呼ぶ新しいジャンルの1曲である。6年前、彼に転機をもたらすことになった大衆演歌を歌わせた、キングレコードの中田信也ディレクターが新人ディレクターと共同で制作したものだった。「三振するかホームランになるか」といった実験的な作品だが、もちろん本人は「ホームランにしてみせます。クセになる1曲です」と意欲満々である。










 「楽しんで歌おう」といったコンセプトで生まれたのが「やめとくれ ?」だった。女性の強がりを歌った女歌である。当初は別の楽曲がメイン曲の候補に上がっていたが、次作のメインに回された。
 大衆演歌の第1弾となった「女のみれん」(2013年)が作られた6年前、実は5作品が一緒に制作されていた。その1作が今作のカップリング曲「おれの道づれ」であった。幸せ演歌で「結婚式でも歌えます」と北川。

北川裕二・やめとくれ!!.jpg ここ6年ほど<ド演歌>を歌ってきた北川にとって、今作のスローバラード演歌は畑違いのようにも思えた。事実、制作陣の中にも「北川に合うのかな」といった疑問もあった。が、そうした懸念に反して北川は、かつて仲間とバンド活動をしていただけあって「このジャンルは大好きなんです」と自信をみせる。

 「歌詞を読むと確かに結構暗いですね。暗い歌を暗く歌うんじゃなくて、楽しく歌っていますよ。しかも上手く歌おうとせずに、リズムに乗って歌うといいですね。最後は希望も持てる内容の詞になっています」

 シングル「やめとくれ ?」と同時に、カバーアルバム「歌匠 弦哲也を歌う」を発売している。「北の旅人」「天城越え」など、いずれも師匠で作曲家の弦哲也の作品ばかり13曲を収録している。スタッフが選んだ20曲の中から北川自身が選曲した。
 その中の都はるみの「千年の古都」は、北川が初めて歌ったという楽曲だった。「都はるみさんのイメージも損なわないように歌うのも難しかった」

 美空ひばりが歌った「裏窓」にも挑戦している。この歌詞には ♪ ひとりぽっちの わたしのために ? の1節がある。「そこを<ひとりぼっち>と歌ってしまったんです。間違えて覚えていたんですね。録り直すことになりました」

 全曲がカバー曲のアルバムは初めての体験だった。
 「メロディーラインは先生のものですから苦労はありませんでしたが、いずれも大先輩が歌った歌ですから緊張しました」
 35年選手の北川にしても、気が抜けない作品だったようである。

■3度目のカラオケ大会

 「やめとくれ ?」のカラオケ大会も行う。CDに封入されている応募券と一緒に、同曲の歌唱音源をキングレコードに送って事前審査を通過すると、2019年5月15日に同社関口台スタジオで行われるカラオケ大会に出場できる。
 さらにアルバム「歌匠 弦哲也を歌う」に封入されたレコーディング参加応募券を送ると、同スタジオで今秋に予定されている北川の新曲レコーディングのコーラス隊に抽選で20人を招待する。

北川裕二2.jpg

 北川がカラオケ大会を開くのは、2001年の「男のまごころ」16年の「泣いて大阪」に次いで3度目。


 去年から始まったデビュー35周年が今年4月で終わる。それを記念して全国で行ってきたディナーショーも、今日3月3日の札幌、4月29日の東京会場で幕を閉じる。
 36年目に向けては「少しでも早くヒット曲を出して先生(弦哲也)に報告したい。今はそれに向けて全力投球するだけです」と、喉の健康にいいというお気に入りのカリン酒を飲んで張り切る。





[北川裕二 オフィシャルサイト]
http://www.kitagawa-yuji.com/
[北川裕二 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=10436







nice!(6) 
共通テーマ:音楽

椎名佐千子(キングレコード) 「漁火(いさりび)街道」  失った恋を探しに今度は福井・越前町をただひとり行く [インタビュー]

