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山口みさと(エイフォースエンタテインメント)    「夜の岩国空港」でデビュー   4月にKOBE流行歌ライブに出演 [インタビュー]

◆去年1月に「夜の岩国空港」でデビューした山口みさとが2016年2月28日、作曲家の伊藤雪彦とキングレコードの三代沙也可が出演した「第10回リズム伊藤雪彦歌唱勉強会」でデビュー曲を披露した。

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山口みさと・夜の山口空港.jpg











 「夜の岩国空港」は錦帯橋で出逢った添えない2人が、つかの間の夢を胸に夜更けの最終便で悲しく別れるといった、山口県の岩国空港や観光地を織り込んだ歌。
 岩国空港は山口の出身地の広島県大竹市と隣接した山口県岩国市にある。そこで作曲家活動をする桝田一利が書いた作品。

 まだ歌とは無縁だった彼女が、10年前に父親を亡くしたショックが原因で声が出なくなった。その治療のために始めたボイストレーニングをきっかけに、周りからの勧めで歌手に。4年前にインディーズで歌手活動をはじめたが、去年、エイフォースエンタテインメントからデビューし広島、山口、岡山をはじめ大阪、神戸を中心にで活動をしている。

 4月21日には神戸・新開地で開かれる第138回KOBE流行歌ライブに、同30日には広島県三原市のみはら温泉で山口みさと演歌ライブ春の宴に出演する。





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伊藤雪彦歌唱勉強会   150人が伊藤雪彦作品などを歌う   三代沙也可のミニライブも   リズム主催 [カラオケ]

◆作曲家伊藤雪彦が指導・寸評しキングレコードの三代沙也可が歌う「第10回リズム伊藤雪彦歌唱勉強会」(主催・リズム)が2016年2月28日、大阪市西淀川区の区民ホールで開かれ、参加した150人が自慢のカラオケに挑戦した。ゲストの三代は新曲の「逗子の恋港」をはじめ湘南シリーズ3作などを歌った。去年1月にデビューした山口みさと(エイフォースエンタテインメント)も特別出演し、デビュー曲の「夜の岩国空港」を披露した。

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98歳の女性が元気に歌う伊藤雪彦歌唱勉強会

 毎年開催されている歌唱勉強会にはリズム傘下の歌唱教室の生徒150人が参加した。そのひとり98歳の女性は歌を習い始めて15年になる。伊藤が作曲した「倉敷川」を歌ったその女性は「もっと早くから歌を習っていれば良かった」と、歌の楽しさをかみしめている。
 また同じ伊藤作品の「はぐれ舟」を歌った全盲の女性は、歌詞を点字にして覚えて練習しているという努力家。

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歌唱アドバイスする伊藤雪彦

 歌唱教室講師の足立美恵子さんは大好きだという「浪花悲恋」のほか伊藤作品の「面影グラス」「父さんの帽子」を歌った。

伊藤雪彦歌唱勉強会・足立美恵子.jpg山口みさと2.jpg

















伊藤雪彦の作品を歌う歌唱教室の講師足立恵美子さん(左)と特別出演の山口みさと

 最後に講評した伊藤は発声に効果的な息の吐き方アドバイスしていた。

 ゲストコーナーではデビュー25年の三代がワンポイントアドバイスをまじえて、今年1月に出した新曲の「逗子の恋港」を披露。これは同時に歌った前作までの「江ノ島ひとり」「鎌倉恋歌」ととに湘南3部作のひとつで、三代は「誰も歌っていない湘南をシリーズにしています。応援してください」と呼びかけていた。

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ミニライブで新曲「逗子の恋港」を歌う三代沙也可

 このほか「江ノ島 ー 」のカップリング曲「水色のハンカチ」と「逗子の ー」のカップリング「桜・・・その愛」も歌った。





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青木美香子 歌と健康セミナー開く 健康に欠かせないカルシウムと歌 [イベント]

◆大阪市内で薬店を経営する歌手の青木美香子が、2016年2月26日、同市港区の喫茶店・珈琲館 夢蘭で健康の集いとミニライブを開いた。集まった薬店の顧客など20余人は薬品メーカーの担当者からカルシウムが健康の維持に欠かせないことを聞いた。ミニライブでは参加者と一緒に童謡を歌った青木は「背筋を伸ばして歌うことは健康な身体を作ります」と話していた。

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健康の集いで歌う青木美香子

 健康に役立つ話しをコーヒーを飲みながら聞いてもらい、歌を歌って健康増進につなげてもらおう、と今回初めて開いた。
 講師の森田薬品工業(本社・東京都)の担当者は「カルシウムが不足すると骨や歯のカルシウムが溶け出し、高血圧や糖尿病、動脈硬化など恐ろしい病気の原因になる」と指摘して、バランスよく栄養補給することが大切なことをアドバイスした。

 健康を阻害する大きな要因にストレスが挙げられる。青木は「リラックスして楽しい雰囲気で歌うのも健康にいい」と、まず朝のテレビドラマのテーマソング「365日の紙飛行機」を歌って、次は「コーヒールンバ」の青替え歌でカルシウムの大切さを呼びかけた。

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歌と健康の集いに参加した人たちと

 会場となった夢蘭は営業を始めてもう38年になるという昔ながらの喫茶店。店内いっぱいのファンと一緒に青木は童謡「うれしいひなまつり」「故郷」も歌って、最後はオリジナル曲の「優しい風」で、集まった人たちを優しい気持ちに包んでいた。


[青木美香子 オフィシャルサイト]
http://aokimikako.com/





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井上実香(キングレコード)   初の東京ライブ  3月1日に西荻窪で [イベント]

「とまり木情話」が好評なキングレコードの井上実香が、2016年3月1日、東京・杉並区北3-16-4の西荻ターニング(小美濃本社ビル地下1階)で開かれる「西荻発 歌謡ライブ」に出演する。



 ライブは入場料3000円。井上のほかに秋馬てつや、藤代舞、みず来明姫、吉永みきおらも出演する。
井上の東京ライブは初めてで、翌日は中野・名曲堂でキャンペーンも予定している。

 4月には奈良テレビ放送、J:COM関西などケーブルでレビ、ラジオなどで放送される演歌・歌謡曲番組「演歌ジャックス」にも出演。
 5月は23日に吹田市文化会館メイシアター大ホールで開かれる「ごんたの会」に出演。これは鳥羽一郎が発起人の<ごんたくれ>の鳥羽一郎、鏡五郎、三門忠司の3人衆がつどうコンサート。


