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「渡辺要物語 歌は心の港」第12回  ふんどし歌手デビュー [半生記]

渡辺要3・ふんどし歌手.jpg◆歌手としてデビューした渡辺要は大阪にある吉本興業の舞台に立つことになる。1992年11月20日のことである。大阪・難波千日前のなんばグランド花月では秋吉英美、三門忠司と2人による紅白歌合戦が行われた。要と永井みゆきがゲストで、「若と貴」の1曲を歌った要は、3コーラス目で着ていた着物を脱いでまわし姿になったのである。ふんどし歌手のデビューであった。



渡辺要・ごんたの海.jpg











「ごんたの海」は
もず昌平による最初の作品だった

 まわし姿になると客席からは大歓声がわき起こった。石坂と要があらかじめ仕組んだことであったが、この作戦は大当たりであった。
 早速その日の打ち上げで劇場の支配人は、要がまわし姿で歌ったことを大絶賛してくれた。
 「リップサービスも若干あったのでしょうが、『あのふんどしで秋吉さんと三門さんの歌もふっ飛んでしまった』と、喜んでくれたんです」

 これがきっかけで要は請われて吉本興業に所属することになる。翌年1月には初めてグランド花月に1週間出演している。
 この頃の吉本のトップスターは横山やすし西川きよしであったが、かつての勢いは陰りを見せ始めていた。それでも中田カウス・ボタンたちと共に笑いを独占していた。

 そんな中で毎月、要は吉本の舞台に立ってふんどし歌手として歌っていたが「全然売れなかった」という。吉本時代に要は、人を楽しませるしゃべりの技を身につけ、司会業としての仕事も増やしていくのだが、この時はまだそんな域には達していなかったし、肝心の歌も聴く人の心を惹きつけるだけの力がなかったようである。

 素人のカラオケ大会では確かに「要の歌は上手い」とほめられていた。自分でも歌では人を唸らせるだけの自信はあった。ところが売れない。それは作品に恵まれないからだ、と思うようにもなっていた。

■鬼のもず

渡辺要・シーガルホテル.jpg 堺市内にある渡辺要の事務所には大阪在住の作詞家、もず唱平から届いた1枚の葉書が額縁に入れられて壁に掛けられている。その葉書には「人生を歌える歌手になりなさい」と書かれている。
要はもずとは、1997(平成9)年2月に「ごんたの海」(作詞・もず唱平、作曲・三山敏、編曲・桜庭伸幸)で初めて作品を書いてもらっている。

 すでに歌手としてデビューしていた要は、最初の「若と貴」(1992年)から数えると4枚のCDを出していたが、どれも売れなくて悩んでいた頃だった。新曲も「男意気」を出して以来、3年近く出していなかった。

 もずは「ごんたの海」を書いた97年に、要と同い年で歌手の鏡五郎と三門忠司、それに司会業の水谷ひろしの4人で〈ごんたの会〉というグループを結成している。その記者発表を吉本興業で行い、その席で瀬戸内海を舞台にした歌「ごんたの海」を発表している。歌うのはもちろん渡辺要であった。

渡辺要2.jpg 「お袋から届いた1通の手紙に書いてあった、頼りよりも無事がいい、という息子を思いやる言葉が印象的で、歌詞にもなっています」

 いい曲に出会えると必ず売れると自信があった要にとって、この楽曲を提供してもらったことは嬉しかった。ところがもずは「ごんたの海」は提供したもの、要を歌手として一から作り直そうとしたのである。

 もずはまず渡辺を盟友の作曲家三山敏に預けている。これが渡辺ともず、三山の3人による<歌手養成プロジェクトチーム>のスタートであった。要は毎日、三山の自宅へ歌の練習に通い始めた。
 しかしもずの指導は鬼のように厳しかった。
 2年ほど経ったある日、渡辺の歌を聴いていたもずは「あかん。長い間、何をしてたんや。話にならん。お前は上手く歌おうという気持ちが前に出過ぎや。カラオケを歌ってるのと違うで。そんなもんはいらん。ももええ、チームは解散や」と、すごい剣幕で渡辺を怒鳴りつけたのである。

 あまりの勢いにびっくりした要は思わず土下座をしていた。
 ただ「やり直します」というのが精一杯だった。
 もずは「飾らずに素で歌え」と言いたかったのだが、その時点ではまだ要にはその本意は解らなかった。
 それから何度か練習を聴いていたもずは「その歌や。なんでそれが出来んのや」と言ってくれるのだが、それまでの歌と何がどう違うのかまったく理解できなかった。

 要はすでに歌手デビューしていたし、れっきとした歌手であるという思いが自分の中にはあった。しかしもずの評価はそうではなかった。練習を重ねることで漸く「これで何とかデビューさせられるやろ」といったところまできた。
 そして1999(平成11)年3月、日本クラウンから「鴎(シーガル)ホテル / 相惚れ酒」(作詞・もず唱平、作曲・三山敏、編曲・小杉仁三)をリリースし、本当の意味での歌手渡辺要が誕生したのであった。

渡辺要.jpg
こんなオシャレな一面も見せてくれる(デビュー25周年記念ライブ)

 もず昌平が作詞をした、ちょっとおしゃれなタイトルの「鴎(シーガル)ホテル」は、中国・上海に実際にあるシーガルホテルで、現地の人たちとの親睦を深めるカラオケ大会を盛り込んで新曲発表会を開いている。
 「もず先生は、今までの要のイメージを一新したかったようです」

続く


「渡辺要物語 歌は心の港」第12回

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