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中西りえ(日本クラウン) 「おんな牛若 運命(さだめ)橋」  カッコイイ主人公・女牛若丸  SF小説のように楽しい楽曲 [インタビュー]

中西りえ.jpg◆「京都・五条大橋にある牛若丸と弁慶の石像前で記念写真を撮ってきたんですよ」2017年12月6日に新曲「おんな牛若 運命(さだめ)橋」を出した日本クラウンの歌手、中西りえは、関西キャンペーンの合間を縫って趣味の写真撮影をするなど、新曲のアピールに励んでいた。今日12月16日には、大阪市内でテレビ番組「演歌ジャックス」の収録にゲスト出演して歌を披露する。


中西りえ・おんな牛若 運命(さだめ)橋.jpg









 「土佐っぽカツオ船」(2015年)から前作の「おんな花火師 花舞台」(2016年)まで、3作続けてはかま姿の衣装で歌ってきたが、「おんな牛若 運命橋」では両肩を露出した真っ赤なドレスに着替えて、今までの作品の中で最も女っぽい衣装で歌う。
 「周りの人たちを驚かせてやりたい、と和楽器など〈和〉を一切使わずに和を表現してみようと、今回ははかまを脱いで洋服にしました」(中西)
 そうは言うものの、初めて肌を露出する衣装には少し照れも隠せない様子である。

 本人の想いとは裏腹にドレス姿はかなり格好いい。それと同じように「おんな牛若 運命橋」は、牛若丸が女の子だったら・・・と「まるでSF小説のような内容で、格好良く仕上がっている」と中西。
 そのおんな牛若丸は好きな人を守るために、♪ ひらりひらりと 舞い踊る 〜 のであるが、中西は「牛若が好きな人は、もしかすると弁慶かも」と想像する。

 これもなかなかSFチックで、なんと楽しい歌なのだろう。
 「私の歌はしばしば玄人っぽい、と言われるのですが、この歌は演歌らしくなくて、聴いても歌っても、どちらでも楽しめます」(中西)
 しかも主人公の牛若は ♪ あなたと私 引き裂くものは 許さない 〜 と、芯の強い女の子でもある。
どこか中西と牛若が重なるようにも思える。

 発売間もないが、「いい曲」「りえちゃんの作品の中で一番好き」などと、反響も上々のようである。

■30年後でも歌える歌を

 カップリング曲の「ニッポン女子のお出ましよ」は、毎日々、満員電車で出勤している独身女子の1日を歌っている。中西は「女子に向けての新感覚応援歌ですね。毎日満員電車に乗っている私にも共感出来ます」と、自らを励ます歌のように歌う。
 彼女は三重県から上京して13年になる。「今もたとえば ・・・やんなぁ 〜 など伊勢弁が飛び出すことがあります」
 伊勢と言へば「赤福」「伊勢神宮」を連想するが、今年は伊勢神宮奉納花火大会でオープニングの挨拶を任されている。そこで「おんな花火師 花舞台」の歌が流れるなど、充実した1年を送っている。

中西りえ2.jpg
牛若丸と弁慶が出会ったとされる五条大橋を
「おんな牛若 運命橋」を歌いながら歩いたという中西りえ

 来年は「今年から始めたものの、中途半端になっているソプラノサックスの練習や写真撮影の腕をあげたい」といい、本業の歌については「20年、30年後でも歌えるものを歌っていきたいです」と、高いハードルを掲げる。





[中西りえ オフィシャルサイト]
http://www.sunnysb.jp/rie/
[中西りえ 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/nakanishi/whats.html






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北川裕二(キングレコード) 「酔風(よいかぜ)ごころ」に良い風が吹いている 来年はデビュー35周年 大阪でディナーショーも [インタビュー]

北川裕二.jpg◆大衆演歌と呼ぶジャンルを歌い続けるキングレコードの歌手、北川裕二に今、〈良い風〉が吹き始めている。2017年11月に出した新曲「酔風(よいかぜ)ごころ」が好調なのだ。発売第1週目のオリコンチャート(12月3日付け)では3位、2週目では4位と「今までにない高順位にランキングされている」と笑顔を見せる。プロ野球に例えると「開幕ダッシュ」といったところか。これを「長く持続させて、来年のデビュー35周年を飾りたい」ところである。









 北川裕二は今作でも絶好調な歌いっぷりを見せる。彼の作品を手がけるキングレコードのディレクター、中田信也は「ノリノリで良いねぇ〜」と、北川に語りかけた。北川を蘇らせた自負もあるのだろう、演歌好き、とりわけ大阪人が好むとされる、テンポ感があって、粘っこい節回しの〈大衆演歌〉路線が北川に定着してきたことが嬉しいようでもある。

 新曲の「酔風ごころ」は、カップリング曲「ひとり北国」とともに、11月22日にリリースされた。いずれも作曲は彼の師匠である弦哲也である。当初は「ひとりー」が、メイン曲候補に挙がっていたが「定着してきた大衆演歌の方が、ファンの心をつかむのが早い」(北川)ことから「酔風 ー」がメインになった。

北川裕二・酔風ごころ.jpg その「酔風ごころ」、一連の大衆演歌の中でも聴かせどころが多く「歌い甲斐のある歌で、覚え易くイメージも描きやすい」(北川)だという。
 カップリングの「ひとり北国」はメイン曲候補に上がっただけはあって、同様に北川ファンの心をつかむ。

 好評な2曲連合戦隊で臨む今作を北川は「動きが今まで以上に良い。この機会を逃さずに、ヒットへと結びつけたい」と意欲満々。
 また、このほど5日間の関西キャンペーンを行って「自分が乗って歌えるのは疲れませんね。それは自然と笑顔にもなるし、ファンにも伝わります」と、好調な成果を語っていた。

■全国5会場でディナーショー

 来年はいよいよデビュー35周年を迎える。それを記念した初の大阪でのワンマンディナーショーを9月頃に開催する予定だという。再来年2、3月の東京会場まで札幌、福島、千葉の全国5会場で行う計画である。
 「大阪では地元をテーマにした歌をメドレーで歌うなど、お世話になったたくさんの人たちに喜んでもらいたい」
 と、今からトマトなど野菜たっぷりの食事を摂って体調管理に努め、35周年へ向けての〈良い(酔)風〉を吹かせようと張り切る。





[北川裕二 オフィシャルサイト]
http://www.kitagawa-yuji.com/
[北川裕二 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=10436






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北岡ひろし(徳間ジャパンコミュニケーションズ) 「薔薇ものがたり」  女形で歌って踊るエンターティナー  見どころ聴きどころたっぷりな新曲 [インタビュー]

北岡ひろし.jpg◆「日本に女形の歌手、北岡ひろしがいることを知ってほしい」日本で唯一で、初の女形で歌い踊る演歌歌手である徳間ジャパンコミュニケーションズの北岡ひろしは、そのように自信いっぱいに語る。今から10年ほど前から、カラオケの普及で素人がプロ顔負けの歌を聴かせるようになってきた。まだスーツ姿で歌う、ごく普通の男性歌手であった彼は「これからは特徴がないと歌手として生き残れなくなる」と考えて、子供の頃から日舞を習っていた経験を生かして、女形で歌うことにしたのである。2017年7月には2年ぶりの新曲「薔薇ものがたり」を出した。








北岡ひろし

 「僕の生の舞台を見てほしいですね」
 確かに北岡ひろしのエンターティナーとしての魅力はライブが最も良く伝わる。
 衣装こそ着けていないものの、物腰柔らかくインタビューに応えて話す、その仕草は女性そのものであった。
 しかも新曲「薔薇ものがたり」の ♪ 痛さこらえりゃ 恍惚の 涙はらはら きぬぎぬの ~ と志賀大介の詞を歌う彼は、何とも言えず妖艶である。

北岡ひろし・薔薇ものがたり.jpg 志賀の詞を歌うのは今回が初めてだという。志賀と言えば男っぽい作品をイメージしがちだが、今作では「ドキッとする表現も多く、しかも女性の本心を抉るような作品」(北岡)という。しかも弦哲也によるカルメン調メロディーは、どこか身にしみいってくるようでもある。

 女形の北岡はそれを見事に演じ、聴かせるのである。
 しかし彼はれっきとした男性である。周りの人たちも彼について「酒の飲みっぷりもいいし、男の中の男といった性格ですよ」と笑うほどである。
 しかし女形を演じるためには、並々ならない努力もあるようだ。日舞にお茶といった習い事は言うまでもなく、女優のDVDを見てその所作を学ぶのだという。
 「女優の岡田茉莉子さんは、女優とは女に優れると書きます、と言っていた。ですから女性よりも女らしさを身につけなければ」(北岡)

■目指すNHK大阪ホールでのコンサート

 「この新曲をいい形に持っていって、ヒットにつなげたい」
 北岡は「薔薇ものがたり」に、今までになく並々ならぬ力を入れる。10数年ぶりに久々の大阪でのマスコミ出演などのキャンペーンを行ったのも、そのひとつである。

 そのひとつ、関西で放映されている歌番組の収録にも出演した。
 そこで再会したのが、日本クラウンの歌手、木下結子だった。彼女とはデビューが同じ1984(昭和59)年で、レコード会社も日本コロムビアで一緒だった。大阪でのテレビ収録で10年ぶりに顔を合わせたわけで、昔話に花を咲かせた。
 「毎年、レコードメーカーのカレンダー用の写真を撮影するのですが、新人の僕たちはいつも6人揃ってあまり目立たないページでしたよ」
 そんな新人の頃を思い出していた。





