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平成生まれの若者が演歌を聴き、歌手にインタビューした  演歌はオシャレだった !!  大阪アミューズメントメディア専門学校 [インタビュー]

◆小説家を目指す若者たちが演歌のライブを見るとどのように感じるのか-。
 そんなことが知りたかった。

 大阪アミューズメントメディア専門学校ノベルス学科の学生たちが実習の一環として、2017年5月17日に大阪・心斎橋のライブハウス、BIG CATで開かれた第249回大阪発・流行歌ライブに出演した永井みゆき、川崎修二、塩乃華織、羽山みずきの4人の歌手を取材した。ステージで歌う姿を見て、歌に耳を傾け、楽屋などで本人たちへインタビューもした。

大阪アミューズメントメディア専門学校ノベルス学科の学生・集合写真.jpg
演歌歌手のインタビューに挑んだ学生たち

 音楽と言えばJPOPの彼らにとって、演歌は今まで存在していないのと同じくらいに未知のものであった。その彼らが初めて生歌を聴き、それを歌う歌手から直接話を聞くと、演歌への想いも変わった。それを文章にした。

 取材に参加した学生は12人。歌手へのインタビューは4つの班に分けて行い、12人それぞれが記事を書いた。その中から歌手1人につき1作品を紹介する。
 まずはテイチクエンタテインメントの永井みゆきと日本クラウンの塩乃華織のインタビュー記事から。いずれもノベルス学科1年の芦田紗里奈さんと三堂真由子さんが書いた。記事はほぼ原文のままである。


■■心を惹かれ音楽アプリで再度、曲を聴きなおした  芦田紗里奈(永井みゆきを取材)

永井みゆき.jpg 私は演歌のことは分からず、今までもあまり触れてきませんでした。歌番組などで聴くことはありますが、やはり意味を理解できず興味が持てずにいました。ところが今回「大阪発・流行歌ライブ」を聴きに行って、初めて演歌に心を惹かれました。

 私がインタビューさせて頂いた永井みゆきさん = 写真・右 = は、綺麗に響き渡る高い声で歌を届ける方だと思いました。興味がなかったはずなのに、気が付けば、永井さんの歌に引き込まれて聴き入っていました。
 更に、会場に響き渡っている永井さんの声が忘れられず、家に帰ってから音楽アプリで永井さんの曲を調べて聴きなおしたくらいです。永井さんの歌で演歌に少し興味が出てきたので、これからは歌番組やNHK紅白歌合戦などで演歌が流れてきたときは、耳を傾けて聴いてみようと思いました。

 今回のライブで永井さんは「蛇の目小紋の女」「大阪すずめ」「ふるさと館山」「石狩挽歌」「地吹雪情話」の5曲を歌っていましたが、この中でいま、一番思い入れのある曲は「蛇の目小紋の女」だそうです。
 「蛇の目小紋の女」は永井さんの新曲で、蛇の目傘を差した小紋の着物を着ている女性を主人公にした純愛がテーマの曲。永井さんの恩師、たかたかし氏が書いた曲で、レコーディングのときはいつも以上に緊張したそうです。永井さんは「蛇の目小紋の女」を歌うにあたって「新たな代表曲になるように頑張りたい」と話していました。

 演歌を歌っているときは迫力のある永井さんですが、プライベートでは祭りとお酒が好きという面も持ち合わせている女性でした。大阪府岸和田市出身で、子供の頃はよく山に遊びに行ったり、川で釣りをしたりしていたそうです。その経験は、演歌を歌うときに歌詞の情景を想像しやすく、表現するときにもプラスになっているそうです。

 一番好きな祭りはもちろん「だんじり」。大好きなお酒も「だんじり」。焼酎ならば2日で一升瓶を空けてしまうほど。理想の男性は「だんじり」を曳ける人だとも。

 最後に、演歌を歌うときに意識していることを聞くと「詩を大切にすること」と教えてくれました。そして、若い世代の人達にも演歌に触れてもらえるように「幅広い世代を意識している」そうです。


■■見える景色が180度変わった演歌  三堂真由子(塩乃華織を取材)

塩乃華織.jpg 2017年5月17日に第249回「大阪・流行歌ライブ」が行われた。
 塩乃華織さん = 写真・左 = は今年2月22日に発売された新曲「赤い橋」を含めた5曲を歌い上げた。

 約1年ぶりとなる新曲「赤い橋」は作詩を担当するたきのえいじ氏の故郷である愛媛県大洲に実際にかかる「長浜大橋」をモチーフにしている。夢を追いかけて故郷を立つ好きな男性についていきたいけど追いかけきれずに故郷でずっと待ちつづける、哀愁が醸し出される1曲となっている。

 「赤い橋」を歌うときにどのようなことに気をつけているのかを訊ねると「本当は好きな男性と共についていきたいけれども、故郷で待つことにした女性の切なさを歌っています。ですが身を引いたその彼女の心の強さも出るように心がけています。もし、わたしが彼女だったとしても、きっと相手のことを思って身を引きますね。そんなところもシンクロして、よりいっそう気持ちをこめて歌えるんですよ」と、朗らかに笑った。


 だからこそ「赤い橋」を聴いたときに切ないだけではなく、胸を打ち震えさせることができるのだ。

 「赤い橋」は彼女にとって初のご当地ソングとなる。そのカップリング曲は「鴨川なさけ」である。京都の鴨川はゆったりと流れているが、歌はそれとは対照的にロッカバラードに恋を表現している。

 オリジナル曲を歌うときのこだわりを聞いた。
 「それぞれの曲で主人公の気持ちになって、悲しい曲でも同じような歌いかたにならないように努めています。そのなかで自分に合った型を見つけるようにしていますね」。

 オリジナル曲で思い入れが一番強い曲は何かも尋ねた。
 塩乃さんは「ん~、むずかしいですねぇ……。ファンの人には『ほっといてんか あんな阿呆』がわたしによく似合っている、フィットしていると言ってもらっています。けれども『イエスタディにつつまれて』がファン層を広げた、きっかけの曲でもあります。他の曲も同じで、それぞれにいろんな形で思い入れがあります」と応えてくれた。

 彼女は1曲1曲に真摯に向き合い、探求しつづけるストイックさがあるからこそ、作品の1つひとつに独自の顔が生まれるのだろう。

 そんな彼女が演歌以外のジャンルで挑戦したいものはあるのだろうか?
 「あくまでも演歌を軸としてやっていきたいです。ただ演歌を歌うから演歌しか聴かないということはないですね。そうすると視野が狭くなって、表現が単調になるかもしれないので。普段は違うジャンルを積極的に聴いて刺激を受けることで、曲により深みが出るようにしています」。

 彼女は趣味でも旅行や、たこ焼きの食べ歩き、御朱印集めなど、自分から外の世界へ向かっている。そういうふうに周囲から新たな感覚を奮い起こしているからこそ、彼女の曲はたくさんの表情を見せ、聴く人を魅了するのだ。

■積み重ねの大切さ

 今回、私は初めて「生の演歌」というものを聴いた。それまで私にとって「演歌」は正直、たまに祖父母の家にお邪魔したときにテレビから流れてくる、「どこか古めかしい、なんとなく地味な印象の曲」というものでしかなかった。嫌いというわけではないが、自分から進んで聴こうと思ったことはなかった。
 「生の演歌」を聴き、「古めかしくて地味な曲」というイメージは一瞬で吹き飛ばされた。

 普段聴きなれているJ‐POPとはまったく勝手が違っていた。曲調はもちろんだが、発声も、表現も、気迫も……。私の知らなかった世界がそこにあった。
 古めかしいと思っていたメロディも、むしろ飾り気のないストレートな情のように感じ取った。なんか地味だと感じていた歌詞も、あらためて見つめてみると胸を突くほどオシャレだった。
 見える景色は180度変わった。

 歌手の方々の話を聞いていると、総じて「縁」を大切にしていた。それは歌手の方だけではない。今回の取材に際して私たちを快く受け入れてくださった、浪花演歌倶楽部をはじめとするスタッフの方々も「縁」をとても大事にしていた。
 1人ひとりとの出会いを大切にするというのは、簡単に見えて、案外難しい。
 地道なことを積み重ねることの重要さを学んだ。
 私も、少しずつでも意識していこうと思う。まずは目の前にあるこの記事から。


[大阪アミューズメントメディア専門学校]
http://www.amg.ac.jp/
[同ノベルス学科ブログ]
http://www.amg.ac.jp/blog/novels/2653.html





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KANA(テイチクエンタテインメント)  新曲「コイノアシアト」  女心を歌ったバラード  発売を記念した全国ツアーライブ  大阪は7月17日 [インタビュー]

KANA3.jpg◆テイチクエンタテインメントの歌手、KANAのステージを1度でも見たことがある人の多くは、立ち所に彼女のファンになってしまうという。少々大げさに聞こえるかもしれないが、そんな説得力のある歌を聴かせてくれるのは確かで、2017年7月17日、大阪・茶屋町のライブバル、海の彼方で、その生歌を存分に楽しませてくれる。新曲「コイノアシアト」の発売を記念した全国ツアーライブの一環で、関西にとどまらず関東からも熱心なファンが駆けつけるというほど、前評判は高まっている。


KANA・コイノアシアト.jpg










 先日、神戸市のラジオ局、ラジオ関西の番組「遊・わーく・ウィークリー」の収録に出演したKANAは「初めて女性の気持ちを前面に出した歌です」と、新曲「コイノアシアト」をアピールしていた。
 この楽曲は作詞が岩井薫、作曲が小林宏和、編曲は佐藤和豊である。作曲を担当した小林はKANAの実兄でもある。彼女が本格的にソロ活動を始めるきっかけとなった2015年リリースの「永遠(とわ)の月」から、KANAの作品を手がけるようになっている。

 それまでは、テイチクエンタテインメントからのソロデビュー曲「ナイアガラ ~マリリンモンローの伝説~ 」から「リバーサイド・カフェ」まで4枚のシングルすべてを杉本眞人が書いている。
 「兄の事務所に移り、兄が作品を書いてくれるようになりました。これがきっかけで本格的なソロ活動へのスタートとつながりました」

 その「コイノアシアト」をお披露目する全国ツアーライブは、4月23日の富山県高岡市を皮切りに全国8会場で行われる。7月17日には大阪市内でも開かれるが、KANAは「ひとつの室内で親子のように、世代を超えて音楽を楽しめるライブにしたい」と、胸を躍らせている。

