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浅田あつこ(徳間ジャパンコミュニケーションズ) 関西にこだわり続けて25年 新曲「いさりび鉄道」 舞台は 「霧多布岬」(‘05年) 以来の北の大地 [インタビュー]

浅田あつこ2.jpg◆徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手、浅田あつこがデビュー25周年記念シングル「いさりび鉄道」を2018年12月5日にリリースする。舞台は北海道の旧JR江差線の函館から木古内間を走る第3セクター、道南いさりび鉄道。作詞家の鈴木紀代が実際に乗車して着想したという。すでに函館観光大使就任が決定しており、来春には現地で任命式も。デビューから一貫して大阪を拠点に活動してきた彼女、これからも関西にこだわり続けて歌って行くという。


浅田あつこ・いさりび鉄道.jpg









 この歌が、先の地震で落ち込んでいる北海道の元気を押し上げてくれればうれしいー。浅田あつこはこのように、新曲「いさりび鉄道」に期待を寄せる。
 この楽曲を書いた作曲家の杉尾聖二、編曲家の伊戸のりおはいずれも北海道・札幌市の出身である。さらに歌詞を書いた鈴木紀代は今年、北海道で骨折し、現地で入院生活を送っていたという。そこで生まれたのが、かつて乗車したことがあるいさりび鉄道を題材にした、この恋歌だったのである。

 なんとも稀な3人の北海道繋がりで出来上がった「いさりび鉄道」である。浅田は北海道を舞台に歌うのは、2005年に出した「霧多布岬」以来だという。
 「北海道旅行で行ってみたい所のナンバーワンは函館なんですって。新曲はきっと、漁火を見ながら走るロマンチックないさりび鉄道との架け橋になってくれるでしょうね」

 そんな新曲はすでにファンの前で披露されている。反応は上々だという。
 「まるで私が掃除機にでもなったかのように、聴く人たちを次々と吸い込んでいくようで、気持ち良く歌えますね。イントロが流れると、北海道の景色が浮かんでくる壮大さを感じます」

■大阪のあっちゃんやで、オッチャンと違うで

浅田あつこ1.jpg カップリングは「河内のおとこ」
 お得意の河内ものである。前作の「河内のからくち」など、彼女には地元の河内を歌った楽曲は多い。河内もののオリジナル楽曲を集めた、たとえば「ザ・河内」のようなアルバムも出してみたいという。

 浅田あつこと言えば関西。関西と言えば浅田、というように、25年間、脇目も振らずに活動拠点は関西に置いてきた。東京へ来ないか、といった誘いもあったが「一度も関西を離れたことがありません。自分らしくいられる、居心地の良さが一番の理由ですね」と、関西でのポジションを作り上げてきた。

 大阪で形になるものを追い求め、関西から演歌・歌謡曲を盛り上げて行きたい、と頑張り続けてきた。ステージを降りると大阪のあっちゃんだが。一度、ステージに上がると全国区のあっちゃんの顔になる。


 もちろん大阪にいるハンディもあった。
 「ラジオ番組も少ないし、全国ネットのテレビにもなかなか出演できなかった」
 遠回りしたものの関西の顔になった今は、東京からも声がかかるようになった。
 これからも関西に居続けるのに変わりはない。
 「東京に住み家を持てるように頑張ります」

 25周年を記念したイベントも企画中である。コンサートも演りたいという。
 「これを機に自分を見つめ直してステップアップさせたいですね。今までもそうであったように、後は振り返らずに、前だけを見て行きたいです」
 浅田あつこはこれかもぶれることなく、大阪のあっちゃんとして愛くるしい笑顔を振りまいてくれることだろう。





[浅田あつこ オフィシャルサイト]
http://www.anchi.tv/top.html
[浅田あつこ 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/asada.html






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渚月あかり(ホリデージャパン) 男性ファンを惹きつける「済州島」 魅せて聴かせるライブショーを [インタビュー]

渚月あかり2.jpg◆歌手でモデルの渚月あかり、才色兼備な女性に付けられるという〈美魔女〉の異名も持つ。2018年7月に、ホリデージャパン移籍第4弾の「済州島(チェジュド)」を出した。情熱的でダイナミックな歌詞とメロディーが男性から支持されている。「もっともっと女性力を高めたい」と、自らの磨きをかける。



渚月あかり・済州島.jpg










 「済州島」作詞が坂本晃歌と下村耕史、作曲が下村耕史、編曲は牧野三朗である。下村の作品は渚月がまだ、田中みきを名乗っていたフリーボード時代に歌った「かもめが泣いた」(2004年)の作曲を手がけた人である。

 「かもめー」を出す際に、すでに「済州島」は完成しており、渚月の新曲候補として上がっていたという。その後も彼女は「歌わせてほしい」と、何度もリクエストを出していたのだが、それが今回、ようやく叶ったのである。

 「自分の持ち味を初めて出すことができた」というほど、「済州島」は彼女にピタリとハマった。それに合わせるかのように、衣装も今までの着物から和服へと替えた。
 そんなことも影響しているのだろうか「圧倒的に男性に歌ってもらえるケースが多いんですよ」と、渚月は話す。

渚月あかり.jpg

 1番の ♪ この震えを止めて い激しく抱いて 〜 や、3番の ♪ 掻き乱れたこころ ああ崩れてしまう 〜 など「ダイナミックで情熱的な歌詞が、男性から受け入れられている」(渚月)理由のようでもある。

 そこからまた、ラジオ番組のパーソナリティなどのオファーが舞い込むなど、活動の場は広がりつつあるというから、待ち望んでいた「済州島」は渚月にとってまさに天恵のようでもある。

 演歌でも歌謡曲でもない、しかも「聞いていてオシャレな感じさえ与えてくれる今作は、声、歌唱法のどれもが私にピタリとハマっています」と渚月。

 歌手デビュー25年になる。
 「自分がやりたいこと、好きなことを仕事に出来ている私は、幸せな人生だと思います。これからはさらに女性としての魅力に磨きをかけていきたい」

 来て、見て良かったと思ってもらえる魅せて聴かせる、そんなショーを演りたいー渚月の夢は広がる。






[渚月あかり オフィシャルサイト]
https://ameblo.jp/nazukiakari
[渚月あかり ホリデージャパン]
http://www.holiday-japan.co.jp/artist_na5_na.html







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真田ナオキ(夢レコード) 人気急上昇 ファンと楽しい時間を共有したい! 3rdシングル「酔いのブルース」も好スタート [インタビュー]

真田ナオキ2.jpg◆その歌唱で歌手になるには厳しいよー。師事していた民謡の師匠から、そう指摘されてスポーツで鍛えた負けじ魂に火が着いた。吉幾三に弟子入りして1年後の2016年、念願の歌手デビューを果たした。夢レコードの歌手、真田ナオキである。それから8ヶ月後にはNHK・BSテレビに出演するが、40代50代の女性の間で本格的に人気が出始めるのは、昨年末あたりから。18年9月には3枚目のシングル「酔いのブルース」を出し、売れ良きも急上昇中。「やはり紅白を狙いたいけれど、それよりも今はファンと楽しい時間を共有したい」と、謙虚である。


真田ナオキ・酔いのブルース.jpg









 2018年11月12日、京都市伏見区のカラオケ喫茶店、味楽には店内いっぱいの真田ナオキファンが集まっていた。店が始まって以来の熱気ようであった。大阪や神戸からやって来たという女性たちもいる。中には「次の奈良県内でのキャンペーン会場へも行きます」という熱烈なファンも。

 師匠の吉幾三が作詞作曲した新曲「酔いのブルース」を歌い始めると、客席のファンはナオキ、ナオキ〜と連呼。さらにはペンライトが揺れて、ヘェイ- ヘェイ- の掛け声。1曲目から早くもオーバーヒート気味である。
 今年4月に出したカバーアルバム「メイド イン ナオキ」に収録された、やはり吉幾三書き下ろし作品の「HAMAでダンス」を歌うと、ノリは最高潮に達していた。

真田ナオキ4.jpg 「デビュー3年でパパ(吉幾三)からもらった楽曲は7曲ありますが、書き下ろしてもらったのは2曲だけ。新曲の『酔いの ー』はパパが自分で歌うために書いたもので『お前にはやらないよ』と言われていました。でも素敵な曲だったので勝手にレコード会社に持ち込んで、僕のために書いてもらいました、と言ってレコーディングしたんです。先生からはバカヤローと怒られましたが、今では喜んでもらってます」

 真田は師匠の吉幾三をパパと呼ぶ。そのパパが作詞作曲した「れいこ」で2016年4月にデビューしている。ヒット曲「雪國」などで知られた吉の元に、彼が転がり込んだのは、その1年前だった。

 一度は「厳しい」と歌手としての可能性を否定されていたのだが、空手や野球をしていたスポーツマンだっただけに、持ち前の「何クソ」の精神で歌手デビューを果たす。21歳で歌手になりたい、と思ってから5年かかっていた。