[井上実香 オフィシャルサイト]
http://www.geocities.jp/mika_inoue_singer/


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パク・ジュニョン(キングレコード) 大阪でミニライブ 「さよならは言わせない」など歌う 懐かしのデビュー直前ライブのあべのHoop [イベント]

◆サードアルバム「さよならは言わせない」とシングル盤「河口湖(昼盤)」を2016年2月17日に同時発売したパク・ジュニョンが、2月25日、大阪・天王寺の野外ステージ、あべのHoopでミニライブと握手会を開いた。

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 「またここへ来ました。みなさんありがとうございます」
 たくさんのファンを前に挨拶したパク。
 あべのHoopは彼が4年前にデビュー直前にミニライブを開いた懐かしい場所。待ち構えていたファンからは「待ってました」と、温かいかけ声が飛ぶ。

パク・ジュニョン さよならは言わせないでA.jpgパク・ジュニョン さよならは言わせないB.jpg










サードアルバムのタイプA(左)とタイプB

 サードアルバムはタイプA、Bの2種類があり、ボーナストラック2曲が別々で、それぞれ12曲が収録されている。表題曲の「さよならは言わせない」はアルバム発売に合わせたバラード調の新曲。作詞は日本人の森坂とも、作曲は韓国人の1601という日韓共作。「日本人と韓国人の心が入った楽曲です。まさにボクにピッタリな楽曲です」とパク。

 集まった女性ファンも「とてもいいわ。今までの彼の歌の中でも最高」と興奮気味。

 シングルの「河口湖(昼盤)」は、15年8月に出した「河口湖」のカップリング新たにに新曲「原宿竹下通り」を収録した。

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「河口湖(昼盤)」

 この日のミニライブではこのほか、「河口湖」とニューカップリングの「原宿竹下通り」も。次いでサードアルバムの収録曲「J」を披露。パク楽曲は1984年に韓国の歌手イ・ソンヒが歌って大ヒットしたもの。日本では今までに門倉有希がカバーしている。

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ジュニーのミニライブにたくさんのファンが詰めかけたあべのHoop

 ラストはアップテンポな「無条件」。会場のファンも手拍子で応えていた。終演後の握手会ではツーショット撮影とハグで参加者は大喜びだった。

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冬の日差しを浴びて歌うパク・ジュニョン

 パクは25日から5日間連続の関西キャンペーン。きょうは夜、岡山市のホテルでディナーショー。
 そして3月11日には東京・赤坂の赤坂BLITZでライブ「パク・ジュニョンLIVE2016~さよならは言わせない~」。
 翌12日のパクの誕生日には、大阪・梅田のうめきたSHIPホールで、「河口湖」のCD購入者特典イベントのカラオケ大会とうれあいライブが開かれる。

 ジュニーファンには楽しい春がやってきそうなイベントが目白押しだ。パクも「ボクにさよならは言わせないでね!」と手を振っていた。


[パク・ジュニョン オフィシャルサイト]
http://www.go-go-juny.com/index.html
[バク・ジュニョン キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=43971#tabpage3




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三代沙也可(キングレコード)  湘南シリーズ第三作 「逗子の恋港」  「小説 不如帰」をモチーフにした悲恋歌 逗子の美しい自然も盛り込む [インタビュー]

三代沙也可.jpg◆神奈川・湘南の海を江ノ島、鎌倉と訪ね歩いてきた三代沙也可がシリーズ第3弾の今回は、富士山と夕陽と海が美しい逗子を舞台に「逗子の恋港」を歌う。2016年1月13日に発売した直後のオリコンチャートは4位でスタート。先頃、関東地区で開かれたカラオケ発表会のCD即売会では、用意した100枚余もたちまち完売するといった評判の良さ。2月28日には作曲を担当した伊藤雪彦を招いて大阪市内で開かれるカラオケ指導会でも歌う。











 徳冨蘆花の「小説 不如帰」をモチーフに作詞家の志賀大介が書いた。小説の川島武男と浪子の哀しい恋物語のように仕上がっている。
 小説は海軍少将で男爵の武男は浪子としあわせな結婚生活を送っていた。ところが武男が日清戦争へ出征した間に、浪子は結核を理由に離婚させられ、夫を想いながら哀しく死んでいくという話し。その演歌的内容は、新聞小説から出版され大人気を博した。今までには何度も舞台や映画、テレビで作品となっているまさに国民的作品。逗子の海の岩場には「小説 不如帰」の碑が建っている。

 「逗子の恋港」はそんな哀しい物語と、歌の主人公たちの悲恋を重ねた歌。「数ある三代さんの歌の中でも一番好きな作品です」という声も聞かれるほどで、発売早々から人気は上昇中だ。三代自身も「三部作の中でも一番の手応えを感じています」とするほどである。

 「『江ノ島ひとり』からの三部作にすることを意識していたわけではないのですが、結果的にこのようになりました。風光明媚でどこか色気を感じる逗子は私が選びました」


三代沙也可・逗子の恋港.jpg 確かに14年3月に出した「江ノ島ひとり」、15年3月の「鎌倉恋歌」に続く今回の「逗子の恋港」は、演歌好きとりわけ女性には堪らないかもしれない。
 それはやはり「小説 不如帰」の舞台となった逗子を歌い、小説の悲恋を連想させてくれるからだろう。
三代はこれを歌うに際してレコード会社のディレクターから「小説 不如帰」を読むように勧められている。「文語調で読むのは大変でしたが、読むことで歌の主人公たちの想いを感じ取れたようでした」と三代。

 三代もプライベートでもふらりと出掛けることがある逗子は、夏ともなると海には若者たちの声があふれる。その背には富士山が。人が少なくなってくると、今度は夕陽が海を彩る。逗子は神奈川県でもいちにの「ロマンチックな町」(三代)である。隣りは別荘地として知られた葉山町である。歌のち3番に出てくる桜山はその境にある低い山で、江ノ島や富士山を望むことができる。歌はそんな逗子の自然の美しさを存分に盛り込んでいる。

 カップリングは「桜・・・その愛」。同じく志賀大介、伊藤雪彦のコンビによる作品である。三代の母親は去年4月に96歳で長寿を全うした。それを機に「父母への想いを歌にしたい」として出来た、まるで唱歌のような作品である。

