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五木ひろし(ファイブズ・エンタテインメント)  大阪・フェスティバルホールで50周年記念コンサート 昼夜5000人が五木演歌50曲に酔う [コンサート]

五木ひろしが歌手生活50周年を記念したコンサート「五木ひろしコンサート 2014 ~ ありがとう この歌を ありがとう あなたに ~ 」を、2014年3月24日、大阪・中之島のフェスティバルホールで開き、昼夜2回公演に集まった超満員の約5000人の観客は、デビュー曲から最新曲「桜貝 / 東京ロマンス」まで50曲の歌唱に酔いしれていた。6日の東京会場に続くもの。24歳で初めてリサイタルを開いた想い出深い場所でのコンサートで、これによって1年間に渡って全国50カ所で展開する記念コンサートが名実ともにスタートを切ったことになる。関西ではこのあと6月7日に神戸国際会館でも開く。


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 五木にとってフェスティバルホールは初めてのリサイタルを開いた所として、決して忘れられない記念の会場だ。この日も客席からの投げかけられていた熱い声援は、新人時代に励まされたことを思い出させるのに十分すぎるほどだった。

 そうした想いを届けるかのように、オープニングで歌った「夜空」と「夜明けのブルース」の2曲に続いて、ワンコーラスずつ32曲を休むことなく一気に歌いあげた。3月14日で66歳になったばかりの五木ひろしには、体力の衰えなど微塵も感じさせなかった。
 自身の歴史を綴る32曲メドレーは、日本コロムビアから松山まさる名前で出したデビュー曲「新宿駅から」(1965年)から、一条英一に改名しての「俺を泣かせる夜の雨」(ポリドール、67年)、今度は三谷謙と名乗ってミノルホンに移籍して出した「雨のヨコハマ」(69年)と初期の歌から始まった。

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 さらに五木ひろしとして初めて出して大ヒットした「よこはま・たそがれ」(同、71年)など代表曲の数々も披露。そして目立ったヒットから遠ざかっていた彼に再び光が差したのはレーモンド松屋との出会いで、その代表曲となった前作の「博多ア・ラ・モード」(2013年)まで、全身の力を振り絞って歌った。

 50周年記念曲として3月19日に発売されたばかりの「桜貝」(作詞・水木れいじ、作曲・弦哲也、編曲・南郷達也)は、97年に発売されたアルバム中の1曲である。
 「4、5年前からいつか世に出そうと思ってタイミングを探していました。昨年の暮れに50周年記念曲とすることを決めました」と五木。

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 新たに書き下ろすことも出来たし、さらには数多くのオリジナル楽曲の中からそれを選んだのには、彼なりの強いこだわりがあった。
 「桜貝は2枚の貝がいつも離れずに一緒に支え合っています。それと同じように、♪ 信じた道を 歩くのと ~ など、『桜貝』は2番の歌詞にあるように、苦しい時もいつも支えてくれて一緒に乗り越えて来てくれた人たちへの、ありがとう感謝の気持ちを表現しています。そこに惹かれました」

 苦労の時代を経て演歌界トップの座に登り詰めるまでの間に、苦しみ支えあってくれた家族をはじめたくさんの人たちへの感謝の気持ちを、五木はこの歌を歌うことで表わしたかったのだ。

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 とりわけ12年前に他界している母親への想いはひと際で、歌唱中にステージバックのスクリーンの想い出の映像には、懐かしい母親の姿がたくさん映し出されていた。

 五木は「成功した姿を母に魅せられたことは幸せでした。こうして大好きな歌を歌うために、この世に誕生させてくれた両親に感謝したい気持ちでいっぱいです」と話していた。


[五木ひろし オフィシャルサイト]
http://www.itsuki-hiroshi.co.jp/



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