■バックコーラスで自信

 KANAは長く杉本眞人バンドでバックコーラスをしていた。
 テイチクエンタテインメントの演歌歌手、永井みゆきが、ソニー時代に歌った「愛を一輪」(1996年)のカップリング曲「友だち」の仮歌を歌ったり、ホリデージャパンの北沢麻衣がテイチクから出した「道頓堀(とんぼり)リバーサイドブルース」(2013年)のコーラスなどにもかかわっている。

 バックコーラス時代に出会った、同じバックコーラスの先輩女性歌手は、その頃歌手として進むべき道に悩んでいたKANAに、こんなアドバイスを送っている。
 「あなたはいずれセンターへ行く人だから、いろんな勉強をするといい。悩み事をあれこれと心配しても仕方がないよ。自分から殻を破っていくしかない」

 その先輩歌手の一言はKANAにとって「すべてを払拭させてくれて、自信を取り戻させてくれた」という。

KANA1.jpgKANA2.jpg
KANA

 KANAがまだ20代の頃、女性デュオで東芝EMIから一度、メジャーデビューしている。3年の間に3枚のシングルを出したが、最後の楽曲「恋の媚薬」が杉本眞人の作品だったことがきっかけで、杉本眞人バンドにバックコーラスとして加わることになった。そこで五木ひろし、石川さゆり、長渕剛などジャンルを問わずに数多くの人たちのバックコーラスを務めた。

 「杉本先生は歌をまったくレッスンしてくれず、自分で練習しろ、といったタイプの人でした。歌がダメなら『心に来ないよ』とポツリとひと言漏らすが、良ければいいんじゃない、といった程度でした」

 そんなこともあって進むべき歌の方向などに悩んでいた。
 そんな時に出会って、モヤモヤしていた気持ちを晴らしてくれたのが、その職人的なバックコーラスの女性だったのである。

KANA・ラジオ関西.jpg
ラジオ関西「遊・わーく・ウィークリー」の収録

 「まぁ、元々私は楽天的な性格で、おしりに火がつかないと動き出さないタイプですから」というKANAだったから、立ち直りも早かったのかも知れない。
 しかし「永遠の月」を出した3年前には、その女性歌手と父親を、相次いで亡くしたこともあって、本格的にソロ歌手として突き進む大きな転機となったようだ。

■大阪で初のソロライブ

 新曲「コイノアシアト」は発売後の反応 は良く「何回でも聴きたくなる、と言った声もあり、とりわけ私と同じ40代前後の人たちからの評判はいいです。カラオケを歌いたい人からは、難しいと言われますが」と、笑ってみせる。
 7月の全国ツアーの大阪会場は「大阪での初のソロライブになる」だけに、期待は大きい。

 来年はもうデビュー20年になるという。休日には食べる、のむ、寝て過ごす。「そんな生活だから、明日からまた頑張ろうとなる」らしい。




[KANA オフィシャルサイト]
http://pre-pro.co.jp/talent/kana/
[KANA テイチクエンタテインメント]
http://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/kana/



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市川由紀乃(キングレコード)  新曲「はぐれ花」  切ないながらも前向きに生きる歌の主人公と自らの歌手人生と重ねて歌う  演歌界のあべのハルカス [インタビュー]

市川由紀乃2.jpg◆3月22日に発売された新曲「はぐれ花」で今回もまたロングヒットを目指すキングレコードの歌手、市川由紀乃。昨年末には長年の夢であったNHKの紅白歌合戦への出場を果たした。そして今、自分の歌にファンの視線を強く感じるようになったという。期待を裏切らない歌を届けられるように、と時間を作ってはレッスンに励む。ジャンルにとらわれずに表現出来る歌い手になりたい、といった次なる夢に心を動かされている。


市川由紀乃・はぐれ花.jpg









 「はぐれ花」で初めて徳久広司が作曲を担当した。作詞は「風の海峡」(2013年)以来の麻こよみである。作品のコンセプトは「命咲かせて」(2015年)からの流れを踏襲して作られているという。が、市川にとっては「今作の方が一段と難しい」と感じる作品のようである。
 新曲を歌う度に「難しい」と感じてきたのかもしれないのだが、彼女は「ひたすらレッスンをしないと自分の中でダメになる」と漏らすように、練習に次ぐ練習でそれを克服してきた。

 コンサートやテレビ・ラジオ収録、キャンペーンなど全国各地での仕事をこなし、休日は月に1日か2日といった少なさで、今年の忙しさは去年を上回るほどだという。
 その中でわずかでもレッスンの時間を作る。
 「それをしないと胸を張って歌えないし、自分が納得してステージに立てない」と市川は話す。
 たまの休日には「母といる時間を大切にしたい」のだが、録音したレッスン音源に耳を傾けて、まる1日をレッスンの復習にあてることも少なくない。

 それがわずかずつでも自信へとつながっており「今年はぜひ、去年と違う自分を見てもらえる1年にしたい」とレッスンに臨んでいる。

 そんな中でどのように心のリフレッシュをしているのだろうか。気になるところである。
 「旅先で美味しものを食べたり、美しい景色を目に焼き付けて、身近なリフレッシュをするのが楽しみです」
最近では、番組の収録で訪ねた愛媛県松山市で、鯛の刺身をご飯にのせて醤油ベースのたれと生卵ををかけ、薬味を乗せて食べる、ご当地ならではの「鯛めし」を味わって、ひと時の安らぎを楽しんだようである。

■他人がやらないことを

市川由紀乃.jpg 彼女を忙しくしたのは、去年の大晦日のNHK紅白歌合戦への初出場であることには間違いない。演歌での初出場は13年ぶりという栄冠でもあった。それを境にして、芸能人には本当に才能があるのかを抜き打ちテストで判定するというバラエティ番組や、気になったニュースについて生激論を交わす情報番組など、歌番組以外のテレビ番組への出演が増えた。

 そうした機会が増えるに従って歌手、市川由紀乃を今まで知らなかった人たちも、彼女を知るようになって、歌を聴く機会も増えていく。
 「それだけに初めて市川由紀乃を見る人たちが、市川ってこんないい歌を歌うんだ、と思ってもらえたらうれしい」
これは彼女にとっては新たなプレッシャーであるのだが、確実に次のステージへとつなげるハードルなのでもある。






 さて、これからの市川由紀乃が目指すのは方向はどこなのだろうか。
 「日々のステージで育てられているところではあるのですが、演歌にとどまらず、いろんなジャンルを表現できる歌手になりたい。たとえばライブステージで着物やドレスを縦横に着こなして、演歌をさまざまにアレンジした歌を歌ってみたいですね」

 常に他人のやらないことをやりたいという市川らしい夢である。まだ歌手の間でも少なかったブログをいち早く書き始めたのも「少しでも早くファンに情報を届けたい」という思いからだった。それは今、自身の日記でもあり、歌手市川由紀乃の貴重なライフログにもなっている。
 そして今また、新しいステージへの挑戦へと意欲を見せることで「たった1度の人生、後悔のないように歌手の道を歩んでいく」と、さらなる成長へと目を向けている。




[市川由紀乃 オフィシャルサイト]
http://www.primecorp.co.jp/yukino-ichikawa/
[市川由紀乃 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=13522




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永井みゆき(テイチクエンタテインメント)  デビュー25周年記念曲第2弾「蛇の目小紋の女」 新境地に挑戦 [インタビュー]

永井みゆき1.jpg◆テイチクエンタテインメントの歌手、永井みゆきが初めて、平尾昌晃に曲を書いてもらったというデビュー25周年記念曲第2弾「蛇の目小紋の女」を2017年4月19日に出した。和と洋をミックスして琴の音色が印象的な楽曲。「私の代表曲になるように歌っていきたい」と話す永井はこの25周年を記念して、即売会でのCD購入者に、今まで彼女が演じたさまざまなコスプレ姿を撮った生写真をプレゼントしている。さらには3Dプリンターで製作した高さ20センチの永井のフィギュアの新バージョンも加えるなどして、話題を投げかけている。


永井みゆき・蛇の目小紋の女.jpg









 永井は新境地の楽曲「蛇の目小紋の女」で女の情念を歌う。それは怨みつらみではなく<なにがあっても 悔いはしません>といった歌詞に見られるように、想い人を愛し続ける大人の女の熱い想いを追い求める。
 2017年5月19日、神戸市内で開かれたKOBE流行歌ライブでは、これを2コーラスと3コーラスの2回歌い、新しい永井みゆきを披露してみせた。

 永井は中学生の時、歌手になるために上京して、作詞家のたかたかしの元で、内弟子としてデビューを目指した。そのたかは、彼女がデビューして25年間1度も褒めることはなかったという。
 ところが「蛇の目顧問の女」のレコーディングの日、永井に「良く歌えた」と褒め言葉をもらしたのである。
 大人の女性を歌いこなしてほしい、とあらかじめ求めていたからであったが、永井がそれに応えたのであろう、25年にして初めて褒めたのである。


 この新曲がまだ発売される前であったが、永井は自分をメジャー歌手に育ててくれた功労者である大阪府泉佐野市のCDショップ、ミズキ演歌堂の信達谷(しんだちや)紘社長を、入院先の病院へ訪ねている。

 彼はこの後、しばらくして亡くなってしまうのである。
 永井がまだ小学5年の時から、信達谷に歌唱指導を受けてきた。永井にとっては「信達谷さんがいなかったらデビューできていなかった」というほど、忘れることの出来ない恩人なのである。
 デビューを目指して中学3年で上京した際も、信達谷は東京の学校で転校手続きをするなど、まるで親のようにあれこれと世話を焼いている。

永井みゆき2.jpg

 昨年、見舞いに行った時には、すでに話も出来ないと聞かされていた永井だったが、ベッドに近づくと眠っていた信達谷は目を覚まし、彼女の手を強く握り返して話も出来たという。
 彼女が「蛇の目小紋の女」を出すことを告げると喜んでいたが、それから何日かして病状が急変し、帰らぬ人となってしまった。

 毎年8月には岸和田市内の老人ホームの夏祭りに参加するのがミズキ演歌堂の恒例である。毎回、門下生だった歌手も参加しているが、今年は永井も2年ぶりに顔を出す予定だという。
 デビュー25周年の今年「蛇の目顧問の女」で新境地に挑戦する永井は「これからも、しっかりと歌っていきたい」と、信達谷の面影抱いて歌う。





