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みやま健二(徳間ジャパンコミュニケーションズ) 大阪初のディナーショー 盛り沢山の見せ場と歌唱 渡辺要、塩乃華織らがゲスト出演 200余人が大歓声 [イベント]

◆徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手、みやま健二が2018年2月18日、大阪市都島区の太閤園で、3部構成の4時間半にも及ぶディナーショーを開いた。ショーダンサーの踊りに合わせて歌うみやま。所属事務所WARAKASUの「男の演歌」劇団による寸劇や、オープニングでは桃太郎のような出で立ちでの歌唱と剣舞。盛り沢山の見せ場に集まった200人を超すファンは最後まで大きな歓声を上げていた。

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華やかなレビューでショーを盛り上げた

 みやま健二が活動拠点を京都から大阪へ移して4年。初めて大阪で開くディナーショーにふさわしく、会場はファンクラブのメンバーや出演中のJ:COM11チャンネルで放送するテレビ番組「歌に恋して」の出演者たちをはじめ、彼を応援する人たちで埋め尽くされた。

 その熱気に応えるかのように、客席後方から登場したみやまの姿は、羽織袴に鉢巻姿の剣士。ステージに上がって「俺のみち」などを歌い、抜いた剣をふた振り三振りして見せた。剣道歴30年の彼は出身地の京都府代表で3度も全国大会に出場し、25歳で4段位を取得。京都には1000余人の教え子もいるというほどの腕前を誇る。

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美剣士姿で登場したみやま健二

 その美技をもう少し鑑賞したいと期待した観客もいたように、みやまも「当初は10分程度の剣舞を予定していた」という。しかしこの日の長いステージを意識してか、ここは抑え気味でスタートした。

 最新曲「浜撫子」のカップリング曲「泪橋」「ふたりの明日」「俺のいい」などオリジナル曲のほか、お得意の「夜明けのブルース」や船村徹の作詞作曲で数多くの歌手がカバーする「希望(のぞみ)」などのカバー曲も聴かせた。ファンの中には踊り始める人もいるなど、大阪ならではの盛り上がり。

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 長時間のディナーショーだけに見せ場も多かった。
 みやまが所属する音楽事務所WARAKASUのメンバーで構成する「男の演歌」の歌手による寸劇は「当日の朝にリハーサルを行った」という即興ながら、悪代官を懲らしめる「水戸黄門」を演じた。また華やかなダンサーに囲まれてのレビューでは、みやまも足を高く上げるシーンもあるなど汗だくの演技。

 ラストに用意したのはやはりみやまのメジャーデビュー曲「浜撫子」。♪ なでしこ なでしこ 〜 と歌に合わせて観客全員が腕を左右に振る姿は、もうお馴染みの光景だ。それが終わるとすでに午後9時半も近いにもかかわらず、客席からはアンコールが飛び出すほど。それに応えてエンディングは北島三郎の「まつり」を出演者全員で歌った。

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渡辺要
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塩乃華織

 この日、ゲスト出演した渡辺要(日本クラウン)は「母は今でもこころの港」を、光岡洋(同)は「居酒屋人情」塩乃華織(同)は「赤い橋」福島一(ホリデージャパン)は「津軽恋ふぶき」島あやこ(メロディレコーズ)は「逢いたい橋」四阪真知子は「津軽じょんからおやこ節」三浦潤は「神戸...ひとり」などをそれぞれ歌った。

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福島一(左)と光岡洋

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四坂真知子(左)と島あやこ

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三浦潤






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第161回KOBE流行歌ライブ、北川裕二、西山ひとみ、津吹みゆ 福島県出身の3人が熱唱 [ライブ]

◆身長はわずか154cmの日本クラウンの歌手、津吹みゆがステージに立って新曲「哀愁の木曽路」を歌う表情は、なんとも言えぬ楽しそうであった。今月28日で22歳になる。キングレコードの北川裕二、テイチクエンタテインメントの西山ひとみと一緒に、2018年2月15日、神戸・新開地のKAVCホールで開かれた第161回KOBE流行歌ライブに出演。もちろん、この中では最年少である。その津吹と西山、北川の3人はいずれも福島県出身。そんなふる里を思い出させるようなカバー曲「磐越西線」「帰れないんだよ」「みちのくひとり旅」を、3人それぞれが歌って、今月のKOBE流行歌ライブはスタートした。

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勢ぞろいした福島県出身の北川裕二(中央)西山ひとみ(右から2人目)津吹みゆ(左)


 今年でデビュー35年の北川裕二は、大衆演歌を歌ってここ数年で存在感を高めてきた。その大衆演歌の中から「泣いて大阪」「女のみれん」「涙百年」「命まるごと」などを披露。新曲「宵風ごころ」のカップリング曲「ひとり北国」もリズミカルな大衆演歌。「本来はこれがメインになる予定だった」(北川)という。

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北川裕二

 関西人好みの大衆演歌だけに、得意のダジャレ攻勢で会場の笑いを誘うのは北川ならでは。5月5日がデビュー記念日で、9月9日には大阪・福島のホテル阪神で35周年ディナーショーを予定している。



 去年、15年間在籍していたホリデージャパンから、古巣のテイチクエンタテインメントに移籍した西山ひとみは、同ライブ前日の2月14日に新曲「ひとあし遅れ」を出したところ。低音を響かせ女の切なさを歌う彼女は、多くのファンの心をつかんでいる。今作はそれに加えて、3連のリズムで心地よさをアピールしていた。

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西山ひとみ

 カップリングは「愛人霊歌」。これも沈み込んでしまいそうな暗い楽曲だが、作曲家の徳久広司は「明るく元気に歌いなさいよ、とアドバイスを受けたんですよ」と裏話も披露。この日は代表曲の「小島の女」なども歌った。



 津吹みゆにとって2月は誕生月でデビュー月。その2月7日にデビュー4枚目のシングル「哀愁の木曽路」は初の恋愛歌。「失恋した女性の悲しみをメジャー調のリズムに、明日への希望をにじませています」。その表情は歌うのが楽しくて仕方ないようである。ステージから「いかがでしたか」と笑顔で客席に問いかけていた。

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津吹みゆ

 祖母が作ってくれるおからが大好きという親しみやすさが彼女の人気を増す。神戸への移動の車中では、サンドウイッチを2人前もペロリと平らげるほど。♪ 一途さを 〜 とデビュー曲「会津・山の神」では、津吹の歌への強い想いを感じさせていた。






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みやま健二(徳間ジャパンコミュニケーションズ) 大阪初ディナーショー直前リハーサル 剣舞見せる [イベント]