 北岡は山形県鶴岡市出身で、活動の多くは関東地区だが、1997(平成9)年に大阪府枚方市の天野川に架る、かささぎ橋をモチーフにした「かささぎ橋」を歌っている。それを機に大阪でのキャンペーンなど活動を増やしてきたが、99(平成11)年には旧大阪厚生年金会館芸術ホールに満員の1100人を集めてコンサートを開いている。
 新曲「薔薇ものがたり」では、同寝屋川市のアルカスホールで2018年2月、久々に大阪でコンサートを開く。
 北岡はさらに「いずれはNHK大阪ホールの大会場でもコンサートを行いたい」と、夢を膨らませている。


[北岡ひろし オフィシャルサイト]
http://www.office-kitaoka.jp/
[北岡ひろし 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/kitaoka.html






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内田あかり(日本クラウン) 「ホテル・サンセット」 大人の恋歌 歌を伝える楽しさ実感 [インタビュー]

内田あかり.jpg内田あかりと言えば、70万枚を売上げ自身1番のヒット曲となった、あの「浮世絵の街」(1973年)を思い出す。2017年11月には日本クラウン移籍第2弾シングル「ホテル・サンセット」を出したばかりである。大人の失恋歌であるが、ムードたっぷりに聴かせるあたりは、歌手歴50年というキャリアならではの技なのだろう。一時、女優業に専念していたが、ここ20年ほどは歌1本に集中する。10月に70歳を迎えた内田は「今、歌うのがとても楽しい」と話し、歌う喜びを身体いっぱいに表現しているようである。


内田あかり ホテル・サンセット.jpg









 このほど大阪でのキャンペーンを終えた内田あかりは「初めてカラオケ喫茶店での歌唱キャンペーンを体験しました」と、歌好きな人たちと一緒に歌を楽しんだ。CDショップやショッピングモールでのインストアライブは去年から始めており、今回、新曲「ホテル・サンセット」のPRを兼ねて、大阪・堺市内のおおとりウイングスでもたくさんの人を集めた。

 その「ホテル・サンセット」は、内田のカラーを大切にして作られた作品で、失恋した切ない昔を思い出す大人の歌謡曲。「難しいカラオケに挑戦したい人にはピッタリなお洒落な歌」と内田。

 愛を残したままに別れてしまった女性。ある日、誰の目にも幸せそうに映る相手の男性の姿を見かける。その瞬間、かつての恋を思い出してしまう女心の深層へと入っていく。それをまるで自ら演じるドラマのように歌う。

内田あかり4.jpg
言葉を伝える歌唱を続ける

 彼女の歌は「詞の内容を理解して、喋るのではなく、リズムの中で言葉を大事に相手に伝わるように」(内田)と歌うのである。それは芸能界デビューが女優からだった、という経験から掴んだものだった。

 大阪の中学を卒業してジャズ喫茶で歌っていたが、16歳の時にスカウトされて上京。3年後にTBSの連続ドラマに出演しており、歌手としてデビューするのは翌年になってからである。1990年代になって女優としての仕事を増やしていった。
 「トレンディドラマで母親役を演じたことがありましたが、これが歌にもいい影響を与えてくれましたね。歌は語れ、セリフは歌えと言いますが、そのあたりから語るように歌えるようになりました」

■歌のアスリート

 そんな女優業を少し離れて歌一本に集中するようになって20年になる。若い時には分からなかった、歌うことに幸せを感じるようになってきたのは、最近の10年だという。
 「ステージで歌う声の一言ひとことが、どのように響いているのかを考えるようになり、それが分かるようになったのです。それまでにはなかったことでした」
 それが幸せ感を紡ぎ出している。

 ステージで内田はオリジナル曲よりも、カバー曲をよく歌う。しかも決して崩さずに、オリジナル曲のように伝えている。
 そうした歌も何年歌っていても、絶対に満足感はないというが、歌を伝えれていることを実感することで「やり終えたという感覚が得られ、それは歌のアスリートのように、全力投球したような気分にしてくれる」のだという。

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幾つになってもロマンチックさを忘れない歌い手の内田あかり

 ロマンチックな心を「今はごく自然に歌えるんです」と、新曲「ホテル・サンセット」で、多くの女性ファンの心を響かせているのも、そうした彼女ならではの歌への想いがあるからであろう。





[内田あかり オフィシャルサイト]
http://www.uchidaakari.com/
[内田あかり 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/uchida/whats.html






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神野美伽(キングレコード) 夢を追い求めて来春、米・オースチンでのフェス参加 1月1日にはデビュー35周年記念曲リリース 3日からは新歌舞伎座公演も [インタビュー]

神野美伽2.jpg◆ニューヨークで演歌を歌い続け、その反応を問い続けて4年になるキングレコードの歌手、神野美伽が、2018年3月、米・テキサス州オースチンで開かれる音楽と映像のフェス「サウス・バイ・サウス・ウエスト」に初参加する。世界中から音楽関係者が有能な新人アーティストを求めて集まってくると言われ、事前のオーディションには毎年約8000組の応募があったという。デビュー35周年を迎える来年は1月1日にシングル「千年の恋歌」と、同曲を収録したアルバム「夢のカタチ」(全11曲)を日本でリリースするとともに世界120ヶ国で同時配信する。






 「フェスでは海外のプロデューサーと出会いたい」
 神野美伽は早くも期待に胸を膨らませる。
 先ごろオーディションの合格通知を受け取ったばかりで、目下、参加のために必要な書類を英文で作成中で、渡米へ向けてのビザも申請中だという。
 フェス当日の歌唱持ち時間は45分で「神野美伽の音楽をすべて見てもらいます。衣装は着物です」と、日本らしさを精一杯に演出して、ニューヨークで歌ってきた4年間の成果を、そこで結実させる考えである。

 歌うのは「たとえば『無法松の一生』にアレンジを加えるとか、オリジナル曲をアカペラでとか、または新曲の『千年の恋歌』もありえるなど、日本を感じさせる」ことを狙って選曲を進める。

神野美伽3.jpg 神野は「ここ10年ほどは演歌の閉塞感に危機を抱いてきました」と、カラオケで歌いやすい楽曲だけがもてはやされている今の状況を危ぶむ。演歌はもっと可能性のある音楽ジャンルであるはずなのに、どうすれば立ち直れるのか。
 それを考えた彼女が目を向けたのは海外だった。

 世界的なジャズヴォーカルグループ「The Manhattan Transfer」のジャニス・シーゲルは、神野が歌う「リンゴ追分」のニューヨークでのライブ音源を聴いて「これは何という素晴らしい音楽」と驚嘆したというが、それに背中を押されるように神野は「演歌が格好良くて自由な歌であると、多くの外国人が言ってくれることで、その評価は国内でも変わるかもしれない」と期待を寄せる。

 米国・フェスへの挑戦はその試みのひとつなのである。




 しかし、フェスへの参加に至るまでには、決して一筋縄ではなかった。初めてニューヨークへ渡って「(演歌を)歌わせて」とライブハウスの門をたたくが、行く先々で断られ続けた。ようやく1軒のジャズクラブが「15分やるから歌いな」とOKをくれたのが、今につながり、そこで4年間繰り返し歌ってきた。それが少しずつニューヨーカーに演歌を届けることになった。


 来年2018年4月28、29の両日には仙台市の隣、宮城県川崎町、みちのく公園北地区エコキャンプみちのくで行われる東北最大級のロックフェス「ARABSKI ROCK FEST .18」にも参加することが決まっている。古市コータロー、クハラカズユキと共に参戦するという。

 神野は「夢は若い人が見るもの、と思われがちですが、わたしはこれからも夢を追いかけていきたい」と、世界に通用する演歌を届ける夢を見続ける。

■無駄のないメロディーな35周年記念曲

 デビュー35周年の来年、1月1日に神野はシングル「千年の恋歌」と、デビューから今まで彼女と一緒に音楽を作ってきた音楽家と1曲1曲を作ったアルバム「夢のカタチ」(全11曲)を同時リリースする。そこに収録した1曲「千年の恋歌」(カップリングは「夢のカタチ」)をシングルカットしている。

神野美伽・千年の恋歌.jpg神野美伽・夢のカタチ.jpg
デビュー35周年記念シングル(左)と同アルバム

 神野が歌う楽曲の8、9割は作詞家の荒木とよひさが書いている。「千年の恋歌」も荒木が詞を書き、作曲家の弦哲也が曲を付けた。編曲は船村徹の子息、蔦将包。神野にとっては初のワルツ調で、3拍子の楽曲である。
 荒木と離婚して2年半になる神野だが「わたしに歌わせたい、と思う詞を書いてください」と、改めて願い出ている。
 すると2、3日して「すごく良いのが出来た」と電話をかけてきた荒木は、電話口で詞を読み上げて「良いだろう」と自信たっぷりなところを見せた。

 「それを弦先生が、荒木さんが紡いだ言葉のテンションそのままに、無駄なく音楽にしてくれました」と神野。
 彼女を知り尽くした荒木と弦の2人のコンビによって「わたしが歌うべき絶妙な作品に仕上がった」と、神野は笑顔を見せる。