[永井みゆき オフィシャルサイト]
http://teichiku-music.co.jp/artist/nagai/
[永井みゆき テイチクエンタテインメント]
http://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/nagai/





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羽山みずき(日本クラウン)  デビュー第2弾「雪んこ風唄」  北国の雪景色を舞台に歌う健気な恋歌  心地よく聴いてもらいたい [インタビュー]

◆山形県の日本海側に面した庄内平野に生きる庄内人の実直さそのままに歌手になったような日本クラウンの羽山みずきが、デビュー2年目を迎え、2枚目のシングル「雪んこ風唄」を2017年4月5日に出した。童謡のように雪んこが登場する明るく可愛らしい歌であるが、それを演歌っぽく「北国の風景を想像してもらえるように」と、懸命に表現して歌う。まだまだ悩みながらの歌唱であるというが、ステージごとにその姿は成長しているようでもある。

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 おっとりとした話し方は庄内地方特有だというが、羽山のそれはひと際スローテンポなようである。高校を卒業後、就職先に選んだのが山形県鶴岡市にある出羽三山神社。そこで巫女を6年間務めた。中学時代に見た巫女の気品の高さ、凛とした立ち居振る舞いに惚れこんで、それまで目指していた看護師から方向転換してしまった。
 巫女になってからは毎日、車で通勤していた。そこにもスローテンポな性格は出ていたようで「渋滞した先には必ずミー(羽山)がいた」と言われるほど、制限スピードを守ったノロノロ運転が常だった。上京後はその渋滞も解消された、と友人たちは笑っているという。

羽山みずき・雪んこ風唄.jpg そんな彼女が出した「雪んこ風唄」は、子どもの雪の精である雪んこを、♪ 雪んこ雪んこ 風になれ雪んこ雪んこ ~ と繰り返し歌うことで北国の情景を描き出している。
 「雪が降り積もる羽黒山を想い浮かべながら、雪んこになったつもりで歌っています。3連のリズムもきちんととらえて歌うようにしています」
 童謡のような楽曲でもあるが、演歌らしくこぶしも入る。作曲は2016年のデビューまで門下生としてレッスンを受けてきた、師匠の聖川湧である。



 デビューして1年が経って、ようやく周りが見えるようになってきたという。「心地よく聴いてもらえるように歌っています」とも。
 それでも歌は「歌えば歌うほど、声の出し方やこぶしの入れ方などが分からなくなるんです。うまく出来たつもりでも、実際はそうでなかったり、悲しくなることもあります」
 練習を繰り返しても上手く歌えなかったり、ファンとの接した方やサインの仕方など、毎日、悩みのネタは尽きない。

 そんな心が折れそうな時に救われるのは、母親からのメールだという。
 「悩むことはあるけれど努力と精進が大切だよ。ミーが真心で接したらいいんだよ、と励ましてくれます」




 インタビューの間、彼女ノ口からは「ありがとうございます」の言葉がしばしば出てきた。巫女を辞めて歌手になり1年が過ぎた今、思うのは「ファンの人たちはもちろん、神社で一緒に働いた人たち、そして同級生や家族など、たくさんの人たちに支えられてきたこと」だという。その感謝の気持ちが、繰り返される「ありがとうございます」の言葉になっているだろう。

 休日はふる里から送ってもらった庄内米・つや姫を2合炊いて食べる。
 「残ったら冷凍しておきますが、それでもおいしいお米なんですよ」
 同郷の作家、藤沢周平の小説を読んだり映画を見るのも休みの日の日課である。そこには決して英雄は登場しないし、人々の何気ない日常が描かれている。庄内人の気質が存分に盛り込まれているようでもあり、そこに共感し、好きだという。
 お国自慢もちゃんと忘れないのは、鶴岡市の鶴岡ふるさと観光大使の役割も十分に果たしていた。


[羽山みずき オフィシャルサイト]
http://ameblo.jp/hayama-mizuki/
[羽山みずき 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/hayama/whats.html






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みやさと奏(徳間ジャパンコミュニケーションズ)  「室蘭恋はぐれ」  ふる里・岩手・宮古市と室蘭をむすぶご当地悲恋歌  結果を出しますと意欲を見せる [インタビュー]

みやさと奏.jpg◆鉄の街、室蘭を舞台に歌った新曲「室蘭恋はぐれ」を2017年5月3日に出した徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手、みやさと奏が、室蘭を象徴する、ボルトで作られたキャラクター「ボルタ」くんを胸に付けてキャンペーンに励んでいる。ご当地ソングは「逢いたくて金沢」(2014年)以来、2作目である。地元では「室蘭の地名が付くご当地ソングは初めて」と、大歓迎だとか。来年6月には彼女のふる里、岩手県宮古市と室蘭を結ぶフェリーも就航するが、室蘭市の青山剛市長からは「これを機に共にがんばりましょう。イベントもやりたいですね」と応援メッセージをもらったという。


みやさと奏・室蘭恋はぐれ.jpg









 「風港」で2012年に歌手デビューして、「室蘭恋はぐれ」は6作品目。発売後最初にキャンペーンを行った関西でみやさとは「何としても、この楽曲で結果を出したい」と、力強く話していた。
 デビューは19歳だったが、今作では24歳と少し大人っぽくなった。その彼女が歌う新曲は「唸りも入れて、思い切り感情を入れこんで歌っていた今までの作品とはまったく別物」という悲恋の歌になっている。

 前作までとはまったく違う歌唱を見せ、歌の主人公に成り切ることなく、その女性に替って語りかける方法を取っている。「カップリング曲の『カモメさん』には、自分の想いを入れて歌っていますが、『室蘭恋 - 』はミステリアスな恋愛を、別人が傍らでながめているように歌っています」

 歌には室蘭、絵鞆岬、成り砂浜といった室蘭の名所が随所に織り込まれている。これも前作までの作品と大きな違いで「室蘭の町を知らないと歌えないですね。写真を見ているのと、実際にその土地へ行くのでは、歌もまったく異なってきます」と、4月27、28日の両日にわたって、実際に室蘭を訪ねている。

 期間中には室蘭市役所と同商工会議所を訪問。市役所では青山市長にも会うことが出来た。「新曲のアピールをしてきましたが、室蘭の地名を織り込んだ歌ということで喜んでもらいました。宮古市との間でフェリー就航も予定されており、それに併せてイベントの約束ももらい、これからは室蘭行きも増えそうです」と、市長との面談には得るところが多くあったようだ。

みやさと奏2.jpg

 市長からはまた、ボルトで作った市のキャラクターでもある「ボルタ」くんもプレゼントされた。行く先々でそれを胸に付けて、歌とともに室蘭のPRにも力を入れるほど。
 さらに室蘭の街では「室蘭カレーラーメン」、豚肉と玉ねぎを串に刺した「室蘭焼き鳥」も食べたし、わざわざ電話をかけて観光地の情報を調べてくれたタクシー運転手の優しさにも触れた。

■大人になった水産女子

 母校の宮古水産高校時代には、イカ釣り実習船に乗ったり、丸太でイカダを組んだこともあるなど、船は大好きだという。
 それだけに2018年6月に予定されている、ふる里の宮古と室蘭を結ぶフェリーの就航では、これを記念したイベントで1日船長などもやってみたいなど、早々と地域振興に一役買って出ようと意欲を見せている。

 久々にインタビューしたみやさとのイメージは、ジャケット写真の通りに、今までの彼女とは少し違っているように思えた。何が変わったのか。
 彼女はこのように話してくれた。
 「3枚目のシングルを出したあたりから、少しずつ変化してきたと思います。殻に閉じこもることなく、自分らしくいようと考えています。6枚目を出した今年は特に素の自分を出して、思い切り明るく楽しく仕事をしたいです」
 師匠の叶弦大からも「この楽曲は勝負曲だぞ」と言われたという。それだけに「室蘭恋はぐれ」にかけるみやさとの想いは、前作までのそれ以上に大きいようだ。





[みやさと奏 オフィシャルサイト]
http://www.up-front-create.com/kana_miyasato/
[みやさと奏 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/miyasato.html




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西方裕之(キングレコード)   「女の日本海」 30周年の区切りの作品  三味の音に合わせヒットへと走る [インタビュー]

◆デビュー30周年を迎えているキングレコードの歌手、西方裕之が2017年2月22日に出した新曲「女の日本海」は、タイトル通り確かに女歌の歌詞であるのだが、その歌はまぎれもなく、威勢のいい男歌そのものである。三味線の音色に合わせての軽快な歌には、唸りも入って「スケールを大きく歌っている」という。西方ファンならずとも、実に心地よく心に沁みいってくるようだ。

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西方裕之.jpg









 どちらかと言えば最近の西方の歌は「しっとりとしたものが多かったので、今作は新鮮に感じます」と、今作で西方はデビュー曲「北海水滸伝」当時のテイストを感じながら歌っている。
 作詞はたかたかし、作曲は徳久広司である。徳久は西方のデビュー以来の付き合いだけに、お互いの気心は良く知れている。

 新曲はその徳久が「30年の区切りに、初心に戻って歌ってほしい」と、西方に作ったものである。

 女歌を男歌のように歌うのは西方の判断であったが、徳久は事前に彼に「きれいに歌をまとめないで、少々乱暴でもいいから、言葉を投げるように歌ってみて」といったアドバイスを与えていたのである。
 出来上がりは徳久のねらい通りであったわけであるが、聴いていて実に気持ちが良いのである。西方も「高音の抜け具合など、気持ちよく聴こえるように工夫している」と、この歌が計算尽くされていたことがわかる。

 西方はギターが大好きで、地方でのキャンペーンにも必ずギターを持参して、暇があれば控室で弾いているほどである。同じ弦楽器でも三味線となれば「触ったこともない」というくらいなのだが、今作では「三味線の音色を入れて欲しい」とアレンジャーに注文をしている。詞を読んでそう感じたのだという。

西方裕之5.jpg

 ただ彼は、とにかく理屈抜きで、この歌を歌ってみてほしいと呼びかけている。
 「難しそうに聴こえる歌ですが、押し引きもなく、歌の主人公に成り切るとかの感情も入れずに、ただ勢いだけで歌っています。カラオケでアピールしてもらうのにはもってこいの歌かもしれません」

