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山本和恵(ウイングジャパン)  地元舞鶴を歌った「岸壁の妻 〜母は白寿になりました〜」 戦後72年 繰り返してはならない戦争を  KOBE流行歌ライブで披露 [インタビュー]

山本和恵.jpg◆京都府舞鶴市出身の歌手、山本和恵(ウイングジャパン)が2017年10月4日に出した新曲「大阪恋みれん」のカップリングに、地元舞鶴を舞台に歌った「岸壁の妻 〜母は白寿になりました〜」を収録している。戦後13年続いた大陸からの引揚者を迎え入れた舞鶴港に年老いた母とともに訪ね、帰らぬ父に想いをはせる内容である。10月19日、神戸・新開地で開かれた第157回KOBE流行歌ライブで披露した。


山本和恵・大阪恋みれん 岸壁の妻・母は白寿になりました.jpg








 山本和恵は49歳で歌手デビューしており、現在67歳。今なお愛車を駆って、全国でキャンペーンやライブを展開している。「大阪恋みれん」は10枚目のシングル。作品の大半を自らが詞を書いて歌うシンガーソングライターでもある。

 「岸壁の妻 〜母は白寿になりました〜」も作詞をし、作曲家でアレンジャーの保田勝紀が作曲・編曲した。1950(昭和25)年生まれの彼女は直接には戦争を知らないものの、旧軍港の街でで生まれ育っただけに、引揚など戦争の爪痕を肌で感じてきた。それをいつかは歌にしたい、といった思いが、今回実現した。

 誰もが知る大ヒット曲「岸壁の母」は、出征した息子の帰りを待ちわびる母の姿と心情を描いた。山本の「岸壁の妻 〜母は白寿になりました〜」は、舞鶴への最後の引揚船となった白山丸まで舞鶴の港で夫の帰りを待ち続け、今は白寿(99歳)になった母を伴い、再び舞鶴の地にやって来た娘の目から歌ったもの。

 舞鶴は1945(昭和20)年の雲仙丸から50年の白山丸まで、13年間に約66万人の引揚者を受け入れてきた。
 歌では、白寿となった母は、その白山丸が港に入るまで、夫が帰還することを願い続けていたがそれも叶わず、年月を経た今、2人は引揚者が第1歩を印した平桟橋で手を合わす。
 山本はKOBE流行歌ライブで、かつて哀しい思いをしてきた人たちの心を無駄にすることなく、2度と戦争を繰り返してはいけない、といった願いを込めて歌った。


 来年1月27、28の両日には、舞台の舞鶴などを訪ねるツアーを企画、最終日の28日には福知山市内でライブを開き、「岸壁の妻 〜母は白寿になりました〜」も披露する。










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幸田和也(ホリデージャパン)  「哀色の街」 哀愁漂う大人の男に挑戦  ホリデージャパン華の4人衆として売り出し中 [インタビュー]

幸田和也.jpg◆10月でデビュー10年目になるホリデージャパンの歌手、幸田和也が2017年5月に6枚目のシングル「哀色の街」を出している。39歳の彼が、今までになく大人の魅力を感じさせている。急きょカップリング候補からメイン曲になった作品でもある。「歌いやすく、今までの中で1番いい」といった評価も聞かれ、オリコンの演歌チャートも50位以内にもランキングされる。先輩歌手の加門亮、若原りょう、塚原哲平らと作るホリデージャパン華の4人衆の一員として、このところ知名度を高めつつある。









 「一度きりの人生だし、東京で精一杯歌の勉強をしよう」と、活動拠点を大阪から東京に移して4年目になる。彼を応援する人も増え、メディアへの露出も増えてきたなど、その成果も徐々に出始めている。
 「今までに築いてきた人脈が大きいのかもしれません。所属するレコード会社でも先輩とともに〈ホリデージャパン華の4人衆〉に加えてもらって、活動にも幅が出てきた」
 歌手としての自信が付いたようである。

幸田和也・哀色の街.jpg 幸田は大阪で、中村美律子が経営していたライブカフェのオープンから閉店までの7年半、その後は自ら別のライブカフェを7年間運営してきた。その間に知り合った歌手をはじめ、たくさんの業界関係者たちと築いた絆が今、役立っている。

 そうした中で出した新曲「哀色の街」は、帰らぬ過ぎ去った日々を、低音でアップテンポに歌う。男の哀愁感漂う作品である。作詞のかず翼、作曲の伴謙介ともに幸田にとっては初顔合わせであった。
 発売当初から関東、関西でのキャンペーンを今まで以上に徹底させた。その甲斐あってファンからは「今までで1番いい歌」と、各地で支持を高めている。

 哀色とは文字通り哀しい色であるが、具体的にはどんな色なのだろう。
 「セピア色でしょうか。これから色づいてくる御堂筋の銀杏のようでもある」
 幸田はそのように答えてくれた。彼にとっては今までにない、男っぽさを演じさせている色なのである。

■12月に神戸で初の4人衆勢ぞろいライブ

 ファンからは「最近肥えてきたから痩せや」と言われることが多くなった。それも仲のいい華の4人衆の加門亮、若原りょう、塚原哲平らと顔を合わせると、とにかく良く食べるからである。ついには〈ダンゴ兄弟〉の名前も付いたほどである。

 団子の串の役割を果たしている加門からは「仕事のアドバイスをしてもらっている」と、精神的な支えとなってもらっている。

 そうしたメンバーたちと一緒に12月には、神戸・新開地で開かれるKOBE流行歌ライブに出演することが決まっている。4人が揃ってのライブは初めてである。それぞれのオリジナル曲を歌うほか、かつて若原、塚原が女性歌手と3人で歌っていた楽曲を、4人衆のオリジナル曲として披露する予定など「楽しんでもらえる舞台構成を4人で考えている」(幸田)という。





[幸田和也 オフィシャルサイト]
https://ameblo.jp/tarento/
[幸田和也 ホリデージャパン]
http://www.holiday-japan.co.jp/menu/artist_ka8_kk.html






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真木ことみ(日本クラウン) 「雪の華」「淡雪の人」  好スタートのデビュー25周年記念曲第2弾  12月には25周年記念コンサートも [インタビュー]

真木ことみ.jpg◆日本クラウンの歌手、真木ことみがデビュー25年を迎えている。それを記念して2017年10月11日にリリースしたのが、情感たっぷりに歌う演歌「雪の華」とバラード調の歌謡曲「淡雪の人」の2枚である。初めての2枚同時発売は、彼女自身にとっても大きなプレゼントであった。持ち前の低くて太い声で歌い上げ、そして語りかける。その2曲が今、好スタートを切っている。


真木ことみ・雪の華.jpg









 新曲の2枚は演歌、歌謡曲とそれぞれ楽曲のスタイルも舞台設定も異なるが、テーマは「雪と女性の心情を重ね、雪の冷たさと愛しい人の温かさが潔く描かれています」(真木)と、どちらも主人公の心に降る雪で共通している。

 「雪の華」は音域の幅の大きい作品であり、真木らしさがよく感じられる。その真木ことみらしさは、低くて太いその声にあるようだ。それをうまく操って、ここで引き、ここではこう押してと、イメージトレーニングを重ねて歌っている。
 彼女は神奈川県生まれだが、時として東北出身者と間違われることがある。それもその声ゆえであり、それがまたこの上なく愛嬌を感じさせるのである。それが多くの人に好かれる理由になっているようだ。

 「誰の真似をすることなく自分なりの声でお届けしています。真木ことみは2人もいりませんからね」

真木ことみ・デビュー25周年記念コンサート.jpg

 真木の歌手生活25年のスタートは、猪俣公章作曲の「橋」(1993年、ポニーキャニオン)だった。2000年には日本クラウンに移籍している。転機になったのは03年に出した「いのち川」だった。後の川シリーズ3部作に続く第1弾だったのであるが、その時の様子を次のように話している。
 「カラオケスタジオで仮歌を録ったのですが、何とこれにOKが出て、そのままCDになったんです。テレビに出ていた訳でもないのに、あれよあれよと言う間にたくさんの人に歌われるようになりました」

■評判のアンニュイな真木

 「淡雪の人」は真木にとっては珍しく洋服姿のジャケットになった。前作「凛と咲く」のカップリング曲で小田純平作曲の「幸せの地図」が、ファンの間で評判良く、ならばと歌謡曲タッチの切ない今回の大人の恋歌へとつながった。

 「これが結構、好評なんです。キャンペーンで伺ったラジオ局でも、いつもはワンコーラスだけを放送されのですが、今回は気に入ってもらえて、フルコーラスを流してもらえるところもあります」

真木ことみ・ホストカード.jpg これのカップリング曲の「東京の雪」もまた、雪をテーマに遠く離れた人を想いながら強く生きる恋歌である。作詞は浦千鶴子。真木にもう20数年連れ添っている、まるで家族のような存在のマネージャーなのである。「目下、作詞の勉強中でポップス系歌謡曲を書いています」と、浦。これが作詞家デビュー作でもあるが 、本業はあくまでマネージャーだという。

 ジャケット写真の撮影では、ディレクターからはアンニュイな表情を求められ、パリのカフェにひとりたたずむ女性をイメージしている。
 今回、新曲のCD2枚の同時購入特典として、このアンニュイな真木のモクロポストカード = 写真・右 = をプレゼントするキャンペーンを行なっている。