◆メジャーデビュー曲「浜撫子」が好評な徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手、みやま健二が2018年2月18日、大阪市都島区の太閤園で大阪で初めてのディナーショーを開くが、見せ場のひとつがキャリア30年の剣道を生かした剣舞を披露。そのリハーサルを同14日、同市内で行った。

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 みやまの剣道は、高校1年で日本武道館で行われた展覧試合に京都府代表の1人として出場したこともあるほどの腕前。このところ歌手業に専念して竹刀を手にする機会が少なかったが、200人を超すファンで埋まる予定の大阪初のディナーショーで、久々に剣を持ち、舞を交えて見せる。

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 リハーサルでは剣の素振りをするにとどめ、カバー曲を数曲歌っていた。

 ディナーショーには渡辺要、光岡洋、塩の乃華織、福島一、島あやこ、四阪真知子、三浦潤がゲスト出演する。司会は谷原りょう


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[みやま健二 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/new_release_detail/id=7699







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演歌ジャックス 水沢明美・北川裕二をゲストに3月放送分を収録 [テレビ]

◆5年ぶりの出演となったキングレコードの北川裕二が大衆演歌の新曲「酔風ごころ」を、日本クラウンの水沢明美は2018年2月7日に出したばかりの「一点物」を、それぞれ歌った奈良テレビ放送やJ:COM11chなどで放送中の歌番組「演歌ジャックス」の3月に放送分が、2月14日、大阪市内で収録された。1月にアクトラスレコードからCDデビューしたばかりのMARI、林よしこなど番組レギュラー出演者も顔をを揃えた。

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ゲストを迎えてのトークショー

 今年9月には大阪市内のホテル阪神でもデビュー35周年記念ディナーショーを予定している北川裕二は、2013年の「茅葺きの駅」以来の出演だった。今回披露したのは去年11月に出した「酔風ごころ」
 北川は「新曲候補として6作品を新幹線の中で示されたのですが、♪ ごめんね ごめんね わがままばかりで 〜 のフレーズが心に残った『酔風 ー 』に決めました」と新曲誕生のエピソードも話していた。

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北川裕二

 「スイカに塩をかけることで甘さが引き立ちますよね、それと同じようにこの歌も明るく歌うことで歌の主人公の心の内を表現できます」と北川。その主人公も女性だけに「女性が歌ってくれると嬉しいですね」とも。


 ♪ 小さな街で育っても 世界へ羽ばたく人がいる 〜 と、華やかな衣装の着物で新曲「一点物」を歌った水沢明美。「これは文字通り人生の応援歌ですね」と、ノリのいい歌に早くも高い評判を得ているという。プロモーションビデオも明るく楽しい内容で、しかも〈豪華絢爛〉さで歌を表現している。水沢は「この衣装も一点物なんですよ」と笑って見せていた。

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水沢明美

 「タイトルに惹かれます、とファンから言われますが、嬉しいですね。カラオケで歌っても楽しく歌えます」と彼女は、4月9日には兵庫県伊丹市内のアイフォニックホールで新曲発表コンサートを開く。

■新コーナーも登場

 レギューコーナーに出演したのはMARI、林よしこのほかTAIKI、小川リエ、秀彦&聖子、青海涼、三好亜葎子、竹中香世、岩井都美子、新星民たち。

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岩井都美子「ボヘミアン」 新星民「百歳時代」

 番組で新トークコーナー「K・Iキッズクラブ」を担当している岩井はタレントで兵庫県川西市で幼稚園の理事長を務める経営者。ハスキーな声を生かして「ボヘミアン」などを披露。新は韓国で5枚のCDをリリースしていたメジャー歌手の経験を生かして、去年9月に日本でインディーズでCDデビュー。その「百歳時代」を歌った。

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MARI「男と女の第2章」 林よしこ「for you ・・・」(高橋真梨子)

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TAIKI「グッバイマイロード」 小川リエ「浪花の一番星」

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秀彦&聖子「東京シルエット」 青海涼「夢恋街」

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三好亜葎子「露草の花」 竹中香世「海ぼたる」


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演歌ジャックスの名物コーナーの童謡・唱歌を歌う



 番組は奈良テレビ放送、J:COM関西(11ch)九州宮崎CATV、天草CATV、養父CATVで放送される。






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三代沙也可(キングレコード) 「おんなの岬」 舞台は湘南から真鶴へ 神奈川県の景勝50選の真鶴岬 ロングドレスでイメチェン [インタビュー]

三代沙也可・インタビュー.jpg◆〈湘南演歌の女王〉でキングレコードの歌手、三代沙也可が歌の舞台を今まで4作続いた湘南から、さらに西の真鶴(神奈川県真鶴町)に移した新曲「おんなの岬」を歌っている。これで5作連続して神奈川県内が舞台となり、地元真鶴町では「町を歌った演歌は初めてで、町をPRしてもらえうれしい」と大歓迎で、2018年6月頃には同町内での歌謡ショー開催の話も持ち上がっているほど。ジャケット写真も従来の着物から目を引くロングドレスに替えてイメージチェンジを図っている。


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 詞は旅好きで知られる作詞家、志賀大介が書いた。「江ノ島ひとり」(2014年)に始まる湘南演歌は前作の「江ノ島絶唱」(2017年2月)までの4作で取り敢えず終止符を打った。今作「おんなの岬」では旅先を、箱根峠を越えて魚の美味しい町としても知られる真鶴にしている。さらに歌には天城、初島、箱根峠、相模湾と周辺の名所も数多く登場して、旅情をそそるのは今回も同じである。

 曲は三代の師である伊藤雪彦が書いている。三代自身が「今までの作品とはちょっと違うと分かってもらえるはず」というように、それは歌い出しが今まで歌ってきた作品とまったく異なるからである。

 高音のメロディーで始まる歌の出だしは、多くのカラオケ好きの人たちに抵抗感を持たせるのでは、と周囲の懸念もあった。実際、初めて耳にしたファンたちの間には「歌うのが難しい」という人が多くいた。
 ところが「発売して2ヶ月も経つと、歌われる人も多くなってきましたね」(三代)と、食わず嫌いも歌い慣れると抵抗も薄らぐようである。

 タイトルにある岬は神奈川県の景勝50選にも選ばれている真鶴岬なのだが、今回はタイトルにその地名を入れていない。
 三代が「カラオケを歌う人が好きに地名を入れ替えて歌われてもいいですよ、と勧めています」というように、高知県の足摺岬であっても島根県の日御碕にでも、勝手に地名を替えて歌うことが出来るから親しみやすい。