 そのためだろうか、新曲は「女性も歌ってみたい」などと、反応はおおむね良さそうで、彼も上機嫌である。先頃大阪で行った歌唱キャンペーンでも、イズミヤ今福店では例外なくたくさんのファンがCD購入に列を作っていた。
 そんな人たちを前に歌った西方は「デビュー当時は、こんなに多くの人が来てくれるのはまれで、会場に1人しかいないといった時もありました。でもこの1人のために一生懸命に歌おうと思ったものです」と、30年前を振り返っていた。

 西方は「30年という節目の歌だけに、ぜひヒットさせたい」意気込みせるデビュー23枚目のシングルである「女の日本海」で、軽快な三味線の音に合わせてヒットへとひた走る。





[西方裕之 オフィシャルサイト]
http://www.sato-kikaku.co.jp/nishikata/ayumi/
[西方裕之 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=17570





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椎名佐千子 (キングレコード) 和太鼓に挑戦 五木ひろしが<先生>に 秋には15周年記念曲も [インタビュー]

◆新曲「ソーラン鴎唄」を歌うデビュー15年のキングレコードの歌手、椎名佐千子が和太鼓に挑戦に意欲を見せている。15周年記念曲のリリースを予定している今秋までには修得をしたいという。<師匠>には、椎名も生徒役として出演経験があるNHKの番組「歌う!SHOW学校」で先生役をする五木ひろしが買って出ている。

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「ソーラン鴎唄」を歌う椎名佐千子

 「15周年を機会にやりたいことがふくらんでいる」という椎名佐千子
 その椎名が打つ和太鼓は、5周年コンサートで演って以来のもの。<先生>の五木ひろしによるレッスンは今週から、都内のスタジオで始まる。椎名が五木の手ほどきを受けるきっかけは、ある打上げの席での会話がきっかけだった。

 五木から「15周年で何かやりたいことあるの」と聞かれた椎名は、以前から興味があった「和太鼓です」と答えると、五木は「(習いに)おいでよ」と、<先生>役を引き受けたというわけである。

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 2017年3月に出した「ソーラン鴎唄」の中にも和太鼓の音が入っているが、もちろんこれはまだ彼女が叩くものではない。椎名は「腕を上達させて早く披露してみたい」と、自らの太鼓で歌う夢をふくらます。

 その「ソーラン鴎唄」を歌う椎名は、激しく威勢が良く、格好のいい女性を演じてみせる。このところしっとり演歌が多かった彼女は、2002年のデビュー曲「御意見無用の人生だ」では、はかま姿でうなり演歌を聴かせていた。
 新曲はまさにそれを再現するかのように、うなりを取り入れたのである。千葉県YOSAKOIソーランチーム黒潮美遊公式応援ソングにも認定されている。この歌でNHK「のど自慢」への3度目の出演にも意欲を見せる。

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 2017年11月3日には東京・浅草公会堂で15周年記念コンサートを予定している。そこで披露するであろうデビュー15周年記念曲は、作家佐藤愛子の小説「晩鐘」をモチーフに書かれた大作になるという。





[椎名佐千子 オフィシャルサイト]
http://ameblo.jp/sachisanpo
[椎名佐千子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=18032




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川崎修二(徳間ジャパンコミュニケーションズ)   「風の挽歌」 シリーズ第3弾  好きだった人を想う男歌 [インタビュー]

川崎修二.jpg◆徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手、川崎修二が、風シリーズの第3弾シングル「風の挽歌」を2017年4月5日に出した。今年10月にはデビュー15周年を迎える。還暦にはまだ早すぎるが、ジャケット写真ではラッキーカラーという赤色のジャンパーを着る。好きな色は黒だが、赤色の衣装は2010年の「おまえに逢えて」以来のようである。川崎修二の歌と言えばさすらい物、旅情物といったイメージが強く「寂しい男」の代名詞がピッタリとハマる。赤色はそんな印象を覆すかのようである。

 「風の挽歌」は13枚目のシングル。挽歌とは、亡くなった人を偲ぶ歌で、新曲では愛しい人を想い浮かべながら、ひとり酒を飲む男の切なさを歌っている。先日出演したラジオの歌番組でも「川崎さんの歌は寂しいイメージが強いですね」と指摘されたそうだが、本人は「普段は明るく楽しくやってます。しかもこの歌は、低い声で歌うのではなく、キーは高く、特に後半は高く歌ってるので、あまり暗くならずに、歌い切った感があります」と笑う。


 飲み屋のカウンターでひとりコップを傾けて酒を飲む男。そんな姿が浮かんでくるこの歌。寂しねぇ~といったナレーションが聞こえてきそうである。
 川崎がその主人公に成り切るのではなく、男の切ない気持ちを伝える第3者を演じて歌う。この楽曲では、その方が聴く人により想いを届けることが出来るのだという。

 そんな男の切なさを歌い続けて15年になろうとしている。
 しみじみと酒を飲みながらがは、演歌とムード歌謡が良く似合う。川崎は「雪国列車」(2014年)という楽曲を出しているが、そのカップリングで歌った「神戸の夜」は、ムード歌謡のテイストを取り入れた作品であった。
 ライブやコンサートでも「石原裕次郎のムード歌謡もカバーすることがある」というように、彼が目指すのは<ムード演歌>ということになるのだろう。

■7万キロのキャンペーン

川崎修二・風の挽歌.jpg 川崎が歌手デビューしたのは35歳の時だった。デビュー曲は「港物語」(2003年)。
 25歳で作曲家、叶弦大の内弟子として入門しているが、挫折して30歳で関西に戻っている。その彼を歌手デビューへと導いたのは、「風の挽歌」でも作曲を手がけているすがあきらであった。
 歌手を断念していた川崎は、その時、兵庫県内のラーメン店に勤めていた。独立開業を目指して、豚骨スープを作る厳しい修業にも耐えて、FC店ながらもようやく自分の店を持つまでになった。それでも歌への夢は捨てがたく、再びのチャンスを待ち続けていた。

 まるで演歌を地で行くかのような道のりだが、そのあたりの心情を、デビュー曲のカップリング「時の流れに」(2003年)やデビュー10周年記念曲として出した「大阪雨やどり」(2013年)に込めて歌っている。川崎はかつて高校時代の3年間、先輩の言うことは絶対で、しごきは当たり前という応援団に属していたが、それが彼に耐える力を付けさせたようである。

 歌手デビューしたからと言っても、決してそこも楽な世界ではなかった。自分で車を運転して全国のカラオケ喫茶店などへのキャンペーンの旅が待っていた。その時に付けられたのが<キャンペーン王子>の異名だった。今でも年間の走行距離は7万キロにもなるというから、王子の冠は外せないようである。
 「風の挽歌」を4月5日に出して東京、大阪など主要都市でのキャンペーンを終えると、再び全国へと駆け出す。

 川崎がハンドルを握りながら今、想うのは「歌手・川崎修二の名前をより多くの人に知ってもらうことは当然のことですが、先輩歌手の方たちも言っているように、デビュー15年は新たなステップを踏み出すチャンスの時だと思います」ということ。





[川崎修二 オフィシャルサイト]
https://ameblo.jp/shujikawasaki/
[川崎修二 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/kawasaki.html





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永井裕子(キングレコード)  旅情演歌「飛鳥川」で奈良を全国へアピール中 デビュー30枚目シングル [インタビュー]

永井裕子3.jpg◆2020年にはデビュー20周年を迎えるキングレコードの歌手、永井裕子が毎年、それに向けてコンサート「夢道 Road to 2020」を開いている。今年も6月21日に東京都千代田区の一ツ橋ホールで開く。今年は3月22日に新曲「飛鳥川」(作詞・仁井谷俊也、作曲・四方章人、編曲・南郷達也)を出しており、目下、全国各地で奈良の素晴らしさをアピールしている。



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 「愛のさくら記念日」で2000年にデビューした永井は、東京オリンピック・パラリンピックが開かれる2020年で歌手生活20年になる。そこを目指したのロードマップを2015年から描き始めており、その一環として毎年行なっているのが、コンサートの開催である。
 デビュー17年の今年は通算30曲目になる「飛鳥川」を3月に出したばかりで、それを含めて6月のコンサートでは今までの歩みを披露するものと思われる。

 その「飛鳥川」、奈良を舞台に女性の切ない心情を歌っている。天香久山、玉藻橋、斑鳩など奈良の名所がたくさん盛り込まれ、旅への想いを掻き立てる旅情感いっぱいの演歌でもある。
 これを歌う永井は「とても歌い応えがある歌です。飛鳥川の観光大使をするつもりで、奈良の素晴らしさを全国の皆さんにアピールしています」と話している。

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 歌好きの人たちにはまた「強弱をはっきりさせて、メリハリをつけて歌って下さい。マスターするとカラオケ大会でも入賞できるでしょう」とも。5月からテープ審査の受付が始まるカラオケコンテスト「にっぽんうたまつり」(主催・日本レコード商組合関西支部)の課題曲にもノミネートされている。10月30日のコンテスト決勝大会のゲスト歌謡ショーへの出演も決まっている。

■5月は石見銀山歌謡祭

 永井は九州・佐賀の出身。実家にはミニチュアダックスを飼っており「生まれた時から犬と生活をしていました」というほどの犬好きで知られている。
 デビュー10周年の時には「自分へのご褒美としてミニチュアダックスを東京の自宅でも飼い始めました」と永井。だいすけと名付けたそれは、彼女にとって欠かせない家族の一員となっている。
 メモリアルイヤーの20周年では、もう1匹家族が増えるのだろうか、もう1つの楽しみでもある。

 佐賀とは別に彼女が<第2のふる里>と呼ぶのが、島根県大田市である。
 2007年に世界遺産の石見銀山遺跡がある島根県大田市を歌った「石見路ひとり」を出したのがきっかけだった。翌年には「和江の舟唄」、12年には「石見の女」といった具合に島根・石見地方を立て続けに歌ってきた。

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 去年はまた「松江恋しぐれ」を歌って、島根県に永井あり、と言われるまでになっている。
毎年、大田市のCDショップ、歌の駅えんか(野際昭人代表)が主催し、今年は5月28日に開かれる歌謡ショー「石見銀山歌謡祭」のメインゲストも務めており、新曲「飛鳥川」を聴かせてくれる。


[永井裕子 オフィシャルサイト]
http://www.yuko-nagai.net/
https://blogs.yahoo.co.jp/yucho_nagai
[永井裕子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=13787