 12月13日には13曲入りのアルバム「プレミアムベスト」を出す。新たに録音するオリジナル曲も3曲を収録する。
 真木は「今年は前作の『凛と咲く』から数えて、新しいオリジナル曲は9曲を歌うことになりますね」と、ほほえむ。
 アルバム発売日には東京・中野サンプラザホールでデビュー25周年記念コンサートも予定している。





[真木ことみ オフィシャルサイト]
https://ameblo.jp/maki-kotomi/
[真木ことみ 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/maki/whats.html






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浅田あつこ(徳間ジャパンコミュニケーションズ) 「泣いてもいいの」 燃え尽き症候群をテーマに、ラテンタッチのノリのいい楽曲 新曲ごとに歌う新しい女 [インタビュー]

浅田あつこ4.jpg◆新曲ごとに新しい顔を見せてくれる徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手、浅田あつこが2017年9月6日に出した「泣いてもいいの」は、前作の切ない演歌とは打って変わって、ラテン系のノリの良いメロディーの歌謡曲である。アッちゃんらしい歌だとファンからも好評。1曲ごとに違う主人公を演じられる女優でいられるのは歌手冥利に尽きる、とそれを楽しむ。1994年10月25日に「想い花」でデビューして間もなく24年目に入る。これからは「自分を磨いて仕事、プライベートのどちらも充実させたい」と、笑顔を見せる。


浅田あつこ・泣いてもいいの.jpg









 黒色のドレスにつば広の帽子も同じ黒色。ジャケットど同じスタイルではステージに立った浅田あつこ。新曲ごとに新しい挑戦を見せる彼女らしく、衣装に帽子を使うのも初めてだという。
 「自然と身体が楽曲に吸収されてしまいそうな楽曲です」と話す浅田にとって、ファンの反応も良く、男性にたくさん歌われているという。今までの作品よりも若い年齢層が興味を示し「皆さん上手に歌ってくれていますよ」と、すべてが予想通りの展開で出足はは好調である。

 ラテンを歌わせたかったー。
浅田あつこ5.jpg かねてから浅田の担当ディレクターは、彼女にそう言っていたという。今回、夢ユメ子作詞による「泣いてもいいの」で、それが実現することになったのだが、それはまったくの偶然だったのかもしれない。
 夢の詞を受け取ったのは、ドラゴンボールの主題歌を手がけたことがある作曲家・池毅だった。池に浅田が歌うことを告げずに、曲の制作が依頼された。池にとって浅田は「1度は書いてみたかった歌い手」だった。それだけにディレクターは彼に先入観を持たせなかったのである。さらに編曲を担当した伊戸のりおの手によって、軽快で情熱的なラテンのリズムがのった。

 「パンチのあるいい作品です。燃え尽きるほどに好きになってしまう激しい愛を、歌では ♪ 恋はいつでも バーンアウト 〜 と、オリジナルの振り付けを添えて表しています」

 バーンアウトとは燃え尽きるという意味で、「燃え尽き症候群」とも呼ばれる。そんな激しい主人公は、どこか冷たさを秘めたキリッとした女性である。ディレクターは浅田に歌唱中の笑いを禁じた。確かにその注文に応えているが、ステージの浅田の顔からは「自然とにっこりと笑みがもれる」のである。

 この笑顔がなければあっちゃんじゃない。多くのファンがそう思っているはずである。浅田もそれに応える。「いつも優しい気持ちを持っていたいんです。ですから自然と笑顔になってしまいます」
やはり笑って答える。

■自分磨きで女を磨く

 デビュー曲の「想い花」から「泣いてもいいの」まで、累計で26作目になる。最近は東京で新曲発表ライブを開き、東名阪、そして九州とキャンペーンで回るパターンが定着してきた。それに伴い浅田あつこの名前も浸透している。今回のカップリングは「河内のからくち」。その名の通り、このところ増えている河内の女を歌った河内モノである。
 「今までの河内モノを集めてアルバムを出してみたい」と、考えるまでになっている。

浅田あつこ2.jpg浅田あつこ1.jpg

 今年1月で45歳になった。
 「幾つになっても女でいたい。そのためにも、これからは自分磨きに取り組みたい。たとえば大好きな料理もそうで、器選びからあれこれ考えて、出来た料理はブログにアップして楽しんでいます」

 いいと思ったらすぐに行動に移す。先送りはしないで、買い物でも気に入った品物は直ぐに買う。しかも必ず同じものを2、3点買うのが浅田流。
 ところが本来の性格は、面倒臭さがり屋だと言う。それをはねのけるかのように、今夏からはブログをスタートさせ、オフィシャルサイトもリニューアルした。毎日、i P honeで更新するマメさぶりを見せている。


 12月19日には年末恒例のクリスマスディナーショーを、大阪市北区のホテルモントレ大阪で開く。





[浅田あつこ オフィシャルサイト]
http://www.anchi.tv/top.html
https://ameblo.jp/asada-atsuko/
[浅田あつこ 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/asada.html






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戸川よし乃(日本クラウン) 新曲「松前半島」  歌謡曲タッチの新シリーズに挑戦  来年はラッキーイヤー [インタビュー]

戸川よし乃4.jpg◆日本クラウンの歌手、戸川よし乃が2017年9月に出した新曲「松前半島」はデビー7作目、編曲家伊戸のりお・作詞家円香乃の下で修業して7年、そして来年はデビー7年目。彼女にとって来年は「7」が3つ揃う縁起のいいラッキーイヤーになる。「新曲へのファンの人たちの感触も良く、来年は私にとって節目になると感じています。新しいことにも挑戦していきたい」と話す戸川の表情には強い決意が感じられた。


戸川よし乃・松前半島.jpg









 「デビュー曲のCDを手にした時は本当に嬉しかった」。今もそう言って笑顔を見せる戸川よし乃は、そのデビュー曲「すずめは雀」(2012年)以来、1年に1作ずつ新曲を出してきた。すずめちゃんの愛称までもらったすずめシリーズを3作、続いて前作の「十勝の春 〜ふるさとに春の雪 〜 」まで十勝3部作を歌ってきた。
 今作の舞台は北海道だが、十勝からは約8時間もかかる道南の町。その名を取った松前漬けで知られている。「これから半島シリーズの楽曲になるのか分かりませんが、今まで歌ってきた演歌から、今作は歌謡曲タッチの新しい歌になりました。たくさんの人に歌ってもらえるように気合いを入れて歌っていきます」と戸川。

戸川よし乃1.jpg 戸川は今まで何ひとつ注文することなく、ディレクターをはじめ制作スタッフの言う通りに歌ってきた。ところがデビュー6年目の今回は初めて、レコーディングで自分の想いをぶつけた。それは「ドラムを強めに、ベースの音はもう少し出して下さい」などといった、デビュー曲以来ずっと演奏に携わってきた仲間への注文だった。

 「今までは自分が歌うことで精一杯でしたが、今回はゆとりが出来たというか、1年間歌う大切な楽曲なので、燃え上がるような自分の気持ちを表現したかったんです」

 ドラム、ベース、ギターの3人の演奏スタッフはいずれも、戸川がデビューする前、まだ師匠の伊戸のりおに付いて楽器を運んでいた修業時代からの彼女の応援団で、今はファンクラブのメンバーというほどの親密さ。そんなこともあって、注文も快く聞き入れてくれたようだ。


 もうひとつ戸川は制作陣に想いを投げかけている。「松前半島」では、ファルセットを使って歌っているところがある。当初、キーを半音下げて地声で歌うか、半音上げてファルセットにするか、で迷った。戸川は「ファルセットにすることで壮大なスケール感を演出し、女性の切ない想いを出せるのでは」と伊戸・円、ディレクターに提案した。それは採用されて、6年目の新シリーズへかける想いの強さを表している。

 これが彼女が言う「新たな挑戦」でもある。

■逢えない切なさ

 戸川は「松前半島」が発売される直前の9月中旬に、北海道松前町の石山英雄町長を表敬訪問している。東京からの2日間の旅は「まだ見たことがない松前半島を五感で感じ取ることで、歌により説得力が出る」(戸川)ことをねらっものだった。

 函館空港から車で2時間半もかかるそこは「叫んでも声がかき消されるような、風の強い所でした。津軽海峡の向こうに本州が見えるんです。そんな距離なのに、逢うことすらできない、そんな切なさが伝わってきた」最果ての地だった。
 海のない十勝に生まれ育った戸川にとっては、ひと際感慨深かったようである。

戸川よし乃3.jpg戸川よし乃2.jpg

 4月に出している3枚目のアルバム「十二色 〜青〜 」には、「松前半島」のカップリングに収録した「愛はコバルトブルー」も入っている。「アルバムを買った人から、いい曲だからシングルカットして、とリクエストがたくさん寄せられたんです。これもディレクターにお願いしたら、OKが出たんですよ」

 アルバムに収録された12曲には書き下ろし曲が3曲入っている。「愛は ー」はその1曲である。

 戸川は「『松前半島』はアレンジが華やかで、歌っていても心地いい歌です。私の歌は難しいとよく言われますが、歌ってみると決してそんなことはなく、みなさんに歌ってもらえるようお勧めしたいです」と、話していた。





[戸川よし乃 オフィシャルサイト]
http://www.nijiirosha.co.jp/togawa/
[戸川よし乃 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/togawa/whats.html