■目を引くロングドレス

三代沙也可・ドレス姿・小.jpg 「おんなの岬」が発売されたのは2017年12月6日。これに先駆けてCDジャケットを見た記者は少々ビックリした。それは衣装は専ら着物と決めていた彼女が、派手なドレスに替えていたからである。
 それでも三代自身がデザインしたというそのドレスは「あまり肌を露出するのは自信がないので」(三代)と、足がスッポリと隠れる裾広がりのロングドレスで、肩にも袖を付けて肌を出すのは最小限にとどめて控えめ。

 どうしてドレスに? どのような心境の変化が・・・。
 「去年6月からしばらく体調を崩していましてね、起き上がれないほどだったの。新曲の話も出てくるし、そんな気弱なことばかり言っていられないので、新曲では衣装を替えることで気分転換を図ろうと考えたんです」

 ドレスの胴の部分には、3番の歌詞に ♪ 茜の雲が行く ~ とあるように、真っ赤な花の刺繍を施している。これがまた目を引く。
 今では体調もすっかり元に戻り、2月3日には真鶴町でごく小規模に開いた新曲発表会でこのドレスも披露した。

 2月11日から始まっている関西キャンペーンでは残念ながら、ドレスを目にすることは出来そうにないが、このところ増えているという企業のイベントでの歌謡ショーなどでは見られるかもしれない。
三代の師匠で、今作も作曲を行なっている伊藤雪彦の作曲家生活50周年を記念した歌謡ショーを今年6月頃に真鶴町で開く予定で、そこでは再びそのドレスがお目見えすることになりそうである。





[三代沙也可 オフィシャルサイト]
http://www.mishirosayaka.com/
[三代沙也可 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=10053






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柾木祐二(徳間ジャパンコミュニケーションズ) 新曲「ヨコハマ☆サンライズ」の発表ライブ 大阪・道頓堀 [ライブ]

◆徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手、柾木祐二が、2018年2月10日、大阪・道頓堀のライブハウス、道頓堀ZAZAで、同2月7日にリリースした新曲「ヨコハマ☆サンライズ」の発売記念スペシャル・ライブを開いた。

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デビュー36年目になる柾木祐二


柾木祐二・ヨコハマ サンライズ.jpg 柾木は熊本・天草出身で、今年で歌手デビュー36年目になる。大阪で活動していたが、4年前に東京に拠点を移している。「ヨコハマ☆サンライズ」は約5年ぶりのシングル。この日のライブにも顔を見せていた作詞家沖えいじの作品で、男女が別れる5分前の切ない女心を歌っている。

 その「ヨコハマ☆サンライズ」のタイトルは、柾木が好きな1970年代に活躍した米国のロックバンド、イーグルスのヒット曲「テキーラ・サンライズ」から取ったもの。舞台の横浜は「敢えて片仮名表記にしてヒット曲『ブルー・ライト・ヨコハマ』にあやかりました」と柾木。

 プローモーションビデオに出演する柾木はカクテル、テキーラサン・ライズのグラスを手にする、といった演出ぶり。

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ライブ当日、に振付を合わせたというダンサーと柾木のコラボ

 ライブで柾木は前作の「人生舟」(2013年)やデビュー3作目の「おやじ元気か」(1986年)遠藤実から提供された「船頭小唄ものがたり」(2008年)「天草海峡」(同)など17曲を歌った。

 新曲にはふる里の天草で柾木の活躍を祈る87歳になる母親をモチーフにした「ありがとう、お袋」をカップリングし、さらに「船頭小唄ものがたり」も再収録している。

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ゲストの浅田あつことデュエットも聴かせた

 この日はまた、ゲストに同じレコード会社の浅田あつこが出演し、新曲「泣いてもいいの」などを歌った。3月7日には同曲のカップリング「河内のからくち」をメインにしてリリースすることになっている。

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ヒットを母に報告したいという柾木

 柾木は「母にいいプレゼントが出来るように、今年は新曲『ヨコハマ☆サンライズ』を売っていきたい」と、意気込みを見せていた。


[柾木祐二 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_profile/masaki.html









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山内惠介(ビクターエンタテインメント) 新歌舞伎座で特別公演 2度目の座長公演 3月発売の「さらせ冬の嵐」も披露 [舞台公演]

◆ビクターエンタテインメントの歌手、山内惠介が2018年2月9日、大阪・上六の新歌舞伎座で、去年に続く2度目となる座長公演の初日の幕を開けた。今回は山本周五郎の小説「人情裏長屋」と「浪人走馬灯」を原作に、市川正が脚本と演出を担当した芝居「若さま走馬灯 ー 来馬信兵衛参る ー 」で、先月から稽古を積んできた立ち回りの成果を見せている。2部の歌謡ショー「山内惠介オンステージ ー若さまと貴公子 ー」では、3月28日発売の新曲「さらせ冬の嵐」を、客席まで雪を降らせる演出を交えて披露。郷ひろみ、西条秀樹、野口五郎の1970年代のトップアイドルで新御三家と呼ばれた3人のヒット曲もカバーしている。2月23日まで。


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「この世の悪を成敗」と立ち回りを見せてくれている山内惠介(中央)


山内惠介・さらせ冬の嵐.jpg 1部の芝居では、山内が着流し姿で徳利を肩にかけて花道から現れると、場内は一斉に<キャアー>と大歓声。歌謡ショーでもオープニングの「スポットライト」が流れると、客席では色とりどライトが揺れ、割れんばかりの歓声が沸き起こった。彼が自らを<演歌の貴公子>と呼ぶように、これはもう演歌アイドルそのものである。
 新歌舞伎座も「去年よりたくさんの人たちに来て頂いています。紅白連続3回出場の実績の効果が現れているのでしょうか」と、満足気であった。

 人情物時代小説の山本周五郎の作品が、山内の座長公演の原作になるのは、初座長の去年に次いで2年連続である。舞台は長屋、そこに住む山内演じる浪人信兵衛が、偶然に知り合った武家父娘を助けるとともに、父の汚名をそそぐために「この世の悪を成敗」と剣を取る。まさに時代劇の醍醐味ここにあり、である。

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2度目の新歌舞伎座座長公演は「まずまずの出来映え」でスタートした山内惠介

 山内自ら「まずまずの出来映え」という殺陣は、やはり時代劇には欠かせない。小刀が上手く鞘に収まらない<ハプニング>もあったが、山内は「客席の皆さんの笑いが逆に助けになりました。千秋楽へ向けて役を完成させていきます」と、話していた。

 大川橋蔵の次男・丹羽貞仁が浪人役、長谷川一夫の孫・長谷川かずきが長屋に住む大工の女房役で出演しているのも見どころだ。

■70年代のアイドルヒット曲から3月リリースの新曲まで

 座長お帰り 〜 客席からのファンの声に迎えられて、オープニング曲に続いて日替わりオリジナル3曲を披露。初日のこの日はデビュー曲の「霧情」「二十才の酒」「君の酒」と初期の楽曲を並べた。期間中には何度も足を運ぶというファンへのサービスである。