椎名佐千子.jpg「漁火街道」。キングレコードの歌手、椎名佐千子が2019年1月1日にリリースした20枚目のシングルである。前作の京都府舞鶴市を舞台にした「舞鶴おんな雨」から、今度は隣の福井県越前町の越前海岸沿いを走る漁火街道と呼ばれる所が舞台。も一度逢えますか、と叫んでみても、声は日本海の荒波にかき消されて愛しい人には届かない。まるで手の届かない遠くに見える漁火のように・・・切ない恋歌である。きょう3月2日には、福井・越前町で初披露する。



椎名佐千子・漁火街道.jpg









 女性のはかなげで寂しい表情を映したかのような越前の海が、歌と重なってくる。椎名は前作の3年前には「哀愁・・・日本海」を歌っており、日本海はもう馴染みである。その荒波はまるで、戻らぬ人を想う胸の痛みのゆうでもある。
 同じ日本海でも「前作はスケール感があった」(椎名)が、今作のそれは歌詞にも出てくる、風と波の浸食によって出来た洞穴・呼鳥門のように、主人公の心のうちを表すかのようである。

椎名佐千子2.jpg 発売後2ヶ月あまりが過ぎた。
 「キャンペーンではキーを設定し直して、男性も良く歌ってくれます」
 椎名ファンの幅広さを示している。
 漁火街道は風光明媚な一方で、その景色は険しさもあってなお一層、歌を引き立てている。
 「歌いどころ、泣かせどころ、聴きどころは1番であれば、やはり ♪ ねぇねぇ あなた 今頃どこにいる 〜 でしょうね」

 その主人公の心情を表す、歌の世界観にグッと入り込めるところである。

 作品ごとに異なる世界観、椎名はそれをどのように自分のものにして表現するのだろうか。
 「イントロが流れると、自然とドラマに入っていけますね。歌っていて気持ちが乗る瞬間があります。観客の反応から感じ取ることもあります。こういう風に歌うと伝わるんだ、と分かってくるんですね。まったく知らない所で歌うのが、とても勉強になります」

 椎名はまだ1度も漁火街道を訪ねたことがない。インターネットで見た写真や動画などでイメージを膨らませて歌う。
 きょう3月2日、越前町観光連盟主催の第6回越前かに感謝祭で開かれる歌謡ショーでは、特別ゲストとして「漁火街道」を披露する。「呼鳥門などを観光する時間が取れると良いのですが。地元の越前かにも食べてみたい」と、初めての越前に関心を示す。

■「俵星玄蕃」にも挑戦中!

 3月18日からは水森かおりの明治座初座長公演に、歌と芝居で出演する。引き続いて5月には大阪・新歌舞伎座に巡回する。椎名にとっても「楽しみにしている」初の試みである。
 それと併行して、今、三波春夫の長女、三波美夕紀から長編歌謡浪曲「俵星玄蕃」を習う。これまで我流で歌ってきたというが「所作や振り付けを含めて、基本から学ぼうと取り組み始めました」と椎名。

 舞台公演も楽しみである。






[椎名佐千子 オフィシャルサイト]
http://shiina-sachiko.jp/
[椎名佐千子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=18032







nice!(5) 
共通テーマ:音楽

中西りえ(日本クラウン) 好スタート 「海峡迷子 / 東京かぐや姫」 4月には水城・徳永とライブ第2弾 [インタビュー]

◆初めての哀愁演歌である新曲「海峡迷子」を2018年12月に出した日本クラウンの歌手、中西りえが、19年4月6日に、同世代の仲良し歌手仲間の水城なつみ(キングレコード)徳永ゆうき(ユニバーサルミュージック)と一緒に、ライブ「花よりだんご 良い子・悪い子・普通の子 〜新年度編〜 」を、JR東京駅前のヒットスタジオトウキョウで行う。去年12月に初めて3人で開いたが、それの好評を受けての第2弾。今回は1970年代にフジテレビ系列で放送された人気バラエティー番組「欽ちゃんのドンとやってみよう!」のオマージュ版になるという。