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水城なつみ(キングレコード)  好評「帰って来やれ」  デビュー5年目  心に寄り添える歌を [インタビュー]

水城なつみ.jpg◆デビュー5年目を迎えているキングレコードの歌手、水城なつみが、2017年8月に出した6枚目のシングル「帰って来やれ」(作詞・万城たかし、作曲・宮下健治、編曲・前田俊明)が好評だ。本人も今年はキングレコード歌謡選手権で、全国決勝大会を含む全12会場中6会場でゲスト出演したほか、キングレコード歌謡文化アカデミー(KBA)の指導者歌唱講習会では、3会場すべてでミニライブを開いて模範歌唱している。新人から中堅へ向けて、意欲的に動き始めたようだ。









 「帰って来やれ」を作曲した宮下健治が、初めて水城なつみに会ったのは、彼女がまだ中学2年の時だった。歌を勉強したいと茨城県からやって来た、まだあどけなさが残る彼女の歌を聴いた宮下は「この娘は将来、キングの代表選手になる有望株であると感じた」と振り返る。

 キングレコード歌謡文化アカデミーのキングレコード歌謡選手権に小学6年から7回連続出場している水城は、中学2年で作曲家宮下健治の指導を仰ぎ始める。2012年には晴れてグランドチャンピオンの座を獲得して、翌年「泣いてひとり旅」でキングレコードからデビューしている。

水城なつみ・帰って来やれ.jpg デビュー曲は岡千秋が書いたが、4作目の「筑波の嵐」(2016年)「逢ってみたい人」(同)そして今作の「帰って来やれ」と3作続けて宮下が手がけている。
 その「帰って来やれ」は津軽を舞台に、3年も帰ってこない父親を想って、♪ ひと目津軽にヨー 帰って来やれ 〜 と、宮下の教えの通り「優しさ、思いやり、温かさ」を込めて歌っている。

 彼女のふる里は、先ごろテレビで人気を博したドラマの舞台にもなった、同じ茨城県である。しかし都道府県別魅力度ランキングでは「ここ10年ほどは最下位で人気がありません。新曲『帰って来やれ』を通して、身近に感じてもらえるとうれしいです」と、水城。

 小6からKBAの地区大会に挑戦し続けた水城は、高3でようやくグランプリを獲得する。「毎年、なにくそ、と思って挑戦していました」といった彼女の言葉通り、負けん気の強さはなかなかのものであるようだ。

 「帰って来やれ」は、オリコンの演歌チャートTOP50でも、発売以来上位にランキングされている。水城は「まだ23歳の小娘ですが、みなさんの心に寄り添える歌を届けて行けるように頑張りたい」と、5年目の抱負を話してくれた。


[水城なつみ オフィシャルサイト]
http://www.mizuki-natumi.com/
[水城なつみ キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=44259






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石原詢子(ソニーミュージックダイレクト)  「雪散華 ~ ゆきさんげ ~ 」 デビュー30周年記念シングル第1弾  激しい情念を歌う新ジャンルに挑む  来秋には東・阪で記念コンサートも [インタビュー]

石原詢子2.jpg石原詢子が2017年10月21日でデビュー30周年を迎える。それを記念したシングルCD「雪散華 ~ ゆきさんげ ~ 」を9月6日に出した。初回生産限定のお得盤CDには、1988年のデビュー曲「ホレました」と15周年記念曲でNHK紅白歌合戦歌唱曲でもある「ふたり傘」(2003年)も収録した。来春には第2弾の記念シングルも予定しており、来秋には東京・大阪で記念コンサートも開催するという。「もっともっと歌の幅を広げていきたい」と話す石原からは、強い意気込みが感じられた。


石原詢子・雪散華・ジャケット.jpg










 真っ白な着物に白色の桜模様をあしらった赤色の半襟がのぞく。石原詢子が30周年記念曲「雪散華」で着る衣装である。きれいに整えたいつもの髪型も、今回は長く振り乱している。ぐらぐらと降り積もる雪であなたを埋め尽くしてしまいたい-といった女の怖いほどの情念をドラマチックに表現するためのものである。

 「歌詞を読んで描いたイメージに沿って、どれも自分で決めた」(石原)

 歌で重要な役割を果たす雪も、今までの歌だと深々と降っていたが、この歌では「そんな優しいものではなく、吹雪のような激しい雪です。主人公は雪女のようなイメージでしょうか」(同)と、想像をふくらませる。

石原詢子・雪散華.jpg

 「今までとガラリと変わった楽曲を作ってほしい」
 石原は制作陣にそう依頼した。
 それまでの楽曲は、一歩下がって好きな男性をひた向きに想う歌が多かった。新曲では一転して相手の男性を殺すぐらいの激しい情念を歌う。
 「誰かに渡すくらいなら、雪で埋め尽くしてほしい。今までにない激しい曲調になっています。髪も振りかざして、表情にも鬼気迫る女性の怖さを出しています」

 石原がデビューする2年前、演歌・歌謡界では石川さゆりの「天城越え」で沸き立っていた。若干28歳の石川が、怖いまでに女の情念を歌い上げたからである。
 今回、石原が「雪散華」を歌うに際して、その「天城越え」が意識の下にあったことは確かである。49歳の石原に出来ないわけがない。彼女は今、それに挑戦しているかのようである。

■自筆の書でタイトル

石原詢子.jpg 来年1月には、30周年記念シングルの第2弾を発売を予定している。「来年10月までには3作を出すつもりです」と石原。第1弾を出したばかりだが、すでに次作品の検討も進む。春にはさらに、リクエストの多い楽曲を揃えたアルバムも出すという。
 9月には東京でコンサートを予定しているが、大阪でも秋ごろをメドに開催を考えている。歌手としての誕生年を迎える今秋から石原は、今までになく忙しくなりそうである。

 「1年が早く過ぎ去っており、30年も長く歌ってたかしら、というのが正直なところです。デビュー当初は30年も歌い続けられるとは思ってもいませんでしたが、好きな歌を歌い続けられるのは幸せなことです」

 プライベートでは絵を描くのが趣味の石原だが、去年からは書を習い始めている。知人を介して紹介してもらったという新やまと文字に一目ぼれした。月に1回、東京都内の教室で練習を続けている。その成果が、新やまと文字で石原自身が書いた新曲「雪散華」の真っ赤なタイトル文字である。

 「30年を機に変われるといいなぁ、と思っています。これからはいろんなことにチャレンジして、歌の幅も広げて、先生方から石原の楽曲を書きたい、と思ってもらえるようなアーティストを目指したい」

 これからの石原が1作1作、どのように変化していくのか楽しみである。それに応えて、楽しみにしていてください-と言わんばかりに、彼女は「はい!」と、言い切った。



 関西では13年目に入る長寿ラジオ番組のパーソナリティーを務めている。10月9日には神戸市で「第3回ウイング歌謡ショー」(主催・神戸ウイングスタジアム)に出演するほか、同30日には兵庫県尼崎市で「2017 にっぽんうたまつり」(同・日本レコード商組合関西支部)で歌う予定である。






[石原詢子 オフィシャルサイト]
http://www.junko-ishihara.com/
[石原詢子 ソニーミュージックダイレクト]
http://www.110107.com/s/oto/page/C0201?ima=3417






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沢田正人(ホリデージャパン)  「24時間そばにいて」  聴く人の心をわしづかみ  旅立ちをテーマにライブツアー展開中 10月には沼津でも [インタビュー]

沢田正人.jpg◆5枚目のシングル「24時間そばにいて」を2017年4月に出しているホリデージャパンの歌手、沢田正人がデビュー6年目を迎えている。デビュー当初から歌唱キャンペーンで全国のカラオケ喫茶店を連日のように訪ね歩いているが、その軒数が5年間で1500軒を超したという。今夏からはデビュー5周年を記念したライブツアーも始めており、10月9日には静岡県沼津市でも開催する。今年を「デバーチャー(旅立ち)の年」として、まったく新しいタイプの新曲で6年目に挑んでいる。それでも全国での歌唱キャンペーンは、今日も続けている。


沢田正人・24時間そばにいて.jpg









 滋賀県米原市で生まれ育った沢田正人「薔薇の涙」で歌手デビューしたのは2012年8月29日だった。今年、そのデビュー記念日を境に、全国5ヶ所でのデビュー記念ライブツアーを始めている。テーマは「デバーチャー(旅立ち)」。歌手・沢田正人のさらなる成長へ向けての旅立ちである。
 「デビューしてからの5年間はあっという間でした。全国1500軒でのキャンペーンなどを通じてたくさんの人に会うことができました。携帯電話のアドレス帳に登録する数は、それまでの会社員時代の何倍にも膨れ上がっています。その1人ひとりの顔もすべて浮かんできます」


沢田正人2.jpg そんな財産を抱えての新曲「24時間そばにいて」は、誰でもカラオケで歌えるように「歌いやすく作ってもらった」という期待の楽曲である。
 CDショップでのインストアライブやカラオケ喫茶店でのキャンペーンでも「馴染みのファンの人たち以外にも、CDを買ってくれています」と、評判はいいようである。

 ホリデージャパンに移籍して2枚目のシングル。沢田自身の想いが重なるかのように、その楽曲は情熱的で「聴いた人、とりわけ女性の心をわしづかみするような熱愛感ただよう内容」のポップス歌謡曲である。


