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作曲家・櫻田誠一さんの「お別れの会」に北島三郎、大月みやこ、佐々木新一ら約300人が出席 [訃報]

◆北島三郎の「北の漁場」や大月みやこの「女の駅」など数々のヒット曲で知られ、今年3月19日に急性骨髄性白血病で亡くなった作曲家・櫻田誠一さん(享年76)=元キングレコード専属作曲家=の「お別れの会」が、2012年6月6日、東京都千代田区のホテルニューオータニで行われた。


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故櫻田誠一さん


 故人と縁が深かった北島三郎をはじめ、大月みやこ、大津美子、佐々木新一、原田悠里ら演歌歌手、作曲家・伊藤雪彦、同・水森英夫、同・叶弦大ら約300人が出席した。一人ひとりが祭壇に飾られた櫻田さんの元気だったころの笑顔が印象的な遺影を見ながら献花し、故人をしのんだ。

 歌手で唯一の内弟子だった佐々木新一は「昭和38年に櫻田先生と同じ出身地の青森から夜汽車に乗って上京しました。デビュー曲と2枚目のシングルは売れませんでしたが、3枚目の『あの娘たずねて』がミリオンヒットになり、続く『君が好きだよ』も大ヒットしましたが、『あの娘たずねて』がなかったら今の佐々木新一はいなかったわけですから、僕にとってまさに恩師で誇りです」と、旅立ちを惜しんだ。

「女の駅」の大ヒットで知られる大月みやこは「先生と直接にお付き合いさせていただいたのは、レコード大賞の最優秀歌唱賞をいただいた『女の駅』からです。以来、ゴルフやお酒を飲んだりと、親しくさせていただきました。いつもニコニコして温かくシャイな方でした。ダイナミックでどんとしている曲風が私はとても好きで、先生からは、歌にどんと構え、自分の道を見つけなさいと教わりました」と涙ぐんだ。

 「北の漁場」の大ヒットを歌った北島三郎は「原田悠里が櫻田先生のところで修行させていただいたことから、兄弟のような付き合いをさせて頂きました。先生と呼ぶのを嫌がったので、誠ちゃんと呼んでいました。独特のメロディーを作る人で、これからたくさんいい曲を書いてくれたはずと思うと、演歌の泉が一つ止まったようで寂しいです」と話していた。     
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