中西りえ2.jpg


 「演歌っぽくないライブなんですよ」
 中西りえはそう話してくれた。
 確かに前回は初音ミクの「千本桜」まで飛び出したのだから、振り袖で切ない女性を歌う演歌を期待した人は驚きであろう。
 しかもワンピースにリクルートスーツ、それにお揃いのTシャツといった具合に、普段はあまり見ることが出来ない3人のコスチュームも見もの。

花よりだんご.jpg
左から水城なつみ、中西りえ、徳永ゆうき(中西りえのブログ「歌力一直線」から転載)

 観客も20代から70代までといった幅広い年代の人たちが、彼らの歌と寸劇のパフォーマンスを見にやって来た。

 今回のライブの内容は当日のお楽しみだが、事務所も違えばレコード会社もまちまちの3人が話し合って決めている。カラオケボックスに集まったり、会えない時にはLINEで打ち合わせをする。
 「3人の中ではリーダーを作らないで、タメ語で話すことも認めているんです。それでも話が脱線しそうになると、年長の私がコントロールします。ライブでは仲の良い3人の姿を見てほしいです」と中西。

全国踏破してヒットへ

中西りえ・海峡迷子.jpg 中西は2012年に「北海男節」でデビューしている。今年33歳。美空ひばりが好きな一方でアニメが好きでドリームズカムトゥルーや椎名林檎も好きという。
 新曲の「海峡迷子」は8枚目のシングル。今作から初めて、演歌の定番衣装である着物を着た。恋への未練を引きずって最終フェリーで北国を目指す女性を歌う。
 とにかく暗い歌世界だが「3番では明日への希望を感じてもらえます」と笑う。

 「研ナオコさん、ちあきなおみさん、内藤やすこさん、中島みゆきさんの歌世界が好きなんです。だから今回の新曲は、いつかは歌ってみたかった作品なんです」

 デビュー8年目にして、ようやく時機到来といった風である。

 評判も上々のようである。
 「この作品は今までの中で一番、皆さんに歌われているんじゃないでしょうか。難しい歌だけど、歌い過ぎないで語りなさい、とアドバイスを受けました」

 これを是非ともヒットさせるためにも「まだ無名の私を1人でも多くの人に知ってもらいたい」と、全国でキャンペーンなどを展開する。47都道府県全てを踏破するまでにあと4県になっている。





[中西りえ オフィシャルサイト]
http://www.sunnysb.jp/rie/
[中西りえ 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/nakanishi/whats.html







nice!(6) 
共通テーマ:音楽

真咲よう子(日本クラウン) 「恋つばめ」 逢いたさ募らせる恋心と海を渡るつばめと重ねて歌う [インタビュー]

真咲よう子.jpg◆デビュー45年の日本クラウンの歌手、真咲よう子はとにかく明るい人である。アイドルだった10代の頃の雰囲気をそのまま残している。もちろん今はクラウンを代表する演歌歌手である。その明るさゆえか、デビュー前には三波春夫の前歌を務めている。2018年12月に出した新曲は「恋つばめ」。61枚目のシングルである。女性の一途な恋を歌っている。春を感じさせる温かな、ツバメの願いも叶えてくれそうな1曲である。











真咲よう子・恋つばめ.jpg 「恋つばめ」。作詞は大久保輿志雄。作曲と編曲は椿哲也。 ♪ 逢いたくて 逢いたくて いますぐ逢いたくて 〜 と、春を心待ちにするつばめの想いを、真咲はつばめになったかのように、恋しい想いを歌う。

 レコーディングの日、カップリング曲の「白河慕情」とメイン曲が入れ替わった。決して珍しいことではないが、命がけで海を渡って来たつばめと、愛しい男性を追いかける一途な女性の恋を重ねた熱さが、そうさせたのであろう。
 発売から2ヶ月経った2019年2月18日付けのオリコン演歌チャートでも56位にランキングされている。
 「覚えやすいからでしょうか、明るい曲調も相まって皆さんに支持されています」