 ♪ くちびるも 髪の先までも 僕だけのものだから ~ と情熱的に歌う沢田は、プライベートではパソコンやコンピューターゲームが大好きな青年でもある。すでにブームも去ったように見えるポケモンGOは「初リリースからずっと続けている」(沢田)ほどの熱の入れよう。宿泊先のホテルでも夜、部屋を抜け出してモンスターを求めて5キロほどさ迷い歩くほど。それにはマネージャーも「夜ですからね、心配ですから同行しています」と、苦笑いを見せる。

■5年間で1500軒キャンペーン

 カップリングの「恋ICHIZU」は作詞作曲が星つかさ。実はこの人、日本クラウンの歌手、和田青児のペンネーム。このところ自ら歌う楽曲の作詞・曲を手掛けているが、同じテレビ番組に出演している誼もあって、今回、沢田に提供した。
 演歌歌手・和田の作品かと思うようなリズミカルなポップス調の楽曲は、沢田にピッタリとはまる。

 ところで5年間で1500軒でのキャンペーンを行うと、歌手・沢田正人の名前も相当に浸透してきたのでは?
 「まだまだですよ。もっと頑張って名前と顔を覚えてもらわないと」と、1日3軒4軒と歌唱キャンペーンは今まで通りに続けていく、と今までとと変わりない歌への情熱を見せている。





[沢田正人 オフィシャルサイト]
http://www.sawadamasato.net/






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三丘翔太(テイチクエンタテインメント)  セカンドシングル「虹色の雨」 伸びやかな高音  百個を超えた趣味の蝶ネクタイコレクション [インタビュー]

三丘翔太.jpg◆高校3年で作曲家の水森英夫にスカウトされた。去年、22歳でテイチクエンタテインメントから「星影の里」でデビューした三丘翔太。今年3月にはセカンドシングル「虹色の雨」を出した。水森仕込みらしく、伸びやかに高音を響かせる。2017年11月15日にはセカンドカバーアルバム「翔太のお品書き 2」も発売が決まっている。


三丘翔太・虹色の雨.jpg








生地、柄などいろんな蝶ネクタイを集め始めたのは高校を卒業してから
今では百個を超えるコレクションに


 「虹色の雨」は作詞が里村龍一、作曲は水森英夫。好きな男性を想う女心を歌っている。前作の「星影の里」はふる里演歌だった。「そのふり幅の大きさが、僕のチャレンジ心を掻き立ててくれます」と三丘は、今作ではちょっと大人の世界へと背伸びをして歌っているようだ。

 「僕の声はさらりとしているので、泥臭く歌うのが課題なんです」

三丘翔太2.jpg 「虹色の雨」のサビである5行目の ♪ 花より淋しい 私の胸に ~ は、その<泥臭さ>が最も求められるようだ。
 ところがここは「最も高い音になって、下がっていきます。そこをどう歌うか、こぶしを回したりビブラートをまくしたてたり、とあれこれ試行錯誤しながら歌っています」と、若い三丘を悩ます。

 デビュー前から藤山一郎や春日八郎などの懐メロが好きだった。76歳と74歳になる祖父母が経営するカラオケ喫茶店で、知らず知らずのうちに覚えた。そうした歌謡曲のレパートリーが今では1000曲を超えるという。

 2016年9月には「お月さん今晩わ」(藤島桓夫)「かえり船」(田端義夫)「夕焼けとんび」(三橋美智也)など12曲を収録したカバーアルバム「翔太のお品書き」を発売している。収録曲は、日替わりの楽曲リスト「本日のお品書き」を用意して、その場でリクエストに応えて、流し姿で歌うキャンペーンで好評だったものばかりである。

 そのカバーアルバムの第2弾「翔太のお品書き 2」が、11月15日に発売される。前日の14日には東京都港区のJスクエア品川(JOYSOUND品川港南口店 2F)で「翔太のお品書きライブ VOL.3」を開く。

■耳に残る歌を

 デビューしたのは2016年1月。それまでの4年半は水森の許で毎週2回、レッスンを受け続けた。生活費はスーパーでのアルバイトで稼いだ。<熱血アルバイター>と呼ばれるほどの頑張りを見せていたという。
 そんな時に五木ひろし司会のBS朝日「日本の名曲 人生、歌がある」に、素人枠として出演した。それがきっかけでデビューへとつながる。「アルバイト先での送別会では、夢を持っのは周りの人も元気にしてくれる、の言葉で勇気付けられました」(三丘)。


 枝豆でひとり呑みするのが大好きだとか。「大阪は何を食べてもおいしいですね」。
そう話す三丘は「耳に残るような歌を歌えるように、作品の幅を広げていきたい」と、新人らしい意気込みを見せていた。






[三丘翔太 オフィシャルサイト]
http://www.sato-kikaku.co.jp/profile/mitsuoka.html
https://ameblo.jp/mitsuokashota/
[三丘翔太 テイチクエンタテインメント]
http://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/mitsuoka/






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五条哲也(日本クラウン)  デビュー10周年記念曲「桜並木の向こうに」  初の杉本眞人作品  心に入る感動曲の声も [インタビュー]

五条哲也.jpg◆日本クラウンの歌手、五条哲也がデビュー10年を迎えている。2017年8月に出した10周年記念曲「桜並木の向こうに」は、彼が初めて歌う杉本眞人の楽曲。愛する人を失って悲しみを抱えながらも、力いっぱい生きていこうと歌うバラードである。ファンからは「心にしみいる感動曲」と絶賛する声も聞かれるほど。30歳を過ぎてからのデビューであったが、ここに来てじわじわと人気を高めている。



五条哲也・桜並木の向こうに.jpg









 関西ローカル歌手としてのデビューかと思えば、東京でスタートを切っている。それほどに関西で出演する機会が多い。デビューして4年ほどは東京で活動していた。ふる里の関西に足を向けるようになったのは3作目の「北へ流れて」(2011年)あたりからである。もっと関西で名前を覚えてもらわないといけない、とアドバイスを受けてのことだった。
 五条哲也は「ここ2、3年は関西での仕事のほうが多くなりました。逆に東京にもっと力を入れなくてはいけなくなってきています」と笑う。
 そんなこともあってか、8月23日に「桜並木の向こうに」をリリースしてからは「デビュー当時にお世話になった東京のCDショップへ、報告を兼ねてキャンペーンで訪ねています」という。

 新曲「桜並木の向こうに」を作曲した杉本とは、五条は何度か一緒に仕事をしてきたが、楽曲の提供を受けるのは、今回が初めてだった。♪ ひゅうひゅうと散る花びら ~ は、この作品のサビともいうべきところだが、杉本は「もっと良い表現ができないかぁ ~ 」と何度も歌い直しを求めた。
 この時五条は、同じ言葉でも表現が如何に大切かを改めて知らされることになった。
 「僕はもともとキーが高い歌が得意なんですね。今回は標準まで下げて、低い音も歌えるように挑戦しました。今までになかったことだけに、表現とともに今回の楽曲で苦心したところでした」

 こうして出来上がった「桜並木の向こうに」は、誰からも評判が良いという。
 ファンの間からは「曲と詞がグッと心の中に入ってくるようで、聴いて感動した」といった声も聞かれる。

■性格は控えめ!?

五条哲也2.jpg 五条は歌手になりたくて19歳で上京。東京では音楽専門学校に入学している。しばらくして団しんやの付き人になるが、ボランティアで施設で物真似で歌っていたこともある。そんな時期に、音楽や漫談などすべてを取り入れて、客を楽しませるコツを学んだ。今でも時折、ステージで披露する小林旭の物真似も、この時に身に着けたものだった。

 夢とは程遠い下積みの毎日だった。控えめな性格で、表に立つのが自分に向いているのかずっと迷っていたこともあった。それでも30歳までは頑張ろう。だめなら生まれ育った京都に帰って、ほかの仕事に就こうと決めていた。
 「諦めなかったのが良かったです」
 辞めようと弱気になった時もあった。それでも応援してくれた人がいたことが、支えになった。そんな1人が今の事務所の社長だった。



 それが縁で日本クラウンのディレクターを紹介され、作曲家徳久広司のレッスンを受けるようになる。2007年10月には徳久が書いた「さすらいおはら節」で、日本クラウンからデビューした。

■歌うエンターティナーへ

 五条は歌手であるとともにエンターティナーであることを目指す。
 「僕のステージを見てもらう人たちに、楽しんで喜んでもらわないといけない。もちろん歌手ですから歌は百パーセントの力を出して歌いますが、それにプラスアルファが必要だと思うんです。一方通行じゃなくて、一緒に楽しめる何かが」
 客を楽しませなければ、と絶えず思うのは、やはり関西人の性なのだろうか。去年、京都市内のホテルで開いたディナーショーではダンスを披露している。今年の<出し物>は、まだ決まっていないそうだが「いろいろと楽しんでもらえるライブにしたい」と、張り切る。

 去年はビートルズ来日50周年であったことから、それを記念してマッシュルームヘアーにした。これもファンサービスだったが、意外にも不評を買ったことから、即座に元に戻したというエピソードも持つ。エンターティナーになるのも難しいようである。






[五条哲也 オフィシャルサイト]
http://www.leoproduction.co.jp/tetsuya/
[五条哲也 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/gojou/whats.html