 幕間には篠笛奏者の佃康史も、日替わりで内のヒット曲を演奏する。この日は「風蓮湖」を吹くと、それに合わせて客席からは歌声が響いていた。

 さらには郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎の新御三家の3人のヒット曲「よろしく哀愁」「ヤングマン」「私鉄沿線」など7曲を聴かせるのも、もうひとつの楽しみなところ。
 「子供の頃から演歌を聴いて育ってきたけれど、アイドル歌謡曲は僕の声に合っているようです」と、「ヤングマン」ではY・M・C・Aの振りを客席と一緒になって楽しんでいた。

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 〈けいちゃ〜ん〉のの大コールの中で、ラストは最新曲「愛が信じられないなら」から3月にリリースが予定されている「さらせ冬の嵐」までオリジナル6曲を聴かせた。新曲は作詞が松井五郎、作曲水森英夫、編曲馬飼野俊一。夢盤、笑顔盤、唄盤とそれぞれカップリング曲を変えて3タイプを発売する。舞台が北国とあって、ステージと1階客席の一部に雪を降らせた。山内は「皆さんと一体となってステージを熱く盛り上げることが出来た」と笑顔で話していた。

 また彼は「初日らしいスタートを切れてホッとしています。2度目の座長公演ともなると求められるものも多く、千秋楽まで期待に応えていきます」と、意気込みを示していた。


[山内惠介 オフィシャルサイト]
http://yamauchikeisuke.com/
[山内惠介特別公演 新歌舞伎座]
http://www.shinkabukiza.co.jp/perf_info/20180209.html






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「渡辺要物語 歌は心の港」第5回 四国1番の鮨店になる [インタビュー]

◆日本クラウンの歌手、渡辺要のインタビュー「渡辺要物語 歌は心の港」も不定期ながら、すでに5回目となる。今回も鮨の話が続くのだが、渡辺はインタビューで「また握ってみたくなってきたな」と笑みを漏らすほど鮨への思い入れは今なお強い。彼と鮨はやはり切っても切れない関係であり、捨て難い魅力があるのに違いない。


 渡辺が高級鮨店「要鮨」をはじめ7店舗の鮨店を構えていた香川県高松市は、企業の多くが支店を置く四国の中核都市として知られている。その支店が街の経済を活気づける支店経済都市とも呼ばれている。支店の人たち、とりわけ接待交際費を使える社員が、すでに高松で1番の高級店になっていた「要鮨」を利用していたのである。

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テレビなどマスコミに登場することも多くなった渡辺要(高松港で)

 坪100万円もかけてライオン通りにあった本店の店舗力を高めたのも、そのためであった。最高の贅を尽くした本店のほかには、均一価格で鮨を提供する今の回転寿司の走りのような店や、飲食店街のど真ん中で10席ほどの小さな深夜鮨も出店していた。そこは夜12時頃から朝まで営業し、本店で残ったネタを使うので仕入れはほとんどゼロだった。檜の真っ白い店内は、やはり高級感をかもし出していた。

 「本店のネームバリューがあるのと、その頃はほかに開いている鮨店がなかったので、クラブやスナックのママなど客はたくさん来てくれましたね」

 アイデアたっぷりの経営者ぶりを見せていた渡辺がオープンした均一価格の店は、天井を鏡張りにしたパブ鮨だった。行列ができるほどの人気店で、調理師は4、5人でカウンターだけの店だった。

 鮨はすべて70円均一価格だった。オープン記念の3日間限定で鮑、トロ、雲丹をはじめ、何を食べても500円均一で、1時間食べ放題の企画を打ち出すと、初日は障害者学校の生徒を招待したが、2日目からは体格の良い一般学生など若い子が並んで、またまた街の話題をさらった。

■天皇・皇后陛下の鮨を献上

 要鮨の目標を地域1番店の香川県1としていた渡辺は、その後、従業員数、店舗数、売上高のすべてでトップを確保し、名実ともに四国1番店となっている。売上は最高2億8千万円を記録している。

 そんな彼の名前をさらに高めたのが、天皇・皇后陛下が皇太子時代に四国・高松で行われたに植樹祭の際に宿泊したホテルでの食事に、鮨を献上したことであった。その時に握ったのは県魚のハマチのほか要鮨名物の穴子、そしてコノシロ、鯛、平目などだったという。

 両陛下は後のインタビューで高松で印象に残ったことを尋ねられて「要鮨が美味しかった」と答えられたといい、それを耳にした新聞などの取材もあって、要鮨は一躍有名になる。「高松に皇室関係者が来られると、要鮨を指名して頂きました」と渡辺は回想している。

■アイディア弁当

 7つあった要鮨の店舗のうち1店舗は仕出しセンターであった。瀬戸大橋が1988(昭和63)年に開通して、香川県坂出市の瀬戸内海に浮かぶ与島に京阪電鉄が経営する商業施設「フィッシャーマンズ・ワーフ」がオープンした。
 それに先駆けて、ここへ瀬戸内海の味と香りが詰まった弁当を供給する事業者を募集するコンペに応募すことになった。応募総数1000社余という競争であったが、それがなんと優勝してしまったのである。

 出品したのは、竹の皮で包んだ鯖の棒鮨「讃岐ぶおとこ」や瀬戸内の魚をふんだんに使ったちらし寿司「瀬戸ちらし」さらには薄いピンク色した蒲鉾で巻いた巻き寿司をパックにした「瀬戸の花嫁」幕の内は瀬戸内の島々の美しさを表現した「多島美弁当」などの弁当であった。

 「遊び感覚で応募したんです。毎日弁当500食も作る設備も人もなかったので、急きょ別会社を作って、選挙事務所に使っていた広さ50坪のフレハブを借りて調理台や大型冷蔵庫も入れ、パートも募集しました」
 求人の条件は午前3時から10時までの勤務時間で、当時の平均時給を300円も上回る800円だったが、広告を出したその日のうちに見る見るうちに人が集まった。

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今も年に1度は鮨店の板場に立って歌謡ショーを企画している

 順調にスタートして1日500食を作って与島へ運んでいた弁当も、徐々に減り始め、終いには日毎発注に変わり、1日30食、20食といった具合で、採算が合わなくなってしまった。そんな時、島内のホテルに供給した弁当が原因で食中毒が発生する事故が起こった。それを機会に、別会社にしていた仕出しセンターは廃業することになる。