 カップリングに回った「白河慕情」は、福島県白河市を舞台にした悲恋の歌。かつては相合傘で歩いた南湖のほとりも、今はひとり未練の傘を差して行く。そんなご当地演歌である。

 明るい性格でインタビューの間も、真咲からは笑いが絶えない。彼女にはやはり「恋つばめ」が良く似合う。「慰問で行く老人ホームで課題曲になっている」というのもうなづける。

■趣味は銭湯や郵便局スタンプ集め

真咲よう子3.jpg 「『恋つばめ』の楽曲をもらったのをキッカケに、つばめを研究してみようかしら。つばめの巣も食べてみたいし」
 と笑顔で話す真咲は好奇心旺盛である。


 趣味の銭湯巡りや郵便局のスタンプ集めなど、好きなことには、もう何年も夢中になっている。今までに行った銭湯は東京を中心に650ヶ所にもなる。東京の銭湯ではスタンプを押してもらえる。それを集めるのを真咲は楽しみなのである。ただ仕事で出かける関西などには、そうした銭湯スタンプはないという。

 銭湯通いが高じて5年前には本名の紅谷洋子の名前で、日本銭湯文化協会か行う銭湯検定で銭湯ガイドマイスター2級の資格を取ったほどである。

 郵便局のスタンプ(局印)集めでは、集めたスタンプの数は3000を超える。行った先々の郵便局の窓口で、入出金のたびに貯金通帳に押してもらえるのが局印である。子供の頃は切手蒐集だったが、今はこの局印を集めるのが趣味になった。

■三波春夫のおやつ代が郵貯スタンプに

 局印を集め始めて40年にもなるというから、始めたのはまだ「女のみれん」(1981年)で演歌歌手として日本クラウンからデビューする以前である。
 真咲の歌手デビューは1973年、紅谷洋子の名前でビクターからアイドルとしてスタートしている。「恋は1/2」など2枚のレコードを出しているが、アイドルとしての活動は約2年間だった。

真咲よう子2.jpg

 アイドルの仕事がなくなると、スケジュール帳は真っ白だった。ビクターから薦められて三波春夫の前歌歌手のオーディションを受けた。この時に歌ったのが、後に日本クラウンからのデビュー曲になる「女のみれん」だった。
 それに合格した真咲はその後、三波春夫やフランク永井、村田英雄の前歌歌手として全国を巡業している。前歌ではもっぱら、堀越学園で同級生だった石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」などを歌っていた。

 前歌で最も長い付き合いとなったのは三波春夫で、郵便局の局印を集めるきっかけも、この時からである。
 「まだ10代の頃でしたが、三波先生は公演期間中は毎日、出演者やスタッフにおやつ代として千円を渡していました。もちろん私ももらっていました。ある年、私の誕生日に<洋子ちゃんへ>と書いて、1万円を頂いたことがありました。それは今も使わずに大事に仕舞っています」

 真咲は毎日、千円をもらうたびに、劇場近くの郵便局へ行って貯金をしていた。今のようにATMなどはないから窓口に通帳と一緒に出すのだが、公演場所が変わるごとに夜行列車で移動するから、その都度新しい局印が増えていった。

■ステージは1枚の絵

 三波春夫から教えられたことは、貯金をすることではなかった。
 「先輩のステージを見て勉強する際は、舞台のソデではなく客席の一番後ろの席から見るのが良い。全体の動きや観客の反応を見ることが出来るからでした」

 多くのことを教えてくれて、優しかった三波春夫の弟子になりたかったが、彼は弟子を取らなかったから、叶わなかった。それでも楽屋では「良く正座をさせられて歴史物語を聞かされました」といい、真咲はきっと三波春夫の心を受け継ぐ歌手のひとりでもあるはずである。






[真咲よう子 オフィシャルサイト]
http://www.crownmusic.co.jp/artist/masaki/wn.html
[真咲よう子 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/masaki/whats.html







nice!(5) 
共通テーマ:音楽

真木柚布子(キングレコード)   「紺屋高尾」デビュー30周年記念曲    ラップで歌う [インタビュー]

