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作詞家もず唱平の未発表曲で綴る<戦争>と<平和> ピースおおさかで開戦の日記念講演会 [カラオケ道場]

戦争と平和.jpg◆作詞家のもず唱平さんが理事を務めるピースおおさか(財団法人大阪国際平和センター)で、2011年12月4日、開戦の日 平和祈念開館20周年記念事業として「講演会と歌で検証する<戦争>と<平和>」が開かれた。戦前、戦中、戦後の昭和史を女性の目を通して見たもずさんの未公開曲を歌手の高橋樺子が歌い、




流行歌にみる昭和の女性史を語るもず唱平





 1942(昭和16)年12月8日は太平洋戦争の「開戦の日」とされている。戦争と平和について考え世界平和の実現へ向けて活動を展開するピースおおさかが、その日に先だって戦時下の歌を検証するものとして開いた。

 この日のために昭和に作られた何千曲という歌を検証したもずさんは「女性が作詞した曲が皆無に近いだけでなく、歌には女性の感性は反映されていませんでした。戦時中には国威発揚のために、国のために命を投げだすことを賛美した内容のものが多い」だけに、もし女性が歌を書いていたらと想定して書いたのが、高橋樺子が、田中裕子さんのピアノと池田定男さんのギター伴奏で歌った「十五の春」「」「青い林檎」「ホー・ホケキョ」「藪柑子」「春火鉢」の未発表5曲。

高橋樺子1.jpg
もずの未発表曲で昭和女性史を歌う高橋樺子

 たとえば「藪柑子」は、♪ 1銭五厘の赤紙で取られた亭主は海の底~寒かろ、辛かろ、冷たかろ~ と歌うのように、いずれも女性からの戦争への想いを歌った内容になっている。

 1928(昭和3)年に発表された「道頓堀行進曲」は、軽快なメロディーに乗って当時の世相を反映した歌と言われている。
 しかし「その年は世界恐慌の前年で景気は悪く、カフェーで働く女性は客からのチップだけを収入とし、苦しい生活を強いられていました」(もず)など、男性が作った歌には女性の本当の心の内は現れていない。

 そうした歌で綴った女性の昭和史を振り返る内容に、戦中派の男性は「自分の生活と重なり合って、涙が出てきた」と話していた。

高橋樺子2.jpg また若い高橋は、1銭五厘も赤紙も知らなかったといい「歌の意味を勉強して歌う練習を重ねることによって戦争を追体験したようです」と話していた。



最後に「がんばれ援歌」と「ドリナの橋」を歌う高橋





[ピースおおさか]
http://www.peace-osaka.or.jp/news/e20111204.html





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