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大沢桃子(徳間ジャパンコミュニュケーションズ)  「椿の咲く港」  ふる里を歌う15周年記念曲 これからも夢を諦めないで歌っていく [インタビュー]

大沢桃子.jpg◆今年もキラキラと輝く年にしたいー。そんな想いも込めて、徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手、大沢桃子は、衣装の着物の左襟に〈MOMOKO〉と銀色に光るアクセサリーを縫いこんでいる。5年前のデビュー10周年の時から始めたもので、彼女のトレードマークとしてすっかり定着している。2018年5月に出した「椿の咲く港」を歌う彼女の衣装にもやはり、それは輝いていた。新曲はデビュー15周年記念曲である。デビュー当初から「次はないかもしれない」と、いつもいつも思ってきたが、気がつくとシングルの枚数は17枚目になっている。


大沢桃子・椿の咲く港.jpg









 大沢桃子は、15年前の2003年4月に「七福神」でデビューした。作詞は中村つばき、大沢本人であり、演歌のシンガーソングライターの誕生であった。 それから15年。新曲「椿の咲く港」は、大沢のふる里、岩手県大船渡の港を舞台に書き下ろした。ペンネームにもしている椿は「ふる里を象徴する花」である。

 珊瑚の樹林のような珊琥島(さんごじま)や松林の中にある白い灯台が美しい碁石岬といった大船渡の名所を歌詞に盛り込んでいる。「暗い曲は嫌いなので、大切な人を待つ女性の気持ちを明るく表しました。謙虚な美しさを意識しました」と大沢。

大沢桃子2.jpg

 カップリングは名古屋を舞台にした「金の鯱さん」と、コンサートのエンディング曲用に作った「夢ごよみ」を収録した。「金の鯱さん」はお座敷ソング風な遊び心がある作品。名古屋は彼女が9年連続コンサートを開催している馴染みの深い土地。『燃えよドラゴンズ!』(1974年)以来、ご当地ソングのヒット曲が誕生していないというだけに、期待の名古屋大好きソングでもある。

 先ごろ、河村たかし名古屋市長を表敬訪問した際には、河村から「ええがや~」と、名古屋歌への賛辞をもらったほど。

■愛されるヒット曲を

 演歌界ではシンガーソングライターは珍しい。それを15年続けてきた。新曲を出すたびに「次の曲を出せないのでは」と、不安を抱える毎日でもあった。そのたびに「1人でも私の歌を聴きに来てくれる人があれば、夢を諦めないで歌っていく」と、絶えず前を見つめ続けてきた。それは今も変わらない。

大沢桃子3.jpg

 踊りを浅香光代に学び「舞台に立てること、歌えることをお客様に感謝しなさい」と教えられ、裏方として全国を付いて回った寺内タケシとブルージーンズからは音楽作りを学んだ。
 トラック運転手をしていた父親は37歳で亡くなっている。結婚記念日の当日だったという。その後、母親は大船渡で美容師をしながら大沢を育てた。だから大船渡は彼女の歌の原点であり続ける。
2010年に出した「風の丘」では初めてふる里の父母への想いを歌にした。彼女の代表曲でもある。

 そんな大沢がデビュー15周年という大きな節目を迎えて「皆さんに愛されるヒット曲を届けられるように頑張っていきます」と、次のステップへ向けての意欲をみせていた。





[大沢桃子 オフィシャルサイト]
https://bspro.jp/momoko/
[大沢桃子 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/oosawa.html







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