 歌手三代を支えてくれたのは両親の笑顔や一言であった。その彼女も今年8月にはデビュー25年を迎える。「もうそんな年月が経ったんです。びっくりポンです」
 江ノ島、鎌倉など湘南を歌った歌はたくさんあるが、今回のように逗子を歌ったものは決して多くはない。まして湘南を有名地をカバーするのは三代ぐらいか。<湘南の歌の女王>とは言い過ぎか。




[三代沙也可 オフィシャルサイト]
http://www.mishirosayaka.com/profile..html
[三代沙也可 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=10053#tabpage3



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塚原哲平(ホリデージャパン) 新曲「雪ほたる」 初の恋歌 宮路オサム仕込みのこぶしも抑えた演歌 [インタビュー]

◆宮路オサムとの出会いがまだ大学生だった塚原哲平を歌手への道へと走らすことになった。今年でデビューして8年目。去年10月に4枚目のシングル「雪ほたる」を出した。初めて挑戦した恋歌である。北へ向かう船からふたりしてみた雪ほたるに先の人生を重ねる。カップリングは「夜汽車」。ふるさとに残した愛しい人を想う歌。いずれも塚原にとって新境地を開く作品である。

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塚原哲平

 「男の金字塔」で2008(平成8)年にデビューした。NHKのど自慢の熊本大会でチャンピオンになった際に出会った宮路オサムから「東京に出てきたら会おうよ」と声をかけられたのが、地元の大学生だった彼をプロ歌手へと向かわせる。
 「その言葉を信じて上京したんです。ところが師匠は電話には出てくれないし、全く会ってくれもしない。マネージャーとは連絡は取っていたけれど、2年間もそんな状態が続いた」


塚原哲平・雪ほたる.jpg 東京へ出てラーメン店でアルバイトをしながら生活していた彼に突然宮路から電話がかかってきた。「俺のところで働かないか、と言うんです。それからがまた過酷な生活の始まりでした」
付き人として働き始めたが、仕事が終わった宮路は新宿・歌舞伎町へ繰り出し朝まで飲む。自宅へ送ると7時、8時といった毎日。
 「師匠が飲んでいる間、ずっと同じ席で待ってるんです。これもまた大変でしたね。こんな生活がいつまで続くんだろうと悩んでいる時、師匠から電話で自宅へ招かれたんです。最近、お前の目は死んでる。田舎へ帰りたいのか、というんです」

 その時に「お前に書いた」と差し出したのが「風の中の芥(あくた)」という1曲だった。
 ♪ 目立つだけが人生じゃない ~  泣いた分だけ笑おうぜ ~  小さくたってがんばれる ~ などと歌うそれは、CD化されていないが「この歌をもらったお陰で頑張ることが出来た」と、自分自身の応援歌でもある。

 宮路のステージで前歌を歌う時もあったが、付き人としての生活が6年半続いて、「風の中の芥(あくた)」を歌った3年後にようやく念願のデビューにこぎつける。32歳であった。

■こぶしも抑えて初の恋歌

 人生は一回しかないのだから、と東京へ送り出した歌が大好きな両親だったが、デビューの半年前に母親は55歳で亡くなっている。「晴れ姿を見てもらうことは出来なかった」
 大学時代にはニューミュージックを歌い、色んなオーディションを受けていた。知人からのど自慢に出るなら演歌のほうがチャンスがあると助言を受けたのが、演歌に進むきっかけだった。

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 2年ぶりの新曲「雪ほたる」は、宮路仕込みのこぶしが良く回る塚原の歌を少し抑え気味に歌う。感情を抑えて、緩急をつけて歌っているという。「ここに来てようやく歌が分かってきたように思います」と塚原。

 父親はふるさとの熊本県人吉市で電気店を営んでいる。電気工事や下水道から電気製品の販売まで電気に関わることはなんでもこなす。彼も後を継ぐことも考えたこともあったが、今は歌一筋だ。カップリングの「夜汽車」は、母親が九州から集団就職で大阪へ行く時に乗ったものだったという。
 夢を追いかけて母親を残した駅は、かつては母親も後にしたふるさとの駅 ー 。「夜汽車」の詞が重なるようでもある。




[塚原哲平 オフィシャルサイト]
http://ameblo.jp/osamuennka-3926/
[塚原哲平 ホリデージャパン]
http://www.holiday-japan.co.jp/menu/artist_ta2_tt.html



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「演歌夢の競演 in こうべ」  三笠優子(キングレコード)千葉一夫(同)山口みさと(エイフォースエンタテインメント)小野和子(キングレコード)が神戸で歌う [イベント]

小野和子が神戸・三宮で経営する「歌謡スタジオふれあい」が20周年を迎えた今年、2016年2月24日で閉店することから、長年支援してもらった人たちへの感謝とさようならの想いを込めた歌謡ショー「演歌夢の競演 in こうべ」が、2月21日、神戸旧居留地にある中華料理専門店・第一樓で開かれた。小野の最新作「母恋三度笠」を昨年7月に同じレコード会社の三笠優子がセリフ入り「母恋い三度笠」としてリリース。双方にとっては思わぬ競作となった。この日は初めて2人並んで「母恋-」を歌うという競演が実現した。

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小野和子(左)と三笠優子

 出演したのは小野、三笠と同じレコード会社の千葉一夫、昨年1月デビューの山口みさとの4人。小野は21年前の阪神淡路大震災の直後に、東京での歌手活動を諦めて神戸に戻って、歌手を続けながら歌謡教室を併設した歌謡スタジオふれあいをオープンした。ショーの冒頭で小野は「皆さんに支えられた20年でした。母が91歳になり足が弱っています。親孝行をするためにも歌謡スタジオを閉めて、母が住む兵庫県小野市で一緒に生活して介護したいと思っています」と話し、歌手活動と歌謡レッスンは続けることを宣言した。

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小野和子

 小野の東京時代は作曲家弦哲也の門下生として、その弦の作品「夫婦椿」で1985年にデビューしている。歌謡ショーではオープニングで、神戸へ帰る直前に出した「あなたの花」と、前々作で母を想う娘を歌った「母娘花」を歌って幕開け。