■新歌舞伎座新春特別公演

 エキサイティングに米国のフェスに参加するかと思えば、国内のコンサートホールを巡るツアーや地方の公民館で演歌を聴かせもする。さらにはロックライブハウスのクラブクアトロで歌うなど、いろんな顔をを見せる神野美伽。

神野美伽・新歌舞伎座特別公演.jpg

 そんな彼女が2018年1月3日からは大阪・上六の新歌舞伎座での新春特別公演に出演する。人情喜劇「おおきにな ~浪花のゆうれい女房~」と歌のオンステージ「感動!天下無双の神野節」の2部構成である。
 芝居は次々と待ち受ける困難から、愛する家族を助け出そうとひとり奮闘するお春に神野が扮し、その亭主役に太川陽介が出演。そのほかにもおりも政夫、山田スミ子、曽我廼家寛太郎らが顔を揃える。

 昭和の名曲からオリジナルナンバーまでを歌うオンステージでは、もちろん夢の結晶でもある「千年の恋歌」なども披露してくれるはずである。公演は1月25日まで。





[神野美伽 オフィシャルサイト]
http://www.shinno-mika.com/
[神野美伽 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=13450






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花咲ゆき美(日本クラウン) 「港わかれ雪 / 諏訪湖・・・哀愁」 抑えて歌う哀しみが人気 目下、関西キャンペーン展開中 [インタビュー]

花咲ゆき美4.jpg◆デビュー10周年を迎えている日本クラウンの歌手、花咲ゆき美が、新曲「港わかれ雪 / 諏訪湖・・・哀愁」で、ますます哀愁感を増している。2007年、実母の人生をモチーフにして歌った「哀愁本線」でデビューしている。そのタイトル通りに哀愁を漂わせたそれは、その年の第40回日本有線大賞新人賞を受賞している。以来、女の切なく哀しい心情を表してきた。今作のメイン・カップリングの2曲では、その哀しさの表現は衣装の白色のドレスとともにヒートアップしている。


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 「歌い出しがビーンと張るところから始まります」と、花咲ゆき美が説明する新曲「港わかれ雪」は、ヤマ場の ♪ あゝやるせない 〜 では120パーセントの力を出せるように、作曲家岡千秋のアドバイス通りに歌う。その前の ♪ あなたでしょうか 〜 は、彼女の予想に反して、裏声と地声の間ぐらいに抑えている。
 それらによって「歌い終わった時には、歌った〜という達成感か感じられます」と彼女は話している。

 花咲はデビュー当初から、ステージでの自分の歌唱をスマートフォンで録音し続けている。それをその日のうちに聴くことで、出来栄えを確かめるためであるが「毎回、100パーセントの出来はなく、歌はまるで生き物のように感じさせられます」と、自分が納得するまで練習して完璧を目指す。

花咲ゆき美.jpg花咲ゆき美3.jpg

 10年前、デビュー曲をレコーディングした際も、最初の録音で物足りないところがあるから、と録り直しを願い出た。結局、録音を2度行なっている。ふたつを聴いたレコード会社の判断は「軽い気持ちで歌った最初の歌が、より哀愁が出ている」と、1回目の録音が採用されたことがあった。

 このように彼女は「練習を重ねることで、逆に作り過ぎるようです」と笑う。この時の経験からも「気持ちを込めるのは大事ですが、込め過ぎると歌が伝わらなくなる」と、抑えることで逆に(哀しみの)表現を増幅出来ることを学んできた。
 今作の「港わかれ雪」では、歌い出しとサビの部分などの歌唱にそれが生かされている。

■赤より白

 花咲ゆき美のイメージカラーは、決して燃えるような赤ではなく、白・ブルー・ピンクだそうだ。それがより哀しさを引き立たせるからである。今作から花咲を担当している日本クラウンのディレクターはそのように指摘して、「港わかれ雪 / 諏訪湖・・・哀愁」の衣装も白色のドレスにと注文した。髪飾りのリボンにも白を基調に黒のラインが入る。

 ディレクターの勝手な個人的好みかと思ったが、彼女の東京・関東地区のファクラブへの聞き取りでも「ゆき美ちゃんのイメージカラーは白かピンク」といった結果が出ているから、あながち外れているとも言えないようである。

 そのファンクラブのクリスマス・忘年会が12月23日に東京・立川で開かれる。ここでファンの目を喜ばせることになるだろう、と期待されるのが、珍しい花咲の着物姿である。彼女はコンサートを除いて、ステージなどで着物を着ることは稀である。「去年、おばから10周年の祝いにプレゼントされているものに袖を通してみたい」と花咲。

花咲ゆき美1.jpg
今年からレッスンを始めたベリーダンスのポーズを見せる花咲ゆき美

 また今年2月からベリーダンスを習い始めているが、今年10月、東京・日本橋三井ホールでの開いたコンサートで初披露している。身長156センチ、程よくくびれた肢体をくねらせた踊りは「評判は良かった」ようだ。
 今回のファクラブイベントでは、花咲にダンス指導する女性インストラクターによるサプライズ出演があるかもしれないという。

 ベリーダンスは哀愁感とは程遠いイメージだが、どちらも練習熱心な花咲ならではの表現の成果なのかもしれない。





[花咲ゆき美 オフィシャルサイト]
http://www.t-force1.com/
[花咲ゆき美 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/hanasaki/whats.html






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O2 原大輔・大下香奈(ホリデージャパン) 「キターラ・ネロ 〜 黒いギター 〜 」 大阪で12.11新曲発表ライブ [インタビュー]

O2 1.jpg◆ホリデージャパンの新ユニット、O2(オーツー)が2017年12月11日、大阪市浪速区のライブハウス、フラミンゴ・ジ・アルーシャで、11月22日にリリースした新曲「キターラ・ネロ・ 〜 黒いギター 〜 」の発売記念ライブを開く。低音の歌声で多くの人を魅了して1983年の日本有線大賞新人賞を「秋冬」で受賞した原大輔と、アナウンサー時代に身につけた高い表現力を歌に生かした歌唱が評判の大下香奈の2人による大人のユニット。共に名前に「大(O)」の文字があるのと、なくては生きられない「酸素(O2)」を意味するユニット名。ふたりは「なくてはならない歌を届けていきたい」と、この歌にかける想いを話している。


O2 キターラ・ネロ 黒いギター.jpg








 ラテンの情熱がほとばしるような曲調の「キターラ・ネロ 〜 黒いギター 〜 」。この楽曲に合わせてフラメンコダンスも習った、という大下香奈が自ら振付けを考えている。これに代表されるように、そのダンスも見ものであるプロモーションビデオ(PV)の制作でも、制作に携わった全員が情熱的だった。

 大下香奈は「撮影は半日をかけましたが、当日の朝までスタッフが小道具を買いに走ったり、レコード会社の社長は原さんが弾く黒いギターを、わざわざ買ってきてくれたり、皆さんの熱心さには頭が下がりました」と、振り返っている。

 その大下は前作「トワイライト横浜 / めぐり逢い」で、同じレコード会社の加門亮とデュエットしている。今回はお相手を原大輔に替えての作品である。
 ふたりは2017年4月から夏まで、テレビ番組「歌う!セールスマン」(歌謡ポップスチャンネル)で共演して、石川さゆりと琴風が歌った「東京めぐり愛」などをデュエットしたのが、新曲に繋がった。

O2 原大輔.jpgO2 大下香奈.jpg
O2(原大輔・大下香奈)のふたり

 ふたりの歌唱は決して演歌ではなく、リズム感も良かったことから、周りのスタッフの評価も高かった。それをきっかけにレコード会社も原と大下の新曲の制作に乗り出すことになった。楽曲のコンセプトも<大人による大人が楽しめる音楽>に決まった。
 原大輔は「皆さんの力のかけ方が尋常ではないことが感じられ、それが嬉しかった」と話しているし、大下はカッコいい大人の男女をモノクロームで表したフライヤー(チラシ)まで、自分の手で作ったほど。

 そのフライヤーをベースに作詞家の朝比奈京仔がイメージを膨らませ、黒をテーマに詞を書いた。PVでもその黒を、恋の駆け引きを表す炎の赤色で際立たせた。

■スパニッシュな風

 「時代の流れに身を寄せてアニメ主題歌、ロックなどと歌ってきた」という原だが、音楽への関わりは洋楽からだった。34年前に出したヒット曲「秋冬」にも洋楽のスパイスが入るなど「自分が奏でるのは洋楽です」と、こだわり続ける。
 そんな自らの音楽観と自然と融和したような「キターラ・ネロ・ 〜 黒いギター 〜 」に、原は「大変満足している」と話す。

 ターゲットは30〜40代の女性に置いている。スパニッシュな風が彼女たちに届くか。大いに楽しみである。
 12月11日、大阪で初めての新曲発表ライブ、会場のフラミンゴ・ジ・アルーシャにはふたりの魅惑的な声が響くことだろう。






[O2 オフィシャルサイト]
https://ameblo.jp/kana-oshita/ (大下香奈)
[O2 ホリデージャパン]
http://www.holiday-japan.co.jp/artist_ha5_hd.html
http://www.holiday-japan.co.jp/artist_a8_ok.html