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塚原哲平(ホリデージャパン) 「北国の街から・・・愛をこめて」 女性の心情を甘く歌う  LINEスタンプでアピール [インタビュー]

塚原哲平.jpg◆同じホリデージャパンの歌手加門亮、若原りょう、幸田和也らとともに「ホリデージャパン華の4人衆」を名乗る塚原哲平は、同じレコード会社の宮路オサムを頼って上京、歌手への道を歩んできた。2008年9月にホリデージャパンから「男の金字塔」でデビューして、今年で10年になる。高校、大学と野球をしていたからではないだろうが、新曲「北国の街から・・・愛をこめて」への思い入れは<一曲入魂>と硬派ぶりを見せる。


塚原哲平・北国の街から・・・愛をこめて.jpg









 「北国の街から・・・愛をこめて」は、今までのように声を張らずに抑えて歌っている。「これが結構難しいですね」と塚原。
 発売された当初は1日5軒のカラオケ喫茶店を回る歌唱キャンペーンを繰り返した。「倒れるかと思いましたが、これくらいやらないと、歌が伝わらないと思い、手を抜くことはしませんでした」
体育会系の面目躍如である。

 新曲をよりたくさんの人に知ってもらおうと、自身の似顔絵をモチーフにしたLINEスタンプを制作して、販売を始めている。塚原哲平スタンプhttps://line.me/S/sticker/1453824
塚原哲平・LINEスタンプ.jpg インパクトのあるスタンプはSNS時代に合わせた新しい情報発信のようだ。可愛いといった声も聞かれるなど、評判は上々だとか。
 「中条きよしさんがやっていたのを参考にしたのですが、他人がしていないことで宣伝したかった」

 カップリング曲は、同じ熊本県出身で九州で活躍した演歌歌手で舞台役者の故ばってん荒川が、20年前から歌っていた「帰らんちゃよか」をカバーした。
 歌は、歌手を目指して上京した塚原に、段ボール箱いっぱいの食べ物を送ってくれた母親の姿とダブる。箱に一緒に入っていた「頑張って」と書かれた母親からの手紙には何度も勇気づけられたという。

 「ある時、母から送られてきた荷物の中に1枚のCDが入ってましてね、それがばってんさんの『帰らんちゃよか』だったんです。その母は僕がデビューする半年前に亡くなってしまいました」

 その時の母親の心の内を今、塚原は歌い始めている。

■ヒットはよく食べることから

 4人衆は食べることが大好きだ。どこへ行ってもよく食べる。
 衣装が合わなくなったと言う幸田和也ほどでないしても、メンバーはこのところ太り気味である。塚原たちは揃って出かけた関東地区でのCDショップへのキャンペーンでも、予定時間より早く現地に到着したのを口実に、朝から山盛りのどんぶり飯といった具合であるから、まるで関取のよう。

 もちろん4人は訪問先でそれぞれ、歌って新曲をアピールする。店によっては4人衆のコーナーを作ってくれているところもある。
 そこで「北国の街から・・・愛をこめて」を歌う塚原は「初めて歌うジャンルの楽曲ですが、手応えを感じます」と、朝飯効果を発揮する。
 4人衆の共通項はムード歌謡らしいが、塚原は1人、はぐれ鳥のように今まではムード歌謡は歌ってこなかった。それでも最近は「『北国の街から・・・愛をこめて』のように、女性の心情を歌うムード歌謡寄りが多くなりました。これからはムード歌謡をどんどん歌っていきますよ」と笑ってみせる。






[塚原哲平 オフィシャルサイト]
https://ameblo.jp/osamuennka-3926/
[塚原哲平 ホリデージャパン]
http://www.holiday-japan.co.jp/menu/artist_ta2_tt.html






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こおり健太(徳間ジャパンコミュニケーションズ)  「風花」 ますます高まる男女問わない人気 [インタビュー]

こおり健太.jpg◆徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手、こおり健太の人気が高まっている。このほど関西地区で3日間にわたって行ったカラオケ喫茶店などでの歌唱キャンペーンでも、今までの女性ファンとともに男性ファンが歌う姿も見られるなど、ファン層の広がりが見られた。2017時6月に出した「風花」は、前作に続いてオリコンの演歌チャートでは初登場1位にランキングされたなど、1作ごとにその支持の高さを見せている。11月には大阪市内でライブも予定している。


こおり健太・風花.jpg









 「風花」は作詞が田久保真見、作曲岡千秋。こおり健太とっては、いずれも初めての顔合わせであった。「僕のために一生懸命に作ってもらった作品です。岡先生にはアレンジの打合せの時に初めてあいさつをしましたが、父のような空気を感じました」(こおり)

 その「風花」は女歌である。保育士を経験しての歌手デビューである彼ならではの優しさが、にじみ出ているような楽曲である。そんな彼であるから、当初から女性人気の高さは言うまでもない。発売1ヶ月前から全国各地で新曲予約キャンペーンを行ったが、そこでもたくさんの女性ファンが行列を作っていたほどである。


こおり健太2.jpg 今までの彼の支持基盤は女性であったわけであるが、ここにきて男性の支持もぐっと高めている。9月12日から14日までの3日間、大阪府内など6ヶ所で行った歌唱キャンペーンでは、たくさんの女性ファンに混じって男性の姿もあり、一緒に「風花」を歌う光景も見られた。
 そんな彼を全会場を追っかけた女性ファンのひとりは「こおり君の魅力は何といっても心にしみこんでくる声です。聴くたびに身震いするほどです」と話している。

 こおりはデビュー9年目である。デビュー曲は2008年にキングレコードから出した「口紅哀歌」。今の徳間ジャパンコミュニケーションズには、2011年の「泣いてください」から。以来、新曲を出すたびに大阪でのキャンペーンを続けている。




 デビューから9枚目のシングルになる「風花」は、詞とメロディーが強烈に女性ファンを惹きつける。しかも彼は「1番から3番まで、歌の後半に ♪ 嘘でもいいの ~ といった同じ歌詞が出てきます。その歌い分けの楽しさを味わってほしいです」と、歌いどころをアピールする。


 こおりは「みなさんからの支持率が高まっているのは、励みになります。最近は歌の移り変わりのスピードが早いですが、より多くの人たちに長く愛されるように歌っていきたいです」と話している。

 10月6日にはNHKの歌番組「ごごウタ」への出演も決まっているという。また11月 28 日には、大阪・阿倍野のライブハウス・あべのROCKTOWNでライブも開く。





[こおり健太 オフィシャルサイト]
http://k-kenta.sakura.ne.jp/wp/
[こおり健太 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/koori.html






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真木柚布子(キングレコード)  「ホタルの恋」 ホタルになってきっと帰ってきます  演歌ミュージカル一人芝居の新作「知覧のホタル」の劇中歌 [インタビュー]

真木柚布子2.jpg◆キングレコードの歌手、真木柚布子が演歌ミュージカル一人芝居の新作「知覧のホタル」を2017年11月20、21の両日にわたって東京・渋谷の伝承ホールで行う。太平洋戦争中の実話をモデルにしたフィクションで、特攻機に乗って飛び立っていった若い飛行兵と女学生の悲しくて切ない恋物語に仕上げた。全編鹿児島弁での真木のセリフも見どころ。これと並行して制作されたのが、8月23日に発売されたシングル「ホタルの恋」。カップリングには11分半の「歌謡芝居 ホタルの恋」を収録している。








真木柚布子・ホタルの恋.jpg 鹿児島・知覧町にある富屋旅館。その前身である冨屋食堂には、明日は特攻機に乗って死んでいく運命にある若き特攻兵たちが、「お母さん」と呼んで慕い心のよりどころとしていた食堂の鳥濱トメさんがいた。そこでの彼らのエピソードはたくさん残っているが、「僕はホタルになってあなたの元に帰ってきます」と言って散っていった飛行兵の物語は、今までにも映画やドラマでしばしば演じられてきた。

 真木布柚子が歌と芝居で演じてきた演歌ミュージカル一人芝居の第5弾となる「知覧のホタル」もまた、それに材を取ったが、内容も登場人物もフィクションである。芝居では真木が女学生から80代の女性、特攻隊員の母、ナレーションと1人で4役を演じ分ける。
 中でも苦労したのが鹿児島弁であった。地元の俗謡として歌い継がれている「茶碗蒸しの歌」も、鹿児島弁で見事に歌っている。「イントネーションを覚えながら、セリフを覚えるのが大変」(真木)だった。

 鹿児島・南日本放送でラジオのパーソナリティーをしている女性から電話で指導してもらった。真木は「電話を録音して、それを繰り返し聞いて勉強しました」と、その苦労ぶりを明かした。

■命の大切さを伝える

真木柚布子3.jpg 真木が知覧を訪ねたのは去年の8月だった。仕事を終えて宿泊先に選んだのが富屋旅館であった。そこで見聞きしたのが、悲しくも虚しい特攻の話だったのである。ホタルになって帰ってくる、と言って女学生と永遠の別れをした特攻兵が、実際にホタルになって戻ってきた話もその時に聞かされた。

 「これを次の一人芝居にしよう、と衝動に駆られ、死んでいく若い特攻兵と女学生の恋物語が、出来上がっていました。偶然に宿泊することになった富屋旅館でしたが、今となってみると、それを演じるために導かれてきたような気がします」

