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永井みゆき(テイチクエンタテインメント)  デビュー25周年記念曲第2弾「蛇の目小紋の女」 新境地に挑戦 [インタビュー]

永井みゆき1.jpg◆テイチクエンタテインメントの歌手、永井みゆきが初めて、平尾昌晃に曲を書いてもらったというデビュー25周年記念曲第2弾「蛇の目小紋の女」を2017年4月19日に出した。和と洋をミックスして琴の音色が印象的な楽曲。「私の代表曲になるように歌っていきたい」と話す永井はこの25周年を記念して、即売会でのCD購入者に、今まで彼女が演じたさまざまなコスプレ姿を撮った生写真をプレゼントしている。さらには3Dプリンターで製作した高さ20センチの永井のフィギュアの新バージョンも加えるなどして、話題を投げかけている。


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 永井は新境地の楽曲「蛇の目小紋の女」で女の情念を歌う。それは怨みつらみではなく<なにがあっても 悔いはしません>といった歌詞に見られるように、想い人を愛し続ける大人の女の熱い想いを追い求める。
 2017年5月19日、神戸市内で開かれたKOBE流行歌ライブでは、これを2コーラスと3コーラスの2回歌い、新しい永井みゆきを披露してみせた。

 永井は中学生の時、歌手になるために上京して、作詞家のたかたかしの元で、内弟子としてデビューを目指した。そのたかは、彼女がデビューして25年間1度も褒めることはなかったという。
 ところが「蛇の目顧問の女」のレコーディングの日、永井に「良く歌えた」と褒め言葉をもらしたのである。
 大人の女性を歌いこなしてほしい、とあらかじめ求めていたからであったが、永井がそれに応えたのであろう、25年にして初めて褒めたのである。


 この新曲がまだ発売される前であったが、永井は自分をメジャー歌手に育ててくれた功労者である大阪府泉佐野市のCDショップ、ミズキ演歌堂の信達谷(しんだちや)紘社長を、入院先の病院へ訪ねている。

 彼はこの後、しばらくして亡くなってしまうのである。
 永井がまだ小学5年の時から、信達谷に歌唱指導を受けてきた。永井にとっては「信達谷さんがいなかったらデビューできていなかった」というほど、忘れることの出来ない恩人なのである。
 デビューを目指して中学3年で上京した際も、信達谷は東京の学校で転校手続きをするなど、まるで親のようにあれこれと世話を焼いている。

永井みゆき2.jpg

 昨年、見舞いに行った時には、すでに話も出来ないと聞かされていた永井だったが、ベッドに近づくと眠っていた信達谷は目を覚まし、彼女の手を強く握り返して話も出来たという。
 彼女が「蛇の目小紋の女」を出すことを告げると喜んでいたが、それから何日かして病状が急変し、帰らぬ人となってしまった。

 毎年8月には岸和田市内の老人ホームの夏祭りに参加するのがミズキ演歌堂の恒例である。毎回、門下生だった歌手も参加しているが、今年は永井も2年ぶりに顔を出す予定だという。
 デビュー25周年の今年「蛇の目顧問の女」で新境地に挑戦する永井は「これからも、しっかりと歌っていきたい」と、信達谷の面影抱いて歌う。





[永井みゆき オフィシャルサイト]
http://teichiku-music.co.jp/artist/nagai/
[永井みゆき テイチクエンタテインメント]
http://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/nagai/





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