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瀬口侑希(日本クラウン) 「雪舞い岬」 前作を上回る評判 早くもヒットの兆しも カップリングには「霧にむせぶ夜」 [インタビュー]

瀬口侑希.jpg◆「ヒットする楽曲は決まって、歌っていて心地いいんです」日本クラウンの歌手、瀬口侑希はそのように話す。前作の「津軽の春」は去年(2016年)12月の発売だか、「遊び心のある歌詞とメロディー、アレンジがベストマッチして、とにかく歌い心地が良かった」(瀬口)こともあって、今なおCDの売行きは伸び続けている。2017年11月1日に出した「雪舞い岬」もまた、その歌い心地の良さから滑り出しは好調である。カップリング曲は「霧にむせぶ夜」で、10年前に一度レコーディングまで済ませてカバー収録する予定だったが、その時はお蔵入りしている。今回、新録音してようやく発売となった。








 ヒットする要素である心地良さの要素が備わっている。それが「雪舞い岬」なのだという。CD発売直後のチャートで1位、3位と上位にランキングされたのが、それを裏付けている。数多くのヒット曲を手がけている作曲家鈴木淳による作品であることも、瀬口を力づける。

 「ドラマチックな作品に、とお願いしていた今作を歌うに際して、久しぶりにお会いした鈴木先生の事務所に何度も伺って、門下生になった気分でレッスンを受けました」

 歌の舞台は凍える北海道・宗谷。1番から3番までの最後 ♪ 雪が舞う 〜 は、瀬口自身にとっても「歌っていて気持ちの良いところ」で、最大に歌が盛り上がっていく。

 ドラマチックさに華を添えるのが、瀬口が着る衣装の着物。
 前々作の「八尾しぐれ」から衣装を着物に替えている。ドレス姿の瀬口から着物姿がすっかり定着してきた。デビュー17年、ビジュアル面でも演歌歌手の定番とも言える姿に。「最初はドキドキでしたが、今は着付け時間も30分もかかりませんよ」(瀬口)。

■中高年に人気の「霧にむせぶ夜」

 ところで鈴木淳と言えば、今作のカップリング曲「霧にむせぶ夜」も彼が書いた作品で、黒木憲が1968(昭和43)年に歌って、累計で130万枚を売上げたヒット曲。
 実はこの楽曲は10年前に1度、瀬口によってカバーリリースが予定されていた。2006年に村上幸子の「不如帰」をカバーしてヒットしたことから、それを受けてのものだった。レコーディングまで済ませたが、急きょ別の作品に差し替えられている。

瀬口侑希・雪舞い岬.jpg 瀬口が生まれる前の楽曲だが、彼女にとっては忘れられない思い出がある。
 「父は黒木さんに似ていたことが自慢だった、と聞いています。そんなこともあったのでしょう、『霧にむせぶ夜』のレコードを買ってきて、得意げに歌っていたそうです」

 ヒットから49年経った今、それを彼女が歌う。
「父はわたしがデビューした2000年に59歳で亡くなりましたが、これを歌うことを喜んでもらえると思えて嬉しいです」
 「霧にむせぶ夜」の収録が決まって瀬口は、父親の霊前に歌える喜びを報告している。


 販売枚数が5万枚以上を超えたと言われる「不如帰」。前作の「津軽の春」はそれに並ぶほどに多くのファンから支持を受けた。瀬口の代表曲のひとつになるものと思われる。それに続く今作も発売直後から好調で、1年近く歌ってきた「津軽の春」を上回る可能性も大きい。2020年のデビュー20周年に向けて力が入る。


 12月13日にはアルバム「瀬口侑希 プレミアムベスト」を出す。「津軽の春」「不如帰」など全13曲が収録される。これにはまた「淋代(さびしろ)海岸」「波止場のれん」「海峡わかれ雨」といった新録曲3曲も収録される。価格は2700円(税込み)。





[瀬口侑希 オフィシャルサイト]
http://www.crownmusic.co.jp/artist/seguchi/wn.html
[瀬口侑希 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/seguchi/whats.html






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「渡辺要物語 歌は心の港」 第1回 大阪・法善寺横丁の寿司屋で修業 [インタビュー]

◆中学生の渡辺要(日本クラウン)はとにかく早く家を出て働きたかった。名古屋のミシン工場に職を得たのもそのためだったが、長続きはしなかった。四国へ戻った彼は実家へは帰らずに、見つけた働き先は坂出市にあった蒲団店だった。住み込みであった。ところがここでも彼は我慢できなかった。
 「親方に使われるのはいいが、仕事が終わると使いっ走りや、店の子供を肩車をして商店街を歩かされたりして面倒をみせられる。それが嫌で堪らなかった」
 いつしか「こんなことをしていたら、あかん」と思うようになっていた。

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寿司屋を開業した当時の渡辺要と亡き母とのツーショット

 店の近くには何店舗かの商店が並んでいたが、その中に1店の寿司屋があった。次郎長寿司というその店の板前がさらしを締めた上に法被を羽織り、頭にははち巻をした威勢良く出前をする姿が、渡辺の目にもしばしば入っていた。
 「颯爽と歩くその姿が格好いいんですよ」
 見るほどに寿司屋への憧れが増す彼は、ある日、想いを募らせてその寿司屋を訪ねた。
 「なんや、僕」
 突然やって来た子供の来店に少々いぶかり顔の大将に、渡辺は「寿司屋になりたいんや」と答えると、意外にもすんなりと「働きに来い」と承諾してくれた。

 念願かなって寿司屋で働き始めた渡辺は「いっぺん旅に出てこい」と、大阪・法善寺横丁の寿司店・すし半へ修業に出された。
 香川の田舎と違って大阪のミナミは賑やかで刺激的だった。彼の心をわくわくさせ、いっぺんに舞い上がらせてしまった。
 「天にも昇る気分で、何やら自分がエリートになったようにも思えてきました」
 と言っても観光客ではなく、修業の身である。毎日、朝早くに起きて店に出て、親方の包丁を研いで、朴の木で出来た高下駄を石粉で磨く。

 刃はピカピカに、柄も真っ白に磨き終わると、まな板に布巾を敷いて、その上に並べると、今度は板前全員が板場の隅に並んで、親方を迎えるのである。少しでも磨き漏れがあると、大目玉をくらう。
 ある日「誰や、これを磨いたんは」と親方が語気を荒げた。親方に気に入られていたことを知っている同僚は、渡辺を突いて身代わりを強要する。
 仕方なく「はい、僕です」と名乗り出ると親方は「ちゃんと磨いとけ」と言っただけで事は収まった。

 「親方はすべて分かっていたんですんね」

渡辺要・ファンに囲まれて.jpg
昔も今も渡辺要の周囲はファンでいっぱい

 渡辺はいつもどうしたら相手が喜ぶか、をいつも考えていたという。
 「要領がいいと言うか、顔色ばかり伺っていました。しかも動作も機敏でした」
 板前もうだつが上がらない者は巻き寿司ばかりを担当させれたし、テイクアウトのみやげ物係といった具合なのである。
 彼は早くから客の前で寿司を握っていた。それも声が人一倍大きくて、威勢が良かったからで、その前にはいつも客が座っていた。

 「いらっしゃいと大きな声で客を迎え、客を喜ばせる。寿司を美味しく感じさせるために、手際よくご飯とネタを取って、それを頭の上でさっと握っていました」

 さばきが早く、見せる寿司屋を演じていたそれは、客を退屈させないパフォーマンスはすぐに評判となった。
 1人の若い女性が店にやって来たのは、そんな時だった。後に妻となる千恵子であった。


【渡辺要物語 歌は心の港 プロローグ】
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2017-11-23

[渡辺要 オフィシャルサイト]
http://www.kaname8739.com/index.html







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千葉一夫(キングレコード)  「倖せ花」 千葉の優しさが甘い声に乗って響く夫婦演歌 [インタビュー]

千葉一夫.jpg◆「倖せ花」。デビュー38年目のキングレコードの歌手、千葉一夫11月8日発売の新曲である。♪ 女ざかりに 紅さえ引かず 〜 の歌詞は、苦労を重ねて自分と一緒に夢を追いかけた健気な妻に、そっと肩に手をかける夫の優しさが見えてくる。千葉の甘く切ない声がファンの心をくすぐり、人気も上昇中だとという。





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 ♪ 遅く咲くほど 倖せ花は きれいな絆の 実をつける 〜
 演歌ファンの目頭を熱くさせる3番の歌詞。
 「マイナーな曲調なんですが、テンポがあって決して暗く感じない」
 歌う千葉一夫もお気に入りの新曲である。
 チャート誌オリコンのランキングでも、初登場3位と高位置からのスタートである。

 「倖せ花」は41枚目(デュエット含む)のシングルである。その多くは女性を主人公にした艶歌が多かった。「優しい男性の歌を歌ってみたかった」という千葉の希望が叶った1曲でもある。
 この歌を担当したディレクター、スタイリスト、カメラマンはすべて女性だった。もちろん初めての取り合わせである。さらには作詞がいではくというのも初めて。そんな初めて尽くしが、優しい歌を作った。

 元々、千葉の楽曲に登場する主人公の多くは「優しい」人たちであった。今作は「それを一段と強調した」(千葉)もので、夫婦もので優しい男を作った。それが女性層をホロリとさせているようでもある。