女性ファンの心をつかむ真田


 「歌では身を立てるのは難しいと、民謡の先生から言われていましたが、その言葉が逆にバネになりました。デビューするには中途半端な自分のハスキーボイスに特徴を持たせたほうがいい、と考えて海辺で無理に声を出すなどして、今のようなしゃがれた声にしました」

 デビューしてからは「最初はポスターケースを背負って、飛び込みキャンペーンの連続でした」と、地道なキャンペーンを続ける毎日だった。ところがデビューして8ヶ月たった頃、NHK・BSテレビに出演するチャンスをつかんだ。


 女性を中心に彼の人気は日増しに高まっている。
 京都・伏見でのキャンペーンの前日、大阪・箕面温泉スパーガーデンで「天空歌のコンサート」に出演している。若手の人気歌手がたくさん出演している歌謡イベントである。ここではCDショップが用意したCDが全部売り切れてしまう、といったほどだった。
 販売を担当したショップも「1人で2、3枚とまとめて買っていく人がたくさんいました」と驚くほどの人気ぶり。

真田ナオキ・味楽.jpg
京都・伏見のカラオケ喫茶、味楽で歌う真田ナオキ

 真田はこれからどのような歌手を目指すのか。
 「やはり紅白が最大の目標ですが、いきなりそんなことを望むのではなく、支えてくれているファンの皆さんと楽しい時間を共有できればいいかな、と思っています。結果は自然とついてくると思います」

 自信とも余裕とも思える言葉である。真田ナオキ、28歳。ファンの大きな期待を背負った新人であることに違いない。


[真田ナオキ オフィシャルサイト]
https://sanadanaoki.com/
[真田ナオキ 夢レコード]
http://www.yume-gr.jp/yumerecords/YZYM-15073.htm
http://www.yume-gr.jp/yumerecords/YZYM-15030.htm







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大月みやこ(キングレコード) 55周年記念シングル第2弾「海鳴りの駅」 大月演歌の真骨頂 生まれ故郷・八尾で店頭キャンペーン ヒットへ意欲 [インタビュー]

大月みやこ1.jpg◆デビュー55周年記念シングル第2弾「海鳴りの駅」を2018年9月に出したキングレコードの歌手、大月みやこが同11月1日、自らの出身地でもある大阪府八尾市にあるショッピングセンター、アリオ八尾で歌唱キャンペーンを行った。1階のイベントスペースは、一目、郷土が産んだ大歌手を見よという人たちで満員。「こんな立派な施設が出来ているとは知らなかった」という大月。CD購入客1人ひとりと握手して、言葉を交わすなど記念曲第2弾のヒットへ向けての意気込みの強さをみせた。


大月みやこ・海鳴りの駅.jpg









 記念曲第2弾はファルセットを生かした、これぞ大月みやこといった王道演歌である。
 同4月に出した第1弾の「母なる海よ」は、望郷歌であり、今までの大月演歌とは大きく違った。ところが今作は「女の港」「女の駅」「白い海峡」といった彼女が今まで築いてきた、女の歌世界そのものなのである。

 ファルセットは大月の歌の大きな魅力のひとつである。デビュー当時は若さを生かした「金属的な声だった」というが、年齢に重ねるに従って「それに合うように、一生懸命に歌ってきた結果」が、今のファルセットを作り出してきた。

 大月の歌は、時には哀しさに耐え、また切なさに堪える女の世界を表現する。「大阪ふたりずれ」(1982年)以降あたりから、その傾向が強くなってきたという。

大月みやこ3.jpg
アリオ八尾で歌う大月みやこ

 今、我々が持つ大月のイメージの多くは、周りの制作スタッフが作り上げてきたものである。新曲のたびに与えられるテーマを彼女は研究し、今までなかった自分を作り出してきた結果なのである。
 「さぁどうだ、と工夫を凝らして作り上げた新たな歌世界で、毎回、スタッフたちと立ち向かいます」と大月。

 スタッフからの新たな提案は、決して大月自身が気持ち良く歌えるものばかりではないこともある。
 「自分が満足するだけでは、決して聴く人たちに届かないことも今までの経験で知っていますから、スタッフの提案は信じるようにしています」

■きょうよりは明日と進化を続ける

 今年4月で72歳を迎えた。
 それでも歯は1本も抜けていないという。そんな健康の秘訣を訊くと「歌っていられるからかな。有難いことです」と、さり気ない。

大月みやこ2.jpg
両親が眠る墓に手を合わせてからキャンペーン会場入りした

 先の東京オリンピックの開会式の日、新しくなったキングレコードの本社6階の窓から見た、真っ青な空に自衛隊ブルーインパルスのジェット機がきれいな五輪を描いたのが、大月には昨日のことのように眼に浮かぶ。
 17歳で大阪・八尾から上京した彼女は、この年の6月に「母恋三味線」でデビューしたばかりだった。

 2年後には2度目の東京五輪が開かれる。その頃大月は「いい出会いを信じて、スタッフと一緒に新しい空気を作り出していることでしょう。今よりは明日、ずっと素敵になっていることと思います」と、60周年へ向けて明るく意欲を語った。





[大月みやこ オフィシャルサイト]
http://www.otsukimiyako.com/
[大月みやこ キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=10066






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松浦百美子(キングレコード)  大阪から実力派新人登場   デビュー曲はささやきかける大人の恋物語「聴かせて・・・」 [インタビュー]

松浦百美子.jpg◆20代から大阪・北新地のピアノバーでピアノの弾き語りをしていた女性が、去年、親族が亡くなったのをきっかけに「自分が生きてきた証を残したい」と、歌手を目指して一念発起、2018年8月に念願かなってキングレコードから歌手デビューを果たした。チェウニのヒット曲「東京トワイライト」の作詞者、夏海裕子と秋元順子のヒット曲「愛のままで」の作曲者、花岡優平によるデビュー曲「聴かせて・・・」を歌う松浦百美子(ゆみこ)=写真左。その歌がYouTubeや口コミで徐々に広がり、USENの演歌チャンネルのチャートでは7位にランキングされるなど、一躍、実力派新人歌手として注目されるまでになっている。








 スローなボサノバ調の花岡ミュージックにのって、魅惑的にささやくような歌声が流れてくる。松浦の「聴かせて・・・」である。これを聴いた瞬間にファンになったという人も少なくない。

 彼女は大阪音楽大学短期大学部ポピュラー科を卒業後、大阪・北新地でピアノバーを開業して、ピアノの弾き語りを始めた。グランドピアノを弾きながら松浦が歌う、静かな落ち着いた店は、有名人が数多く集い瞬く間に評判となった。

 ところが9年前に突然、ピアノバーを閉め「ゆったりと人生を過ごそうと」と、早すぎる余生を送っていた。そんな中で身近な人が亡くなったり、自身も腕を骨折するなどのアクシデントが重なったことが、彼女の人生観をいっぺんに変えてしまった。「人生は儚い。自分がこの世で生きていた証を残しておかなければ、と思うようになったんです」

松浦百美子・聴かせて・・・.jpg その手段として選んだのはやはり音楽だった。歌には自信があったし、歌手はあこがれであった。「CDを出して、聴いていただく人たちに夢を与えられる歌手になりたい」
 そう思った松浦は自ら書いた人生設計に沿って、それを実現させるために動き始める。レコード会社に相談し、「愛のままで」以来、大ファンになっていた花岡優平に楽曲を依頼した。

 「花岡先生とは東京で会って、歌を聴いてもらってお願いしたところ、1週間後に出来上がってきました。『ボサノバ調で難しい歌だがいいか』と聞かれたので、大丈夫ですと答えました」

 レコーディングまでには、花岡による2度のレッスンと最終チェックを経ている。
ささやきかける松浦の歌は、花岡が「歌い過ぎずにささやくように歌うように」とアドバイスしたものである。
 ささやく「聴かせて・・・」は、大人の男女の恋物語である。北新地で長年歌ってきたことは、松浦に自然と歌世界の表現に説得力を持たせることにつながったようだ。それだからこそ聴く者を惹きつける。

 インターネットでも配信されているプロモーションビデオは、ベルサイユ宮殿を彷彿させるシャンデリア輝く室内で撮ったもので、まさに北新地風な大人の恋物語を醸し出させている。

 松浦は屈託のない親しみやすい大阪の女性であるが、小学2年で父親を亡くして以来、何事も計画的に行う習慣が付いたという。歌手デビューしたこれからの人生設計については「愛と音楽に包まれて、ゆったり過ごす可愛い女性でありたいし、50、60代の人たちが夢を持って頑張ってもらえるような歌を歌っていきたい」といった絵を描いている。





[松浦百美子 キングレコード]
http://kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?sort=gn&artist=45628







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はやぶさ(ビクターエンタテインメント)  子供たちに人気のアニメテーマ曲「ジョー☆デッキー!!!」  11月3日は箕面温泉スパーガーデンで<はやぶさショー> [インタビュー]