 京阪電鉄が「日本のハワイにする」と言って意気込んだ与島のフィッシャーマンズ・ワーフも、1990年代に入ると年々観光客は減り、神戸淡路鳴門自動車道やしまなみ海道がオープンすると更に減少し、ついに2003年には京阪電鉄は撤退してしまった。

 食中毒騒動は要鮨には影響はなく、四国No. 1の地位は不動だったが、渡辺は少しづつ歌に魅力を感じるようになっていく。

 そして渡辺はある日、惜しげも無く「要鮨」を廃めて歌手に専念する内容のチラシを新聞に入れた。歌手の道を選んだきっかけは次回に譲るが、歌手デビュー後にも「世界の金持ちが集まるというシンガポールで、月に1回で良いから演歌を歌いながら鮨を握ってみたらどうかーといったオファーがありました」というほど、彼が鮨職人の道を捨てることに納得いかない人たちは、1人や2人ではなかったようである。

続く


「渡辺要物語 歌は心の港」 第4回 名物穴子鮨
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-02-04
「渡辺要物語 歌は心の港」 第3回 1番店へ
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-02-03
「渡辺要物語 歌は心の港」 第2回 「要鮨」開店
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-02-02
「渡辺要物語 歌は心の港」 第1回 大阪・法善寺横丁の寿司屋で修業
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2017-11-28
「渡辺要物語 歌は心の港」  プロローグ
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2017-11-23







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岩波理恵(徳間ジャパンコミュニケーションズ) 「ハローアゲイン」 フリフリミニドレスで80年代アイドルに [インタビュー]

岩波理恵8.jpg◆フリフリミニドレス姿でポップな徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手、岩波理恵。2017年10月に出した新曲「ハローアゲイン」は、大人が歌うアイドル歌謡曲ーをキャッチフレーズに歌う彼女は、80年代のアイドル、松田聖子を彷彿させる。新事務所に移ってから、ここ2年ほどは毎月80年代のアイドル歌手のモノマネをするショーも見せる。「関西とは肌が合う」いう彼女、アイドルへの〈挑戦〉で、2月6、7日の関西キャンペーンでは新たなファンも引き寄せたようである。


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 身長162センチのスラリとした容姿の岩波理恵。松田聖子に代表される80年代のアイドルに憧れて歌手になったというだけに、昔からアイドルのモノマネを得意としてきた。ところが「仕事でアイドルを演じるのは今回が初めて」(岩波)なのだが、その歌う姿にファンからも〈聖子さんみたい〉と声がかかる。

 彼女の楽曲は今まで、シンガーソングライターで作曲家の杉本眞人が多くを手がけ、切ない女心を歌ってきた。制作スタッフは、ここらで新しい風を巻き起こしたい、と他にはない作品をねらった。津城ひかるが作詞し、樋口義高が作曲、編曲は猪股義周が手がけて、44歳の大人が歌う歌謡曲が出来上がった。

 「どこか懐かしくて、可愛らしい70、80年代のアイドル歌謡曲を思わせる作品です。若い人には新鮮に受け取ってもらえるのでは」

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 自分の年齢に合っているのか、と心配しながらも「思い切ってフリフリのドレスを着てみました」と、スーパー・イズミヤ今福店でのキャンペーンで関西初披露した。フリフリのピンクのスカートに白い上着。鳥の羽根のように風に揺らぐ。

 「背中とお腹に5枚のカイロを貼ってきました」と、防寒対策も万全。
 興に乗ったのか、上着を脱いで肩を出し、さらにはキャンペーンでは珍しいアンコールにも応えて、寒風を物ともせずにピンクレディーの「ペッパー警部」など2曲を熱唱するサービスぶり。

 デビュー以来、もっぱらロングドレスばかりだったが「アイドルはやっぱりミニじゃなくっちゃ、と思い切りました」と岩波。

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 断然、男性ファンを引きつける。岩波の歌に合わせて〈エリちゃ〜ん〉と掛け声を投げかけたり、カメラを向けたりと、大阪でのキャンペーンでも大人気。
 ただし女性ファンの中からは「以前の『流星エアポート』(2013年)や『こんな夜はせつなくて』(2014年)などの歌が好き、といった声も聞かれる」が、たくさんある楽曲の中ではアクセントにもなる、とアイドルに撤する。

■月1のモノマネショー

 約2年前に現在の事務所に移籍している。「ハローアゲイン」は移籍2枚目のシングル。同じ事務所には先輩歌手の若山かずさ(日本コロムビア)などがいるが、ものまねタレントがたくさん所属している。
 そんなこともあってか、移籍後は毎月1回、東京・麻布十番のショーパブで松田聖子や森高千里、竹内まりやなどのモノマネをするショーを続けている。

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 3月25日にはまた、ラジオ番組「岩波理恵の本気ートーク」(KBS京都、CBC中部日本放送、IBS茨城放送など)で共演するタブレット純と一緒に、東京・小岩ヒットパレードでライブ「本気ートークライブ 〜春のうた祭り〜 」も予定している。

 ファンクラブイベントとして年間4回の定期ライブも開催しているが、会場はいずれも東京である。「一度は大阪に住んでみたい」というほどの大阪びいきとあって、大阪でもぜひライブを行いたい、と意欲を見せる。

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 今作のカップリングには岩波自身が作詞した「未来へと・・・」と、出身地の長野県諏訪市内の6つのエリアを盛り上げようと地元下諏訪向陽高校吹奏楽部のコーラスも入った「6本の心の絆」の2曲を収録してしている。





[岩波理恵 オフィシャルサイト]
https://lineblog.me/iwanamirie
[岩波理恵 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/iwanami.html







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永井裕子(キングレコード) 「海猫挽歌」 初の荒木・浜作品 こぶしと唸りをなくして新たな挑戦 [インタビュー]

永井裕子.jpg◆これはまったく新しい永井裕子である。今の歌謡界を代表し、永井に初めて楽曲提供をする作詞家荒木とよひさと作曲家浜圭介の2人による、2018年1月1日発売の「海猫挽歌」は、彼女は得意とするこぶしも唸りもない「声の色味や言葉をシンプル・軽快に伝える」(永井)新たな歌唱を聴かせる。デビュー20周年を迎える2020年を目指して一昨年から続けるコンサート「夢道 Road to 2020」は、今年もデビュー記念日の6月21日に予定している。「海猫挽歌」のほか、4月に発売するアルバムの中から荒木・浜作品のカバー曲も披露するという。






 1月1日の発売は2016年の「音信川(おとずれがわ)」以来である。新しい永井裕子を表現するには格好の発売日であり、この日には東京都内のショッピングモールでのインストアライブでスタートを切った。同8日付のオリコン演歌・歌謡曲チャートでは、初登場2位にランキングされている。翌週も2位を確保し、4週連続でベスト10を記録した。