 太平洋戦争をテーマにした真木の一人芝居には「九段の母」もあるが、それにも増して「知覧のホタル」では、家族を守るといった使命感とは裏腹に、本当は死にたくなかったという彼らの心の内を表現しようとしている。



 当時の女学生たちも、今では90歳近くなっている。亡くなっている人もいる。そんな今であるからこそ、真木は「戦争は決してしてはいけないと、後世に伝えていく必要があります。たくさんの人に『知覧のホタル』を見て、歌を聴いてもらうことで、命の大切さを伝えていけることを期待しています」と、話している。

■11月には特別公演

 一人芝居「知覧のホタル」の劇中歌が「ホタルの恋」である。カップリングの「歌謡芝居 ホタルの恋」は、知覧のホタルを11分半に縮めたもの。この中にも「ホタルの恋」が挿入されている。
「歌謡芝居 ホタルの恋を聴いてからホタルの恋を聴いてもらえると、一層感情が高まると思います」(真木)

真木柚布子4.jpg真木柚布子5.jpg
「ホタルの恋」を歌う真木柚布子

 富山県高岡市で9月10日に開かれたファンクラブ北陸柚子の会「真木柚布子まつり」でも、「ホタルの恋」「歌謡芝居 ホタルの恋」を披露している。18日には再度、鹿児島にも出かけて歌う。「北陸のファンの人たちにも喜んでもらいました」と真木が言うように、新曲の評判は良い。9月18日付のオリコン演歌チャートでも、18位と高ランキングを維持している。

 発売後初の大舞台での披露となる東京・伝承ホールでの真木柚布子特別公演では、約1時間の一人芝居と約2時間の歌謡ショーのステージに桜の花とホタルが舞う。





[真木柚布子 オフィシャルサイト]
http://www.yukomaki.com/
[真木柚布子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=12453






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三門忠司(テイチクエンタテインメント) 「夫婦みち」 歌いやすく覚えやすいと好評 絶対にヒットへ [インタビュー]

◆「人生80からやで」と言うのは、今秋、73歳を迎える三門忠司である。人生の本番を迎えるまではまだ7年もあるわけで、今大いに元気をみなぎらせる。その秘訣は「毎年新曲をもらって歌えることに幸せを感じること。それ以上を望むとバチが当たる」という。2017年6月に出した新曲「夫婦みち」は「歌いやすくて覚えやすいので評判が良いです。絶対にヒットするで~」と、自信を見せている。

三門忠司.jpg






三門忠司・夫婦みち.jpg


 今まで三門忠司の歌には、演歌ならではの耐え忍ぶ女性が登場する作品が多かった。「夫婦みち」のように、夫婦を題材にした幸せ演歌は初めてだと言う。夫婦ものは2005年に「百年坂」を出して以来だとも。評判がいいのは、そんな久しぶりの夫婦演歌なのと、歌いやすいところに理由があるのかも知れない。

 30代から80代まで幅広いファン層に支えられている。とりわけ「80代の女性は元気やね。カラオケ歌って疲れ知らずや」と話す三門。そんな女性に向けてのメッセージを込めて歌っているのだろう。

 「♪ 今日から俺は お前と一緒 ~ の歌詞にあるように、今までは迷惑をかけてきたけど、これからはお前と共に歩いて行くで、と年を重ねた夫婦を歌っています。落ち着くとこに落ち着いた、といったところでしょう」
 そこには放蕩三昧だった夫を許す妻の姿が見えてくる。「きっと芯の強い女性なんでしょうね」(三門)。

[新月]?熱く歌って38年

 三門はデビュー38年目になる。脱サラして36歳での歌謡界入りだった。「クヨクヨせずに、毎日少しの焼酎を飲む」のが若さの理由。
 同じレコード会社の永井みゆきなど大阪・岸和田市出身の歌手4人と一緒に、今年6月に岸和田市観光大使に任命されている。全国に岸和田をアピールしていくのだという。

 「岸和田の良いところは、やはり毎年秋になると、老いも若きも、町ぐるみでだんじり祭りに熱くなるところでしょう」

 だんじりの熱さをそのままに、今まで歌に反映してきたのだろう。そんな熱気とは裏腹に三門は「40周年までは元気にやって行きたい」と、やや控え目であるが、2017年末には大阪・梅田のヒルトンホテルでディナーショーを予定しているなど、その40周年に向けて走り出している。






[三門忠司 テイチクエンタテインメント]
http://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/mikado/






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桜井くみ子(日本クラウン) 「哀愁流転」  悲恋を歌ったデビュー10周年記念曲  人気曲「海宿」「別れの港」も収録 [インタビュー]

桜井くみ子.jpg◆デビュー10周年の桜井くみ子が初心に帰って歌う「哀愁流転」。10周年記念曲として2017年5月に出した悲恋歌である。カップリングには、カラオケ定番曲としてファンから高い支持を受けている人気曲「海宿」(2015年)「別れの港」(2012年)の2曲を収録している。10周年記念コンサートも終えて「新曲は自分の今の気持ちを飾ることなく、素直に歌える楽曲」と、一心不乱に歌い続けている。


桜井くみ子・哀愁流転.jpg










 「哀愁流転」は男女の恋歌であるが、「力強く芯のある歌い方で、一声ひと声がしっかりと前に出るように歌っています」と桜井。
 弦哲也の作品は「海宿」以来、2作目。レコーディングまでにみっちりと2度レッスンを受けた。もっともっと、と声を出すことを求められた。
「私にはあまりなかったタイプの作品だけに、とことん歌い込んだほうが気持ちを呼び出せたようです」

 そんな想いを込めたのか、デビュー以来ずっと着物だった衣装も、今回初めて洋服にして気分一新を図った。ジャケットも「手に取ってもらえるように」と、10周年にかける桜井の心のうちを感じさせる、自身の表情を強調した。

桜井くみ子3.jpg「クラウン歌う王冠ライブ」で歌う桜井くみ子

 カップリングに収録したのは、いずれもここ数年に発売した中でも、カラオケでもとりわけ人気の高い楽曲を2曲選んだ。「10年の歩みを詰め込むつもりで選曲しました」(桜井)というもので、中でも「海宿」は発売から2年がたつが「キャンペーンで歌うと、必ずCDはないのと尋ねられます」(同)と評判が高い。同様に「別れの港」も人気は衰えていないという。

 桜井ファンにとって「流転哀愁」は、たまらない1枚と映っているはずである。

■感じるままに歌う

 桜井くみ子のデビューは2008年7月であった。日本クラウンの創立45周年記念オーディションでグランプリを獲ったのが、歌手へのきっかけとなっている。18歳と6ヶ月で短大を中退して上京した。デビューを8年の歳月をかけて手に入れた努力家である。
 「デビューまでの不安だった気持ちなど、10年間のいろんな自分の想いをこの歌の中に込めています」(桜井)

 デビュー当初は明るく元気な楽曲を歌っていた彼女も、このところは専ら大人になった女性らしく、哀しいの恋心を表現するようになった。
 「今の気持ちを、ただ一心不乱に歌っているだけ」と桜井。ファンの笑顔が一番の励ましだともいう。
 今年7月には「10周年記念コンサート ~ありがとう夢に向かって一歩ずつ~」を、東京・日本橋公会堂で開いている。初のソロコンサートでもあった。「地元大阪でもソロコンサートが行えるように頑張りたい」。

 大阪府堺市出身。マンホールの蓋の写真を撮るのが趣味である。今までに撮影したのは100ヶ所余になる。地元堺市のマンホールは、花しょうぶなどのデザインを採用しているのだという。

 桜井は「今までの歌は、決して形からはみ出さない歌唱でした。これからは自分の感じるままに表現出来るようにしていきたい」と、今までになく歌うことに真摯に向き合っている。






[桜井くみ子 オフィシャルサイト]
https://ameblo.jp/kumiko-sakurai/
[桜井くみ子 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/sakurai/whats.html






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岡ゆう子(キングレコード)  「しあわせの サンバ」  日本を明るくする歌  メソソメするよりも陽気に明るく歌いましょう! [インタビュー]

岡ゆう子.jpg◆クヨクヨと泣いても、笑っていても同じ人生だよ。それなら笑顔で楽しく過ごそうよー。明るく話すキングレコードの歌手、岡ゆう子が歌う新曲「しあわせの サンバ」は、タイトルの通りにサンバのリズムが、聴くもの誰もを明るくしてくれる。レコーディングでは「自然と楽しくなってきて、踊りたくなってきた」と岡。作詞の仁井谷俊也、作曲の岡千秋の両人もノリノリで、岡自身も「1度、こうした歌を歌ってみたかった」と、笑顔を見せるほど。イントロをはじめ楽曲の随所にホイッスルの音がはさまれて、とにかく全編が陽気で明るい作品である。


岡ゆう子・しあわせのサンバ.jpg









 「岡千秋先生がピアノを弾きながら自ら歌っているデモテープを初めて聴いた時、自然とウキウキとしてくけような歌でしたね」(岡)。
 彼女がもらった新曲の候補はい6作ほどあったが、とにかく「しあわせのサンバ」の明るいリズムが耳から離れない。これしかない、と強烈な印象だった。