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中条きよし(徳間ジャパンコミュニケーションズ)   「煙が目にしみる」  久々の色っぽいムード歌謡  ヒットの予感に自信 [インタビュー]

中条きよし.jpg◆人生にチャンスは3度あると言われるが、6年ぶりに徳間ジャパンコミュニケーションズに復帰して、2017年4月5日にニューシングル「煙が目にしみる」(作詞・結木瞳、作曲・新田晃也、編曲・伊戸のりお)を出した中条きよしにも、3回目のチャンスがやって来ているようだ。その今作は、あの大ヒット曲「うそ」(1974年)と同じように、煙草に重要な意味を持たせている。その「うそ」は発売当時、今回とレコード会社は違うものの、同じように復帰第1弾であった。そのジンクスを担いで、早くも同様に「ヒットの可能性も大きい」といった周りの予想もある。71歳にしてレコード会社と所属事務所を新しくするといった一大決心をしたが、歌に映画、テレビへと再び意欲をたぎらせている。








 中条にとって人生を大きく変えた過去2度のチャンスは「うそ」(キャニオンレコード)の大ヒット、そして約4年に渡って出演し、30数パーセントという視聴率を稼いだ人気テレビ時代劇「必殺」シリーズであった。そして3度目は今回の移籍、新曲リリースである。
 本人のみならず周りの多くが、それを新たなチャンスと思うのは「20代30代の女性までもが、支持してくれる楽曲の良さ」(中条)が、その背景にある。

中条きよし・煙が目にしみる.jpg 「煙が目にしみる」は、男歌の割には柔らかくてとても優しい詞が続く。それに曲を付けたのは新田晃也である。孤高のシンガーソングライターとも呼ばれ、5年前には作詞家石原信一と組んで「寒がり」をキングレコードから出している。その新田のメロディーが、中条の歌を一段とムーディーに仕上げている。

 目にしみるのは煙草の煙である。「タイトルが気に入りました」という中条、かつての「うそ」も煙草が登場する。それはヒットへのゲン担ぎのようでもある。
 その「うそ」は「音域の幅が広い上に、音が取りずらくて難しい歌でした。絶対売れないと思っていましたが、皆さんが良く歌ってくれてヒットしました」
 それに比べると今作は歌いやすいようでもある。しかもヒット曲の条件のひとつでもある「歌の場面が良く見えてきます」とも。

 歌では煙草が重要なファクターとなっている。彼は1日に60本も吸っていたという愛煙家であったが、きっぱりとやめている。それも「生で歌を聴いてもらえる場所へできるだけたくさん出かけて行きたい」ということからで、ヒットへの意気込みでもあるようだ。

■もい一度中条きよしを

 50年近い歌手生活の中で久しぶりに歌うという色っぽいムード歌謡に、中条は確かな手応えを感じ取っている。
 「既成の作詞家では出てこない詞に、このメロディーが歌の情景をありありと表現してくれています。既成の演歌・歌謡曲に登場する主人公たちは現実にそぐわないものが多いけれど、この歌には『こんな男性なら惚れてしまう』という女性の声をたくさん聞きます。ムード歌謡の最たるものでしょうね」

 ジャケット写真に写る中条は黒のタキシードに白の棒タイ。極めてシンプルにまとめた、この衣装からはやはりムード歌謡をイメージする。しかもジャケット写真では数少ない全身を載せるなど、変わらぬダンディーぶりを強調して見せるのも、彼ならではの演出である。




 中条は70歳を迎えた去年、今まで通りに歌手と役者を続けるべきかに悩んでいた。所属していたレコード会社も、彼の心の内ではすでに辞めていたし「歌番組も少なくなっており、自分自身も少しダレていた」という。その間に新曲も出していたが、本人にとってはお礼奉公の気持ちが強かった。
 ところが去年秋、そんな状態の時に心の中で「もう一度、中条きよしを今の世代の人たちに知らせよう」といった想いが急速に強まってきた。そのきっかけを作ったのは徳間ジャパンコミュニケーションズからの誘いであった。「そこには作品作りへの熱い想いが感じられた」という。

 事務所も設立8年目という若いエクセリング(東京・赤坂)へ移った。所属するアーティストは中条が歌手第1号である。中条は「大きな事務所は自分の性格とは合わないし、適当なところを探している時に巡り合った会社でした。スタッフは若いし、全員やる気いっぱいだし、みんなで頑張ろうと意気投合した」と話す。近い将来には映画出演の話も持ち上がりそうである。


[中条きよし オフィシャルサイト]
http://ameblo.jp/nakajyo-kiyoshi
[中条きよし 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/nakajo.html




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北野好美(日本クラウン)  「こんな女に惚れてみろ」  杉本眞人作曲の痛快演歌  カップリングは2曲 [インタビュー]

北野好美1.jpg「こんな女に惚れてみろ」。この挑発的なタイトルは日本クラウンの歌手、北野好美が2017年2月に出した新曲である。作曲は前作「雪虫」に次いでシンガーソングライターで作曲家の杉本眞人である。 ♪ 人はみかけじゃ わからない ~ 。北野を表すそのままな歌が出来たようだ。作詞は今弓ちひろ。♪ 口は悪いが 情けにゃ厚い ~ と、元気いっぱいに歌うそれは、青森を中心に活動する彼女が地元を全国へ発信する牧歌的な演歌だという。



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 杉本にとって青森の牧歌的は、このような明るく痛快なメロディーによって再現された。
 北野好美と杉本との出会いは「青森で本物の『吾亦紅』を聴きたい」と、彼女が年に1回、地元青森県内で開催しているディナーショーに歌手として招いたのが最初だった。
 北野はCDデビューする前から、青森県十和田市で30平米余のこじんまりとしたスナックを営業している。カラオケコンテストに出場するために歌の練習をするなど「自分の遊び場」にするつもりだった。始めてもう10年ほどになる。
 そこの客を含めてたんさくの人たちに本物の歌を聴いてもらおうと、今までにいろんな歌手を招いてたが、杉本のライブもそのひとつだった。

 それをきっかけに北野のきっぷの良さにも魅せられたのであろう、杉本は青森を自分のふる里のように惚れ込んでいく。その想いを今回の「こんな女に惚れてみろ」に、北野のイメージと重ね合わせて曲を書いた。作詞家の今弓ちひろも、杉本の想いに合わせて何作かを書いて、北野のイメージに近づけたという。
 その北野は「楽曲を作るチームがひとつになって、いい歌を頂きました。歌えば歌うほど好きになって行きます。わたしにピッタリな作品です」と、ステージで笑顔いっぱいに歌う。

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ラジオ番組で新曲をアピール

 「歌には作品ごとに違う女性(主人公)が出て来ます。歌いながら、自分にもこんなところがある、と見つめ直す機会でもあるんです。それを笑顔で歌うように気をつけています」(北野)

 元気に歌うその姿を見て「関西向きだという人も少なくありません。今の時代、元気が出る歌が求められているように思う」と、彼女は聴く人に元気のおすそ分けをする。

■歌を伝えてたい

北野好美2.jpg 北野は青森県十和田市出身である。あの大ヒット曲「月がとっても青から」で知られる菅原都々子(テイチクエンタテインメント)とは同郷である。
 その北野がCDデビューしたのは2007年、「望郷三味線」がそれである。昔から演歌が好きな彼女は天童よしみが大好きだった。芸名の北野好美の「好美」も、天童から取ったものだという。
 そこには「西の天童に対して北の北野」といった、大きな夢への想いが込められている。

 カップリング曲にはブルースフォーク調の「せんないね」「泣かへんわ」を収録したが、「泣かへんわ」は天童がアルバムに収録した作品をカバーしたものである。いずれも杉本が作曲している。
 「こんな女に惚れてみろ」では、はち切れんばかりの元気さを見せるが、カップリングでは見事なまでに別の北野を見せている。杉本が惚れこんだという歌唱力の高さを見る想いである。



 北野は「実はしっとりとした演歌を歌いたかったんです。今はちょっとかけ離れていますが、もし3作目を出せるとしたら、今の路線なのか、希望通りの作品かは分かりませんが、歌ってみたいですね」と笑ってみせる。

 このほど大阪でのキャンペーンを行った。青森での生活を置いて歌えるのも「家族の応援があるから」と北野は話す。
 声がかかるとマネージャーと交代で車を運転して全国何処へでも駆け付ける。「歌うことが生活の1部になっています。大きな夢を抱けるような歳でもないけれど、人々に歌を一生懸命に伝えて行きたい」と、夢は決して小さくはないようだ。

 「こんな女に惚れてみろ」の作曲を手がけた杉本は北野に「これが北野がステップアップするひとつのチャンスだ」といった言葉を贈っている。北野は「声の続く限り歌って行きたい。全国の皆さんに生の歌を聴いてもらいたい」と、話していた。





[北野好美 オフィシャルサイト]
http://office-victory.com/yoshimi-kitano/
[北野好美 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/kitano/whats.html




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シュガー(メロディーレコーズ)  民謡・ロックで鍛えた迫力歌唱でド演歌も大好き  「悪女になってパートⅡ」 [インタビュー]

◆曾祖父がロシア人というメロディーレコーズの歌手、シュガー。身長171センチという体格から放たれる歌声は迫力に満ちあふれている。デビュー曲のポップス歌謡「悪女になってパートⅡ」を2013年から歌っている。3歳から始めたのが民謡。今は演歌・歌謡曲のほかロックバンドのボーカルも務める。

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 シュガーの歌を聴いたのは2度目だった。前回は2年前。いずれもCDショップ・ミヤコ瓢箪山店が、歌手の松山ひろしとともに毎月開いているイトーヨーカドー歌謡フェスタの会場である。ミニスカートにロングブーツといった出で立ち。民謡、ロックと何でもこなす彼女だが、この日は歌謡曲デビューした「悪女になってパートⅡ」とカップリング曲の「輝いて」、そしてザ・ピーナッツのナンバーなどをカバーした。

 迫力ある歌は、幼い頃から民謡に親しみ、20代でロックバンドのボーカルを担当している数々の音楽遍歴によるものだろうか。
 3歳で立った民謡大会のステージが歌手デビューだったという。民謡の師匠だった祖父の影響を受けたものであったが、それがきっかけでジャズ、ロック、演歌・歌謡曲といった具合に音楽は何でも好きになっていった。