 「海猫挽歌」を書くにあたって浜は、永井のデビュー曲から前作までの全曲を聴き、最も気に入ったデビュー4作目の「菜の花情歌」(2003年)をしイメージしながら、「今までの永井にはない楽曲を書きたかった」と、永井に話している。
 もっとも永井は従来通りのパンチの利いた歌を期待していたのだが、出来上がってきたのはまったく違ったものだった。

 「最初は戸惑いもありましたね。4拍子の歌だけど、倍のリズムで刻んで歌うと、言葉の表現も決して重々しくならずに、軽快に伝えることができて、切なさが一段と高められるんです」

永井裕子・海猫挽歌.jpg こうした歌唱は永井にとっては初めての体験であった。
 彼女の師匠は作曲家四方彰人であるが「今までは自由に歌わせてもらっていたので、今回は荒木、浜両先生の2人から教えてもらった1つひとつがとても新鮮でした」と永井は話す。
 この楽曲はメロディーが先に出来上がっていたのだが、それを聴いた永井は「今までの私の歌とはガラリと変わった歌世界に鳥肌が立ち、気持ちはワクワクとして、アレンジがどのようになるのかが楽しみでした」と感動が隠せないようであった。

 数多くの永井の楽曲の中でも一番、心に残ったと、浜がいう「菜の花情歌」は、作詞が阿久悠、作曲が四方彰人であるが、永井は「阿久悠先生は映画『幸せの黄色いハンカチ』をモチーフに書かれたと聞いていますが、浜先生は『海猫挽歌』を映画『駅』の女性主人公(倍賞千恵子)をイメージしたそうです」と、レコーディング当日になって浜から聞かされている。

 この話を聞いてから永井は何度となく「駅」のビデオを見ている。「そのたびに自分の『海猫挽歌』が流れてくるんです」と永井。それほどに映像と歌が見事にマッチングした作品に仕上がっている。

■ライフワークのコンサート

 永井は2020年にデビュー20年を迎える。同16年目から毎年1回、東京都内でコンサートを開いている。自身の夢の道の通過点である20年に向けて、心のうちの想いを歌に託して伝えようというもので、歌手人生のライフワークにしたいと意気込んでいる。

 今年は東京・渋谷区文化総合センター大和田さくらホールで、6月21日に開く。

 コンサートではオリジナル曲のほか、子供の頃に良く歌ったり、聴いていた歌もカバーして聴かせる。去年は「長崎は今日も雨だった」(内山田洋とクール・ファイブ)「みちのくひとり旅」(山本譲二)などを歌った。今年はどんな歌が飛び出すかが楽しみである。

 それに先駆けて3月1日にはランチショー・バースデーパーティーを予定している。誕生日の3月3日に合わせて、ファンクラブなどを対象にバス旅行を行ってきたが、2年ほど前からライブ形式に切り替えている。





[永井裕子 オフィシャルサイト]
http://www.yuko-nagai.net/
[永井裕子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=13787






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「渡辺要物語 歌は心の港」  第4回 穴子鮨 [インタビュー]

「要鮨」では渡辺要は、客作りとともに、信用作りにも精を出した。何を買うにも現金払いを通したし、1坪でもいいから土地を買おうと「目の前にある1円、10円から、とにかく貯金をしました。履物は下駄と長靴、着るものは白衣で通して、一切買わずに貯めて貯めて貯めて頑張りました」と振り返っている。そんな中で全国に知られた穴子鮨を生み出す。

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高松・ライオン通りの新店舗に掲げた欅の看板


 爪に火をともすよう生活を切り詰め、質素倹約を通した結果、6年間で約2000万円の蓄えが出来た。それを担保に銀行から資金を借りて、高松のもうひとつの繁華街、ライオン通り商店街のビルを約4000万円で買うことになる。この時は現金ではなく、借金であったのだが。
 とにかくそれによって、高松の目抜き通りに約90平方メートルの「要鮨」の看板を上げることが出来た。27歳の時だった。

渡辺要・名物穴子鮨を作る.jpg 新店舗は香川県にはない鮨屋を目標に、カウンターには欅の板を使って持てなしの気持ちを表したし、柱には欅と杉の丸太を存分に使って、坪当り100万円も費やして店を整えた。当時の飲食店舗は坪平均20万円程度だったと言われているから、それがいかに桁違いな店だったかが分かる。
 調理師も大阪から呼んだ。海外からの観光客も多かったので、英語のメニューも作り、英会話に堪能な調理師もふたり採用した。従業員にはネクタイを締めさせ、胸にはネーム札を付けて、礼儀正しい接客に徹することにした。

 腕に自慢の鮨は、最高級の米、コシヒカリを使った。大事なのが合わせ酢なのだが、酢にリンゴ酢を加えるこだわりを見せた。わさびは当時、高松ではなかなか手に入らなかった静岡産を現地まで出かけて買い付け、1本3000円もするわさびをディスプレイに置いた。客には1本200円の小さなものを出して、自分で摺って楽しんでもらうことにした。


<歌う寿司職人>と今なお呼ばれる渡辺要


 客に出す鮨も、木の葉や竹の皮を敷いてその上に出すことで、味だけではなく見栄えを考えた結果だった。

■名物誕生

渡辺要・鮨職一代.jpg 1番店になるためには色んな工夫をしていった。
 それにもまして「醤油は鮨屋の最後の仕事なんです。どんなにいい米やネタを使っても、醤油が良くなければ鮨は終わってしまいます」と、要鮨特製の醤油にも一捻り加えた。

 香川県は小豆島など醤油の産地としても知られるが、3つのブランドの醤油を合わせることで味にコクを出した。まずブレンドした醤油を大きな鍋で火にかけて、黄色い泡が出るまで温める。泡をすくい取る作業を根気よく繰り返し、大豆のアクを取るとアミノ酸が増えて甘みが出てくる。



インディーズ時代に鮨職人をしながら出した「鮨職一代」

 そこに鰹と鯖の削り節を入れ、沈殿するのを待って濾す。瓶に入れ暗い場所で保存しておき、醤油注しに移して客に出していた。「これが旨いんですよ。やはり鮨は醤油が命ですね」と渡辺は力説する。

 「瀬戸内の穴子は格別である」
 渡辺は絶対の自信を見せる。その頭を落とし、みりんに漬けて串に刺して火にかける。こうしてアルコールを飛ばすと、いい酒の肴になるのである。
 穴子の胴は開いて、水飴や調味料などを加えて作ったダシに漬け、とろ火で3時間、4時間かけて炊くと、口の中で溶けるように柔らかくなる。その穴子を握った鮨飯にのせると絶品の鮨が出来上がる。