 強烈なのは歌だけではない。衣装もまたパンチが効いている。
 サンバのリズムにのって踊り子が踊るブラジルのカーニバルは有名であるが、さずがにそこまで肌を露出した衣装には抵抗があるのか、着物に背中には、サンバカーニバルを連想させる大きな帯を結んでいる。腰には大きな花。そして頭にはティアラといった具合に、とにかくド派手。
 「車の移動じゃないと、遠方への衣装の持ち運びは難しいですね」
 と、取材時には平服だった。

 「この楽曲ならアマンダがいい」と、舞台女優のアマンダに振付を依頼した。プロモーションビデオ(PV)には、岡のバックでアマンダが踊る姿や、彼女が岡に振付をレッスンする模様も収まっている。
 「最初はダンスにテレもあったんですよ。でも今は慣れてきました。ダンスは2時間ほどかかりましたが、楽しい歌ですから1度覚えてしまうと簡単ですけどね」

岡ゆう子・しあわせのサンバPV.jpg
アマンダと踊る「しあわせのサンバ」のPV


 今までの岡ゆう子のイメージとはガラリと変わっているだけに、初めて耳にする人の中にはキョトンとしてあっけに取られている人もいる。
 「でも、歌を聴いているうちに身体を動かし始める人もいるんですよ。やっぱりサンバのリズムは人を陽気にしてくれるんですね。カラオケ発表会・大会で歌うと、きっと目立つと思います」

 取材中には、終始明るい笑顔を見せてくれていた岡だが「こう見えて、結構暗いんですよ。クヨクヨもしますしね」と、ハハァと笑って話してくれた。

 岡は「この『しあわせのサンバ』は、日本中を明るくしてくれる歌だと思います。こんなリズム歌謡は大好きですし、この先も歌い続けていきたいジャンルですね」と話していた。

■29日にはカラオケ大会も


 「岡ゆう子<しあわせのサンバ>カラオケ大会・ダンス大会」を2017年9月29日に、キングレコード関口台スタジオで行う。出場するのはカラオケ・ダンスともに、事前に応募のあった作品の審査で勝ち残った人で、岡千秋、アマンダらが審査を行う。当日は岡ゆう子のミニライブも開かれる。





[岡ゆう子 オフィシャルサイト]
http://www.pinemusic.co.jp/
[岡ゆう子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=18564






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安倍里葎子(テイチクエンタテインメント)  全力で新曲「恋人気分で」を売っていくー  50周年への意気込み語る  デュエット相手役を一堂に集めたコンサートも [インタビュー]

◆テイチクエンタテインメント移籍第1弾「恋人気分で」新曲発表会を先ごろ東京都内で開いた安倍里葎子が2017年8月28日に来阪し、新曲を強力にアピールするとともに「今までデュエットの相手役を務めた人たちを一堂に集めたコンサートも開いてみたい」など、3年後のデビュー50周年に向けた意気込みを語った。

安倍里葎子.jpg
50周年へ向けて新曲「恋人気分で」を確実に売っていきたいと話す安倍里葎子

 安倍はインタビューで開口一番に「とにかくがむしゃらに『恋人気分で』をヒットさせることに専念したい」と、強い想いを披瀝した。
 さらに「色んな所で力いっぱい歌唱キャンペーンも行っていきます」と意欲も見せる。

安倍里葎子・恋人気分で.jpg 100万枚セールスを達成したデビュー曲の「愛のきずな」をキングレコードから出して、同社に10年間在籍したが、その後はレコード会社を転々としている。今回、久々に大手レコード会社に復帰してのリリースだけに、新曲への意気込みもいつも以上に強いようである。
 「お酒もやめて10年になります。腹筋100回などストレッチも毎晩、入浴前に30分続けている」(安倍)ほどで、全国キャンペーンへ向けての体力作りにも力を入れる。


 メイン曲の「恋人気分で」は「今までと違って、無感情に歯切れよく歌っています。それによって、歌詞が聴く人たちにしっかりと入っていくように思います。ラストの ♪ 二人の時間が迷子になって 夢の 夢の世界へ ~と歌い上げています」と、歌う彼女の表情は実に気持ち良さそうである。

■デュエットのギネス

 安倍里葎子は<デュエットの女王>と異名を取った。それは橋幸夫とデュエットして30万枚を販売した「今夜は離さない」(1983年)が第1弾だった。リバスター音産に移籍して間もない橋が、オーディションで相手役に選んだのが安倍だった。

 その後、彼女は松方弘樹、桜木健一、林与一、誠直也らとデュエット曲を次々と発表している。その相手は今作のカップリング曲「感じるままに私を抱いて」で歌うタケ・ウケタが17人目になる。
 新曲の「恋人気分で」には、標題曲のほか「狸小路の夜は更けて」とデュエットの「感じるままに私を抱いて」の3曲を収録している。

安倍里葎子・愛のきずな・小.jpg
デビュー曲で100万枚を突破した「愛のきずな」(1970年)

 1984年に出したデュエット第2弾の「誘惑」(リバスター)でデュエット相手となった桜木健一は、今月、都内で開かれた新曲発表会にも姿を見せて、「恋人気分で」発売を祝っていた。
 安倍は「橋さんとの『今夜は離さない』以来、5年連続でデュエット曲を出して、最近では2012年に『今夜もしものストーリー』(フリーボード)を出しています。今作で相手役は17人になりました。これからも歌い続けてギネスを狙います」と、デュエット曲もへの強い想いを見せている。

 かつてデュエットの相手としてオファーをもらった1人に、今回、同じレコード会社になった増位山太志郎がいる。当時は実現しなかったが、2020年に迎える50周年の記念デュエット相手としてラブコールを送りたいとも。


 来年2018年2月26日には内藤やす子とのジョイントコンサートも予定している。


[安倍里葎子 テイチクエンタテインメント]
http://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/abe-ritsuko/






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白川ゆう子(日本クラウン)  「ホテル上海」 3年ぶり3枚目のシングル  聴けばきくほどに味が出てくる  目指すは30万枚セールス [インタビュー]

白川ゆう子1.jpg◆歌手デビューして33年。今の芸名に変更して3年ぶり、そして3枚目のCD ー 。今年の白川ゆう子は「3」という数字に縁があるようだ。さらに「3万枚では少なすぎるし、どうせなら30万枚の大ヒットをねらいます」と、強気にとことん3にこだわって、2017年4月に出した新曲「ホテル上海」のアピールに余念がない。同8月29日、大阪府堺市内のショッピングセンターで初めて開いた歌唱キャンペーンでは、白川の歌唱中ずっと口ずさんでいた1人の女性ファンが、彼女に誘われてステージに飛び入り。一緒に歌うシーンもあった。聴き応えあるこの歌は、歌好きの人たちの間に徐々に浸透しているようである。


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 2度、3度と聴くに従っていい歌だと思えてくる。「ホテル上海」にはそんな声が聞かれる。白川ゆう子は5年前の再デビュー曲「置き手紙」では、その歌唱力の高さを多くの人に認めさせたが、3年ぶりの新曲でも聴くものを決して裏切っていない。

 ♪ 窓を横切る 貨物船 ~ 歌い出しは美空ひばりの「東京キッド」のような匂いを感じさせ、昭和のジャジーなイメージを膨らませている。その退廃的な感じからだろうか「かつての日吉ミミを思わせる」といった声すら聞かれるほど。

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堺市のおおとりウイングスで初めて歌う白川ゆう子

 太い声は白川の歌の魅力でもある。その声で「ホテル上海」では、去ってしまった恋人を追って、上海のホテルでひとり想い出に浸る女を投げやりに歌う。歌のラストの ♪ あの店でラストダンス踊ったね ~ は「高い音でしっかりと声をお腹から出すように、しかも哀愁を込めて歌う」のが聴かせどころである。

 「大人のラブソングで、ジャズっぽいリズムは前作の『置き手紙』とまったく違った楽曲です。歌っていても楽しいです。カラオケ大会で歌うと、きっと目立つと思いますよ」(白川)。

 カップリングは「ふられ女のひとり言」。ボーナストラックとして、前作の「置き手紙」を新録音で収録している。「『置き手紙』はカラオケ好きの人たちではいまだに人があって、よく歌われています。それに応えようと、ニューバージョンで収録しました」

■歌はわたしの命

白川ゆう子6.jpg 白川は5年前に再デビューするまで、最上竜子の芸名で演歌を歌っていた。デビュー曲は田代ゆう子として、三門忠司などと競作の「片恋酒」(1984年)だった。
 巣鴨歌謡劇場の女王と呼ばれていた2007年頃には、須賀ゆう子の名前で元読売ジャイアンツの選手で当時は野球解説者をしていた角盈男とデュエットしたのが「巣鴨で逢いましょう / みちのく恋物語」(日本クラウン)だった。
 この楽曲で初めて作曲家水森英夫のレッスンを受けることになるが、その数年後、まさか水森の門下生となるとは夢にも思っていなかった。

 「大阪・岸和田市で開かれた水森英夫先生のオーディションを東京から受けにやって来たんです。合格しましてね、晴れて門下生になり、今度はバラード歌手の白川ゆう子として生まれ変わることになったんです」(白川)



ファンの飛び入りで一緒に歌う白川ゆう子(右)

 演歌歌手時代は師匠を持たずに独学で歌ってきただけに、楽しかったが歌唱の基礎はなく、演歌独特のこぶしも5年をかけてようやく身に付けたほどである。だから門下生になってからは特訓に次ぐ特訓で「本物の歌い手を目指す日々」(白川)が続いた。