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 カップリング曲「まっぴらごめん」。自身にとっては4作目となる股旅ものである。「今までも股旅ものは歌ってきましたが、一際インパクトのあるタイトルです。 ♪ まっぴらごめん まっぴらごめん と繰り返す所がありますが、そこを歯切れよくビシッと決めるとかっこよく歌えますね」(千葉)
これもいではくの作品である。

■再来年の40周年、大阪モノも

 城巡りが趣味である。3年前には各地の城を訪ねた際に撮った写真でカレンダーを作っている。「今年訪ねたのは岡崎城、小倉城などまだ少ないけれど、第2弾も考えたいですね」
 千葉の出身地である千葉県にも大多喜城がある。1521(天正元)年に築城され、明治になって取り壊されたが、昭和の世に天守が再建されたという。全国の名城を再びカレンダーで再現してもらいたいものである。

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 2019年にはデビュー40周年を迎える。
 「長く歌って来ましたが、今まで〈大阪モノ〉と呼ばれる楽曲は一度も歌っていないんです。歌ってみたいですね」
 ここ数年、関西弁も堂にいってきたが、関西をタイトルにしたのは「明石海峡」「紀ノ川旅情」ぐらい。
 甘い歌声で大阪演歌の極め付けを放ってもらいたものである。






[千葉一夫 オフィシャルサイト]
http://www.a8k.jp/chiba_fc/
[千葉一夫 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=10093






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「渡辺要物語 歌は心の港」  プロローグ [インタビュー]

◆歌手渡辺要(日本クラウン)が2017年11月23日、73歳の誕生日を迎えた。そして明日、24日には歌手生活25周年を祝うディナーショーを大阪市都島区にある太閤園で開く。関西発の音楽情報ブログ「Music news jp」では、渡辺要の半生記「渡辺要物語 歌は心の港」を、Facebook・Twitter・Youtubeと連動して10回に分けて掲載する。

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渡辺要

 今回はそのプロローグである。

 大阪府堺市にある渡辺要の事務所では、かつて高松・ライオン通りで渡辺が経営していた寿司店「要鮨」本店に掲げられ、最高時の売上が年間2億8千万円という四国一の寿司屋として名を馳せた頃の、木の大きな看板がテーブルの天板代わりに使われている。そこに彫られた要鮨の力強い文字は渡辺自らが書いたもので、彼の意気込みを強さを表しているかのようである。

 その寿司店は、カウンターだけのわずか5坪、家賃は月2万7千円いう店舗からスタートしている。
東洋の魔女と呼ばれた日本女子バレーボールチームの優勝で日本全国が沸き上がった、東京オリンピックの興奮がまだ冷めやらない1964(昭和39)年11月のことだった。手元にあった15万円と、母親から借りた50万円を元手に、高松市常盤新町に小さな店を開店した。
 後に結婚することになる、当時付き合っていた東京のデパートで働く同い歳の女性を高松へ連れ帰って、ふたりでの船出だった。

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デビュー25周年を記念したディナーショー


 1944(昭和19)年11月23日、香川県木田郡西植田村の小さな農家の8人兄弟の末っ子として生まれている。13歳で中学に進学するとすぐに、父親が49歳で亡くなった。高校生だった兄姉は昼間部から夜間部に変更して、家計を助けるために働きに出た。

 要も「高校へ行かずに、同級生や従兄弟たちが大学へ行っている間に、いつか一国一城のあるじになってやろう。そして母に自慢できる男になるんや。それまでは田舎には帰らない」
 と決意して、中学を卒業した年の春に要は、名古屋市のミシン工場で働き始めた。
 高松の港で母親に見送られ、勇んで飛び出したものの、名古屋での住まいは3畳一間、給料は3千円という生活で、決して思い描いていたものではなかったのである。


[渡辺要 オフィシャルサイト]
http://www.kaname8739.com/index.html







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入山アキ子(テイチクエンタテインメント)  「知床岬」を代表曲曲へと  心に届けと歌う  デビュー10年の感謝曲 [インタビュー]

入山アキ子1.jpg◆「活躍しているね」。看護師から歌手に転身して今年で10年になる、テイチクエンタテインメントの歌手、入山アキ子を取り巻く風が最近、少し変わってきている。そんな変化を指摘する声が周りから聞こえてくることが増えてきた。テレビへの出演が多くなったこともあるが、歌わない日がない、と言っても良いぐらいに、全国を飛び回り歌を届けている姿が、多くの人にそのように映るのである。その勢いに乗って2017年9月に出した「知床岬」を「私をまったく知らない人がこの歌を聴いただけで、入山アキ子の名前を思い浮かべてもらえる、そんな本当のヒット曲にしたいですね」といった意気込みを見せている。


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 「最後は大衆が選ぶ」と、所属する事務所の和久井保社長は入山にアドバイスする。その言葉を実践するかのように、彼女の歌を聴きにやって来た人たち1人ひとりと、入山は満面の笑みで接する。彼女が座右の銘のように心がける「歌も看護も心から」といった、そんな想いを込めながら。

 山口県の高校を卒業して、防衛医大病院付属看護学校に入学。卒業後は同病院で看護師として勤務している。胸部外科で主任まで務め、ベッドに横わる患者相手に歌を歌うとニッコリと微笑んでくれる。いつに間にか患者たちの間で〈歌う看護師〉として知られるようになっていた。
 歌が好きだった彼女が看護師時代に書いていたブログのタイトルは、何と「演歌な看護師クラブ」であった。

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 数年後、救急患者を受け入れる部署に替わっていたある日、看護師長への昇進話が持ち上がった。キャリアアップには魅力はあったが、そんな時に出演したカラオケ大会をきっかけに〈歌手〉といった新たな選択の道が、彼女の心の中で大きく膨らんでいた。
 「歌で皆さんを笑顔にすることは、看護師が患者さんを笑顔にするのと変わりない。そして、どうして挑戦しなかったのか・・・と後悔したくなかった」
 と、看護師長への薦めを断り、13年間勤めた看護師から歌への道へと舵を切ることを選び、同じ山口県出身の作曲家・鈴木淳に師事することになった。

■風が吹き始めた

 その鈴木淳は83歳になるが、妻で作詞家の悠木圭子と今なお精力的に楽曲の制作を続け、今までに数多くの歌手に楽曲を提供している。そこからはちあきなおみ、八代亜紀、黒木憲、田川寿美、椎名佐千子などの歌手が育っていった。
 入山はその一角に加わったのであるが「売れていないのは私だけ」と彼女が言うように、実績が伴うまでには至っていない。鈴木と悠木も「入山がヒットするまで自分たちが楽曲を書き続ける」と言い切るほどである。

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 彼女のテイチクデビュー曲「ザンザ岬」(2008年)から最新曲の「知床岬」まで、すべてを鈴木が作曲を手掛け、悠木は「ザンザ岬」のカップリングから「知床岬」まで、10年間にわたってすべての詞を書いている。
 「知床岬」の制作にあたっては「今度の曲こそ」と、渾身の願いを込めての曲作りだったと言われる。その想いは、まるで実際の親のようでもあり、それだけに入山は1日も早くヒットさせて、ふたりに恩返しをと思うのである。

 そんな入山が良く「結果を出したい」と口にする。その結果とは何を指しているのか。
 今まで彼女は、ボランティアな応援団はいるものの、実質1人で活動をしてきた。それでもCDを出すたびに、1万枚から2万枚は確実に売ってきた。「でもそれだけで、この歌は入山アキ子だといった代表曲(ヒット曲)を出すために、今の壁をクリアしなければいけない」
 それが彼女が言う「結果」なのである。
 鈴木・悠木作品以外の楽曲を歌う時こそ、入山が晴れて<鈴木塾>のヒット歌手の仲間入りをする日になる。

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キャンペーン先でも人気は高い入山(東大阪市・ミヤコ瓢箪山店で岩城会長夫妻と)

■カラオケ全国大会も

 入山がテイチクエンタテインメントに所属して、「知床岬」は7作目のシングルになる。そのうち最近の5作品ではカラオケ全国大会を実施している。今作でもカップリングの「雨に散る花」を含めて、2018年3月4日に羽田空港内のTIAT SKY HALLで開催する。参加者募集中で、応募締め切りは来年1月9日必着。詳しくはホームページを参照のこと。当日は入山のミニコンサートも開かれる。

 「歌い出しは強い気持ちを前に出し、感情をつかむことが大切」と歌唱ポイントを指導する入山。まるで自分の気持ちを語っているようでもあった。







[入山アキ子 オフィシャルサイト]
http://xn--cckwa042wikihmb.jp/
[入山アキ子 テイチクエンタテインメント]
http://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/iriyama/






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沢井明(テイチクエンタテインメント) 「おもいで蛍」  移籍第2弾  切ない女心を歌うデビュー17年の実力派 [インタビュー]

沢井明.jpg◆テイチクエンタテインメント移籍第2作「おもいで蛍」を9月に出した沢井明。街のネオンを蛍にたとえて、ひとり生きる女性の心のうちを歌っている。学生時代からフォークソングのシンガーソングライターとして「人生、男と女の切なさ」を歌ってきた。それは新曲にも通じるものがあり、沢井は「若い頃の自分の心情をかぶせて歌う」のである。