 この穴子鮨は東京のテレビ局が取材したことで、全国鮨名店8店舗に選ばれるきっかけとなった。瀬戸の味そのものの穴子鮨は、こうして要鮨の名物になった。
 鮨職人を辞めた今も渡辺は、世間からは今でも「歌う寿司職人」と言われている。事実、彼が鮨を語る表情は、歌っている時と同じように実に生き生きとしていた。


 記者は「要鮨」が高松にオープンしてから6年後の同53年に京都から高松に転勤している。それから間もなくして、新店舗が出来たことになる。
 回転しない鮨屋へ行くなんて、とんでもない話であったから、その味は知らずに過ごしていたのであるが、渡辺のそんな努力もあって高松・ライオン通りの要鮨の新店舗はオープンすると、たちまち「次々と客が来るわ来るわの大賑わい」だった。

続く

「渡辺要物語 歌は心の港」 第3回 1番店へ
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-02-03
「渡辺要物語 歌は心の港」 第2回 「要鮨」開店
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-02-02
「渡辺要物語 歌は心の港」 第1回 大阪・法善寺横丁の寿司屋で修業
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2017-11-28
「渡辺要物語 歌は心の港」  プロローグ
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2017-11-23







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「渡辺要物語 歌は心の港」 第3回 1番店へ [インタビュー]

◆水飴や調味料を入れて作ったダシに、開いた穴子を漬けて、とろ火で3時間、4時間かけて炊くんです。そうすると口の中で溶けるような穴子になります ー 。

 渡辺要が鮨について話す時、目は輝き実に楽しそうな顔になる。

 「要鮨」を高松市常盤新町に開店したのは1972(昭和47)年だった。
それは小さな小さな店だったが、鮨を握る腕だけには自信があった。店に一度でも来てもらえると、良さは分かってもらえる。そのためにも店の存在をたくさんの人に知ってもらおうと躍起であった。

渡辺要・鮨職人時代を彷彿させるステージ.jpg
鮨職人時代を彷彿させるステージの渡辺要

 当時、要鮨の近くには7軒の同業者が店を構えていた。数軒のキャバレーも軒を並べていたが、そこで働くホステスで賑わう寿司店が1軒あった。女性の職人が寿司を握るということでも話題になっていた。

 渡辺は開店する前に高松市内の鮨店をくまなく食べ歩いている。「お金がないから食べるのはきゅうり巻き1本なんですが、味をチェックしていった。要注意な店は訪ねた100軒のうち。わずか3軒ぐらいでした」
 女性が握る店も訪ねている。しかも「こんなもん食えるか」と、タカをくくっていたのである。

 ところが店はホステスがいっぱいなのである。どうしたらこのホステスを自分の店に呼び込めるか。そう考えた渡辺は女性には欠かせないストッキングのプレゼント作戦を思いついたのだ。

 問屋で1足50円で売られていたものをたくさん買い込んで、ホステスが出勤する時間に合わせて配った。
 その頃は自転車で通勤するホステスが多かったから、近くの自転車置場立って、封筒に入れたストッキングを要鮨の名刺と一緒に「今度オープンした鮨屋です」と言って、1人ひとりに手渡していった。

 それは歓迎され、少しづつ客を伴って店に足を運んでくれるホステスが増えていった。「当時の女性用ストッキングは縫い目かがり(シーム)のあるものがまだ多くありました。戦後強くなったと言われたストッキングですが、破れると繕って履いている人も多かっただけに喜ばれましたね」

 こんなこともあった。
 ほぼ同時期に開店した隣の寿司店には、タクシーで乗り付ける人が多かった。そこで目をつけたのが、タクシーの運転手だった。乗客が隣の店に入るのを見計らって、用意しておいた10本入りのピースに、やはり名刺を付けて「良ければ次回、お客さんを連れて来てください」と手渡していった。
 それが運転手の間で「タバコをくれる鮨屋」と噂になり、見る見るうちに客は増えていった。

 ストッキングにタバコのプレゼント作戦など、あれやこれやの宣伝を続けていると開店して3ヶ月で、毎日、店は満員になっていた。

■ジャンケンして眉毛を剃って話題作り

 開店した時はまだ20歳の若造だったけれど、腕には自信があったというから、隣が鮨店であっても絶対に負けないと、鼻っ柱は強かった。
 それにしても同じビルに鮨屋が2軒並ぶとは、店を貸す方も貸す方であるが、そこを敢えて借りた渡辺もなかなかの度胸であった。

 その頃、渡辺が何時も考えていたのは、どうしたら客が来てくれるか、ということばかりだった。ところがオープンを知らせる先がなかった。

渡辺要・大阪で修業時代.jpg
大阪での修業時代

 新聞やテレビに広告を出せばいいのだが、そんな金もない。何とかタダで出来る方法はないものか、と頭を悩ませていた。
 客とのジャンケンは、そんな時に出てきたアイディアだった。客が勝てば代金を半額にして、渡辺が勝つと伝票通りするというのである。客が喜んだのは言うまでもないが、それだけでは終わらせないのが、渡辺なのである。

 客を装って地元の新聞社とテレビ局に「旅行者やけど、今、かなめ何とかという寿司屋に行ったら、面白いことをやってたで」と、電話をするのである。
 「一体何をしているのですか」と取材になって、街の話題にするという寸法なのだ。

 眉毛の片方を剃って「女房と喧嘩して剃られた」と店で吹聴すると、それが新聞に載ったり、とにかく思いつくことは何でもやった。
 喧嘩は実際に頻繁にしていたらしいが、それを逆手にとって「女房と喧嘩したから、逃げられたから半額」と宣伝したのである。

 このように香川県で1番店になるための方法を、あれやこれやと考えていった。


続く

「渡辺要物語 歌は心の港」 第2回 「要鮨」開店
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2018-02-02
「渡辺要物語 歌は心の港」 第1回 大阪・法善寺横丁の寿司屋で修業
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2017-11-28
「渡辺要物語 歌は心の港」  プロローグ
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2017-11-23







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「渡辺要物語 歌は心の港」 第2回 「要鮨」開店 [インタビュー]

歌手渡辺要は、天皇・皇后陛下に自ら握った寿司を献上したことがある寿司職人であったことでも知られている。その彼が今年も、マグロを解体して寿司を握って見せる歌謡ショーを、大阪・道頓堀の寿司店でやってのけた。彼と寿司との関わりのきっかけは前回に触れているが、職人時代を過ごした高松では、四国でも有数の寿司店にまで築き上げたほどである。しかしそこに至るまでには、驚くような職人魂と商売人根性があった。

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1年ぶりに寿司店の板場に立った渡辺要(2018.1.26 まぐろ解体歌謡ショーで)