はやぶさ・ヒカル ヤマト右.jpg◆ビクターエンタテインメントの歌謡コーラスグループ、はやぶさが、3人組からリーダーのヒカルとヤマトの2人になって初めてのシングルCDを2018年8月に出している。グループ7枚目のシングル「ジョー☆デッキー!!!」。3作目のアニメのタイアップ曲である。アニメを歌うかと思えば、大阪・箕面市にある箕面温泉スパーガーデン箕面劇場に出演して歌謡浪曲を披露するなど、新しいはやぶさを試行している。11月3日には同劇場での今年3度目となる公演も控えており、月に1度は関西にやって来るなど、関西地区での知名度アップにも力を注いでいる。








 キッズ世代を中心に人気のアニメ「デュエル・マスターズ!」(毎週日曜日午前8時30分からテレビ東京系で放送中)のオープニングテーマ曲である。同アニメの前シリーズのオープニングテーマであった「エボレボ!」(2016年)「未来はジョー!ジョー!」(2017年)が好評だったことを受けての発売。前作「蜘蛛男のダンス」と同様に、ヒャダインこと前山田健一がサウンドプロデュースするとともに、作詞・作曲・編曲までを手掛けた。

 ポップなサウンドに乗せて、ヒカルのこぶしを交えた演歌なボーカルとヤマトの低音のボーカルがひとつになり、それが子供たちのコーラスと重なって、アニメ「デュエル・マスターズ!」の楽しい世界を広げている。初回限定版のほか通常盤A、B両タイの3バージョンを発売している。

 「アニメの力はすごいですね。自分たちの知らないところで、子供たちが口ずさんでくれています。アニメ祭典やキャンペーンなどで歌うと、僕らの歌に合わせてみんな歌ってくれますね。会場には子供たちと一緒に大人にも来てもらえるので、そこで懐かしい昭和の歌謡曲などを盛り込んでいます」

はやぶさ・ジョー☆デッキー!!!.jpg 2012年2月にヒカル、ショウヤ、ヤマトの3人組の歌謡コーラスグループとして、「ヨコハマ横恋慕」でデビューした。今年3月にショウヤが引退して2人で再スタートしている。
 3人が2人になって一時は心配するファンもいたが「2人でしかできないことを模索しながら、歌も違うものを選んだり、振付も2人バージョンに替えて、新しいはやぶさを見てもらえるようにしています」と、鋭意変身中なのである。

 今年からは箕面温泉スパーガーデン箕面劇場の箕面天空歌のコンサートに出演している。新しいはやぶさの一面を見せるステージでもある。今夏には天津羽衣の歌謡浪曲「お吉物語」を盛り込んだ構成で、寸劇を交えた約1時間の舞台を演じてみせた。

 「歌や芸の幅を広げたいですね。特に関西ではトークが面白くないと受けないから、笑ってもらったネタをノートに書留めておいて、次に試してみるなど、いろいろ試行錯誤しています。関西での仕事はいい勉強になりますね」

 このところ関西には月に1度は足を運んでキャンペーンなどを行っているが、11月3日には今年3回目の箕面天空歌のコンサートに出演する。最新曲のアニメテーマソングだけでなく、衣装を着物に着替えて歌謡浪曲も披露するという。
 関東から彼らを追いかけて、家族3人でやって来る熱烈なファンもいるなど、新しくなったはやぶさはファミリー層に支持層をますます広げて、新しいコーラスグループとして成長しているようである。

 12月には愛知県春日井市でクリスマス歌謡ショーを開き、1月には東京都内でコンサートも予定している。





[はやぶさ オフィシャルサイト]
http://8823.click/
[はやぶさ ビクターエンタテインメント]
https://www.jvcmusic.co.jp/-/Artist/A023877.html







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木下結子(日本クラウン) 今までと違う自分を見て!   人気のサイケな衣装 [インタビュー]

◆デビュー 35年目の日本クラウンの歌手、木下結子が初めてのアップテンポな新曲「おはじき」に挑んでいる。70年代を思わせるサイケデリックなデザインの衣装も人気。J:COM11chで11月に放送予定の「歌に恋して!」の収録現場で「歌よりも衣装を見に来る人もいるんですよ。目立ったものが勝ちかな」と、笑ってみせていた。

木下結子.jpg
関西では初お目見えとなった帽子姿のサイケ衣装

 日本クラウン移籍6枚目のシングル「おはじき」は、作詞が高畠じゅん子、作曲は杉本眞人、編曲矢田部正で2018年7月4日にリリースされた。
 木下にとっては初の杉本作品で 「この作品をでは今までとは違った私を見てもらいたかった」と、60〜70年代を象徴するようなサイケな衣装がディレクターによって選んでもらったという。

木下結子・石井誠.jpg
デビュー前はたくさんCMソングを歌っていたと話す木下結子、左は音楽評論家・石井誠

 衣装の効果もあるのか新曲の反応は上々で「人目を引くのもいいですね」と木下。この衣装ではパンツスタイル彼女は、ヒール高13センチの靴を履いているので、身長は170センチになるという。だからだろうか、衣装が一段と映えるようである。

 35年前のデビュー曲「放されて」とともに木下の代表曲である「ノラ」(日本コロムビア)は、デビューして5年目の5周年記念曲として誕生した。多くの歌手がカバーリリースして「曲が1人歩きした」とされるが、彼女は「生命力の強い歌」とオリジナル歌手としての矜持は強い。「これを歌うといい女性を演じられます」とも。

 木下の「ノラ」が大好きだというラジオパーソナリティーの唐渡吉則は「僕の得意な歌で、もう何十年も歌い続けています」と話している。

木下結子2.jpg木下結子3.jpg
新曲「おはじき」をアピールする木下結子

 デビュー前は経理事務をするOLだったが、数多くのCMソングも歌っていた。
 8年間も歌ってきたという高知県の日本酒「土佐鶴」の歌や、香川県の銘菓「かまど」の歌も長く歌ってきた。中にはいまだに歌われているものもある。
 「和歌山・白浜のとれとれ市場で流れている、♪ とれとれとれ 〜 市場 〜 は、その1曲です」
 「ノラ」と同様に、誰もが知っている歌である。

 木下は12月20日に大阪・太閤園で恒例のクリスマスディナーショーを開く。ステージではサイケな衣装も披露してくれるかもしれない。


[木下結子 オフィシャルサイト]
http://nora-yuiko.jugem.jp/
[木下結子 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/kinoshita/whats.html






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西田あい(日本クラウン) 新曲「愛が足りなくて」  ポップス調な歌謡曲  SNS世代へ向けて情報発信も [インタビュー]

西田あい.jpg◆日本クラウンの歌手、西田あいが、前作の「最後の頁」から1年10ヶ月ぶりの新曲「愛が足りなくて」を2018年8月に出している。哀愁歌謡バラードとも呼ばれる今作は、恋への迷いを切なくポップスタッチで歌っている。曲を手掛けたのは「愛が足りなくても」とカップリング曲「翔べない踊り子」共に、作詞は岡田冨美子、作・編曲が1980年代に上田正樹の「悲しい色やね」中森明菜の「北ウイング」などのポップスのヒット曲を数多く生み出した林哲司である。西田は「演歌・歌謡曲、ポップスなどの垣根のない歌を歌っていきたい」と話している。








 その林哲司が今まで手掛けてきたのはポップスであった。彼の曲作りについて西田は次のように話している。
 「7月に開かれた林先生の作曲家45周年記念ライブの席で、今まで演歌・歌謡曲に如何に背を向けて曲を作るかに力を入れていたけれど、演歌や歌謡曲がいいなぁ、と思える歳になって初めて今回、歌謡曲を書くことになった、と話していました」
 しかし制作の進め方は、今まで慣れ親しんできた師匠の故・平尾昌晃と、気さくなミュージシャンタイプの林とでは全く異なり「新鮮に感じた」という。

 その林が書いた歌謡曲が「愛が足りなくて」。それでも「ポップスっぽいところは何か所かありますね。イントロや間奏の置き方などは演歌・歌謡曲の定番とはやはり違う印象を受け、それだけに新鮮に歌えています」と西田。

 歌が演歌・歌謡曲、ポップスなどと区分けされる現在の状況に違和感を感じていた西田は「今作のようなポップスよりの歌謡曲が多く生まれることで、今まであった歌の境が少しづつグレーになっていってほしい」と、これからの音楽の変化に希望を感じ取っている。

 「愛が足りなくて」は、アップダウンも激しい歌であるが、後半の ♪ 愛が足りなくて結ばれないなら ~ からは歌っていても最高に盛り上がるところだという。「歌好きの人はきっと気持ちよく歌えるんじゃないかなぁ」(西田)

■裏切りの連続

西田あい・愛が足りなくて.jpg 最初、彼女がデモ曲を手にした時、カップリング候補は「愛が足りなくては」だった。曲の印象は「ただポップスっぽいなぁ、というだけ」で、そしてメイン曲は「翔べない踊り子」であった。
しかしそれは簡単に逆転することになる。
 レコーディングでは先に「翔べない踊り子」を録り終え、続いて「愛が足りなくて」に録った。