 沢井明の歌は女性の恋愛歌である。新曲「おもいで蛍」もまた、愛しい人を忘れようにも忘れ切れられない切ない女性をムーディーに歌う。「ストーリー性の高い、女性の気持ちが表れた楽曲です」(沢井)。
 歌の主人公は「どこにでもいる女性を歌っている」(沢井)のだが、そこにはかつての沢井自身の体験が下敷きになっている。

 イントロは編曲を担当した伊戸のりおによるポルトガルギターの音色が入る。「耳に残る演歌にしたい」という沢井の希望を聞き入れたもので、伊戸がアレンジしたものである。これが切なさを倍加することになった。

沢井明・おもいで蛍.jpg 吉田拓郎や松山千春に親しんできた沢井は、長く女性を主人公にした等身大のフォークソングを歌ってきた。その多くがラブストーリーである。「人生や切ない男女の関係などを歌うフォークは、演歌にも通じるものがあります」と、その魅力を話す沢井だが、徐々にフォークソングは衰退し、歌う場所も少なくなってきた。

 そんな時、大学を中退した彼は、クラブで演歌を歌う機会を得た。それが今、歌謡演歌と自ら言う歌を歌い始めることになっていく。
 クラブ歌手は3年ほどやった。自分で書いた作品を歌ってCDを出せばいいとも思っていたのだが、「クラブでは自分で歌いたいものを歌えない」といった制約があった。本格的に歌の勉強をして、プロ歌手を目指したい。彼の想いは変わって行く。作詞・作曲家の猪俣公章に師事したのもそのためである。インディーズながら自ら歌を書いてCDデビューも果たした。

■さらに上のステージへ

 日本クラウンでメジャーデビューして、2016年にはテイチクへ移籍。活動も徐々に広げている。
 そんな沢井は、1か月のほぼ半分は自宅のある東京を離れて、大阪など西日本で活動することが多い。大阪ではここ10年、個人レッスンなどカラオケ教室を開いており、その生徒数は100人にもなるという。
 年に1回は課題曲のカラオケ発表会も催す。来年4月には「おもいで蛍」のレッスンの成果を披露する発表会を予定している。

 その彼には大阪を舞台にした歌も多い。インディーズ時代から数えると6、7曲になる。「ファンが大阪に多く、大阪の歌を歌うと反応がいいのです」
 まるで在阪歌手のようでもある。

 沢井は物静かだが「自分の歌をより多くの人に聴いてもらいたい。ファンの人たちからは応援していて良かった、と思ってもらえるように、少しでも今より上のステージへと昇れるように頑張りたい」と、力強さを見せてくれた。





[沢井明 オフィシャルサイト]
https://donmusic.amebaownd.com/
[沢井明 テイチクエンタテインメント]
http://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/sawai/






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青木美保(キングレコード) 新曲「花海棠(はなかいどう)」 添えないあなたと別れていく〈悲恋の女王〉 [インタビュー]

◆キングレコードの歌手、青木美保が2017年10月27日、同9月に出した新曲「花海棠(はなかいどう)」のキャンペーンのために来阪。前作の「秋燕」以上に切ない作品で、「悲恋の女王」なるのだと意気込みをみせていた。先頃、東京都内で初の新曲発表会を開き、その強さを披瀝していた。


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 より切なく。青木が「花海棠」を歌うのに際して臨んだのは、この一点だった。
かなわぬ恋から自ら身を引く女性の悲恋を歌っている今作は「しっとりとした曲調で、少し歌謡曲タッチの楽曲」(青木)に仕上がっている。

 デビューして今年で34年目。10月には51歳を迎えた。途中、歌手にとっては致命傷とも言える、声が出なくなる病気で10年間休業していたが、7年前には見事にカムバックを果たしている。復帰当初は「10年の ブランクを早く埋めなくてはいけない」(青木)といった焦りもあった。それが周りにも歌に不安を感じさせていた。
 しかし今は体調も万全。前作の「秋燕」では、五木ひろしがスカウトしたかつての青木美保のように、しかも切ない大人の恋を表現してみせた。



 それに次ぐ「花海棠」は、一段と切なさがアップデートした。決して添えないふたりだから、♪ あの女(ひと)泣かせる その前に 別れを決めた 〜 。女性は花海棠の花が散るように、自ら身を引いて恋を終わらせる。「イントロからドラマ性の高い楽曲」(青木)なのである。
 淡紅色の艶やかで、麗しいその花は、まさに悲恋物語の主人公にふさわしい。作詞家の麻こよみが、そんなひとりの女性を描き上げた。

 青木がデビューしたのは1984(昭和59)年の「人生三昧」だった。これは人生の応援歌だったが、2曲目は一転して「哀愁海峡」といった具合に「今まで約9割は悲しい女を歌ったものばかり」(青木)だった。

 キングレコードでは大月みやこが、独自の歌世界に生きる女を作り上げている。
 青木もそれに倣うかのようにレコード会社、事務所のスタッフがひとつになって作るチーム青木が、青木美保を悲恋の女王という新たな女に育て上げようとしている。
 前作の「秋燕」あたりから、青木の歌は少し変わってきた。「歌に入り込むことなく、淡々と演じて歌う」(同)からであろう。

 実は青木は中学時代にも女王と呼ばれていた。それは熊本市内の女子校時代の修学旅行であった。「バスガイドさんが歌えなくなるほど、絶えずマイクが回ってくる〈貸切バスの女王〉と呼ばれていました」と青木。
 そして今、再びの女王の冠は〈悲恋の女王〉なのである。






[青木美保 オフィシャルサイト]
http://www.aqua-pro.co.jp/talent/aokimiho/index.html
[青木美保 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=10406






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五島つばき(日本クラウン) 「雪国情歌」 4年ぶりの新曲  ビブラートで聴かせる本格演歌 [インタビュー]

五島つばき.jpg◆日本クラウンの歌手、五島つばきが4年ぶりに新曲を出した。師匠で作曲家の聖川湧が書いている。特徴あるビブラートと評されたその声を生かした、デビュー7枚目のシングル「雪国情歌」である。極力、女性の優しさを伝えられるように、と全身で表現する。今までに合唱曲、バラード、フォーク調とデビューから様々な楽曲を歌ってきた。今回は彼女には珍しい本格的な演歌に挑戦する。


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 表現者にはオリジナリティが求められる。五島の最大の個性はビブラートである、とまだ高校生だった彼女を見出したのは作詞家の星野哲郎ともず昌平であった。その悲しげな声が印象的だった。
 それを演歌「雪国情歌」では、こぶしを使わずに、彼女の持ち味とも言えるビブラートで、雪国の女性の強さと哀しみを存分に表現する。

五島つばき2.jpg 子供の頃には「兄弟船」(鳥羽一郎)を歌うなど、こぶしも使いこなしていたというが、聖川がいう「こぶしを多用しなくても表現できる歌手」へと1作1作、ビブラートに個性を求める歌へと変貌してきた。
 それはすでに前作の「北離愁」で現れ始めていたが、発売半年で声が出ずらくなる症状が現れて、ステージはを務めるのも辛くなる状態に襲われた。いくつか病院を回り、有名病院でもその原因は突き止められなかった。ようやくインターネットで治療ノウハウを持つ病院を見つけたのは、発症から3年が過ぎていた。

 「雪国情歌」を出すまでに4年のブランクがあったのには、そのような理由があった。今も通院を続ける。聖川は「不安も残るが、90パーセントまで回復している」とし、五島も「聴く人に伝えられるように歌えるようになりました」と自信を見せる。




 ところで前作「北離愁」は、作詞者の山田孝雄によれば主人公の女性は吉永小百合をイメージして書いたという。小樽を舞台に、凛とした女性が男性と別れを告げるバラードである。この歌で五島は初めて衣装を着物にしている。姉弟子の香西かおりに着付けを習ったという。
 今作では再びドレスに戻し、肩を露出しての熱唱である。そんな姿にも新曲への彼女の意気込みを感じる。

■ジャズワルツのメロディーで長崎を歌う

 五島は長崎県五島市(旧福江市)出身。五島列島のひとつで「時がゆったりと過ぎる癒しの島」(五島つばき)で、芸名の五島つばきはもずが命名している。五島市の花、ヤブツバキから採った。
 島で唯一の空港の名称は3年前に福江空港から「五島つばき空港」に変更されているのもPR効果を高める。人名を冠した空港は高知の龍馬空港と2ヶ所だけだとか。ただ市の花の名前でもあるのだが。

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 「雪国情歌」のカップリング曲「長崎オロロンバイ」は、タイトル通りに地元長崎を歌っている。そのメロディーを五島は「ジャズワルツ」と呼び、聴く人の中には「隠れキリシタンの街でもある長崎の風景が浮かんでくるようで、また懐かしく感じてくれているようです」と、反響は上々だという。

 以前から長崎の歌を歌って欲しいといった要望は多かった。ギヤマン切子など長崎風情を漂わす歌詞は「地元の反応も全然違いますね」(五島)と笑みを見せる。

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五島つばきの歌と社会活動を説明する聖川湧

 一方、五島はデビュー当時から社会を明るくする運動を続けている。音楽で社会貢献しようというものである。デビュー曲「ひまわりの譜(うた)」は、運動の応援歌でもある。さらに去年5月には東京都大田区から保護司を任命されており、歌手であるとともにもうひとつの顔を持って社会活動を続けている。