 高松市屈指の繁華街、丸亀町商店街の近くに、渡辺は母親に50万円を借り、蓄えていた15万円と合わせて資金65万円で、カウンターだけの小さな寿司店「要鮨」をスタートさせた。毎月の家賃は2万7000円であった。

 ビルの1階のそこは、カウンターと壁があるだけだった。ネタケースは寿司職人として修業を積んだ、大阪の寿司店の親方から独立祝いにもらっていたので、それを置いたが、厨房機など寿司店に必要なものは何もなかった。そこでまず2000円を出してタイルの流し台を買った。ビール箱を重ねて、その上に置き、ホースで排水設備を整えた。

 1年間は店の奥に3畳間ほどの広さの部屋を作って、後に6畳1間のアパートを借りるまでは、そこで夫婦2人が生活した。家財道具と言えば整理箪笥と卓袱台、布団。そんなものであった。
 渡辺が「彼女も苦労してくれましたよ」と懐かしむ、その女性は大阪で修業中に親しくなった、東京からやって来た客のひとりだった。気の強い彼女とは、結婚してからも喧嘩が絶えなかったのであるが、要鮨創業時から一緒に苦労を共にしたのは事実であった。

 彼女と知り合った大阪での修行時代は、絶えず金のない状態が続いていたから、デートはもっぱら公園や喫茶店、少しゆとりが出来ると映画を見に行っていた。そんな2人が並んで歩くと、162センチの渡辺の身長は決して高くは見えなかった。店ではいつも高下駄を履いていたから、カウンター越しに見える渡辺は結構高く見えていた。

 しかしデートでは高下駄を履く訳にはいかないから、同じ背の高さの彼女から見る渡辺は小さく見えた。ある時、渡辺は「意外と小さいのね」と言われるのだが、この日から、彼女には頭が上がらなくなったのかもしれない。

■隣も寿司屋

渡辺要7.jpg 店も何とか寿司店らしくなった。いよいよ開店となったのだが、同じ香川県内にある実家の近所の人たちや親戚の人たちが、祝いに来てくれた。元々、客も知り合いも少ない中でのオープンであった。親しい人たちが一巡すると、オープンの賑わいは早々に途絶えてしまった。案内状は100枚ほど作ったが、90枚も残った。

 予想はしていたものの、決して順風満帆ではなかった。
 しかも隣は同じ寿司店だったのだ。数日早かったが、ほぼ同じ時期の開店であった。その店はオープンしてすぐに繁盛していた。高松の家具屋の息子兄弟2人で経営していたが、父親の家具屋は同じ市内のキャバレーに家具を納めており、その支配人とも親しく、店はいつもキャバレーの客でいっぱいであった。

 キャバレーには歌手が出演していたから、彼らは客と共にやって来るし、歌手が来たというので、店の外は野次馬が群がる。とにかく数日早くオープンしたにもかかわらず、隣の店は連日大賑わいであったのだ。
【写真】魚をさばく包丁を手にする渡辺要


 その店とはブロック壁で仕切られているだけ。しかもトイレは共同であった。これが渡辺に幸運をもたらした。

 1日に2、3人は、店を間違えて渡辺の店に入ってきた。店が違うことが分かると、スッと出て行くのだが、中には義理堅くカウンターに腰掛けて注文する人もいた。ある時、隣の店と親しいキャバレーの支配人が、やはり間違って入ってきた。お互いにバツが悪いが、間違ったことには触れずに、渡辺は注文を尋いて、酒を出した。

 その日は支配人から代金を受け取らずに、その代わりに名刺をもらい、後日、請求書を送ることにした。

 その頃、渡辺は開店を知らせるために、名刺を1枚でも欲しかったのである。
 翌日、手土産を持って支配人を訪ねて「10回に1回でもいいので、また間違えて来てください」と微笑むと、わざわざ来てくれたことを喜んでくれた支配人は、その後も律儀に10回に1回は「要鮨」にやって来て、いつのまにか常連客になっていた。

 「これだ、と思いましたね。それから名刺をもらうたびに、1軒1軒お礼を言って歩きましたね」

 続く

「渡辺要物語 歌は心の港」 第1回 大阪・法善寺横丁の寿司屋で修業
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2017-11-28
「渡辺要物語 歌は心の港」  プロローグ
http://music-news-jp.blog.so-net.ne.jp/2017-11-23










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キングレコード歌謡文化アカデミー、2018年度キングレコード歌謡選手権の日程発表 熊本・中九州地区はじめ9会場で地区大会開催 [カラオケ]

◆キングエンタープライズ(東京都文京区、長谷川律夫社長)は2018年1月31日、キングレコード歌謡文化アカデミー(同、三田誠理事長、KBA)が運営する「2018年度キングレコード歌謡選手権」の日程を発表した。

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去年のキングレコード歌謡選手権全国決勝大会でグランドチャンピオンに選ばれた小笠原茂夫さん
写真・右はゲストの三笠優子(キングレコード)、同左は水城なつみ(キングレコード)

 KBAのキングレコード歌謡選手権は毎年、傘下のカラオケ教室会員が参加して全国で開催しているカラオケコンテスト。75歳以上のゴールドから35歳以下のプラチナまで年代別に6コースに分けて、地区大会と全国決勝大会が行われている。

 今年の地区大会は、去年まで仙台市と名古屋市で実施してきた東北大会と東海北陸大会を中止し、9会場で行う。

 中止する東北大会は北関東地区大会、東海北陸大会は近畿大会と合同開催する。地区大会への参加は、居住地域に関係なく都合のいい日程に合わせて会場を選ぶことができる。

地区大会の日程と会場は次の通り。
6月2日 中九州地区大会(熊本市・熊本新都心プラザ)
6月9日 四国地区大会(松山市・総合コミュニティーセンター)
6月16日 中国地区大会(広島市・東区民文化センター)
6月30日 北関東・東北地区大会(さいたま市・大宮ソニック小ホール)
7月14日 近畿・東海北陸地区大会(大阪府守口市・エナジーホール)
7月21日 南関東地区大会(東京都江東区・江東区文化センター)
7月28日 北海道地区大会(札幌市・かでる2.7かでるホール)
8月5日 南九州地区大会(鹿児島市・かごしま県民交流センター)
8月26日 北九州地区大会(福岡市・パピヨン24ガスホール)

 歌唱曲は、2017年大会参加者は今回も同じ曲が認められるが、同大会で最優秀賞受賞者は別の曲が義務付けられている。参加料は1万200円。
 全国決勝大会の日程と各大会のゲスト歌手は未定。


[キングレコード歌謡文化アカデミー オフィシャルサイト]
http://www.kingrecords.co.jp/KBA/







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