  レコーディングが進むに従って、西田の中で変化が生じ始めた。
 「演歌・歌謡系のど真ん中といった感じのイントロが鳴り始めると、ここで緞帳が上がってステージには自分が立っている映像が浮かんできたんです。そこでいっぺんに胸を打たれました。周りを見ると制作スタッフの誰もが、やっぱりメインはこれだよねといった同じような顔になっていた」
その場でメイン曲は「愛が--」になってしまった。

 「ところが曲はさらにイントロが続き、今度はポップス調へと変わっていく。かと思えば後半のサビの部分は演歌っぽい。心地いいほどの裏切りの連続が、今までと違う構成を作り上げていました」
これこそ林哲司の真骨頂なのか。

■YouTubeチャンネルで情報発信

 演歌っぽいものへ抵抗を感じる人たち、中でも林哲司の楽曲に親しんできた世代の人たちにとっては、今回の「愛が足りなくて」は抵抗なく受け入れられるだろう、と西田は期待を寄せる。

 その西田は「デビューして8年が経って、進むべき道を定められるようになってきた」という。それは「ポップスの要素を取り入れながらの未来につながる、今の時代にマッチした歌謡曲」なのだろうと模索する。

 そのひとつとして今春からは、SNS世代に向けて「ニシアイチャンネル」をYouTubeで始めている。同世代の人たちに自分の存在を知ってもらうもので、絵本を読んだり、子守唄を唄ったりと試みている。歌を聴きたいというリクエストには「ライブに来て生で聴いてほしい」と、応えている。





 その一方でリアルなファンとのつながりを求めて歌謡コレクションライブを東京と大阪で開催している。10月21日には大阪・京橋のライブレストラン、ベロニカで開く。終演後にはファンクラブ会員限定のアフタートークショーも予定。大阪開催は来年4月にも計画しており、今後、定期的に開催したいとしている。

 西田は「新曲は歌謡曲と西田あいの未来に向けて大きな鍵となる作品ですこれがターニングポイントになった、と言われるように気合いを入れてヒットを目指します」と意欲満々に語っていた。




[西田あい オフィシャルサイト]
http://www.ai-official.jp/
[西田あい 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/nishida/whats.html






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水城なつみ(キングレコード)  能登・曽々木海岸観光大使へ 3年前の「曽々木海岸」に再びスポット [インタビュー]

水城なつみ2.jpg◆2018年6月に24歳になった水城なつみが歌う新曲「江差恋しぐれ / 湯平雨情」。北海道・江差と大分県・湯平温泉が舞台である。キーを低めにして哀愁感を出すことで、少し大人になったところを見せる、デビュー5周年で5曲目のご当地ソングである。カップリング曲の「湯平雨情」では、発売後の6月に初の観光大使・湯平観光大使に就任しているが、今度は11月にも能登・曽々木海岸の観光大使にも任命されるという。地元・能登では「この歌はよく曽々木海岸の情景を感じさせている」と、3年経った今でも評判だという。









水城なつみ・曽々木海岸.jpg デビュー3年目で出した「曽々木海岸」は、作詞が麻こよみ、作曲は影山時則で編曲は前田俊明。初のご当地ソングとして2015年に発売している。終わってしまった恋を忘れるために女性が髪の毛を切って心機一転のひとり旅に出る。やって来たのが石川県輪島市にある曽々木海岸。はかない恋心と女性の強さを表した1曲である。

 発売当時、関西の演歌・歌謡曲情報を配信する「Music news jp」のインタビューで水城は「私もそんな大人の女性に少しでも近づきたい」と、髪の毛を30センチも短くして3年目の正念場に気合を入れて臨んでいたのは、まだ記憶に新しい。

 曽々木海岸は輪島市にある能登半島有数の景勝地。国の名勝および天然記念物に指定されており、<<能登の親不知>と呼ばれるほどの難所として知られている。日本海の荒波に浸食された、無数の奇岩が見られる。
 水城の歌はそんな険しい海岸で、恋に破れた女性が日本海の荒波に出直すことを誓うのだが、 地元の輪島観光協会では「海岸の情景と歌がマッチしている」という。

水城なつみ1.jpg
アルバム「ウタツグミ2」をアピールする水城

 今年は能登国立国1300年にあたることから、それに合わせて水城は曽々木海岸観光大使として再び「曽々木海岸」を盛り上げていきたいところである。

■大人になったナッチーの歌

水城なつみ・江差恋しぐれ.jpg 新曲「江差こいしぐれ」のカップリング曲が「湯平雨情」で、今年6月には湯平観光協会から湯平温泉観光大使に任命されており、同月には現地で新曲発表も兼ねて観光大使就任披露イベントを開催。来年も予定されているという。

 メイン曲の「江差恋しぐれ」は、水城なつみがデビュー5周年で出した7枚目のシングル。内容は望郷演歌。
 デビュー以来。声を張った力強い歌が多かった水城だが、落ち着いた大人の女性を感じさせる今作には「ねらい通りの表現が出来た」と、満足気だった。ファンからも「歌ってみると予想に反して歌いやすい」と評判は上々で、水城も「是非、挑戦して下さい」と呼びかけている。






[水城なつみ オフィシャルサイト]
http://www.mizuki-natumi.com/
[水城なつみ キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=44259






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葵かを里(徳間ジャパンコミュニケーションズ) 「金沢茶屋街 加賀友禅特使就任記念盤」 歌と舞いで古都・金沢の世界を表現 C / Wはメイン曲の金沢と友好都市の岡崎をワルツ調で歌う [インタビュー]

葵かを里2.jpg◆2018年1月に出した「金沢茶屋街」のカップリング曲「友禅流し」が縁で加賀友禅特使に就任した葵かを里が、同7月に「金沢茶屋街 加賀友禅特使就任記念盤」をリリースしている。カップリング曲を「岡崎旅情」に替えた新装盤。和服がよく似合う葵は「頑張って加賀友禅をPRしていきたい」と、話している。


葵かを里・金沢茶屋街(加賀友禅特使就任記念盤).jpg










 葵かを里は愛知県吉良町の出身であるが、長く京都を舞台にした楽曲を5作続けて歌ってきた。そして奈良の街を経て、2016年の「雪の兼六園」から舞台を金沢に移している。まことに古都の街が似合う歌い手である。

 「雪の兼六園」で初めて金沢の街を歌った葵は、この作品でいっぺんに金沢が好きになった。すると今度は石川県から県の観光特使に任命されるといった具合で、どんどんと金沢に入り込んで行く。

 「観光特使としては、自ら金沢の伝統工芸品を持たなくては話にならない、と着物に合う金沢和傘を買い求めたんです」

 金沢の心に少しでも近づこうという訳である。
 こうなると本物の加賀友禅の着物を着なくては収まらない。早速、兼六園に桜をあしらった柄の着物を手に入れる。それを着て和傘を持った彼女の姿が「金沢茶屋街」(2018年1月)のジャケット写真として使われることになった。

葵かを里3.jpg

 しかもカップリングが牧村三枝子をカバーした「友禅流し」。金沢の街を流れる浅野川で行われる友禅流しをモチーフに繰り広げられる恋物語である。これがきっかけで加賀友禅特使に就任することになる。

 「金沢はよく小京都と呼ばれるんですが、決してそうではなく、全く別の城下町なんですよ。地元の人たちも自信をもって言っています。伝統工芸も20幾つもあって、独自の文化を築いています。それらを歌でしっかりと伝えていきたいです」

■自分の歌世界を表現

葵かを里.jpg 葵はデビューして14年になる。デビュー以前から日舞を習っていたが、名取となったのを機に、2011年から京都シリーズ5部作を歌い始めた頃から、日舞を舞う演歌歌手をキャッチフレーズに曲中で艶やかな舞いを披露し始めた。

 和服が似合う彼女ならではの工夫であった。
 「歌の一部として踊りを取り入れ、ひとつのドラマを作るようにしています」
 その姿はまるで舞いが体の中に入り込んでいるかのようである。
 京都にはない、加賀ならではの雅さを歌と舞いに込める。それが葵の歌である。古都の街歩きに映える、和服に和傘を持つ加賀の女を演じるのである。

 葵がモットーとする言葉の通り「自分の世界を表現できるまでに14年かかりましたが、一歩一歩頑張ってきました」といい、さらに自分のスタイルを高めようとしている。



 今回のカップリング曲「岡崎旅情」は、誰もが口ずさみたくなるようなワルツのメロディーである。葵が大好きな「千曲川」(歌・五木ひろし)のようなイメージで作ってもらったという。
 歌の舞台である愛知県岡崎市は、金沢市と2007年から観光交流都市として友好関係にある。徳川家と前田家の歴史的なつながりから締結されたものだという。

 ふたつの街の結びつきを一層強めるかのように、メイン曲とカップリング曲は心憎いまでもの構成である。





[葵かを里 オフィシャルサイト]
http://wwwb.jnc.ne.jp/aoikawori/
[葵かを里 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/aoi_kawori.html






