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たくみ稜(日本クラウン)  「夢でいいから」  男っぽくパワフルに女心を表現  クールファイブ直伝のムード歌謡 [インタビュー]

たくみ稜.jpg◆人には必ずチャンスがやって来る。日本クラウンの歌手、たくみ稜にとってはまさに今がその時なのだろう。2018年6月に出した新曲「夢でいいから」が、オリコン演歌・歌謡曲チャートで初登場9位と好位置からのスタートを切っている。「今度は感触が良いんですよ」。先日、大阪市内のイベント会場で顔を合わせた時に、彼はそれだけ言い残して足早に東京へと帰って行った。スケジュールも連日詰まっているようで、まさに東奔西走の忙しさである。来春には、久しぶりに出演した映画、新田次郎原作の「ある町の高い煙突」が公開される。新曲は、たくみの原点でもある内山田洋とクールファイブのエッセンスが盛り込まれたパワフルなムード歌謡である。それだけに「僕の(歌の)引き出しのど真ん中に位置する」もので、何度も聴きたくなる歌のひとつに多くの人が挙げる。


たくみ稜・夢でいいから.jpg








 「夢でいいから」は内山田洋とクールファイブを彷彿とさせるムード歌謡である。女心を力強く歌った、クールファイブのボーカルを務めた前川清は、クールファイブそのものであったが、その前川の歌が好きだという作曲家の徳久広司が、前々作の「オランダ坂」に次いで曲を書いた。
 たくみは「クールファイブに加わっていたことなど、今回、僕のテイストをより良く引き出しくれたのが徳久先生でした。とくにイントロのサックスの音色が聴く人の心を捉えます」と、歌の魅力を語っている。

 最初に考えられたタイトルは「一途な女」だった。それではどうも演歌っぽい、と再度出されたのが「夢でいいから」である。その詞は麻こよみが書いた。
 「詞は短く、言葉がストレートで分かりやすいです。しかも起用転結がはっきりしていて、歌っていて映像が浮かんできます」

 徳久は今回の新曲に際して、カップリングの「恋物語 part 2」と合わせて2曲しか用意していなかったという。たくみをクールファイブ時代に原点回帰させるためであった。
 たくみは日本クラウンに移籍してから「一人静」「オランダ坂」「上海たずね人」と、1曲1曲と存在感を高めていた。新曲では今まで2作続いたリズム歌謡から一転して、ムード歌謡へと舵を切ることになった。
 レコーディングでたくみは「自分の思うように男っぽく女心をパワフルに表現しました」と、徳久のアドバイス通りに歌った。

 発売された「夢でいいから」は、各地の歌唱キャンペーンで女性ファンから「歌いやすい」と言われるなど、早くも多くの女性の心を捉えているようである。

■クールファイブが原点

たくみ稜2.jpg たくみは内山田洋とクールファイブの4代目ボーカルを7年間務めた。彼がまだフリーで歌っている20年近く昔、当時、クールファイブのボーカルは3代目だったが、同じステージで仕事をしたことがあった。それが縁でその後、ボーカリストのオーディションを受けることになった。初仕事は東京・ベイ・ヒルトンホテルでのディナーショーであった。
 「オーディションには80人ほどが挑みましたが、その後、リーダーの内山田さんからコーラスとボーカルのメンバーとして手伝って欲しい、と依頼がありました。ディナーショーでは20曲ほどを自分なりの歌い方で歌いました」

 それからたくみは、大好きだった前川清がかつて務めていたボーカルを担当することになる。
 「半年ほどリーダーのもとに通って、前川さんの歌唱を仕込まれました。1年弱はコーラスを兼任しながらのボーカルでした」

 たくみがクールファイブの歌を初めて聴いたのは中学1年の時だった。
 義理の姉が持っていたLPに入っていた「逢わずに愛して」のメロディーにうっとりとしてしまった。芸能界へ入ったのは、その歌に惚れたというのも確かだが、それよりなによりも「金儲けになる」といった想いが強かった。

 プロになるため色んなオーディションに挑んだ。歌ったのは「逢わずに愛して」だった。日本テレビの「スター誕生」では決勝大会まで進んだ。設立3年目のトーラスレコード(1999年にユニバーサルミュージックに吸収合併されて消滅した)が初めて行った新人オーディションではグランプリを獲得して、プロへの切符を手にした。

 たくみはクールファイブから独立した後も「そして神戸」「恋唄」など前川時代のクールファイブのヒット曲を歌い継いでいる。ところが、その前川にはまだ1度も会ったことがなかったのである。それが2018年2月、ようやく念願が叶うことになった。
 「東京・中野サンプラザで開かれた前川清さんの50周年記念コンサートの楽屋で挨拶をすることが出来ました。歌っていることを報告したところ『どうぞ、頑張って下さい』の言葉をもらって、それまでの胸のつかえがいっぺんに取れました」

■来年はデビュー35年

 たくみが目指すのは一流の人たちと肩を並べることである。そのために常に前向きに勉強は欠かさない。歌同様にその生き方はパワフルである。
 かつてはどん底を味わったこともある。夢に描いた「金儲けになる」からは程遠かった。20代でデビューしたての頃は仕事がないので、チラシ配りや水上バスに乗ったりとアルバイトを転々としてきた。カラオケ教室も開いたし、NHKの朝のテレビ小説のオーディションも受けた。

たくみ稜3.jpg

 長い暗中模索の時代が続いた。「スケジュール帳が真っ白な時には落ち込みます。3年前に日本クラウンに入ってからは順調に仕事も増えていますが、暇な時には余計なことを考えてしまう」ことだってある。



 来年にはデビュー35周年を迎える。
 「心地よくそれを迎えるためにも、ぜひ『夢でいいから』をヒットさせたい」
 その一言には、いつも以上に<チャンスをものにするぞ>といった力強さを感じさせてくれた。





[たくみ稜 オフィシャルサイト]
https://www.m-plus-ryo-takumi.com/
[たくみ稜 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/takumi/whats.html






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