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「検証 KANSAI発 娯楽文化<カラオケ>の歩み」 第1回 誕生  by 音楽プロデューサー・おかもとかねまる [カラオケ]

検証 KANSAI発 娯楽文化<カラオケ>の歩み」 第1回 誕生.jpg◆日本が生んだ20世紀最大の娯楽文化に成長したカラオケ。
 いつ、どこで、どんな形でうぶ声を挙げたのか。
意外なことにいろいろな説があるが確固とした
定説はない。
 今さら、とおっしゃる方もおありだろうが、今も気軽に楽しめる大衆娯楽になったカラオケの誕生から今日に至る経緯を改めて検証することにした。





カラオケファンの社交場になっているカラオケ喫茶



 カラオケは関西が発祥の地といわれて久しい。
 1971(昭和46)年頃、神戸市内のスナックでプロ歌手の伴奏用テープを使ったものが出現した。
 これが業務用カラオケのはしりだという説がメディアの間で根付いているが、カラオケらしきモノはその以前にもあった、と全国カラオケ事業者協会発行のカラオケ歴史年表で報告している。

 当時、筆者は新聞記者としてこのテープを開発した神戸市内のカラオケメーカーを訪問、取材したことがある。
 もう随分前のことで記憶は鮮明ではないが、JR(当時は国鉄)のガード下の部屋で3~4人が楽器を弾きながらカラオケ用の素材を作っていた光景を覚えている。

 楽器といってもアコーデオンやピアノ、ギター、ドラム(といっても太鼓が1つだったと記憶)といった簡単なものだったと記憶している。その演奏を録音し、商品化したのがカートリッジ式カーステレオの機能を応用した8トラックという代物。
 これが業務用カラオケの商品化の第1号、との説もある。
 曲の歌い出しを一発で探し出せるようにしたのが最大の売りだった。

マルチメディアの代表商品、通信カラオケ

 8トラックからスタートしたカラオケだが、その後、カセットテープ、CD、VD(ビデオディスク)、そして現在の主流になっている通信カラオケへと進化。カラオケ人口増大はもちろんのこと、日進月歩で進んできたハード(機器)の技術革新が普及を加速したことは否定できない。
 今、市場を席巻している通信カラオケは、かつて成長期にはマルチメディアの代表と言われていた。

 そのカラオケ市場は誕生後わずか30年足らずで8000億円に迫る規模までに発展する。
 市場に出た当初はおじさんの娯楽だったが、ソフトとハードの普及、進化などを背景に今や家庭にも浸透し老若男女が低料金でしかも気軽に楽しめる娯楽に発展した。

 多くの文化が諸外国から入ってきたことを考えると、カラオケほど日本で純粋に培養された文化はほかに例がない。成長期の80年代は各社、海外を視野に入れた戦略にも乗り出した。
 KARAOKEは今や国際語として定着している。



[音楽プロデューサー おかもとかねまる]
元新聞記者。記者時代に大阪でビデオソフトフェアやカラオケフェア、大阪発流行歌ライブのほか、岡山県の代表的な伝統芸能・備中神楽大阪公演などのイベントプロデュースを手掛ける。現在はフリーとして、各種音楽イベントをメーンに企画・制作を行っている。岡山県高梁市出身。



本日から連載を開始しました音楽プロデューサーおかもとかねまる氏の「検証 KANSAI発 娯楽文化<カラオケ>の歩み」は、毎週水曜日に掲載します。
 第2回の「進化するハード(機器)」は、1月5日の予定です。





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りりー

こんばんは!^^☆
by りりー (2010-12-29 19:21) 

ヒロ

いつも訪問&niceありがとうございます。
また、遊びにきますね。


by ヒロ (2010-12-30 08:59) 

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