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中村美律子(キングレコード)  「弥太郎鴉」  初の股旅演歌  19年1月、松平健と「暴れん坊将軍」で共演 名古屋・御園座で [インタビュー]

中村美律子.jpg◆デビュー70枚目で初の道中ものの「弥太郎鴉 / 忠治旅鴉」を2018年8月8日に出したキングレコードの歌手、中村美律子が、2019年1月4日から名古屋市の御園座の新劇場開場記念1月公演で松平健と舞台初共演をする。演目は松平の十八番・暴れん坊将軍。中村は松平の出戻りの姉役。大阪弁が話せない役どころであり、少々残念そうであるが、2部の歌謡ショーでは新曲披露も期待出来る。


中村美律子・弥太郎鴉.jpg











 御園座公演「暴れん坊将軍 ~初春や! 尾張の姉弟裁き」は、1月4日から27日まで。山田まりや、曽我廼家寛太郎らも共演する。
 松平健との共演はテレビの歌番組では経験があるが、舞台での芝居は初めて。しかも中村の舞台公演と言えば、もっぱら下町娘といった役どころが多かった。ところが今回のような将軍様と絡む設定は初めて。
 その中村は「先日、衣装合わせをしてきました」と、初もの尽くしの1月公演に期待を膨らませている。

 2部は中村の歌謡ショーで、タイトルも「不死鳥の夢 寿ぎの歌い初め!」と正月らしいもの。不死鳥の夢 ~ というのが、また良い。
 中村は1月に体調を壊して入院していたが、月末には退院。今はジムで体力作りも精を出すほど。「もう大丈夫です。このまま一気に頑張って、新曲『弥太郎鴉』を大ヒットさせたいですね」と、元気に笑顔を見せる。
 歌謡ショーは、そんな中村の復活を祝うかのようなのタイトルになっている。

■元気にしてくれる股旅演歌

中村美律子2.jpg 新曲「弥太郎鴉」は、「恋の肥後つばき」で1986年にワーナーパイオニアからメジャーデビューして以来、70枚目の記念記念シングルになる。退院して4ヶ月後の5月にレコーディングをして、これもまためでたい末広がりの8月8日にリリースするといった具合であった。

 メイン曲は ♪ おひけぇなすって ~ の歌詞も入る、初めての道中もの。やはり道中もので、コンサートなどでは欠かせない中村の「瞼の母」は傑出しているが、彼女のオリジナルではない。
 こうしたカバー曲をコンサートなどでメドレーすることはあったものの、オリジナル曲で出したのは「弥太郎鴉 / 忠治旅鴉」が初めてとは、ファンですら驚きでもあるようだ。





 カップリングの「忠治旅鴉」も、やはり道中ものである。
 「曲調はそれぞれメジャーとマイナーの違いはありますが、どちらもA面のメイン曲です。『弥太郎鴉』は、明るくてノリのいい歌で、歌っていても元気が出ます」と中村。

 「忠治旅鴉」は、晩年を淋しく過ごした侠客、国定忠治をしみじみと歌っている。制作段階ではどちらをメインにするかで議論があったが「明るい曲調が今の時世に合う」と、「弥太郎鴉」に決定したという経緯がある。

 新曲を出すたびに続けていることだが、今回、道中ものを歌うに際して「国定忠治」など股旅もののビデオを何作か見ている。歌の役作りに役立てるためである。
 「苦手な歌はありません。どんな歌でも歌います」
 と笑って見せる中村からは、デビュー通算シングル枚数70枚というキャリアの自信を感じさせていた。





[中村美律子 オフィシャルサイト]
http://www.goldenmusic.co.jp/mitsuko_nakamura.html
[中村美律子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=34462

[中村美律子 御園座正月公演]
https://www.misonoza.co.jp/lineup/month1901.html






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みやま健二(徳間ジャパンコミュニケーションズ) 「能登の灯祭り」 メジャー第2弾 8.29リリース  9.1には大阪・朝日生命ホールで新曲発表リサイタル [インタビュー]

みやま健二2.jpg◆メジャー第2弾のシングル「能登の灯祭り」を2018年8月29日に出す徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手、みやま健二が「威勢のいい、祭り歌です。ぜひ踊って歌って下さい」と、呼びかけている。能登の御陣乗太鼓が鳴り響く中に勇壮なキリコが街を練り歩く灯祭り・キリコ祭りは、男意気をうりにするみやまにとっては「等身大の歌」である。9月1日には大阪・朝日生命ホールで新曲発表リサイタルを開き、各地から詰めかける熱いファンに新曲を披露する。


みやま健二・能登の灯祭り.jpg










 デビュー18年目である。メジャー第1弾は2年前の「浜撫子」。♪ なでしこ なでしこ 〜 と手を振る姿はすっかり定着したが、第2弾の「能登の灯祭り」は打って変わって男っぽく太鼓を打つポーズを見せる。イントロも御陣乗太鼓の音で始まり、とにかくノリがいいメロディーである。

 ♪ いやさか よっせ〜 に合わせて〈さかせ 〜 〉の合いの手が入る。歌が最も盛り上がるところである。
 「背筋がゾクゾクときますね。最初にこの歌を聴いて、これこそ俺の歌や!と思いました」
 勇壮な男祭りの「キリコ祭り」が、 男みやまの心を揺り動かすようである。

 「僕が櫓の上に立って歌っているような気持ちで歌っています。聴いている人たちも自然と体が動き出して、踊り出せるはずです。来年の祭りには参加して、そこで歌いたいですね」

みやま健二.jpg

 能登の人たちは灯祭りのキリコ祭りの1日のために、1年の大半を命を燃やしている、と言われている。そのように熱い能登の人たちの心意気を、この「能登の灯祭り」で表していく。

 一見すると怖い、とされるみやまの表情は、デビュー曲「浜撫子」で〈可愛い〉に一転した。今作ではその柔和さを残しながらも、男らしさを見せる。
 ところがカップリングの「あとの祭りの一人酒」は京都を舞台にした初の女歌でもあり、また新しい顔が見られそうである。

■てっぺんへ

 18歳から大工見習いを4年間、その後は長距離トラックの運転手、父親の会社を引き継いで社長業もした。1年間の京都・祇園でスナック経営の後にプロ歌手に転向した。京都で活動していたが、5年前に拠点を大阪に移した。2年前に「浜撫子」で念願のメジャーデビューを果たす。

 今回、ボーナストラックとして収録した「泪橋」は、メジャー以前に出した楽曲だが、師匠である美樹克彦が実話を元に書いた作品である。評判の高い作品だけに、ニューボーカルでの収録となった。

 みやまは中学時代から剣道に打ち込んでおり、地元京都府の代表選手としても活躍したほどの腕前。何をするにも「てっぺんを目指す」という負けん気の強さが持ち前だけに、歌でも「一生懸命にしか生きられない性格です。やはり頂点に立ってみたい」と、強気である。






[みやま健二 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/id=7733







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上杉香緒里(テイチクエンタテインメント)  「鬼灯(ほおずき)」   約2年半ぶりの新曲  初のメジャーなワルツ調   母のように優しくなれる歌 [インタビュー]

上杉香緒里.jpg◆テイチクエンタテインメントの歌手、上杉香緒里が結婚、出産を経て、2年4ヶ月ぶりに出した新曲は「鬼灯(ほおずき)」。目下「チョロチョロと動き回る」(上杉)という1歳9ヶ月になる愛息の子育て真っ最中であるが、新曲はそんな中で誕生したワルツ調の本格演歌。「歌っていて優しい笑顔になれる楽曲」といい、母となった上杉にはピッタリの1曲である。




 鬼灯と書いてほおずきと読む。毎年7月には東京・浅草寺でほおずき市が開かれるし、盆には仏前や墓前に供えられることもあることから、ほおずきは夏の終わりから初秋にかけてのもの。
 「子供の頃には、実を口に入れて遊んでいました。上手く音を鳴らすことは出来ませんでしたが」(上杉)

 歌も ♪ 夏の終わりの 〜 で始まる。
 熟れたほおずきの実は灯りを点けた提灯のように赤い。「鬼灯」は、そのほおずきを ♪ 迷う恋路 〜 と、先を照らす灯りにたとえている。

上杉香緒里・鬼灯.jpg 作詞は城岡れい、作曲は徳久広司。上杉の代表曲とされる「おんな酒」(2006年)と同じ顔ぶれである。7、8年前から温めていた作品だという。
 詞はゆく夏のように、どこか寂しさを湛えているが、彼女の楽曲では初めてというメジャー調のワルツのメロディーは、聴く者をむしろ心温かくもしてくれる。

 「とりわけ年配の人に人気のある歌で、聴いていると泣けてくる、という人もいます」

 カップリングの「白い着物」は、人生は微笑んで生きることが大切だと、女は生まれて死ぬまでに白い着物を3度着ることにたとえて、母から娘に向けたメッセージを歌っている。まさに母となった上杉の子への歌であるかのようだ。