 「こぶしを回す弩演歌が大好きなんです。今は歌謡ポップスを歌っていますけどね」

 そろそろ新曲も?
 「出したいですね。でも事務所の社長からはもっと痩せなさい、と言われているんです」
 新曲リリースの条件はダイエット。デビュー当時から何と20キロも太ったという。昨年、こしをいため1日におにぎり1個と水1杯でも太る体質は、ロシア系のDNAらしい。

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 出身は東京だが、15年前から大阪に拠点を移している。
 10代で米国・ニューヨークへ音楽留学した。ニューヨークに3ヶ月いて、東京へ戻り、またニューヨークといった生活を続けていた。そんな時、両親が亡くなったこともあって、大阪へ足を向けるきっかけになった。
 「ニューヨークではゴスペルなどの音楽と英語を勉強してたんですが、英語はさっぱりでした。アメリカ人と大阪人の世界観は良く似ているんです。どちらも人懐っこくて住みやすいんです」

 大阪で今も活動を続けているロックバンドの昭和ロックスと出会う。
 2017年5月20日には大阪・天満橋のライブハウス、RAW TRACKSでのライブ「昭和ロックス LIVE2017」でも歌う。
 「わたしの『悪女になってパートⅡ』を聴いてファンになってくれた人が、ロックライブへ行くよ、と言ってもらうのですが、やめたほうがいいよ、と言っています。あまりに衝撃が大き過ぎるから」

 民謡や演歌・歌謡曲の世界とはまったく異なるハードロックだからだという。
 これからも大阪で活動を続けるの?
 「チャンスは東京のほうが多いと思うけれど、ここまでいるともう大阪からは離れられません」と話す、ロシア系東京生まれの大阪シンガーである。


[シュガー オフィシャルサイト]
http://tandaannon.com/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%AC%E3%83%BC/
[シュガー メロディーレコーズ]
http://melody-records.com/artist/sugar.html





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井上実香(キングレコード)  新曲「有りン子 / ナイト大阪」  地道なキャンペーンで好スタート  どこへでも<おじゃましまんにゃわぁ~> [インタビュー]

◆おじゃましまんにゃわぁ ~ 。ご存知、竜じぃの愛称で親しまれてきた元吉本新喜劇の俳優、井上竜夫(2016年10月5日没)のお馴染みのギャグである。キングレコードの歌手、井上実香は、竜じぃの長女である。彼女を歌手の道へと誘ったのも、この父親と歌ったデュエット曲「ナイト大阪」(キングレコード、1990年)がきっかけだった。その記念すべき楽曲を、2017年3月にキングレコードから出した5枚目のシングル「有りン子」のカップリング曲として、新たに収録している。新曲はUSENリクエストベストテン内にランキングされるなど、好調に推移しており、彼女は今キャンペーン活動に余念がない。

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「とまり木情話」の新曲発表会であいさつする井上竜夫(2015年8月26日)

 「有りン子」は、USEN演歌・歌謡曲週間ランキング登場2週目でベストテン入りして6位を記録している。これは地道なキャンペーンの成果のようだ。カラオケ喫茶店をはじめお好み焼き店、ラウンジ、おでん店など、馴染みの店や紹介してもらった所へ、ポスターとCDを持って「新曲の『有りン子』が出ました。よろしく」と、1軒ずつ訪ねて歩いたのである。

 2人の娘に手をあげることはもちろん、怒ることもなかった温厚な竜じぃの娘であるから、大阪弁で<おじゃましまんにゃわ~ >と訪ねた先々では歓迎ムード満点。たとえ初めての店でも「竜じぃの娘なんにゃわ ~ 」と切り出すと、そのギャグを知らない関西人はいない。
 「ホンマかいな! テレビでよう見てたわ」などと、一気に会話は弾んで「CD買うわ」といった人もいる。

 「竜じぃ、こんな歌を歌ってたんかいな」と、居合わせた初めての客と話に花が咲くこともある。

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「有りン子」の新曲発表会で歌う井上実香(2017年3月21日)

 井上竜夫の「ナイト大阪」「有りン子」で蘇った訳であるが、竜じぃは吉本興業で役者になる以前は、歌手を目指していた時期もあったという。三橋美智也の歌が大好きで「元気な頃はよくカラオケで歌っていた」(実香)という。芸能生活30周年を記念する「ナイト大阪」を、憧れの三橋と同じレコード会社から出せたのは、そうした想いが通じたのかもしれない。

井上実香・有りン子.jpg デュエット曲であった「ナイト大阪」だが、レコーディングの話しが持ち込まれた時に、キングレコードの担当者が横にいた実香に「歌ってみるか」と、何気なく声をかけたのがきっかけだった。
 当時、実香はイベントのナレーターやMCといった仕事はしていたものの、歌はまったくの未体験だった。その場の雰囲気に飲まれるような形で返事をしてしまったが、それが歌手への第一歩になる。

 「デュエットと言えばお互いが見つめ合って歌うものですが、この歌では2人とも直立して、前を見て歌っているだけでした」と井上は笑う。

 翌年には「樹氷の駅 / みちのく時雨宿」でキングレコードからソロデビューするが、井上実香の名前でのデビュー曲は1993年の「大阪恋みれん / ふたり花」(キングレコード)になる。

■お父ちゃん見守っててなぁ

 井上は今年でデビュー14年目になる。「有りン子」は5枚目のシングルである。その「有りン子」は、それまでの作品の中でも最も好スタートを切っているようである。これも去年亡くなった竜じぃの天国から贈り物なのだろうか。
 大阪市内で行ったレコーディングの当日は、竜じぃの百か日だったという。スタジオで歌う井上は「お父ちゃんが寄り添うように、優しく見守っていてくれたように感じました」と話していたほどである。

 井上が一昨年、前作の「とまり木情話」を出した際、その新曲発表会に出席した竜じぃは、娘の実香に「井上竜夫の娘ではなく、井上実香の父親といわれる日が早く来るように願っています」と、話していた。
その言葉は井上の胸にも刻み込まれたが、「もう少しだけ、お父ちゃんの力を借ります」と笑う。






[井上実香 オフィシャルサイト]
http://www.geocities.jp/mika_inoue_singer/
[井上実香 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=35548






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渚月あかり(ホリデージャパン) 3年半ぶりの新曲「ひとり・・・日本海」 歌にモデルに女子力を高めたい美魔女 [インタビュー]

渚月あかり1.jpg◆ホリデージャパンの歌手、渚月(なづき)あかりが2017年3月22日、3年半ぶりに新曲を出した。ひとつの愛に人生のすべてをかけて生きる女性を歌った「ひとり・・・日本海」がそれ。同じ日本海でも、ここでは北日本が舞台。やはり演歌である。実は彼女、中学・高校は東京では名の知れたプロテスタント系の女学校、恵泉女子学園の出身。演歌・歌謡曲は言うに及ばず、どのようなコンサートにも足を運ぶことは禁止されていた、という厳しい環境で学んだ。それがどういう訳か、1980年代になって演歌に興味を持ってしまった。憧れは大月みやこ。凛として歌い続ける大月の姿は、歌手、渚月の目指すところでもある。









 ホリデージャパンに移籍して5年目である。歌手デビューは1993年、田中美妃の名前でポリドールレコードから。アップテンポな歌謡曲「どうかしてるわ」を出した。当時、巨人軍史上最強の5番バッターと呼ばれていた柳田真広さんとのデュエット曲だった。
 これがなんとレコード会社からヒット賞をもらうほど売れたという。いつかは演歌を思い続けていたが、願いが叶ったのは2000年に出した「北日本海」だった。当時の芸名は田中みきになっていた。心機一転をはかろうとホリデー移籍時に渚月あかりに改名している。


渚月あかり・ひとり・・・日本海.jpg 久しぶりの新曲「ひとり・・・日本海」は、前作の「愛や恋」(2013年7月)に次ぐ移籍第3弾である。愛しても叶わない恋だけど、その愛を貫いて生きるひとりの女性を歌っている。
 恋歌にも説得力が増す年齢になった渚月は「昔は仕事か恋かと言われると恋を選んでいましたが、今は両方うまくやっていけるようになりました」と話す。しかも「恋はいつも初恋」であるそうだ。

 幼い頃から東京に住み、言葉は実に歯切れがいい。大阪人のねちっこさはない。と言うものの、生まれて間もなくして3年ほどは大阪・池田市に住んでいる。当時のことはほとんど記憶はないが「家の近くにレンゲ畑があったことや、走る自転車から落ちたこと、家族で奈良へ遊びにいって、鹿に追っかけられたことなどは覚えています」と、渚月の数少ない関西での思い出である。

 歌手デビューしてからも関東中心の活動であった。新曲が出るたびに全国でキャンペーンをしているが「関西だけ抜けていた」と笑う。
 今回、1日だけだったが大阪へやって来て、取材に応じてくれた。新曲のカップリングは、夢を追う男性を励ます可愛くて明るい女性を歌った「浪花の女」。タイトルの通り大阪ものである。ならば関西で歌はないと話にならない。「カラオケ好きの人たちに好評で、これからは関西にも来て歌ってファンを増やしたいです」と渚月。

■演歌歌手&ミセスモデル

 「ひとり・・・日本海」では着物を着て歌うが、デビュー以来、ドレスのイメージを持つファンも少なくはない。スレンダーな体形を生かして、アパレル関係などのモデル活動もデビュー当時から並行して続けている。しかもキャッチフレーズは<美魔女モデル>

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演歌&美魔女モデルの渚月あかり

 美魔女とは「才色兼備の35歳以上の女性で、魔法をかけているかの様に美しい」人をそう呼ぶという。高校まで女子校で「男女共学がうらやましかった」というが、進んだ大学は女子短大だった。それだからなのか「歌とモデルの活動を通して女子力を高めたい」と<女>にこだわる。

 家庭料理や生け花が得意というものもその現れだろう。食べるのが大好きで「いくら食べても太らない」といった体質。あんこもカスタードクリームも何でもOKだという。地元の東京・杉並は春木屋、丸福などで知られる荻窪ラーメンの地。食べることも女子力とみたり。




[渚月あかり オフィシャルサイト]
http://ameblo.jp/nazukiakari/
[渚月あかり ホリデージャパン]
http://www.holiday-japan.co.jp/menu/artist_na5_na.html




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瀬生ひろ菜(徳間ジャパンコミュニケーションズ)  「だから・だから・・・」 ファン待望のソロシングル第2弾は父娘共作の応援歌  目指すラッキーガール [インタビュー]