■初の三笠・小野の競演

 注目のゲストの三笠と小野の競演では、まずはふたりで三笠の代表曲のひとつ「木曽恋い鴉」を一緒に歌い、小野が「母恋三度笠」を三笠が「母恋い三度笠」をそれぞれフルコーラスで歌比べ。三笠と同じステージに立つのはKOBE流行歌ライブ以来という小野は「憧れの三笠さんと同じステージで一緒に歌えたのが幸せです。競作になって最初は悩みもしましたが、ふたりで歌うことでよりたくさんの人に歌が伝わることはうれしいです」と話した。
 一方、セリフ入りで歌う三笠は「一緒に歌って緊張しました。小野さんに負けないように頑張って歌います」と微笑んでいた。

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三笠優子

 三笠はまたヒット曲の「夫婦舟」や前作のカップリングでカラオケでも人気が高い「倅(せがれ)」、自分の父母を想い出すという「母ごころ」なども歌った。
 そして今度はひとりで「木曽恋い鴉」を歌って「元気を差し上げなければならないのに、皆さんから元気を頂いています」と頭を下げていた。

■小野と同じ弦哲也門下生の千葉

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千葉一夫(右)と牛尾淳(中央)と「雨の奈良路」を歌う小野

 小野とは弦哲也の同門という千葉一夫は、2006年に小野とのデュエット曲「雨の奈良路」を出している。この日は司会の牛尾淳を交えて3人で歌ったほか、「男笠」など股旅ものも披露した。オリジナル曲コーナーでは歌手生活初のオリコンチャートで1位にランキングされた「紫陽花しぐれ」や人気曲「吉野川」などのほか、3月9日に発売される新曲「紀ノ川旅情」を初披露した。
 「紀ノ川 - 」は和歌山を歌った癒し系メロディーの旅情演歌。この日は即売コーナーでCDの予約受付をしていた。

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千葉一夫

 デビュー2年目の山口はデビュー曲の「夜の岩国空港」と、そのカップリング「夢・情酒」のほか氷川きよしの「箱根八里の半次郎」を歌ったほか、千葉が三代沙也加とデュエットした「ふたり舟」(2008年)のカップリング曲「いい感じ」を千葉とデュエットしてみせた。

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山口みさと

 ラストは「母恋三度笠」のカップリング曲でアップテンポな「夢と女 ~ 女の中の女です ~ 」と、小野の歌謡ショーではリクエストが多い十八番の歌謡浪曲「岸壁の母」を聴かせた。

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「岸壁の母」を熱唱する小野

 小野は「歌も歌謡スタジオふれあいも母が原点でした。あっという間の20年でしたが、たくさんの人との素敵な出会いを頂きました。店はなくなりますが、歌の活動は続けていきます。三笠さんとのコラボは胸がドキドキでした。一生の思い出です」と、20年の歴史をかみしめていた。

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デュエット曲「雨の奈良路」を歌う弦哲也門下生の千葉と小野


[小野和子 オフィシャルサイト]
http://www.mugenkikaku.com/
[小野和子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=43025


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20年間営業してきた「歌謡スタジオふれあい」





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「第137回KOBE流行歌ライブ」  塚原哲平(ホリデージャパン)塩乃華織(日本クラウン)チョン・テフ(徳間ジャパンコミュニケーションズ)らが新曲を熱唱   [ライブ]

第137回KOBE流行歌ライブ.jpgチョン・テフがペドロ&カプリシャスの「別れの朝」、塩乃華織が三波春雄の「東京五輪音頭」、塚原哲平が宮路オサムの「なみだの操」を歌った「昭和歌謡に酔いしれて」。2016年2月18日、神戸・新開地で開かれた「第137回KOBE流行歌ライブ」で今回から始まった出演歌手が懐かしい演歌・歌謡曲を歌う新コーナー。3人の出演者は最新曲も披露するとともに塩乃は「雪椿」、塚原は「さざんかの宿」などをそれぞれカバーして会場を沸かせた。太田れおん、白鳥ジョーの地元出身の歌手も出演した。







 初出演の塚原哲平は熊本・人吉から2000(平成12)年に上京して宮路オサムに師事。付き人などを6年半経験して08(平成20)年に「男の金字塔」でデビュー。こぶしの良く回る歌唱は師匠譲り。宮路の「なみだの操」をカバーして「ついついこぶしが回ります」と笑う。
 新曲の「雪ほたる」は初めて歌う恋歌。去年10月に出したばかり。「しっとりと歌っています」というものの、やはりどこか宮路演歌が見え隠れ。
 ♪ 目立つだけが人生じゃない ~  泣いた分だけ笑おうぜ ~  小さくたってがんばれる ~ などと歌う「風の中の芥(あくた)」は、CD化されていないが「この歌をもらったお陰で頑張ることが出来た。これを歌った3年後にデビューができた」と、自分自身の応援歌でもある。宮路が作曲している。

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塚原哲平

 塩乃華織は3年半ぶりKOBE流行歌ライブの出演。前回は着物での出演だったが、今回は新曲「イエスタディにつつまれて」に合わせて純白のドレス姿。イントロのピアノの音色が印象的で「今までの着物姿の自分とはまったく別世界を歌っています」という楽曲は、同じ事務所の大先輩であるキダ・タロ-の作曲、新垣隆が編曲を担当した話題の楽曲。
 11年にリリースした「陽だまりの花」でメジャーデビューした彼女。「この年は東日本大震災があった年で、少しでも明るい日々が来ればという思いを込めて歌いました」と、この日も前作のワルツ調の「夜更けのワルツ」とともに歌った。3月24日には誕生日を迎えるが、同26日にはバースデーライブを予定しているという。

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塩乃華織

 インディーズ歌手として大阪で活動していた拓哉がチャン・ウンスク(テイチク)にスカウトされてチョン・テフとしてメジャーデビューしたのが13年。デビュー曲はこの日も披露した「サソリの涙」。16歳から出身地の韓国・ソウルで歌って踊るアイドル歌手として活躍。10年前に来日した。
 去年7月に出した「東京メランコリー」ではバッダンサー2人とダンスを交えての熱唱は、かつてのアイドル時代を彷彿させる。かつては関西中心だった活動エリアも今は全国へ拡大。今まで36県を訪ねたという。CD即売コーナーでは自分のシールを貼った漬け物も販売していたが「日本の付け物は好きですが、キムチは苦手」と苦笑い。「今年は夏ごろに新曲を出す予定をしています。心に響く歌を歌っていきます」と話していた。