■子供とデュエットもしてみたい

 産休によって声が出なくなるのが心配だったという。そのために実家から車で10分程度の所にあるカラオケボックスへ毎日のように1人で通い、自分の歌をすべて歌っていた。
 「お陰で今は、以前よりも声が出ているみたいです。キーは少し高くなったでしょうか」

 2年4ヶ月ぶりの新曲で新たな一歩を踏み出した上杉。
 地方へ出かける仕事でも家を空けるのは1晩と決めている。出来る限り子供と離れたくないからである。

 自ら「可愛くて可愛くて・・・」という我が子は、しばしば鼻歌を聴かせてくれるほどに歌が大好きなようである。去年11月のディナーショーでは、子供を抱っこして客席のファンに「親子ともどもよろしく」と、あいさつをしている。
 上杉は「将来は一緒にデュエット出来ればいいですね」と、夢を膨らませる。





[上杉香緒里 オフィシャルサイト]
https://www.sunmusic.org/kaori_uesugi/
[上杉香緒里 テイチクエンタテインメント]
http://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/uesugi/






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真木ことみ〔日本クラウン〕   「眠る貝殻」「火の河」   今回も歌謡曲・演歌2作品を同時発売  カラオケ映えする演歌と新しい真木を感じさせる歌謡曲作品 [インタビュー]

真木ことみ.jpg◆日本クラウンの歌手、真木ことみが2018年6月に歌謡曲「眠る貝殻」と演歌「火の河」の2作品をリリースした。去年秋に出した前作と同様に、2枚同時発売だった。演歌の真木ことみが、歌謡曲も歌うといったイメージが少しづつ浸透しているようだ。オシャレな感覚の歌謡曲、強烈な愛情を表現した歌詞が印象的な演歌。どちらも魅力的であるが、とりわけ「火の河」は「イントロからかっこよく歌の世界に入っていけます。カラオケでも歌い映えする歌です」と、たくさんの人たちに歌ってもらえるように呼びかけている。








 「2年続けて歌謡曲と演歌を同時に2枚同時に出してもらえるのは幸せなことです」
これによって「真木ことみは演歌だけではなく歌謡曲も歌えることを、多くの人たちに知ってもらいたい」と意欲を燃やす。
 自身のコンサートなどではしばしば、高橋真梨子やテレサ・テンなどの作品を歌っており、プライベートな時間にも口ずさむのは歌謡曲であったりする。

真木ことみ・眠る貝殻.jpg真木ことみ・火の河.jpg
歌謡曲の「眠る貝殻」(左)と演歌の「火の河」

 「眠る貝殻」は、オシャレな感覚の歌謡曲。 心が死んでしまったような辛い気持ちを抑えて、淡々と歌うと一段とムードが高まるという。
 演歌の「火の河」は、昨年末に発売したアルバム「プレミアムベスト」に収録した新録オリジナル曲のひとつであった楽曲。「演歌っぽくないところが良いようで、たくさんの人たちに受け入れられているようです」と真木。

 確かに多くのファンからシングル化の要望が多かったという。それに応えて、このほど実現した。

 ♪ あなたとならば火の河を泳ぐ魚になりましょう 〜 の歌詞が印象的で、男性に向ける強い愛を歌っているが、真木は「そうした強さと共に、女性が持つ優しさも併せて表現しています」と説明している。

真木ことみ3.jpg

 真木の歌は低音に魅力があると言われる。
 「声は女性にしては低いと言われています。低音が美空ひばりさんのキーに近いこともあるので、ステージではひはりさんの歌をカバーさせてもらうことがあります」
 歌謡曲の「眠る貝殻」では、その低音が打ちひしがれた主人公の気持ちをうまく表しており、今までにない彼女を感じさせる作品になっている。

 この「眠る貝殻」のカップリング曲「虹海(ななみ)」は、作詞が浦千鶴子。真木のマネージャーである。目標に向かって頑張る人たちへの応援歌としても評判が高まっている。「オリンピックのテーマソングにもなるような歌です」(真木)とも。

 真木は「今回も歌謡曲、演歌ともに素晴らしい楽曲をもらいました。全国の皆さんに聴いて歌ってもらいたいです」と話していた。





[真木ことみ オフィシャルサイト]
https://ameblo.jp/maki-kotomi/
[真木ことみ 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/maki/whats.html







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辰巳ゆうと(ビクターエンタテインメント)  「下町純情」 現役大学生20歳  18年1月デビュー  8月15日に第2弾の「下町純情 下町盤 / 純情盤」 [インタビュー]

辰巳ゆうと3.jpg◆東京都内の大学で英語を学ぶ現役大学生歌手である辰巳ゆうと。1998(平成10)年生まれの20歳。2018年1月17日に、昭和演歌の味がするメジャー調のノリのいい「下町純情」でビクターエンタテインメントからデビューしている。所属する長良プロダクションでは氷川きよしから20年目に登場した期待の新人である。8月15日にはデビュー曲の下町盤と純情盤の2枚を新たにリリースしている。同22日には大阪発流行歌ライブに初出演して、女性ファンからの熱い声援を受けていた。「皆さんの声援は僕の歌のパワーの源です」と、声を弾ませていた。


辰巳ゆうと・下町純情純情盤.jpg











 辰巳はまだ小さい頃、演歌が好きな祖父に連れられて大阪・心斎橋のライブハウスで開かれていた大阪発流行歌ライブを見ている。小学6年になると、同じ会場で行われた関西のレコード店などの主催による関西歌謡大賞の予選会に出場している。そのステージにプロ歌手として立って、自分の歌を披露した。

 「氷川きよし先輩が子供の頃から憧れの的だったので、歌もその影響を受けています。今も会うたびに緊張するんですが、いつも僕を気遣ってもらってうれしいです」

 中学1年の時に出場した長良プロダクションのカラオケ大会をきっかけにスカウトされてプロ歌手の道を歩むことになる。同じ事務所の山川豊のデビューからは40年、氷川きよしからは20年目のデビューだという。
 高校3年間は月1回のレッスンを受けるために東京まで通っていた。18歳で高校を卒業すると、いよいよ生まれ育った大阪・藤井寺市を後にして、ひとり東京へ移り住むことになる。1年間、ボイストレーニングをする傍ら、東京・赤羽、錦糸町、大塚など下町で演歌のストリートライブを毎日続けた。

 3、4ヶ月は誰も立ち止まってくれなかったというから、孤独との闘いだった。時にスポーツドリンクを差し出して「熱中症に気を付けてね」と声をかけてくれた人もいたが、寂しさは募るばかりだった。

 「誰もいない中で歌っていると、大阪が恋しくなってしまうんです。上京する際にもホームシックにかかって、新幹線の中でずっと泣いていました」

辰巳ゆうと2.jpg

 そんな下町での特訓から手にしたのがデビュー曲「下町純情」だった。久仁京介作詞、徳久広司作曲、編曲は南郷達也。8月15日には、それの下町盤と純情盤の2枚をリリースしている。それぞれカップリング曲を変えたもので、下町盤は「夕焼け人情商店街」純情盤には「恋し雨」を収録している。

 大阪発流行歌ライブではそれらとともに、ストリートライブでもしばしば歌っていた「浪花節だよ人生は」を歌っていた。

 これからの目標は。
 「みなさんに愛される歌手になりたいです。目標はもちろん氷川さんです」
 迷わず言い切った。





[辰巳ゆうと オフィシャルサイト]
https://www.nagarapro.co.jp/top/artist/artist.php?id=98
[辰巳ゆうと ビクターエンタテインメント]
https://www.jvcmusic.co.jp/-/Artist/A025361.html






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野中さおり(徳間ジャパンコミュニケーションズ)  「天の川恋歌」  デビュー30周年記念曲  儚さを蛍にたとえた恋歌  心機一転で改名と新事務所へ移籍 [インタビュー]

野中さおり.jpg◆♪ 一途に燃えたい 螢のように 〜 徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手、野中さおりが2018年8月1日に出した、デビュー30周年記念曲で、27枚目のシングルの「天の川恋歌」の一節である。情熱的な反面、今にも消えてしまいそうな儚さを螢にたとえている。去年10月に亡くなった作詞家仁井谷俊也は、2013年の「夜汽車は北へ」から「天の川ー」まで5作連続して、野中の作品に蛍を登場させている。彼女のイメージに合うと生前言っていた「古風な女性」と重なるからである。今までのファルセットを多用して歌い上げる歌から、野中はデビュー30周年記念曲の今作では、抑えて歌うことで「今まで演歌を聴いていなかった人たちにも受け入れてもらえるとうれしいです」と、期待を込める。





 「あなたの歌にはいつも螢が出てくるわね」
 野中の母親が何気なく言った。
 野中も「仁井谷先生に書いてもらった詞の中には、確かにすべて螢が盛り込まれています」と認めている。
 偶然なのであろうか。
 彼女自身がどこか儚げな雰囲気を感じさせるからなのだろう。作詞家の仁井谷は、その自らが描くイメージをずっと膨らませて作品に反映させてきた。