[五島つばき オフィシャルサイト]
https://blogs.yahoo.co.jp/tubaki10gotou10
[五島つばき 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/goto/whats.html






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山本和恵(ウイングジャパン)  地元舞鶴を歌った「岸壁の妻 〜母は白寿になりました〜」 戦後72年 繰り返してはならない戦争を  KOBE流行歌ライブで披露 [インタビュー]

山本和恵.jpg◆京都府舞鶴市出身の歌手、山本和恵(ウイングジャパン)が2017年10月4日に出した新曲「大阪恋みれん」のカップリングに、地元舞鶴を舞台に歌った「岸壁の妻 〜母は白寿になりました〜」を収録している。戦後13年続いた大陸からの引揚者を迎え入れた舞鶴港に年老いた母とともに訪ね、帰らぬ父に想いをはせる内容である。10月19日、神戸・新開地で開かれた第157回KOBE流行歌ライブで披露した。


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 山本和恵は49歳で歌手デビューしており、現在67歳。今なお愛車を駆って、全国でキャンペーンやライブを展開している。「大阪恋みれん」は10枚目のシングル。作品の大半を自らが詞を書いて歌うシンガーソングライターでもある。

 「岸壁の妻 〜母は白寿になりました〜」も作詞をし、作曲家でアレンジャーの保田勝紀が作曲・編曲した。1950(昭和25)年生まれの彼女は直接には戦争を知らないものの、旧軍港の街でで生まれ育っただけに、引揚など戦争の爪痕を肌で感じてきた。それをいつかは歌にしたい、といった思いが、今回実現した。

 誰もが知る大ヒット曲「岸壁の母」は、出征した息子の帰りを待ちわびる母の姿と心情を描いた。山本の「岸壁の妻 〜母は白寿になりました〜」は、舞鶴への最後の引揚船となった白山丸まで舞鶴の港で夫の帰りを待ち続け、今は白寿(99歳)になった母を伴い、再び舞鶴の地にやって来た娘の目から歌ったもの。

 舞鶴は1945(昭和20)年の雲仙丸から50年の白山丸まで、13年間に約66万人の引揚者を受け入れてきた。
 歌では、白寿となった母は、その白山丸が港に入るまで、夫が帰還することを願い続けていたがそれも叶わず、年月を経た今、2人は引揚者が第1歩を印した平桟橋で手を合わす。
 山本はKOBE流行歌ライブで、かつて哀しい思いをしてきた人たちの心を無駄にすることなく、2度と戦争を繰り返してはいけない、といった願いを込めて歌った。


 来年1月27、28の両日には、舞台の舞鶴などを訪ねるツアーを企画、最終日の28日には福知山市内でライブを開き、「岸壁の妻 〜母は白寿になりました〜」も披露する。










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幸田和也(ホリデージャパン)  「哀色の街」 哀愁漂う大人の男に挑戦  ホリデージャパン華の4人衆として売り出し中 [インタビュー]

幸田和也.jpg◆10月でデビュー10年目になるホリデージャパンの歌手、幸田和也が2017年5月に6枚目のシングル「哀色の街」を出している。39歳の彼が、今までになく大人の魅力を感じさせている。急きょカップリング候補からメイン曲になった作品でもある。「歌いやすく、今までの中で1番いい」といった評価も聞かれ、オリコンの演歌チャートも50位以内にもランキングされる。先輩歌手の加門亮、若原りょう、塚原哲平らと作るホリデージャパン華の4人衆の一員として、このところ知名度を高めつつある。









 「一度きりの人生だし、東京で精一杯歌の勉強をしよう」と、活動拠点を大阪から東京に移して4年目になる。彼を応援する人も増え、メディアへの露出も増えてきたなど、その成果も徐々に出始めている。
 「今までに築いてきた人脈が大きいのかもしれません。所属するレコード会社でも先輩とともに〈ホリデージャパン華の4人衆〉に加えてもらって、活動にも幅が出てきた」
 歌手としての自信が付いたようである。

幸田和也・哀色の街.jpg 幸田は大阪で、中村美律子が経営していたライブカフェのオープンから閉店までの7年半、その後は自ら別のライブカフェを7年間運営してきた。その間に知り合った歌手をはじめ、たくさんの業界関係者たちと築いた絆が今、役立っている。

 そうした中で出した新曲「哀色の街」は、帰らぬ過ぎ去った日々を、低音でアップテンポに歌う。男の哀愁感漂う作品である。作詞のかず翼、作曲の伴謙介ともに幸田にとっては初顔合わせであった。
 発売当初から関東、関西でのキャンペーンを今まで以上に徹底させた。その甲斐あってファンからは「今までで1番いい歌」と、各地で支持を高めている。

 哀色とは文字通り哀しい色であるが、具体的にはどんな色なのだろう。
 「セピア色でしょうか。これから色づいてくる御堂筋の銀杏のようでもある」
 幸田はそのように答えてくれた。彼にとっては今までにない、男っぽさを演じさせている色なのである。

■12月に神戸で初の4人衆勢ぞろいライブ

 ファンからは「最近肥えてきたから痩せや」と言われることが多くなった。それも仲のいい華の4人衆の加門亮、若原りょう、塚原哲平らと顔を合わせると、とにかく良く食べるからである。ついには〈ダンゴ兄弟〉の名前も付いたほどである。

 団子の串の役割を果たしている加門からは「仕事のアドバイスをしてもらっている」と、精神的な支えとなってもらっている。

 そうしたメンバーたちと一緒に12月には、神戸・新開地で開かれるKOBE流行歌ライブに出演することが決まっている。4人が揃ってのライブは初めてである。それぞれのオリジナル曲を歌うほか、かつて若原、塚原が女性歌手と3人で歌っていた楽曲を、4人衆のオリジナル曲として披露する予定など「楽しんでもらえる舞台構成を4人で考えている」(幸田)という。





[幸田和也 オフィシャルサイト]
https://ameblo.jp/tarento/
[幸田和也 ホリデージャパン]
http://www.holiday-japan.co.jp/menu/artist_ka8_kk.html






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真木ことみ(日本クラウン) 「雪の華」「淡雪の人」  好スタートのデビュー25周年記念曲第2弾  12月には25周年記念コンサートも [インタビュー]

真木ことみ.jpg◆日本クラウンの歌手、真木ことみがデビュー25年を迎えている。それを記念して2017年10月11日にリリースしたのが、情感たっぷりに歌う演歌「雪の華」とバラード調の歌謡曲「淡雪の人」の2枚である。初めての2枚同時発売は、彼女自身にとっても大きなプレゼントであった。持ち前の低くて太い声で歌い上げ、そして語りかける。その2曲が今、好スタートを切っている。


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 新曲の2枚は演歌、歌謡曲とそれぞれ楽曲のスタイルも舞台設定も異なるが、テーマは「雪と女性の心情を重ね、雪の冷たさと愛しい人の温かさが潔く描かれています」(真木)と、どちらも主人公の心に降る雪で共通している。

 「雪の華」は音域の幅の大きい作品であり、真木らしさがよく感じられる。その真木ことみらしさは、低くて太いその声にあるようだ。それをうまく操って、ここで引き、ここではこう押してと、イメージトレーニングを重ねて歌っている。
 彼女は神奈川県生まれだが、時として東北出身者と間違われることがある。それもその声ゆえであり、それがまたこの上なく愛嬌を感じさせるのである。それが多くの人に好かれる理由になっているようだ。

 「誰の真似をすることなく自分なりの声でお届けしています。真木ことみは2人もいりませんからね」

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 真木の歌手生活25年のスタートは、猪俣公章作曲の「橋」(1993年、ポニーキャニオン)だった。2000年には日本クラウンに移籍している。転機になったのは03年に出した「いのち川」だった。後の川シリーズ3部作に続く第1弾だったのであるが、その時の様子を次のように話している。
 「カラオケスタジオで仮歌を録ったのですが、何とこれにOKが出て、そのままCDになったんです。テレビに出ていた訳でもないのに、あれよあれよと言う間にたくさんの人に歌われるようになりました」

■評判のアンニュイな真木

 「淡雪の人」は真木にとっては珍しく洋服姿のジャケットになった。前作「凛と咲く」のカップリング曲で小田純平作曲の「幸せの地図」が、ファンの間で評判良く、ならばと歌謡曲タッチの切ない今回の大人の恋歌へとつながった。

 「これが結構、好評なんです。キャンペーンで伺ったラジオ局でも、いつもはワンコーラスだけを放送されのですが、今回は気に入ってもらえて、フルコーラスを流してもらえるところもあります」

真木ことみ・ホストカード.jpg これのカップリング曲の「東京の雪」もまた、雪をテーマに遠く離れた人を想いながら強く生きる恋歌である。作詞は浦千鶴子。真木にもう20数年連れ添っている、まるで家族のような存在のマネージャーなのである。「目下、作詞の勉強中でポップス系歌謡曲を書いています」と、浦。これが作詞家デビュー作でもあるが 、本業はあくまでマネージャーだという。

 ジャケット写真の撮影では、ディレクターからはアンニュイな表情を求められ、パリのカフェにひとりたたずむ女性をイメージしている。
 今回、新曲のCD2枚の同時購入特典として、このアンニュイな真木のモクロポストカード = 写真・右 = をプレゼントするキャンペーンを行なっている。