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チョン・テフ

 PRコーナーではシンガーソングライターの小田純平の弟子で去年デビューした太田れおんがデビュー曲の「東京おぼろ月」を、大手電機メーカーのエンジニアを定年退職後に歌手デビューした白鳥ジョー「ああ姫路城」を歌った。いずれも兵庫県姫路市出身で、地元のファンがたくさん詰めかけて声援を送っていた。

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太田れおん(左)と白鳥ジョー






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生駒尚子(ホリデージャパン)  「イトーヨーカドー東大阪店歌謡フェスタ」に出演 3月13日 [ライブ]

◆ホリデージャパンの生駒尚子が2015年12月に出した新曲「浪花の女房」のキャンペーンで全国を駆け巡っている。

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生駒尚子

 3月13日にはイトーヨーカドー東大阪店で開かれる「歌謡フェスタ」にも出演する。「浪花の女房」などを歌う。午後1時開演で、入場無料。生駒とともに出演するのはチョン・テフ、夢みどり、松山ひろし。



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「演歌ジャックス」  「東京メランコリー」のチョン・テフと「メルボルン特急」の松尾雄史をゲストに迎えて3月放送分収録 [テレビ]

◆話題の演歌・歌謡曲を紹介する奈良テレビ放送、J:COM関西やFMラジオなどで放送中の番組「演歌ジャックス」の収録が、このほど大阪市内で行われた。3月に放送されるもので、ゲストにチョン・テフ(徳間ジャパンコミュニケーションズ)と松尾雄史(日本クラウン)を迎え、それぞれ新曲を披露した。レギュラー出演者では林よしこが4月20日に発売する「淀川みれん」(ビクターエンタテインメント)を披露。ハリセン演歌の小川リエ「浪花の一番星」を歌った。

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女性出演者で「ひなまつり」を合唱



■来日10年目、大阪が大好きなチョン・テフ

 韓国・ソウルで16歳の時にアイドル歌手としてデビュー。10年前に来日して大阪を拠点に演歌・歌謡曲を歌っていたチョン・テフ。3年前に徳間ジャパンコミュニケーションズから「サソリの涙」でメジャーデビューしてからは関西を中心に全国へと活動の幅を広げている。「今はキャンペーンで全国36都府県を訪ねました。残りの11県を踏破します」とテフ。

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チョン・テフ

 酒は飲まない彼は訪ねた先々での楽しみは、土地の方言や人とふれあうこと。「人情味や人の温かみにふれられるのがうれしいですが、10年間住み続けている大阪の言葉も大好きです」
 この日共演した林よしこから、こんな大阪弁も、と教えられたのは「天然でんねん」。
 テフから「どういう意味ですか」と質問された林は自分を指差して「見たままです」と笑っていた。

 彼の新曲「東京メランコリー」は2015年7月に出したもの。
 司会の小池史子から「絶好調ですね」と訊ねられると、テフは「皆さんに良く歌っていただいています。オリジナル曲を良く聴いて自分なりの個性を出して歌ってもらえるといいですね」と話していた。

■歌のようにスケールの大きな松尾雄史

 16年1月20日に出したばかりの新曲「メルボルン特急」が5作目という松尾雄史は、日本クラウンの創立50周年の記念新人。作曲家の水森英夫からスカウトされて、長崎県諫早市の高校を卒業して上京。12年に「くちなし慕情」でデビューした。
 有線放送の問合せリクエストなど発売前から関心も高いという新曲は、なんとオーストラリア・メルボルンを舞台にしたスケールの大きなソフトムードな演歌。

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松尾雄史

 180センチの長身はかつてバスケットボールに精を出していたたまものだとか。休日は東京・原宿でショッピングするのが楽しみという彼が出かけるのは洋服店。「そこは美川憲一さんも良く利用されており、バッタリと店でお会いして洋服を買ってもらったこともありました」と松尾。

 「力を入れて ♪ つづく線路は オーストラリア ~ とスケールも大きく気持ち良く歌って下さい。 ♪ メルボルン特急 ~ は、音程を取るのが難しいかもしれませんが、何回も歌って練習してみてください」とも。

■林よしこ、4月に新曲

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林よしこ(左)と小川リエ

 4月に新曲「淀川みれん」を発売する林よしこは、レコード会社、所属事務所ともに変わって心機一転してスタートを切る。この日初めて歌を披露した。前作とは打って変わって、大阪もののしっとり演歌に高い評価が送られていた。
 彼女のハリセンで肩を打たれると幸せがやってくるというハリセン演歌の小川リエは、七福神と今年の干支の猿のぬいぐるみを真っ赤な着物に付けた派手な衣装で「浪花の一番星」を歌った。








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白鳥ジョー、骸骨マイクに純白のスーツで歌う「ああ姫路城」 [ライブ]

◆純白のスーツに身を包んで、まさにスワンのようにステージに立つ白鳥ジョー
通称・骸骨マイクとも呼ばれるシュア製のスタンドマイクを使って歌うのは地元姫路のシンボル姫路城。そのタイトルは「ああ姫路城」。白鷺の異名を轟かせるそれを ♪ 悠久の城 ~ と堂々と歌い上げる。

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白鳥ジョー

 きのう神戸・新開地で開かれた「第137回KOBE流行歌ライブ」で初めて会った。
 白鳥さんはかつては三菱電機などでエンジニアをしていたが、定年後に一念発起して歌手に。今は姫路を中心に播州地方を活動の舞台として歌っている。サンテレビや姫路のコミュニティーFM・エフエムGENKIの番組にレギュラー出演しているという。

 白鳥のステージで驚かされるのは、何と言ってもシルバーに光り輝くスタンドマイクである。「衣装が少ないもので、このマイクでアピールしています」と笑う。
 マイクを持っての移動は大変だが、どこか懐かしい時代を感じさせてくれるだけに、見るものをホットさせてくれる。

 ちなみに芸名の白鳥ジョーは、ドイツにある「ノイシュバンシュタイン城(白鳥城)」から採ったもの。姫路城の太陽公園には白鳥城のモデルが建てられているそうだ。

 デビュー曲は本名の森下光晴で出した「天才軍師黒田官兵衛」。それのカップリングは「長良川哀歌」。名古屋勤務時代に足を運んだ岐阜・長良川をテーマに歌っている。


[白鳥ジョー]
http://hishinomikai840.web.fc2.com/toukou/0073/0073.html





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若原りょう(ホリデージャパン)  小田純平作品で新しいムード歌謡に挑戦  去年9月発売の「振り子」 [インタビュー]