野中さおり・天の川恋歌.jpg 新曲「天の川恋歌」に書かれている女性も、逢ってはいけない恋ですか、と弱々しく相手に問いかけ、胸にしなだれかかるような女性を描いている。
 前作の「宗谷海峡」(2017年7月)制作時に、仁井谷が同時に提出した作品のひとつである。それを今回、30周年記念作品を制作するに際して、作曲家の徳久広司は「天の川恋歌」を含めて7作品を用意した。

 野中をはじめ制作スタッフたちは、どれを記念作品にするかを検討したが、結論はなかなか出ず、改めて1週間後に決定することになった。
 その間、野中は何度も対象曲を聴き比べた。ところが「いずれも頭の中に残るのは『天の川ー』なんです」と、登場する女性の古風なイメージが彼女の頭から離れなかった。

 そんな野中の強い想いもあって、決定会議において新曲には「天の川恋歌」が選ばれた。

 「天の川恋歌」は、とりわけ前半は力を抜いて歌っている。今までと同じ野中なのか、と思わせるほどである。後半の ♪ 夜空にかかる ~ からは盛り上げていくが、これとて従来の歌い上げる彼女のイメージとは程遠い。
 「これによって演歌っぽくなくなっています。今まで演歌にはまったく興味がなかった同世代の人たちにも聴いてもらえるように敷居を低くしています。30周年を迎えた私だから挑戦できる歌です」

 このように自信を見せる野中は、30周年を迎えたのを機に「心機一転、初心に返って頑張ります」と抱負を語っているように、それを具体的な形にしたのが新曲ある。
 同時にまた、芸名を以前の彩央里からさおり、と本名と同じ平仮名に変更していしている。「以前から平仮名にして柔らかいイメージを作りたかったんです。呼び名は変わりませんし、ファンの方たちからはパソコンやスマートフォンで入力が簡単になった、と感謝されているんですよ」と笑う。芸名の変更とともに事務所も移籍して、15年間付き合ってきたマネージャーも変わった。

■ヒットへのスマッシュ

 野中はまたブログをスタートせている。自身のプロフィールの欄に卓球を書き込んでいるが、2ヶ月前から始めたものである。卓球はプロはだしという事務所の担当プロデューサーの影響だが、「初心者の割には上手いですね。相手のコートにうまく入っています」とはプロデューサー氏の評価である。

 中学時代には剣道部で剣道に打ち込んでいた〈武道女子〉だった。白の道着と赤い胴への憧れもあったが「民謡教室でもそうだったんですが、掛け声だけは上手かったんですよ。土曜、日曜の練習はカラオケ大会で忙しいと言って、部活は休んいましたど」と野中。

 初めて間もない卓球は「まだ2回しかしてないんです」というが、「天の川恋歌」のヒットを念じて、大きな掛け声と共にスマッシュを決めたいところである。





[野中さおり オフィシャルサイト]
http://www.actrus.jp/saorinonaka/
[野中さおり オフィシャルブログ・たまて箱]
https://ameblo.jp/saori-nonaka/
[野中さおり 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/nonaka.html






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マッハ文朱、「演歌ジャックス」9月放送分収録で36年ぶりの新曲を披露  沢井明とのデュエット曲「ラブコールは5回目で」  次回は沢井さんと出演したい [インタビュー]

マッハ文朱3.jpg◆2年8ヶ月と言えば人生のほんの一瞬である。その間に女子プロレスラーとして活躍し、いまだに多くの人たちが名前を憶えている存在になったのは、持前の明るいスター性を備えていたからであろう。女子プロレスやテレビのバラエティ番組などで一世を風靡したマッハ文朱、その人である。2018年8月15日、テイチクエンタテインメント85周年記念企画のデュエット曲のひとつとして、歌手沢井明と歌う「ラブコールは5回目で」を出す。同8日には、大阪市内で行われた歌番組「演歌ジャックス」(奈良テレビ放送、J:COM関西など)の9月放送分のテレビ収録に出演し、それを披露した。来年には還暦を迎える彼女は「マッハ文朱を名乗って45年、そろそろその最終章を作り上げていきたい」と、久々の歌に意欲を示すなど、明るく語ってくれた。





 マッハ文朱と言えばアイドル女子プロレスラーの草分けである。その存在は強烈で、1970年代のスターの1人として記憶されるまでに、その人気を高めた。リングネームだったその名前は、何事にも行動が早いことから人気漫画「マッハGoGoGo」にあやかって、子供の頃からマッハと呼ばれていたことによる。文は本名から、朱は母に買ってもらった大好きなセーターの色から採った。

マッハ文朱.jpg リング生活は15歳から18歳まで、わずか2年8ヶ月である。その後はあっさりと引退してしまい、すぐに人気タレントとなって、映画・テレビなどに活躍の場を移しているのも、マッハの芸名の由来そのものである。

 レスラー時代には「花を咲かそう」「よろしくね」の2枚のレコードをテイチクから出して、歌手デビューしている。「毎日、500枚を販売していました」など、歌手としても一躍人気を得るなど、レスラー時代は彼女にとって「中味の濃い3年間」(マッハ)だった。

 タレント転向後も「横浜模様」(徳間ジャパンコミュニケーションズ)など9枚のレコードを出している。
 そして36年ぶりに出すことになったのが、沢井明とのデュエット曲「ラブコールは5回目で」である。初めてのCD、初めてのデュエット曲、初めて「カラオケで自分の名前を検索できて感動した」という初めてづくしの1曲なのである。

 歌は、軽快なリズムに乗った大人の男と女のラブストーリー。「読むと意味深な歌詞もあります」(マッハ)が、明るく懐かしい昭和のメロディーは「ダンディでほっこりとさせてくれる」(同)沢井と息の合った楽曲になっている。

 今年、テイチクが創立85周年を記念して5年ぶりに発売する、9組によるデュエット企画盤のひとつである。
 マッハと沢井は同じ熊本県の出身。ある日、熊本県人会で沢井の歌を聴いたのが、最初の出会いだった。それからしばらくして大阪駅の改札口で偶然に再会。「いつか一緒にステージをしたいね」と言葉を交わしたのが、デュエットにつながった。
 「こんな奇跡はありませんね。今まで以上に感謝の気持ちを込めて歌わせてもらいます。9組の中で1番になれるように頑張ります」

マッハ文朱2.jpg
デビュー45年のマッハ文朱。来年は還暦を迎える

 テレビの収録で歌うのは36年ぶりだけに、緊張しながら臨んだが、1曲歌い終わると「あぁ〜気持ちいい〜 」と、飛び跳ねて底抜けの明るさを振りまいていた。
 収録を終えたマッハに訊ねてみた。マッハ文朱・ラブコールは5回目で.jpg
 「やはり歌の世界って、芸能界の中でもひときわ華やかですね。楽しかったです。今回は1人で歌いましたが、次回は沢井さんと2人で、そしてその次には番組のレギュラーになってるかな。また勝手に来ますね」

 「同世代の人たちがマッハのことを覚えていてくれるのはうれしいです。でも、たまには藤原紀香さんでしょ、と間違われてみたい」


 彼女は「手術室のライトのよう」と友人から形容されるように、この日の収録現場を一段と明るくしてくれていた。


[マッハ文朱 オフィシャルサイト]
http://www.ikushimakikaku.co.jp/mahha-fumiake/
[マッハ文朱 テイチクエンタテインメント]
http://www.teichiku.co.jp/catalog/duet/discography/TECA-13872.html







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野村美菜(日本クラウン) 好調「伊良湖水道(特別盤)」 カップリングに「伊良湖水道 めぐり逢い」  鳥羽一郎と初のデュエット [インタビュー]

野村美菜2.jpg◆一度別れた男女が伊良湖水道で再会する。ドラマチックな恋歌である。日本クラウンの歌手、野村美菜が、同じレコード会社の先輩歌手、鳥羽一郎と初めてデュエットした「伊良湖水道 めぐり逢い」を、自身の「伊良湖水道 (特別盤)」のカップリングとして収録して2018年5月に出したが、好調な売れ行きを見せている。


野村美菜・伊良湖水道特別盤.jpg










 「伊良湖水道」を最初に出したのは2017年9月だった。発売してから1年近くたってもヒットチャートの上位を維持するロングヒットとなった。それを受けてリリースされたのが特別盤。

 人気の秘密はカップリングに収録された、鳥羽とのデュエット曲「伊良湖水道 めぐり逢い」である。再会編のサブタイトルの通りに「-- めぐり逢い」では、表題曲で別れた2人が再会するという設定になっている。

 再会できた男性を鳥羽が歌う。再び会いたいという2人の想いが成就して、今度は離れない、と共に誓い合う。
 「鳥羽さんが優しく甘い声で歌ってくれています。私も年齢差も気にしなくて、大人っぽさを出すことを意識して歌っています。メロディーもスッーと入ってきて、1度聴くと口ずさめて、歌いやすく覚えやすい歌です」