瀬生ひろ菜1.jpg◆この路地を曲がったら懐かしいCDショップがあるはず・・・。ほぼ4年ぶりにソロシングルを出して、大阪での新曲キャンペーンを終えた徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手、瀬生ひろ菜は「永らくのご無沙汰でした。前回、来た時のことを覚えていてくれた人とも会えて、うれしかったです。また、大阪へ来ますね」と話しながら、CDショップでのツーショット撮影やファンへのサインに追われていた。2017年1月25日にリリースした「だから・だから・・・」は、夢の実現に向けて頑張る人たちを ♪ 叶えてあげたい あなたの夢を ~ と歌う応援歌である。「私もこの歌でラッキーガールになりたい」と、ヒットへ向けて意気込んでいる。


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 2013年7月に「味恋酒(みれんざけ)」でデビューして以来、2枚目のソロシングル。今回の大阪でのキャンペーンはデビュー曲に次ぐもので、実に4年ぶりになる。年齢も29歳から33歳になった。瀬生ひろ菜は「カラオケ喫茶店などでのサークルキャンペーンでは大阪へ来ていましたが、店頭キャンペーンなどは久しぶりですね」と懐かしそう。

 人生の中では、頑張っていても時には不安になることもある。新曲「だから・だから・・・」は、やればできるのよ・・・あなたならと、やさしく語りかけて、夢を追って頑張っている人を励ます歌である。
 「この歌をみなさんに歌ってもらって、あなたの周りの頑張っている人を励まして頂ければうれしいです。セリフの部分は力強く、そのあとのフレーズを可愛らしく歌って強弱を付けると楽しい歌になります」と瀬生。



 この「だから・だから・・・」は瀬生の父親で、地元岡山市でカラオケ講師をする小橋浩司さんが作曲している。作曲の勉強を始めた小橋さんのメジャーデビュー曲でもある。
 「父は、覚えやすくて誰にでも歌ってもらえるように曲を書いた、と話していました」(瀬生)
 しかも、その小橋さんは1ヶ所だけコーラスで歌にも参加しているというから、まさに親子で作った楽曲なのである。作詞は松大地さんは広島在住で、黒川真一朗の「旭川」などを手がけている。

 カップリングの「ながれぼし」は、広島県福山市の小学5年、佐藤慎也君とのデュエット作品。カラオケ大会でディレクターによってスカウトされ、デュエットの相手に起用された。「初々しさと礼儀正しさがあって、レコーディングもスムーズにできました」と瀬生。

■路上ライブが歌手のスタート地点

 歌手、瀬生ひろ菜の誕生には父親の小橋さんの影響が大きい。小学生の頃から永井みゆきの「大阪すずめ」をしばしば歌い、出場するカラオケ大会でもそれを選曲していたほど。父親からは「演歌は1つの物語である」ことを叩きこまれたし、デビュー前の1年間レッスンを受けた作曲家聖川湧さんからは「先輩歌手にないオリジナリティーを身につけるように」と教えられた。
 瀬生は「ささやくように歌ってみたり、やさしさを感じてもらえる歌唱を心がけています。聴く人たちからの共感が得られるようになりたい」と胸を膨らませる。

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4年ぶりのミヤコ瓢箪山店(東大阪市)でのキャンペーン歌唱

 歌手を目指して2008年に上京した瀬生は路上ライブからスタートした。同時にカラオケ大会に出場したりオーディションを受けた。デビューのきっかけはライブハウスで歌っている時だった。レコード会社のディレクターから声がかかり、聖川さんの指導を仰ぐことになる。
 その頃、聖川さんが瀬生に言った「ひとつの言葉にも冷たく感じたり、温かく感じたりするいろんな響きがある。それを意識してメリハリのある表現をするように」は、今もいつも心に留めて歌っているという。
 2013年のデビュー曲で見せてくれた古い着物をアレンジした着物ドレスは、彼女ならではのオリジナリティーのひとつだが、すでに15着に増えている。

■王道と邪道

 デビュー4年の瀬生は、ステージでの歌の構成や衣装合わせなどあらゆることを自分でこなす。それを瀬生はセルフプロデュースと呼び、これから自分が歩む道も「王道と邪道」と表現して、独自の方法を模索している。
王道とは誰もが行う地道なキャンペーンで歌と自分の名前を浸透させること。邪道はパソコンやタブレット、スマートフォンなどを使ってSNSで瀬生ひろ菜を拡散させることを指している。

 彼女、実はテレビの配線など電気回りのことならほぼ何でもこなすエレキ女子だそうだ。だから・だから・・・インターネットはお手の物なのである。

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4年ぶりのミヤコ瓢箪山店(東大阪市)でのキャンペーン歌唱

 これからどんな歌を歌っていきたい?
 「歌のジャンルにはこだわりませんが、皆さんに楽しさと涙の出るような感動を伝えられる歌を届けられたらと思います」

 目指す歌は極めて王道のようである。


[瀬生ひろ菜 オフィシャルサイト]
http://hirona.wixsite.com/hironaseo
[瀬生ひろ菜 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/seo.html


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蒼彦太 (徳間ジャパンコミュニケーションズ)  「樹(き)」  自然の中で生きる樹木を人生に重ねて歌う  デビュー5枚目シングル [インタビュー]

◆ひこたんの愛称で親しまれている徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手、蒼彦太が、デビュー6年目にして初めて王道演歌に挑んでいる。2017年1月11日に出た「樹」(作詞・久仁京介、作曲・宮下健治)がそれである。厳しい自然の中で生きる樹木を、人生に重ねて歌う。人の温かさを伝えられる歌い手を目指し「30歳までには紅白に出て、応援してくれている人たちに喜んでもらいたい」と、夢は大きくふくらむ。その第1歩が新曲の「樹」をヒットさせることである。


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 まだ28歳だというのだが、蒼は「僕がこれまで生きてきた道と重ねて、自信をもらえる歌です。スケールが大きい歌詞の1行1行に励まされ、共感させられます」と、詞を自らの身に映して歌っている。
 その想いを蒼と共有出来るのだろうか、キャンペーン先でも「いいねぇ~」とか「いい歌をもらったんだから、頑張らないとね」などといった声が、ファンの間から聞こえてくる。今までの楽曲以上に今作では共感して聴いてくれる人も多いようである。

 「聴いてくれる人に幸せな気持ちを持ってもらい 、共感してもらって、涙してくれるような歌を歌っていきたい」
と蒼は考え続けている。

 「樹」を歌う蒼の表情は、前作までのそれとは違って力強い。
 「この楽曲で男らしい蒼の姿を出したかった」という担当ディレクターの想いが反映されているかのようである。蒼も「男らしいメロディーと詞ですから、自然と男っぽくなってしまいますね」と話す表情は真剣である。

 蒼はこの歌を「義理と人情」の世界でイメージして表現したという。
 「人生は人と人の支え合いで出来ていますから 、そこには優しさや温かさが求められます。他人への感謝の気持ちが大切ですね」
 彼にとって男らしさとは「義理と人情」の世界であるようだ。歌詞の1つひとつにそれを感じているようだ。

 ♪ 幹を持て ~ と拳を握りしめて、力強く歌い上げる。「歌い甲斐がありますね」と蒼は、さらに高音で始まる歌い始めを「歌を楽しめるところですね」とも。

■生涯歌いたい「樹」

 2011年のデビュー曲は「カラオケ流し」だった。北海道を舞台にカラオケで流しをしながら旅する男を描いた楽曲で、1983年発表の作品のカバー曲であった。第2弾はそれの続編のような「カラオケ情け」、そして第3弾は東京駅八重洲口の酒場で繰り広げられるドラマを描いたヒューマン演歌「八重洲の酒場」。前作の「ねずみ小僧」は、一転して時代劇(芝居)の世界を歌い、盗人装束で演じた。

 そして本格的な王道演歌の今作。新人歌手を鍛える道のりのようでもあり、新曲「樹」とも重なって見えてくる。

 「聴く人たちの心を動かし、心に触れるような歌を歌っていきたい」
 そんな歌が歌える日を夢見る蒼だが、「まだまだ勉強の毎日です」と先は長い。と言うものの、30歳までに紅白に出場する大目標を立てるのは、蒼らしい強気の性格なのだろう。
 蒼は「『樹』は、一生かけて歌っていきたい歌です。歌のスケールも少しずつ大きくしていきたいです」と、自らの代表曲へと意欲を燃やしている。




[蒼彦太 オフィシャルサイト]
http://aoi-hicota.com/
[蒼彦太 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/aoi_hikota.html




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大城バネサ(ビクターエンタテインメント) ミニアルバム「沖縄のかほり」 世界へ伝えたい沖縄の歌 祖父母たちの望郷の想いを歌う [インタビュー]

◆ビクターエンタテインメントの歌手、大城バネサ。アルゼンチン生れで日系アルゼンチン2世である。縁があって岐阜県に住むが、祖父母が沖縄県出身ということもあって、子どもの頃から沖縄の民謡に親しみ、3年前からは美ら島(ちゅらしま)沖縄大使を務める。2017年3月1日には、自ら作曲したオリジナル新曲「今帰仁(なきじん)の春」を含む沖縄の楽曲ばかりを集めたミニアルバム「沖縄のかほり」を出している。

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 移民した沖縄県出身者と県系人は世界各地に散らばっている。アルゼンチンに住む大城バネサの祖父母もまた、沖縄県中部の人口が1万人にも満たない小さな今帰仁村で生まれている。
 2016年10月、沖縄県内各地で開かれた、5年に1度の「世界のウチナーンチュ大会」に、89歳になる祖母(おばあ)が36時間をかけてアルゼンチンから沖縄までやって来た。
 大城は、1万6千人が集まったそのメイン会場の沖縄セルラースタジアム那覇でのグランドフィナーレのオープニングで「三線(さんしん)のかほり」を歌っている。

大城バネサ・沖縄のかほり.jpg 夢と希望を抱いて移住したアルゼンチンのブエノスアイレスでの現実は、苦労ばかりの生活だったという。 唯一心の支えになったのが三線の音色に合わせての沖縄の歌と踊りだった。「三線のかほり」は、そんな祖父母たちが体験した実話を元に書かれた青山るみの詞に、大城が曲を書いた。
 「そこで私が歌うと知ったおばあは、1万8千キロを旅して沖縄までやって来てくれて、歌を聴いてくれました。おばあはまた、何十年ぶりに同級生や親戚の人たちにも会って、絆を確かめ合っていました」