◆ムード歌謡曲を歌う若原りょうが2015年9月に出した「振り子」は、人気のシンガーソングライター小田純平作曲による作品である。作詞家伊藤美和が書いた詞は小田のメロディー、そして若原の歌によって、ちょっと新しいムード歌謡に仕上がっている。少し昔のフォークソングのようでもあり、それでいて彼が得意とするムード歌謡の雰囲気はちゃんと残している。大阪にはほぼ毎月やって来るという。来れば必ずカラオケ喫茶店でのキャンペーンは欠かさない。その合間をぬって話しを聞いた。

若原りょう.jpg
若原りょう


 最新曲の「振り子」は、若原にとって10枚目というシングル。恋の切なさと苦しさを出すのにどうしたらいいのかに苦心した作品であった。初めて歌う小田純平のメロディーをどのように表現するか、頭を悩ますことになるからだ。
 去年7月に40歳になったばかりの若原は、新たな小田作品を手にして今までにない魅力を出す歌唱をするのにはどうしたらいいのか。彼は考えを巡らせた。

若原りょう・振り子.jpg 若原は自分のブログのプロフィールに「休日は発声練習かギターの練習をしている」と書いているほど、音楽が好きでたまらない。それだけにフォーク調な小田メロディーと自分のムード歌謡をどのように融合させるか。
 「自分の声質を殺さない程度に表現して、今までにない魅力をプラスするために、こぶしを使わずのどを細くして息を吐く、そこへ言葉をのせる、そんな歌い方なんです。その歌はフォークソングっぽくも聴こえてくる」のである。

 ヒットに結びつけて新しい代表曲にしたいところだ。



 甘いマスクで歌うムード歌謡には、デビュー当時から女性ファンからの人気も高い。2004年2月に出したデビュー曲の「電話」も、同じレコード会社の先輩である中条きよしを想わせるムードたっぷりな楽曲だった。その後、09年には「ゆうこ」を出し、ファンをうっとりとさせた。「自分の声と詞、曲の三つのすべてがうまく合った」という代表曲の1曲になっている。

若原ひろし・北国そだち.jpg 若原は04年にホリデージャパンからデビューする以前、02年に若原ひろしの芸名(本名は弘)でキングレコードから「北国そだち」という1曲を出している。
 北海道・旭川市生まれの彼は、9歳の頃から歌手を目指して歌謡教室で歌の勉強を続けていただけに、念願の歌手への第一歩を印した作品となった。

 彼は地元では早くから歌の上手さでは評判だった。しかし高校2年の時にはNHKのど自慢のグランドチャンピオン大会への出場をかけた大会で、同じ歌謡教室の仲間でもあった水田竜子(現・キングレコード)に次いで2位となって涙を飲んだこともある。
 しかし決して劣らない歌唱力は、プロデビュー1年足らずでデビュー作品を1万枚販売するといった実績を作った。が、実際にはトラック運転手や土木作業などの仕事をしながらの歌手業だったというから、夢に描いていたような華やかな歌手ではなかった。





若原ひろしとしてキングレコードから出したプロ最初の1曲

 そんな彼に本格的な歌手デビューへの声をかけてくれたのがホリデージャパンの佐々木友子会長と亜樹広俊社長、歌手の宮路オサムだった。
 3人の強い勧めで若原りょうと改名して「電話」でデビューすることになる。半年後に東京の亜樹社長の自宅近くにアパートを借りて住んで、ムード歌謡歌手・若原りょうが実質的にスタートしたのである。

 前のブログで「世界最後の日になにをするか」と質問されて「歌っていたい」と応えている。
 やはり無類の音楽好きなのだろう。
 若原は家電好きの一面も見せる。
 家電量販店を歩いて60型の薄型テレビを買ってみたり、掃除ロボットにも飛び付く。そんな中でiPadも最近手にしたが、これは歌詞を調べたり音楽を聴くのに使っている。「振り子」の歌唱をどうするか、と迷っていた時には先輩歌手の歌唱を聴いて参考にしたほど、このiPadはフル稼働してくれたようである。




[若原りょう ホリデージャパン]
http://www.holiday-japan.co.jp/menu/artist_wa1_wr.html

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「第3回神戸発チャリティ歌謡ショー東日本大震災5年」  新沼謙治、小野和子、竹村こずえ、星まさるが東北へ届けた熱唱  神戸・垂水レバンテホール [コンサート]

◆神戸から東北へ応援の歌声を届けようと昨年から始められた神戸発チャリティー歌謡ショー(主催・阪神淡路大震災 神戸から東日本へ実行委員会)。第3回目の今回は「神戸発チャリティ歌謡ショー東日本大震災5年」と名付けて、2016年2月7日、神戸市垂水区のレバンテホールで開かれた。第1回目から出演し数多くのヒット曲を持つ新沼謙治(日本コロムビア)をメインに、デビュー32年で兵庫県出身のベテラン小野和子(キングレコード)、今年デビュー3年目になる竹村こずえ(日本クラウン)、それに地元神戸・灘の星まさる(ウェブクウ)の4人が、東日本を元気づける歌を歌った。

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西神戸混声コーラスと東舞子小学校PTAコーラスのメンバーと歌う新沼謙治

 3月11日で東日本大震災から5年になるが、それをいつまでも忘れずに21年前に同じ体験をした神戸から「東北の被災地へエールを送り続けよう」と始まった「神戸発チャリティー歌謡ショー」。趣旨に賛同して第1回目から出演している新沼謙治は、やはり大きな被害を受けた岩手県大船渡市の出身。今回も「自分が歌う歌で被災地の人たちに元気になってもらえるならば」と、「嫁に来ないか」「津軽恋女」「ヘッドライト」のヒット曲や最新曲の「俺の昭和が遠くなる」などを歌った。