 水森学校のレッスンは門下生全員で発声練習をした後、個別指導を受ける。
 「皆の前でこっぴどく怒られるんです。先生の言うことは一つひとつが正しいので、言い返すこともできませんしね。しかも次のレッスンで直ってないと、また怒られます。家に帰って『歌手をやめる』って、ひとりで何度も大泣きしました」

 レッスンで、レコーディングでと、とにかく白川は良く泣く。それでも「歌はわたしの命です」と歌い続ける。目標とする歌手は、誕生日が5月29日で同じという美空ひばりである。歌唱キャンペーンでは、しばしばひばりナンバーをカバーする。






[白川ゆう子 オフィシャルサイト]
http://www.mitsui-ag.com/yuko/
[白川ゆう子 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/shirakawa/whats.html






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鏡五郎(キングレコード)  好スタートの「千鳥の舞 / 織田信長」 評判の添い舞演歌   格好よく歌えると好評 [インタビュー]

鏡五郎・小.jpg◆添い舞が出来るような歌が欲しいー 。キングレコードの歌手、鏡五郎のファンにはたくさんの日舞の師匠がいるが、そうした人たちやCDショップの濃尾商会(名古屋市)などから、そんな声が数多く寄せられていた。それをCD化したのが、鏡が2017年7月に出した「千鳥の舞 / 織田信長」である。メイン曲の「千鳥の舞」は女歌で、カップリング曲の「織田信長」は男歌だが、どちらも性別に関係なく評判はいいという。鏡は「自分らしい、格好いい歌をもらった」と笑顔を見せている。









 「歌と踊りをセットで見てもらう」
 鏡五郎はこれからの自分の歌のスタイルを、このように語った。
 新曲の「千鳥の舞 / 織田信長」は、たくさんの人たちの要望に応える形で、日舞による添い舞ができる歌として作られたもので、73歳になった鏡が「これこそ自分が求めていた歌の形」と言わんばかりである。
 「歌に合わせて踊る添い舞を楽しむ人たちはたくさんいます。ところが踊れる歌と言えば、民謡歌手が歌っているもののほかは、数少ないのが現状なんです。カラオケで歌って、踊れる歌を求める人たちはたくさんいるのです」

鏡五郎・千鳥の舞.jpg 鏡の歌では2001年に出した「天翔の舞」2003年の「鞍馬の火祭り」以来だという。
 歌に合わせての舞は「カラオケ発表会・大会では目立つ存在になる」(鏡)だろうし、事実、自分の歌(カラオケ)に踊りを入れたいという人は少なくないそうだ。

 琴と篠笛の音色のイントロでゆったりと始まる「千鳥の舞」。♪ 幾夜寝覚めて 袖濡らす ~ と女の切なさを歌い上げているが「最近少なくなってきた日本情緒をたっぷりと盛り込みながら、少しモダンな感じをもたせています」と鏡。
 「織田信長」には尺八と鼓が響き渡り、♪ 信長は ここにあり ~ と見得を決めて、鏡が歌ってきた一連の忠臣蔵もののように、格好よく演じて歌う。
 8月9日には、間奏に鏡が踊る映像が収録されたDVDカラオケ「キングDVDカラオケHit4 Vol.152」も発売されている。

 鏡五郎の本領発揮と言った、この2曲は「オリコン初登場2位でした。CDショップでの売れ行きも好調」といった具合に好スタートを切っている。発売1か月の8月26日付のオリコン演歌チャートでも13位にランキングされているほどだ。

■殺陣師・三好郁夫直伝の振付

鏡五郎・千鳥の舞・DVD.jpg 「千鳥の舞 / 織田信長」に限らず、鏡は数多くの作品で自ら歌いながら踊って見せている。その振付はなかなか堂に入ったものである。
 それは8歳年上の兄で、5年前に亡くなった東映の殺陣師だった三好郁夫さんから指導されたものだという。
 「兄は45年に渡って、たくさんの俳優さんたちの殺陣指導をしていましたが、美空ひばりさんにはとても可愛がってもらっていたようですね。僕なんかは、どうして普通の動きができんのや、と良く怒られたもんです」(鏡)。


 そんな鏡がステージで見せてくれる振付がピッタリとハマる今作。さぞかしこれからは、歌好きの人たちのカラオケ発表会でも、歌に合わせたたくさんの創作日舞が見られるようになるだろう。
 明日8月26日には福岡市内で、ディナーショーのスタイルで新曲発表会が催される。鏡の作品を数多く手がけている佐賀県在住の作曲家山崎剛昭の弟子たちによる歌唱発表のあと、鏡のショーが1時間余行われ、ここで「千鳥の舞 / 織田信長」を披露するのだが、どんな踊りが登場するのかも楽しみでもある。





[鏡五郎 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=10398






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逢川まさき(日本クラウン)  ムードいっぱいに低音を響かせる「しあわせの借り」 10周年の来年には大きなコンサートを [インタビュー]

逢川まさき3.jpg◆生まれつきの低音だという逢川まさき。その声が電車内に響き渡っていた訳でもないが、向かいのシートに座っていた60歳ぐらいとおぼしき男性が「逢川まさきさんですよね」と、話しかけてきた。歌手デビューして10年目になるが初めてのことだった。「思わず新曲のチラシを手渡したんです」。2017年6月7日に出した新曲「しあわせの借り」は、切ない女ごころを低音で歌い上げている。高音の男性歌手がこのところ目立つ中で、貴重な存在だ。熊本から上京して、デビューまでに6年かけて夢を実現させた。今年1月には初めての日本クラウンヒット賞・敢闘賞を手にしている。今後が楽しみな1人である。






 美川憲一のデビュー当時の声に似ているー。
 そんな事をしばしば言われたりもしたが、10年前にデビューした時には、敢えて美川とは別の路線で売り出すことにしたという。
 「今は意識せずに、いろんな歌を歌えるようにしています。カップリング曲の『恋の坂道』では、石原裕次郎さんのムード歌謡の雰囲気かな」

 確かに美川憲一の声と良く似ている。
 カラオケで男性がリクエストしたくなる楽曲なのだろう。中高年の男性ファンに支持率が高いのも、うなづける。電車で話しかけてきた人も、そんな彼の声が大好きで歌っているはずである。

■デビューまでに6年

逢川まさき・しあわせの借り.jpg 10代からカラオケ大会でJPOPや演歌を歌っていたのをきっかけに、熊本の作曲家大道一郎にレッスンを受けるようになった。ある大会で作曲家の水森英夫にスカウトされたのが、上京するきっかけとなった。「演歌向きの声」と言われたが、デビューは叶わなかった。
 小学4年から中学2年までは、熊本の合唱団で所属して歌っていた。この時に地元代表として、全国各地へ遠征もしている。「歌手になる」と上京した際にも、当時のメンバーや友人たちが見送ってくれている。



 「東京へ出たからには、1度や2度の挫折でそう簡単に諦めて地元へは帰れなかった。熊本時代の師匠だった大道先生に相談した結果、東京に残って仕事を続けながら1人でデビューを目指すことにしたんです」

 それから6年、念願かなって2008年に日本クラウンから「港たずねびと」でデビューを果たした。大道が曲を書いた。新曲の「しあわせの借り」はそれから9曲目である。今度は詞は紙中礼子が、曲は中崎英也が書いた。

■親譲りの低音

 美川似の低音は親譲りだという。
 両親も祖父母から続く歌好きが、逢川を歌手へと推し進めた。今年1月の日本クラウンヒット賞では、初めて敢闘賞を受賞した。その表彰式の席で歌手への第一歩を踏み出させてくれた水森とも再会している。
 「デビューして10年になることを告げると『頑張っているなぁ』と言ってもらいました」と、逢川はうれしそうだった。

逢川まさき2.jpg

 その受賞曲は前作の「そんなもんだぜ」だった。やはり低音が聴く人に心地よく、沁みわたってくる1曲だった。それに続く今作の「しあわせの借り」も、その魅力を思う存分に感じさせてくれて、あなたには私をしあわせへ導いてくれた借りがあるの ~ と女ごころを歌う。
 さらに石原裕次郎を思わせるようなカップリングの「恋の坂道」(作詞・藤井芽衣、作曲・一修、編曲・松井タツオ)は、彼の低音がムーディーさを高めてくれる恋歌である。

■来年も単独コンサートを

 去年は浅草公会堂での熊本地震復興支援チャリティーと銘打った単独コンサートも大成功におさめ、着実に成長している逢川。それに先駆けて一昨年には、浅草のカラオケ喫茶店を会場に半年間、マンスリーライブを開いている。毎回約2時間、12、13曲を歌った。これによって「歌う力をつけることが出来た」(逢川)とともに、彼のファンを増やすことにもつながった。

 こライブでは尊敬する歌手のひとり、ちあきなおみの「かもめの街」「喝采」「紅い花」「冬隣」などをカバーもした。「ちあきさんのように、歌の世界を伝えられる歌手になりたいですね」と逢川。

 来年はいよいよ10周年を迎える逢川だが「大きな節目でもあるので、来年にはコンサートをやってみたい」と、ますますの成長を目指す。





[逢川まさき オフィシャルサイト]
https://blogs.yahoo.co.jp/aikawa039
[逢川まさき 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/aikawa/whats.html






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