 12月13日には13曲入りのアルバム「プレミアムベスト」を出す。新たに録音するオリジナル曲も3曲を収録する。
 真木は「今年は前作の『凛と咲く』から数えて、新しいオリジナル曲は9曲を歌うことになりますね」と、ほほえむ。
 アルバム発売日には東京・中野サンプラザホールでデビュー25周年記念コンサートも予定している。





[真木ことみ オフィシャルサイト]
https://ameblo.jp/maki-kotomi/
[真木ことみ 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/maki/whats.html






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浅田あつこ(徳間ジャパンコミュニケーションズ) 「泣いてもいいの」 燃え尽き症候群をテーマに、ラテンタッチのノリのいい楽曲 新曲ごとに歌う新しい女 [インタビュー]

浅田あつこ4.jpg◆新曲ごとに新しい顔を見せてくれる徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手、浅田あつこが2017年9月6日に出した「泣いてもいいの」は、前作の切ない演歌とは打って変わって、ラテン系のノリの良いメロディーの歌謡曲である。アッちゃんらしい歌だとファンからも好評。1曲ごとに違う主人公を演じられる女優でいられるのは歌手冥利に尽きる、とそれを楽しむ。1994年10月25日に「想い花」でデビューして間もなく24年目に入る。これからは「自分を磨いて仕事、プライベートのどちらも充実させたい」と、笑顔を見せる。


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 黒色のドレスにつば広の帽子も同じ黒色。ジャケットど同じスタイルではステージに立った浅田あつこ。新曲ごとに新しい挑戦を見せる彼女らしく、衣装に帽子を使うのも初めてだという。
 「自然と身体が楽曲に吸収されてしまいそうな楽曲です」と話す浅田にとって、ファンの反応も良く、男性にたくさん歌われているという。今までの作品よりも若い年齢層が興味を示し「皆さん上手に歌ってくれていますよ」と、すべてが予想通りの展開で出足はは好調である。

 ラテンを歌わせたかったー。
浅田あつこ5.jpg かねてから浅田の担当ディレクターは、彼女にそう言っていたという。今回、夢ユメ子作詞による「泣いてもいいの」で、それが実現することになったのだが、それはまったくの偶然だったのかもしれない。
 夢の詞を受け取ったのは、ドラゴンボールの主題歌を手がけたことがある作曲家・池毅だった。池に浅田が歌うことを告げずに、曲の制作が依頼された。池にとって浅田は「1度は書いてみたかった歌い手」だった。それだけにディレクターは彼に先入観を持たせなかったのである。さらに編曲を担当した伊戸のりおの手によって、軽快で情熱的なラテンのリズムがのった。

 「パンチのあるいい作品です。燃え尽きるほどに好きになってしまう激しい愛を、歌では ♪ 恋はいつでも バーンアウト 〜 と、オリジナルの振り付けを添えて表しています」

 バーンアウトとは燃え尽きるという意味で、「燃え尽き症候群」とも呼ばれる。そんな激しい主人公は、どこか冷たさを秘めたキリッとした女性である。ディレクターは浅田に歌唱中の笑いを禁じた。確かにその注文に応えているが、ステージの浅田の顔からは「自然とにっこりと笑みがもれる」のである。

 この笑顔がなければあっちゃんじゃない。多くのファンがそう思っているはずである。浅田もそれに応える。「いつも優しい気持ちを持っていたいんです。ですから自然と笑顔になってしまいます」
やはり笑って答える。

■自分磨きで女を磨く

 デビュー曲の「想い花」から「泣いてもいいの」まで、累計で26作目になる。最近は東京で新曲発表ライブを開き、東名阪、そして九州とキャンペーンで回るパターンが定着してきた。それに伴い浅田あつこの名前も浸透している。今回のカップリングは「河内のからくち」。その名の通り、このところ増えている河内の女を歌った河内モノである。
 「今までの河内モノを集めてアルバムを出してみたい」と、考えるまでになっている。

浅田あつこ2.jpg浅田あつこ1.jpg

 今年1月で45歳になった。
 「幾つになっても女でいたい。そのためにも、これからは自分磨きに取り組みたい。たとえば大好きな料理もそうで、器選びからあれこれ考えて、出来た料理はブログにアップして楽しんでいます」

 いいと思ったらすぐに行動に移す。先送りはしないで、買い物でも気に入った品物は直ぐに買う。しかも必ず同じものを2、3点買うのが浅田流。
 ところが本来の性格は、面倒臭さがり屋だと言う。それをはねのけるかのように、今夏からはブログをスタートさせ、オフィシャルサイトもリニューアルした。毎日、i P honeで更新するマメさぶりを見せている。


 12月19日には年末恒例のクリスマスディナーショーを、大阪市北区のホテルモントレ大阪で開く。





[浅田あつこ オフィシャルサイト]
http://www.anchi.tv/top.html
https://ameblo.jp/asada-atsuko/
[浅田あつこ 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/asada.html






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戸川よし乃(日本クラウン) 新曲「松前半島」  歌謡曲タッチの新シリーズに挑戦  来年はラッキーイヤー [インタビュー]

戸川よし乃4.jpg◆日本クラウンの歌手、戸川よし乃が2017年9月に出した新曲「松前半島」はデビー7作目、編曲家伊戸のりお・作詞家円香乃の下で修業して7年、そして来年はデビー7年目。彼女にとって来年は「7」が3つ揃う縁起のいいラッキーイヤーになる。「新曲へのファンの人たちの感触も良く、来年は私にとって節目になると感じています。新しいことにも挑戦していきたい」と話す戸川の表情には強い決意が感じられた。


戸川よし乃・松前半島.jpg









 「デビュー曲のCDを手にした時は本当に嬉しかった」。今もそう言って笑顔を見せる戸川よし乃は、そのデビュー曲「すずめは雀」(2012年)以来、1年に1作ずつ新曲を出してきた。すずめちゃんの愛称までもらったすずめシリーズを3作、続いて前作の「十勝の春 〜ふるさとに春の雪 〜 」まで十勝3部作を歌ってきた。
 今作の舞台は北海道だが、十勝からは約8時間もかかる道南の町。その名を取った松前漬けで知られている。「これから半島シリーズの楽曲になるのか分かりませんが、今まで歌ってきた演歌から、今作は歌謡曲タッチの新しい歌になりました。たくさんの人に歌ってもらえるように気合いを入れて歌っていきます」と戸川。

戸川よし乃1.jpg 戸川は今まで何ひとつ注文することなく、ディレクターをはじめ制作スタッフの言う通りに歌ってきた。ところがデビュー6年目の今回は初めて、レコーディングで自分の想いをぶつけた。それは「ドラムを強めに、ベースの音はもう少し出して下さい」などといった、デビュー曲以来ずっと演奏に携わってきた仲間への注文だった。

 「今までは自分が歌うことで精一杯でしたが、今回はゆとりが出来たというか、1年間歌う大切な楽曲なので、燃え上がるような自分の気持ちを表現したかったんです」

 ドラム、ベース、ギターの3人の演奏スタッフはいずれも、戸川がデビューする前、まだ師匠の伊戸のりおに付いて楽器を運んでいた修業時代からの彼女の応援団で、今はファンクラブのメンバーというほどの親密さ。そんなこともあって、注文も快く聞き入れてくれたようだ。


 もうひとつ戸川は制作陣に想いを投げかけている。「松前半島」では、ファルセットを使って歌っているところがある。当初、キーを半音下げて地声で歌うか、半音上げてファルセットにするか、で迷った。戸川は「ファルセットにすることで壮大なスケール感を演出し、女性の切ない想いを出せるのでは」と伊戸・円、ディレクターに提案した。それは採用されて、6年目の新シリーズへかける想いの強さを表している。

 これが彼女が言う「新たな挑戦」でもある。

■逢えない切なさ

 戸川は「松前半島」が発売される直前の9月中旬に、北海道松前町の石山英雄町長を表敬訪問している。東京からの2日間の旅は「まだ見たことがない松前半島を五感で感じ取ることで、歌により説得力が出る」(戸川)ことをねらっものだった。

 函館空港から車で2時間半もかかるそこは「叫んでも声がかき消されるような、風の強い所でした。津軽海峡の向こうに本州が見えるんです。そんな距離なのに、逢うことすらできない、そんな切なさが伝わってきた」最果ての地だった。
 海のない十勝に生まれ育った戸川にとっては、ひと際感慨深かったようである。

戸川よし乃3.jpg戸川よし乃2.jpg

 4月に出している3枚目のアルバム「十二色 〜青〜 」には、「松前半島」のカップリングに収録した「愛はコバルトブルー」も入っている。「アルバムを買った人から、いい曲だからシングルカットして、とリクエストがたくさん寄せられたんです。これもディレクターにお願いしたら、OKが出たんですよ」

 アルバムに収録された12曲には書き下ろし曲が3曲入っている。「愛は ー」はその1曲である。

 戸川は「『松前半島』はアレンジが華やかで、歌っていても心地いい歌です。私の歌は難しいとよく言われますが、歌ってみると決してそんなことはなく、みなさんに歌ってもらえるようお勧めしたいです」と、話していた。





[戸川よし乃 オフィシャルサイト]
http://www.nijiirosha.co.jp/togawa/
[戸川よし乃 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/togawa/whats.html






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