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新沼謙治

 新沼は「人生の中で一番大きな出来事は5年前の大震災でした。全国の皆さんに支えてもらって、少しずつ復興し始めている」と、客席の神戸の人たちへ頭を下げていた。


 コンサートの冒頭で主催者のひとり星まさるは「被災地へ私たちの想いを届けたいと去年から始めました」とあいさつし、「晩秋の恋」「小さな合鍵」、それにデビュー25周年記念曲としてCD発売を予定している「ありがとう愛するあなたへ」を歌った。
 「ありがとう--は、星がデビューから今まで支援してくれた人たちへの感謝の気持ちを込めて自分で作詞作曲をしたもの。

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星まさる

 ゲストの小野和子はデビュー32年のベテラン。阪神淡路大震災では被災した経験も持つ。92歳で亡くなった父親は震災を機に車椅子生活になったが、それをきっかけに小野は車椅子を施設へ送り続けて、その台数は今までに135台になる。
 今も母親と2人の生活を続けているといい、この日は「母娘花」や最新曲の「母恋三度笠」など母モノを歌った。また10分あまりの長編歌謡浪曲「岸壁の母」も披露した。

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小野和子

 もうひとりのゲスト竹村こずえは日本クラウンの新人。4月でデビュー3年目になる。この日はデビュー曲の「能登の海鳴り」と2作目の「佐渡のわかれ唄」、最新曲の「越前恋おんな」などを歌った。カバーアルバムから長山洋子の「じょんがら女節」を三味線演奏を交えながら披露した。
 三味線は指に血マメを作りながらも練習して習得したという。またこの日の衣装は着物をドレスに自分でアレンジしたというもので器用ぶりを見せていた。

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竹村こずえ

 終盤で新沼謙治のコーラスソング「ふるさとは今もかわらず」を歌った西神戸混声コーラスと東舞子小学校PTAコーラスの33人たちは、コンサートラストでは新沼のオリジナル曲「大雪よ」を新沼と一緒に歌った。新沼は「ふるさとの東日本へ感動を与えられるように、こうしたコーラスで歌っていきたい」と話した。

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出演者が勢ぞろいしてのエンディング

 エンディングではまた星が「歌は力を与えてくれます。歌い手はそれを歌えるのが最高の幸せです」語り、チャリティーコンサートの幕を閉じた。
 この日の売上の一部と会場で集められた義援金は神戸新聞厚生事業団を通じて東北の被災地へ送られることになっている。









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紅晴美(日本ビクター) 62歳を迎えてさらに 夢をふくらます 1月にはベストアルバム「人生まだまだ」を発売 [インタビュー]

◆7年ぶりに紅晴美をインタビューした。お互いに1953(昭和28)年生れの62歳である。俗にいう花のニッパチ組である。55歳の時に出したデビュー曲「涙の岬」から最新シングル「人生まだまだ」まで人生の応援歌14曲を収めた「ベストアルバム 〜 人生まだまだ 〜 」を2016年1月20日に出したばかりである。人生には浮き沈みがあり、いろんな足かせもあったけれど、今なお大きな夢を持ち続けている。関西キャンペーンは2年ぶり。まだ関西のカラオケ喫茶店でのキャンペーンは経験がない。ぜひやってみたいという。

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紅晴美

 60代になると一般的には人生の区切りで、転機の時でもあるとみられている。ところが紅は今までの人生を振り返り先に目をやると、今まで足かせとなってきたいろんなものが、すべて取っ払われて「自分の目の前はバラ色に見えてくる」というのだ。
 「自分で作った歌を歌って、人をもっともっと元気にしたい。若い頃と違って説得力のある伝え方ができるはず」

 そんな想いを込めて去年7月に7枚目のシングル「人生まだまだ」を出した。同世代や東日本大震災の被害に苦しむ人たちへ ♬ 人生まだまだやれるじゃないか 〜 と歌いかける応援歌である。

 「人生まだまだ」をはじめ、アルバムに収録された14曲はすべて紅が作詞作曲したものばかりだ。今までに作った楽曲は100曲は下らない。5年前に東京のラジオ番組で、聴取者から寄せられたエピソードなどをもとに、ラジオ局の休憩室で即興で作詞作曲して、自ら弾くピアノを伴奏に歌っていた。CDになった作品はないが、これが作品の数を増やした。

 彼女が歌うのは演歌であるが、作る楽曲はバラード調が多く、番組で作ったものもCD化されずにコンサートなどで歌われるものが多くある。


紅晴美・ベストアルバム ~人生まだまだ~.jpg 2012(平成24)年に出したファーストアルバム「紅晴美 ふるさとを唄う」は、東日本大震災に打ちひしがれる人たちを応援しようと、やはり自作曲を集めたふるさと応援アルバムにした。
 今回のセカンドアルバムにはファーストアルバムから「安波さまの唄」「ドッコイ夫婦節」「ど根性桜」の3曲を入れた。いずれも震災復興応援歌だ。

 2011(平成23)年3月11日、福島県いわき市でコンサートを開いていた紅が歌い終わったその時、大きな揺れが襲った。東日本大震災であった。紅は震災を体験した数少ない歌手である。その後、被災地を回って、歌い人々の話を聞き歌を作って行った。「歌で元気になってほしいという想いでいっぱいだった」と紅。

 紅は空想で詞は書けないという。実際に人の話を聞き、現場を見て、その息づかいを感じないと言葉にならないのである。それは中学の頃から毎日書き続けている日記もそうである。嫌な体験をしたりすると、彼女は自らを元気にする文章を日記に綴ってきた。それがいまの楽曲作りの原点になっているようだ。

 ところで62歳になった今の夢は。
 「歌手になって7年間頑張ってきたけれど、私の歌をもっともっとたくさんの人に歌ってもらいし、私のことも知ってほしい」
 まだまだどん欲である。





[紅晴美 オフィシャルサイト]
http://kurenai-harumi.jp/
[紅晴美 ビクターテインメント]
http://www.jvcmusic.co.jp/-/Artist/A022370.html





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津吹みゆ(日本クラウン)  どんと響く直球ボイスでデビュー第2弾「望郷恋歌」をアピール [新曲発表]

津吹みゆ2.jpg◆日本クラウンの新人歌手、津吹みゆ。福島県の出身である。デビューは2015年2月25日。間もなく2年目に入る。それを控えて16年2月3日には2枚目のシングル「望郷恋歌」を出した。文字通りふる里をを恋うる歌である。カップリングの「ふるさと母さん」も同様にふる里の母を懐かしむ歌。デビュー曲は郷里・福島を歌った「会津・山の神」だった。今作はふる里の地名こそ出てこないが、歌詞にあるアイヤ節は津軽民謡で、東北人の心を響かせる。その津吹は1月29日に大阪市内で開かれた新曲発表会で「望郷恋歌」を披露するとともに、2年目への意気込みを語った。