真木柚布子2.jpg◆デビュー30周年を迎えているキングレコードの歌手、真木柚布子が、その記念曲で47枚目のシングル「紺屋高尾(こうやたかお)」を2018年11月に出している。花魁の最高位である高尾太夫と、紺屋の染物職人との純愛を描いた浪曲、古典落語の演目として知られる「紺屋高尾」。それをセリフ入りで、しかもラップ調で真木ならではの演歌に仕上げている。2019年10月には東京・渋谷の伝承ホールで30周年を締めくくるコンサートを行う。「紺屋高尾」の歌謡芝居もリストに加わるかもしれない。カップリングの「30年の歌語り」はその名の通り、真木の歌手人生を綴っている。







 花魁姿で初めてジャケット写真に収まった。真っ赤な背景に黒地の着物に花柄。帯は元禄調の結びを再現している。その絵柄は30周年を迎えている表現者、真木柚布子の熱い想いを端的に表すものである。

 「真木らしさを出してみたかった。ファンの皆さんからも目立つよ、と高評価をもらっています。花魁に入り込めますね」

真木柚布子・紺屋高尾.jpg 新曲「紺屋高尾」作詞が久仁京介、作曲が弦哲也、編曲は前田俊明である。
 歌のストーリーは良く知られているが、初めて聴いた人からは「どうしてこんな難しい歌を」と指摘されるが、真木は「今までの紺屋高尾の物語のイメージと異なった、ラップ調のメロディーが、セリフと共に歌を楽しく明るいものへと変えてくれています」と返している。しかも歌はハッピーエンドに終わる。

 一方、カップリング曲「三十年の歌語り」は真木の歌手人生を重ねて、作詞家の中嶋年張が書いた。♪ 拍手一つが嬉しくて 〜 、そんな想いで真木は30年間ずっと歌い続けてきた。辛いこともあったが、♪ 誰が勧めた訳でもないし 好きで歩いた道だから 〜 、と歌ってみせる。
 それでもまだ、♪ 語りつくせぬ歌があり 辿りつけない芸もある 〜 と、決して現状に満足しない彼女がそこにはいる。

 「30年は20年と重みが全然違いますね。歌っていて、グッと心にしみてきます。私が感じていることを書いてもらいました」

 2019年5月12日、真木の30年を振り返る歌謡ショー「三十年の歌語 真木柚布子 京都公演」を京都のファンクラブである京都柚の会が、京都市上京区にある京都府立文化芸術会館で開く。
 「ゲストに五条哲也さん、舞踊団正藤さんたちが加わって、華やかなショーをお届けします」と真木。

 これに先駆けて3月11日には、今年、三周忌を迎える作詞家、下地亜紀子との思い出を語り、歌い伝へていく「真木柚布子が綴る下地亜紀子先生との思い出ライブ」を、東京・中野にある中野サンプラザコスモルームで予定している。

真木柚布子1.jpg

 このライブでは多くの下地作品を歌うことになるが、真木が下地の作品を最初に出合ったのは2001にリリースした「宝船」からであった。
 「ここ数年は下地先生の作品を歌うことが多かったです。詞を提供していただいている中では最も多いと思います。セリフものまでバラエティに富んだ、素敵な詞を書いてもらった。困った時に相談すると、なんでも応えて頂きました」

 真木にとってはまた、姉のような存在で「ファンクラブの旅行会に参加してもらったり、洋服やバッグを頂いたりもしました。ハワイ公演にも一緒に出かけてもらいました」といい、30年の歌手生活の中で最も「ウエイトの重い人」だったという。

■寺でミニライブも

 30年の中で真木にとって忘れられない作品のひとつが、歌唱時間が10分4秒にもなる「歌謡芝居 九段の母」だという。2012年に出した「さくら月夜」のカップリング曲として収録されているが「作ってもらったのは今から20数年前」である。
 「長くCD化されずに、ステージや慰問先などで歌っていたのですが、12年にようやくカップリング曲として収録されることになったんです」
 この楽曲で今の真木のスタイルが生まれた、と言ってもいい。