 アルバム「沖縄のかほり」には、大観衆を前にフル歌唱した「三線のかほり」のほか、祖母が生まれた今帰仁村での親友と お想い出などをモチーフに書かれた「今帰仁の春」など沖縄を歌った7曲と、スペイン語で歌うアルゼンチンの反戦歌「神にのみ頼む」もボーナストラックとして収録している。

 シングルリリースもされている「逢いたい島」は、沖縄の自然や人の素晴らしさが、聴く人誰もが共感する話題の楽曲で、評判の収録曲もひとつである。

■沖縄の風を歌う

 アルゼンチン生れの大城だが、家の中は三線と歌に踊り、自家製のゴーヤなどを使った沖縄料理といった具合に、いつも<沖縄>であふれていた。会話は「沖縄の言葉とスペイン語がチャンプルだった」(大城)というが、来日した2001年には大城はスペイン語しか話せなかった。
 デビューは2003年8月。NHKのど自慢チャンピオン大会にアルゼンチン代表で出場してグランドチャンピオンを射止めたのがきっかけだった。デビュー曲はEMIミュージック・ジャパンから出した「鷗も飛ばない海だよ」。15年年にはビクターに移籍している。

 去年9月には、ブラジル・サンパウロで地上デジタル放送が始まって10年になるのを記念したイベントに参加した。ここまで来たのなら「アルゼンチンまで足を伸ばして、日系の人たちに聴いてもらいたい」と、ブエノスアイレスでコンサートを開いている。
 もちろん「沖縄の風を感じてもらいたい」と、たっぷりと沖縄の歌を歌った。

 ナンクルナイサーの言葉通りに 沖縄はおおらかな風土。そのDNAとアルゼンチンの情熱っぽさを持つ大城は今、「1人でも多くの人たちに歌を聴いてもらいたい」と、きめ細かく全国各地へ出かけて歌い続けている。



[大城バネサ オフィシャルサイト]
http://vane-music.com/
[大城バネサ ビクターエンタテインメント]
http://www.jvcmusic.co.jp/-/Artist/A025045.html




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三代沙也可(キングレコード)  「江ノ島絶唱」  湘南3部作+ワンで10万枚目指す  新たな気持ちで歌う湘南 [インタビュー]

◆キングレコードの歌手、三代沙也可が2017年2月8日に、24枚目のシングル「江ノ島絶唱」を出した。前作の「逗子の恋港」(16年)で完結したはずの湘南3部作だったが、今作ではなんと、シリーズ第1作の「江ノ島ひとり」(14年)の舞台、江ノ島に戻ってしまった。「新たな気持ちで大好きな湘南・江ノ島を歌っていきます」と三代は、ここまで歌えば「湘南エリアの歌なら三代」と呼ばれるまでこだわりたいようすだ。

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 かつてあの人と過ごした江ノ島は、終わったはずの恋なのに、江ノ島の街を歩くと見るものすべてが、あの日のまま・・・でも、新たな恋と出逢えるかもしれない。
 まるで「江ノ島絶唱」が、三代沙也可の新たなシリーズの始まりを暗示しているかのような歌である。

 湘南3部作の累計で販売したCDは10万枚に達しようとしている。今は1万枚を売るにも大変な時代である。CDを買わずに、スマートフォンで歌を聴いたり、それを覚える人が多いからだ。それだけに「江ノ島絶唱」で、早々に10万枚突破を達成させたいところである。

■キャンペーンの楽しみは玉子サンド

三代沙也可・江ノ島絶唱.jpg 三代は1年の多くを、自宅を出て地方でのキャンペーンで過ごす。期間中はマスコミによる取材もあるが、カラオケ喫茶店で歌うのがメインである。その数は多い時で年間200ヶ所にもなる。それだから自然と旅慣れてくる。必須の持ち物であるスーツケースは、行き先のホテルに宅配便で送り、身の回り品だけの身軽なスタイルで移動するのが最近の常となっている。

 「旅のお供は玉子サンドです。厚い大きな玉子焼きが、そのまま挟んであるんですよ。かつては空弁として空港でしか買えませんでしたが、 今はJRでも買えるようになりましたので、これとサラダを必ず購入します。列車での楽しみですね」

 訪ねるカラオケ喫茶店は田舎も多い。一緒に歌ったり写真を撮ったり、持って帰れと土産ももらう。「数少ないこうしたイベントに喜んでもらっているようです」と 三代。
 訪ねた先には新曲が出る度にサイン入りのポスターを送っているという。その数は1500枚にもなるが 、廃業のためだろう「宛名不明」で返送されてくるものも 、このところ増えてきているそうだ。

 キャンペーンでは新曲をアピールが一番の目的だが 、歌うのは決して新しいものばかりではない。2002年の「酒がたり」や2011年の「夢蕾」、そして「江ノ島ひとり」のカップリング曲「水色のハンカチ」などの楽曲も歌う。
 「この3曲を歌うと、必ずアルバムが売れるんですよ」(三代)と、人気が高いようである。

 こうした現場でのニーズを新たに出るアルバムの楽曲構成に反映させているという。

■キャンペーンひとり旅

三代沙也可・ベストセレクション.jpg 「江ノ島絶唱」のカップリング曲は「愛は永遠に・・・」
 「ファンの人たちには、これが好きな人も多いのですが、私にとっては苦手なジャンルの歌かな。レコーディングの時には、秋元順子さんならどのように歌うかな、と考えながら歌いました」
 確かに秋元順子を想わせるような楽曲だが、それを三代節に昇華させて歌っているところは
ささすが26年のキャリア、と言わざるを得ない。



 キャンペーンは途中、中国地方でのスケジュールを挟んで、関西での予定がしばらく続く。三代沙也可「江ノ島絶唱」の<がんばりキャンペーンひとり旅>は、まだ始まったばかりなのである。




[三代沙也可 オフィシャルサイト]
http://www.mishirosayaka.com/
[三代沙也可 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=10053




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夏木綾子(キングレコード)  デビュー25周年  大阪で育まれた演歌歌手への道  記念曲「雪舞い桜」 [インタビュー]

夏木綾子2小.jpg◆デビュー25年を迎えているキングレコードの歌手、夏木綾子を育てた大阪の街。デビュー曲「浪花の母」はそのタイトルの通り、大阪を舞台に歌手夏木の原点を歌っている。それ以降も大阪を歌った楽曲は4曲ある。大阪は夏木の中で忘れられない街として生き続けている。子供の頃に住んだ通天閣のある新世界など、大阪では20年の時を過ごしている。そんな想いを込めて2017年3月8日に出したデビュー25周年記念曲「雪舞い桜」のカップリングには、浪曲を挿入した「浪花の母 ~ 25周年バージョン ~ 」を収録した。


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 デビュー25周年記念で34枚目のシングル「雪舞い桜」。25周年を飾る記念曲に相応しい美しいタイトルである。
 夏木綾子はこの楽曲を最初に手にした時の印象を「まるで1枚の美しい風景画を見ているような気持ちになりました。伴奏の琴の音が、恋に落ちていくひとりの女性の心のうちをドラマチックに表現しており、ドラマのストーリーと映像が自然と浮かんできました」と述懐している。

 この楽曲を「歌いごたえがある歌」だという夏木が、最後の ♪ 雪舞い桜 〜 と歌って感情をぐっと高ていくのを見ていると、本人がまるで主人公に成りきって歌の世界へと入り込んでいるようでもある。

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 夏木の歌には「雪」「花」「雨」「海峡」などと、いくつかのキーワードがある。女唄だけでなく、男唄も歌っている。
 「バラードもサンバにも挑戦しましたよ。今回、カップリングの『浪花の母 -- 』には、25周年バージョンということで浪曲も入れました」

 「何か新しいことにチャレンジするのが楽しみなの」と、挑戦欲の旺盛な夏木は今、ステージで自分が歌う演歌に合わせてバイオリンを弾いてみたい、と新たな取り組みに意欲を燃やす。

■福岡生まれの浪花っ娘

 20歳を前にして夏木綾子は生まれた福岡へ母親と一緒に戻っている。それまで大阪で飲食店を営んでいた母親が、体調を崩したためであった。
 歌手への第一歩は、川中美幸の「越前岬」(岸本健介作曲)が大好きだった母親の知人に紹介してもらった、作曲家の岸本健介氏との出会いだった。歌手になりたいと願っていた夏木は母が亡くなってから、岸本氏を頼って上京することになる。

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岸本健介氏(左)と夏木綾子

 ところが夏木は「弟子は取らない」と、岸本氏から断られているのだが、作詞家の田村和男氏が仲介して弟子入りが実現している。

 大阪時代は小さな小料理屋を営んでいた母親は天王寺、新世界、道頓堀などと20年近くの間に場所を転々と変えて、ひとりで夏木を育てた。
 店か新世界の大衆演劇の劇場の近くにあった頃、店の掃除にやってきていた女性は、掃除を素早く終えると、幼い夏木を散歩に連れていくと言って、劇場で芝居を見ていた。もちろん夏木は女性に連れられて、毎日、大衆演劇を見ていたのである。

 このことを母親は知っていたのかは分からないが、母親の夢だった娘を歌い手にすることに、劇場の舞台で繰り広げられる歌と踊りを見たこの時の体験は、今から思えば少しは役立っているのかもしれない。

■ゆったりと歌っていきたい

 母親の夢を夏木が叶えるのは、母の死後になってしまったが、見事に果たした。ところが好きな歌は歌えるが、それは決して華やかなものではなかった。デビュー当時は岸本氏がギターを弾いて、夏木が歌うといった2人3脚のキャンペーンを続けてレコードを売って歩いた。
 「先生が組んだ行程に合わせて行くのですが、列車やクルマを使って九州から石川県まで歌ったこともありました」

 自分のレコードをかけてもらいたい一心で、全国に700ヶ所近くあったという有線放送の送信所にも出かけている。

 こうしてデビューしてからは脇目も振らずに「必死で突進してきた」という夏木、これからは「焦らずに、少しゆったりとした気持ちで歌っていきたい。頂いた歌をいろんな角度から勉強して、深く理解していくこともしてみたい」と話している。




[夏木綾子 オフィシャルサイト]
http://natsukiayako.net/
[夏木綾子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=10421




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