 キャンペーン先では野村と「一緒に歌いたい」とリクエストする人も多いという。「ご夫婦で歌ってくれたケースもありましたよ」と野村。

野村美菜.jpg 2015年に日本クラウンに移籍した。その第1弾シングル「千曲川哀歌」のロングヒットを受けて、翌年にリリースした「千曲川哀歌 〜夏の陣〜 」に、ボーナストラックとして収録した「ほほえみ列車」に、当時の長野・上田市長、母袋創一氏が歌唱参加したことがあるが、本格的なデュエット曲は「ーー めぐり逢い」が初めて。

 しかも相手が鳥羽一郎。若い野村にとっては「兄弟船」のイメージが強烈な大先輩である。仕事でも一緒になったことは「ほとんどなかった」という。
 それだけに「お会いするのはワクワク感がいっぱいでした。会ってみて、いろんな歌のテクニックを持っておられるのに、改めて驚かされました」

 伊良湖岬を出発する伊勢湾フェリーの終着港は鳥羽港である。それが鳥羽一郎とのデュエットが実現させた。伊良湖水道は島が多く水深が深い。それを見ながら船は、約55分をかけて進む。
 「大アサリや伊勢エビが採れるし、渥美半島の陸地ではメロンやイチゴが有名で、デートスポットとしても知られている」

■フットサルで体力づくり

 野村は2004年に三代目コロムビア・ローズとして日本コロムビアからデビューしている。ご当地ソングも長野、岩手県、東京、島根県、愛知県と増えてきた。観光大使も3件になった。自然とキャンペーンの地域も広がる。

 そのためにも体力作りは欠かせない。運動不足の解消を目的に5年前に始めたのがフットサルである。友人と男女混合のチームに入って、仕事がない日曜日には練習をする。「ストレスの解消にもなります」と汗を流している。





[野村美菜 オフィシャルサイト]
http://www.mitsui-ag.com/rose/
[野村美菜 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/nomura/whats.html






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パク・ジュニョン(キングレコード) 「ブリキの玩具」 4作連続でオリコン初登場1位  今秋、浅草公会堂・コンサートには母親を招待 [インタビュー]

パク・ジュニョン2.jpg◆「秋には母が再び来日します」。日本でのデビュー6周年を迎えているキングレコードの歌手、パク・ジュニョンが2018年10月22日に東京・浅草公会堂でのコンサートに、韓国・釜山から母親を招待する。去年に続いて自分のステージを披露する。6月には新曲「ブリキの玩具」を出したばかりで、今年もまた新曲のプレゼントになる。


パク・ジュニョン・ブリキの玩具.jpg









 このところ毎年のように母親を日本に招待しているパク・ジュニョンは、自分のステージを見せるとともに、日本観光を楽しんでもらうなどの孝行をしている。今年はデビュー6周年を飾る「デビューROCK(6)周年記念ロックライブ」を東名阪で開いたばかりだが、浅草公会堂でのコンサートは6周年イベントを締めくくるもの。「それを是非、母に見てほしい」(ジュニー)と招くことになった。

 そのコンサートのメイン曲でもある「ブリキの玩具」は、作曲はいつも通りに浜圭介だが、詞は今回初めての松井五郎が担当している。
 デモ音源をもらってジュニーは、浜から「主人公の気持ちやその場の雰囲気などを参考に、語りかけるように歌ってほしい」とアドバイスされたという。
 歌の主人公は女性である。
 「愛しい人と別れたばかりで、その諦めきれない哀しい気持ちを第3者に伝えるかのように歌っています」とジュニー。

 その彼は「歌の舞台はバーでしょうか・・・。グラスを傾けながら、誰に語りかけるでもなく、女性がひとり呟いている。そんな映像をイメージしやすくて、歌詞も覚えやすい楽曲ですね。サビの ♪ ブリキの玩具ね ~ は聴く人の耳に残るようです」とアピールする。

 36歳になったジュニーであるが、童顔の彼には背伸びした内容のように映るが、ファンの熱い声援はそんな想いも取り越し苦労にさせてしまう。
 4作連続してのオリコン演歌・歌謡曲チャート初登場1位を記録しているからである。
 ファンの女性たちが「頑張って1位を取りましょう」と、彼を後押してきたことによる。

パク・ジュニョン.jpg


 「ブリキの玩具」のCDには、購入者特典イベント・プレゼントへの応募券が封入されている。カラオケコンテストへの参加もそのひとつ。応募者が歌った音源をキングレコードに送って選ばれると、決勝大会に出場できる。応募の締め切りは9月25日(当日消印有効)。
 その決勝大会は10月27日に大阪決勝大会を大阪市内で開くほか、11月3日には東京都内で東京決勝大会が開かれる。

 また9月13日には「新世代歌謡祭 縁歌旅人 全国ツアー」京都会場に出演、10月28日には大阪・四条畷市・カラオケ喫茶カームによる「第23回秋の歌謡フェスティバル」にも日本クラウンの真木ことみなどと共演するなど、今秋もジュニーは忙しそうである。





[パク・ジュニョン オフィシャルサイト]
http://www.go-go-juny.com/index.html
[パク・ジュニョン キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=43971






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坂井一郎(徳間ジャパンコミュニケーションズ)  「男の日記帳」 大病から生還した思いを込めて歌う  2年ぶりの新曲 [インタビュー]

坂井一郎.jpg◆徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手、坂井一郎が2年ぶりの新曲「男の日記帳」を2018年6月20日に出した。カップリング曲は「灯り」。いずれも曲調は異なるが、坂井が大腸ガンを患って生還するまで約2年の間の自らの心境や、人の温かさ冷たさなど、自らの心の内を揺れ動きを表している。一度は夢が病気に打ち砕かれ、どん底を見たという。そんな気持ちを奮い立たせたのがファンからの励ましの手紙だった。最良の治療を求めて病院を移り、見事に回復。新曲発売日翌日には、大阪市内で開いた新曲発表を兼ねた復活ライブも成功させた。


坂井一郎・男の日記帳.jpg









 2年ぶりの新曲「男の日記帳」は、命を諦めかけた男がふとしたことがきっかけに、優しい心に変わっていく内容の歌。カップリング曲の「灯り」は、自由気ままに生きてきた男が、世間の落とし穴にはまったとき、大きな力で引き揚げてくれた恩師にむけた感謝の歌。曲調、内容ともに異なるが、坂井が闘病中の心の動き重ねて歌にしたものである。

 坂井にとっては、2006年に「しみるね-」(徳間ジャパンコミュニケーションズ)でメジャーデビューして、14枚目のシングルにあたる。

 前作の「おまえと水割り」を出したのが2016年5月。それから2ヶ月経った頃、体調の変化に気づいて病院で診察を受けると「ステージ3〜4の、手遅れに近い大腸ガンと宣告された。しかも体の9ヶ所に転移が見られた。なんで俺がというのが正直な気持ちでした。目の前は真っ暗でした」と、坂井は当時の様子を話してくれた。

坂井一郎2.jpg なんとかして助かりたい。歌手として歌い続けてヒット曲を出したい、といった夢を実現させるまでは死にたくない。坂井は祈る思いで最適な治療を求めるセカンドオピニオンの制度を利用することで、治療に専念した。その甲斐あってガンはすべて消滅して、去年1月にはリハビリ途中ながらも復帰報告ライブを大阪・千林で開くこともできた。

 同12月には堺市内でディナーショーを開けるまでに回復して、その場で次作となると「男の日記帳」の打ち合わせも行っている。

 ガンから生還したというものの、直ぐに歌える状態ではなかった。
 「退院してカラオケボックスへ行って声を出してみたんですが、錆びついてしまっていて声が出ないんです。しかも伸びがない。ひょっとすると、声はこのまま出なくなるのか、といった恐怖感から泣けてきました」
 通院しながらカラオケボックスで辛抱強くリハビリを続けたが、抗がん剤を服用しながらのそれは「体のだるさ、何もしたくない、といった倦怠感との闘い」でもあった。

 そんな時にファンから1通の手紙が届いた。
 「坂井一郎さんは世界に1人の声です。それに惚れました。必ず元気になって再び声を聴かせて下さい」
 自分の声はあまり好きてぜはないという坂井だが、手紙にはそんな内容の熱い応援メッセージが書かれていた。
 「うれしくて泣けましたね。男としてこのまま終わることはできない。必ずステージに帰ってみせる」
 それをきっかけにリハビリにもさらに熱が入っていった。

■渾身の1曲

 インタビューした翌日には坂井は、大阪・心斎橋で新曲発表ライブを開いた。
 そこで彼は、プロモーションビデオ(PV)で吹いて見せているトロンボーンを手にした。「持っているだけです。ホラは吹けますが、これは吹けません」
 ダジャレは以前と変わりなく頻発させていた。
 ライブでは予定の13曲を歌い切り、元気なところを見せていた。

 坂井は「新曲の『男の日記帳』は僕にとって渾身の1曲で、これで2年間のブランクを埋めていきます」と、意欲を語っていた。





[坂井一郎 オフィシャルサイト]
http://www.sakaiichirou.com/
[坂井一郎 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/sakai.html






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