真木柚布子3.jpg

 「これからも1年1年を大切に歌っていきたい」という彼女。
 そうした中でもライフワークのように続けたいと、今考えるのが「立派な照明がなくてもいい、会場もお寺のような小さな所でも構わない、そんなミニライブをやりたい」のである。
 第1回目を今夏、5歳から16歳までを過ごした埼玉県秩父市の寺の本堂で開催する計画を進めている。

 「それは昔からの夢だったんです」
 大きなステージでは決して味わえない、体温が伝わるような熱のこもったイベントに真木は今、意欲を見せている。





[真木柚布子 オフィシャルサイト]
http://www.yukomaki.com/
[真木柚布子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=12453







nice!(6) 
共通テーマ:音楽

福島はじめ(日本クラウン) 「女の時雨」 メジャーデビュー曲    初の女歌に<はじめちゃんコール> [インタビュー]

福島はじめ 4.png福島はじめ、デビュー23年目の日本クラウンの歌手である。その名前の通り福島県出身で、東日本大震災では被災して避難所生活を送る。その中から、歌手としての再起を誓う。それから8年。麻こよみ、徳久広司のコンビによる「女の時雨」でメジャーデビューを果たす。メジャーとは言え、まだ無名に近いが、いずれは大きなステージへと飛躍する実力は十分との評価も。今、そのステップを踏み出したところである。



福島はじめ・女の時雨.png








 福島はじめが歌手への第1歩を踏み出したのは、福島県南相馬市から単身京都にやって来た21歳の時だった。京都に着いて、真っ先に訪ねたのは高校時代に出場したカラオケイベントで名刺をもらっていた、作詞家清水峰湧が社長をする事務所だった。
 「高校3年の時にテレビで見た美空ひばりスペシャルの番組に触発されて、歌を一から勉強したくなって、清水先生に手紙を出したんです」
 返事をもらって、福島は地元で清水と会った。
 本気でやりたいのか、と清水に訊ねられて「大学へ行って勉強するつもりで京都で歌の勉強をする」と答えて入門が決まった。

福島はじめ.png 京都での生活には親からの仕送りはあったが、先斗町の京料理店・山とみで調理補助をしたのをはじめカラオケボックス、引っ越し会社などでアルバイトをして生活費を稼いだ。事務所社長の付き人や先輩歌手が出演するテレビ番組のADを務めるなど下積みの生活が続いた。

 そこでの下積み生活から得たものは ー 。
 「歌は教えてもらえないことの辛さはありました。そんな中でも将来、売れた時に恥ずかしくない姿を見せたい、とにかく今は自分で勉強して多くのことを吸収しようという思いでいっぱいでしたね」

 京都に来た翌年、高田まさひろの名前で日本クラウンから「女のかさね夢 / ひとり旅」を出してCDデビューしている。4年後、今度は大阪の事務所に移っていた。芸名も椿あきらに変えて、2枚目のCDになる「海は命さ / 福島慕情」を日本コロムビアから出していた。この時期に全国で飛び込みキャンペーンの過酷さを味わっている。
 「タウンページでスナックを探して訪ね歩きました。1つのスナックビルで100軒ほどのスナックを1軒1軒ドアを叩いていくんです。それでも歌わせてもらえるのは2軒程度といったこともありました」

 仙台では表につまみ出されたし、北海道では酔っ払いに絡まれて蹴られたこともあった。惨めな気持ちになったが、それでも「負けないぞ、といった気持ちだけで頑張りました。歌わせてもらえなくても、ありがとうございました、の言葉は忘れたことはなかった」

 門前払いばかりでも続けられたのは「歌をたくさんの人に届けたい、という思いがあったから」だった。しかも1度、歌を聴いてもらうことができると、引きつけられる、といった歌には自信を持っていた。まだ25歳の時であった。

