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マッハ文朱、「演歌ジャックス」9月放送分収録で36年ぶりの新曲を披露  沢井明とのデュエット曲「ラブコールは5回目で」  次回は沢井さんと出演したい [インタビュー]

マッハ文朱3.jpg◆2年8ヶ月と言えば人生のほんの一瞬である。その間に女子プロレスラーとして活躍し、いまだに多くの人たちが名前を憶えている存在になったのは、持前の明るいスター性を備えていたからであろう。女子プロレスやテレビのバラエティ番組などで一世を風靡したマッハ文朱、その人である。2018年8月15日、テイチクエンタテインメント85周年記念企画のデュエット曲のひとつとして、歌手沢井明と歌う「ラブコールは5回目で」を出す。同8日には、大阪市内で行われた歌番組「演歌ジャックス」(奈良テレビ放送、J:COM関西など)の9月放送分のテレビ収録に出演し、それを披露した。来年には還暦を迎える彼女は「マッハ文朱を名乗って45年、そろそろその最終章を作り上げていきたい」と、久々の歌に意欲を示すなど、明るく語ってくれた。





 マッハ文朱と言えばアイドル女子プロレスラーの草分けである。その存在は強烈で、1970年代のスターの1人として記憶されるまでに、その人気を高めた。リングネームだったその名前は、何事にも行動が早いことから人気漫画「マッハGoGoGo」にあやかって、子供の頃からマッハと呼ばれていたことによる。文は本名から、朱は母に買ってもらった大好きなセーターの色から採った。

マッハ文朱.jpg リング生活は15歳から18歳まで、わずか2年8ヶ月である。その後はあっさりと引退してしまい、すぐに人気タレントとなって、映画・テレビなどに活躍の場を移しているのも、マッハの芸名の由来そのものである。

 レスラー時代には「花を咲かそう」「よろしくね」の2枚のレコードをテイチクから出して、歌手デビューしている。「毎日、500枚を販売していました」など、歌手としても一躍人気を得るなど、レスラー時代は彼女にとって「中味の濃い3年間」(マッハ)だった。

 タレント転向後も「横浜模様」(徳間ジャパンコミュニケーションズ)など9枚のレコードを出している。
 そして36年ぶりに出すことになったのが、沢井明とのデュエット曲「ラブコールは5回目で」である。初めてのCD、初めてのデュエット曲、初めて「カラオケで自分の名前を検索できて感動した」という初めてづくしの1曲なのである。

 歌は、軽快なリズムに乗った大人の男と女のラブストーリー。「読むと意味深な歌詞もあります」(マッハ)が、明るく懐かしい昭和のメロディーは「ダンディでほっこりとさせてくれる」(同)沢井と息の合った楽曲になっている。

 今年、テイチクが創立85周年を記念して5年ぶりに発売する、9組によるデュエット企画盤のひとつである。
 マッハと沢井は同じ熊本県の出身。ある日、熊本県人会で沢井の歌を聴いたのが、最初の出会いだった。それからしばらくして大阪駅の改札口で偶然に再会。「いつか一緒にステージをしたいね」と言葉を交わしたのが、デュエットにつながった。
 「こんな奇跡はありませんね。今まで以上に感謝の気持ちを込めて歌わせてもらいます。9組の中で1番になれるように頑張ります」

マッハ文朱2.jpg
デビュー45年のマッハ文朱。来年は還暦を迎える

 テレビの収録で歌うのは36年ぶりだけに、緊張しながら臨んだが、1曲歌い終わると「あぁ〜気持ちいい〜 」と、飛び跳ねて底抜けの明るさを振りまいていた。
 収録を終えたマッハに訊ねてみた。マッハ文朱・ラブコールは5回目で.jpg
 「やはり歌の世界って、芸能界の中でもひときわ華やかですね。楽しかったです。今回は1人で歌いましたが、次回は沢井さんと2人で、そしてその次には番組のレギュラーになってるかな。また勝手に来ますね」

 「同世代の人たちがマッハのことを覚えていてくれるのはうれしいです。でも、たまには藤原紀香さんでしょ、と間違われてみたい」


 彼女は「手術室のライトのよう」と友人から形容されるように、この日の収録現場を一段と明るくしてくれていた。


[マッハ文朱 オフィシャルサイト]
http://www.ikushimakikaku.co.jp/mahha-fumiake/
[マッハ文朱 テイチクエンタテインメント]
http://www.teichiku.co.jp/catalog/duet/discography/TECA-13872.html







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