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一条貫太(日本クラウン) 「ふたりの始発駅」で3月7日デビュー 大阪でも業界関係者集めてコンベンション [イベント]

一条貫太5.jpg◆細い目に短髪、人懐っこい笑顔が聴く者を引き付ける。2018年3月7日に日本クラウンから「ふたりの始発駅」でデビューする一条貫太である。それに先立ち、2月26日、大阪市北区のライブレストラン、ボニーラでデビュー前のお披露目会を開いた。現役大学生の21歳。小学生の頃から演歌を歌い、2年前に民放局のカラオケコンテスト番組の決勝で、井沢八郎の「男傘」を歌って3位になったのがプロへのきっかけ。演歌の魅力は「本を読むように短いドラマの情景が心に染み入るところ」だという。


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 コンベンションではデビュー曲の「ふたりの始発駅」(作詞・万城たかし、作曲・宮下健治、編曲・伊戸のりお)とカップリング曲「潮風列車」(同)を聴かせた。いずれも高音から始まる。「宮下先生からは荒っぽくても良いから、21歳の若さを出して歌いなさいとアドバイスを受けました。歌の内容は僕には経験のないドラマだけど頑張って歌います」と一条。

 彼が歌うそれは、大学2回生の時に2万7千人の応募者の中から選ばれて出場したカラオケコンテスト審査員のひとり、平尾昌晃から「これはまったく別の井沢八郎だ」と絶賛されたほどの歌唱力に裏打ちされた本格演歌。

 コンテスト入賞から1年、宮下のもとでレッスンを受けた。「先生から指摘を受けたことが直せないといった自分への悔しい思いを噛み締めながら、毎日、自宅までの道を歩いていました」

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抜群の歌唱力でデビュー曲を披露する一条貫太

 千葉市内の自宅には置き場所にも困るほどの昭和演歌・歌謡曲のLP盤がある。それを繰り返し聴いてきたこともあって、歌える楽曲のレパートリーも幅広い。そのひとつが、この日も披露したコンテストで歌った「男傘」(1964年)のほか母親譲りのギターを自ら弾いての「影を慕いて」(藤山一郎、1932年)や「石ころの唄」(鳥羽一郎、2008年)。

 こうした演歌好きは子供の頃から。テレビのモノマネ番組がきっかけだった。
 小学6年の時にはクラスの同級生の協力で「体育館で演歌リサイタルを開き、小林幸子さんや美川憲一さんを真似て巨大衣装を作り、その中に仕込んだ脚立に乗って歌いました。それにはたくさんの拍手をもらって、初めて歌への自信がつきました」というエピソードも。

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久々の本格演歌歌手の登場

 アルバイトを続けてきたコンビニでは「店頭に牛乳箱の上に乗って、猫やおじいちゃん、おばあちゃんを前に歌わせてもらった」し、店長のアイディアで〈貫太〉と〈一條(一条の本名)〉の焼印を押したアンパンとクリームパンを作って、店を挙げて応援をしてもらっている。

 関西の業界人が見守る中、ステージで5曲を聴かせて「幸せ者だと思いました」という一条は、東京・大崎にある大学で経済学を学ぶ大学生3回生。千葉市から約1時間半をかけて通っている。
 すでに4年分の単位は修得済みで「残り1年の大学生活は歌手活動に専念出来ます」と、自ら目標とする「1人でも多くの人に僕の名前と歌を覚えてもらい、人を勇気付けられる歌手」を目指す。

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アンパンマンのような歌手を目指す一条貫太

[一条貫太 オフィシャルサイト]
http://www.crownmusic.co.jp/artist/ichijo/
[一条貫太 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/ichijo/whats.html






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