■震災からの再起

 2011年になると椿あきらは、大阪の事務所から東京の事務所に移籍していた。その年の2月には、そこを辞めてふる里、福島県南相馬市に帰省していた。
 同3月11日午後2時46分、東北をはじめ東日本全体に未曾有の被害をもたらした東日本大震災が南相馬の町をも襲った。実家は海から1キロメートルほどの所にあったが「実家はもちろん町全体が壊滅状態でした。幸い母が営んでいた居酒屋は難を逃れたので、そこの床に新聞紙を敷いて生活する状態」だった。

 救援物資の配給があってもガソリンがないので取りに行けなかったし、1ヶ月も風呂に入ることが出来ない状態が続いた。そうした生活の中でも彼は避難所を回ってボランティア活動励んでいた。
すると大阪のファンが「こっちにおいでよ」と救いの手を差しのべてくれた。早速、母親を伴って大阪へ移るが、そこでの避難生活は3年にも及んだ。
 そうして生まれたのが、ふる里を歌った原田伸郎作詞作曲の「おかえり」(マースジャパン)だった。

福島はじめ 3.png

 あの頃、合言葉のように誰もが頑張れと言って被災地を励ましていた。でも、この歌はそうではなかった。
 「そんなに頑張らなくてもいいよ。もっと気持ちを楽に持って、歌うことが今の悲しみを癒してくれて、立ち直る力を与えてくれる、という内容でした」

 震災から5年、南相馬も落ち着いてきた頃、彼はレーベルを今度はホリデージャパンに変えた。演歌歌手としての位置付けを明確にするのが狙いだった。そこでは「津軽恋ふぶき / 安達太良カントリーロード」(2016年)を1枚だけ出したが、その頃に今、所属している事務所と親しく付き合うようになった。
 そしていよいよ2018年10月には、日本クラウンのオーディションを受けて念願のメジャーデビューを果たすことになる。

■念願のメジャーデビュー

 福島は日本クラウンからメジャーデビューするに際して、芸名を三たび変えることにした「一(はじめ)」を平仮名の「はじめ」にしたのである。今度こそヒットチャートに加われる曲に、と満を持して出したのは、通算9枚目のシングルにして初めての女歌となった「女の時雨」である。
 マスコミや業界関係者も招いて、かつてやったことのないほどの盛大な新曲発表会を開いている。東日本大震災の日「今に見ていろ、歌で見返してやる」と、天を仰ぎ見た時のことを思い起こすかのように、彼はステージに立っていた。

福島はじめ 2.png

 「女の時雨」のレコーディングを控えて、移動の車の中は言うに及ばず、どこにいても納得いくまで何度も詞を読んで、切ない気持ちを表現するための練習を繰り返した。「そのうちに主人公は辛い人生の人なんだ、と思えるようになって涙が出てきたんです」

 カップリング曲の「夢屋台」と共に、作詞は麻こよみ、作曲は徳久広司である。当初、メイン曲候補は「夢屋台」だったという。ところが麻はレコーディングの日に「『女の時雨』って良くない?これ絶対にいいですよ」と言い出して、ついにメイン曲とカップリング曲を逆転させてしまったのだ。

 麻の閃きと福島の主人公に成り切るまでの歌い込みが、女の哀切をここまで表現できる演歌歌手を誕生させることになった。

■夢へ熱く燃える

 夢の第1ステップに踏み出した福島だが、当面の目標は・・・?
 「僕は実績を積んでメジャーデビューした訳でもないから、人一倍勉強しないと勝ち残れないと思っています。その上で歌謡ショー番組をやりたいですね。ほかの番組と正面から戦える内容のものをね」

 小柄で童顔な福島だが、その体の中は誰にも負けないといった、熱く想いが燃えているようである。


[福島はじめ オフィシャルサイト]
https://warakasu.jimdofree.com/福島はじめ/
https://ameblo.jp/fukushima-hajime/
[福島はじめ 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/fukushima/whats.html







nice!(4) 
共通テーマ:音楽
前の20件 | - インタビュー ブログトップ