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 日本クラウンは津吹みゆを3年計画でクラウンを代表するスターにすると明言する。デビューした昨年はCDの販売実績を作ることに力を注いできた。今年は世の中の人たちに「津吹みゆ」という名前を知ってもらうことだという。そして3年目にはインターネット、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌のあらゆるメディアに露出していく-。
 1月29日、大阪市内で開かれた新曲発表会の席上で同社制作宣伝本部プロモーション部の德永孝守部長が語ったものである。

 さらに德永部長は「昨年、クラウンからデビューした新人の中でも津吹は1番の販売実績を挙げた歌い手である。必ず計画を現実のものにしたい」とも。

 それに応えるかのように津吹も「この1年の間に3つのうれしいことがありました。ひとつは歌手になるために上京したこと。次は楽曲をもらった時、そしてデビューCDが出た時でした。これからもどんな時にあっても、このうれしさを忘れない歌手でありたい」と、2年目への強い決心を語った。

 「この1年は毎日勉強の連続でした。全国各地へキャンペーンに出かけていますが、大学生になっていたら、このようにたくさんの人たちに出会うこともなかったと思います。デビュー前には年賀状を出す枚数は50枚ぐらいでしたが、今年は200枚にもなりました」(津吹)。

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作詞家の原文彦とダルマに目入れ

 2月28日には20歳の誕生日を迎える。
 1月10日に郷里で成人式を済ませている。中学の卒業式以来と5年ぶりに会う友人もいたが「山の神じゃん、CD買ったよ、と言ってくれたのはうれしかったです」と津吹。
 デビュー直前、日本クラウンの正月恒例のイベント「クラウン歌う王冠」が開かれた大阪・お初天神の会場で彼女と話す機会があった。「どら焼きが好きなんです」というのが印象的だったが、発表会では「20歳になったらお酒の飲み方も勉強したい」とも話していた。

 「望郷恋歌」は作詞が原文彦、作曲が四方章人、編曲が前田俊明。デビュー曲と同じメンバーである。発表会には香川県さぬき市の私立寒川高校の元教師の経歴を持つ原が姿を見せ「彼女の1年間の成長は大きいものがありますね。今作では1年たって等身大の歌を作ろうと考えて詞を書きました」と話した。

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笑顔を絶やさない津吹

 津吹は発表会では新曲のほか「この歌に出会って歌謡曲の素晴らしさを知った」という1947(昭和22)年に平野愛子が歌って大ヒットした「港が見える丘」と、憧れの先輩歌手である坂本冬美の「祝い酒」も歌い、会場からは大きな拍手が送られていた。
 また津吹は「『望郷恋歌』は涙の数だけ強くなれ、と励ましてくれて、元気になれる歌です」と、新曲の歌詞を例えにアピールしていた。


[津吹みゆ オフィシャルサイト]
http://www.crownmusic.co.jp/artist/tsubuki/
[津吹みゆ 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/tsubuki/whats.html



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水田竜子  オリコンチャート2週連続1位の「霧島の宿」  久々の衣装の着物効果? [インタビュー]

◆久しぶりに永く愛してもらえる歌になりそうですー 。2015年11月に出した新曲「霧島の宿」でイメージチェンジを果たした水田竜子。オリコンのチャートも発売後初登場で1位、2週連続で1位にランキングされるなどファンの反応も上々。衣装も洋服から着物に替えている。その姿には客席からどよめきが起こるほど。1999年に出した「夢宵酔」以来の着物を着ての歌唱に力が入る。

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 今回もご当地ソングである。ご当地ものを歌い始めてもう10年になるという。今年でデビュー23年目であるから、約半分は全国各地を舞台に恋の歌を歌い続けている。
 ところが今回の新曲「霧島の宿」は、いつものご当地ソングと少々様子が違うのである。それは衣装が着物なのである。17年ぶりの着物姿で歌っている。

 新曲発売前から着物の着付けを勉強し始めて、今では仕事だけではなくプライベートでも自分で着られるようになったという。
 歌は年齢によって変わるとも言われているが、衣装によっても変化するようだ。水田は「着物には着物の心構えや雰囲気の作り方があります。それに着物で歌うのは空気の吸い方など洋服とは微妙に違いがある。どれも毎日が勉強です。しばらくは着物で歌ってみたい」と話している。


水田竜子・霧島の宿.jpg カップリング曲の「笹川流れ」は09年に出した「伊根の舟屋」のカップリングに収録されたものを再録した。「着物に合う楽曲」として選んだが、演歌ファンにはこちらも好評である。
 笹川流れとは新潟県の最北端に位置する村上市にある海岸景勝地で、国の名勝および天然記念物に指定されている。

 「その年の1月に出した『風の宿』を歌っている時で、山形県酒田市を目指してタクシーで移動中に目にしたのが、この美しい海岸線でした。東京に帰ってからその様子を作詞家の水木れいじ先生に話したところ、出来あがったのが『笹川流れ』の詞でした」

もともとスタッフの間でも評判の良い歌だったというが、着物によって見事に復活を果たした1曲である。

 洋服の時には配色を一番大切にしていたが、それにも増して着物は色々と楽しみが多いという。
 「かんざしなど和装小物を選んだり髪形を変えてみたりと、大変ですけれども着物ならではの楽しさがあります」
 ほかの歌手の着物姿を見て参考にすることもあるが、水田の着付けの師匠は同じレコード会社の歌手、永井裕子だという。衣装は一環して着物で通す彼女のことを「師匠」と呼んで、教えを請う。

 イメージチェンジの効果もあってか、CDの売行きも伸びている。1月には39歳になった。今年の目標を聞いてみた。
 「25周年に向けてしっかりとやるべきことをこなしていきたいです。年末にはちゃんと辿りつくべきところへ行けるように準備もしたい」と水田。

 年末、正月は実家で母親と過ごしたが、水田家では北海道の習慣で大晦日に雑煮を食べる。普段は弁当もちゃんと作っているという。子どもの頃に祖母の料理を見て覚えたのが助かっているようだ。




[水田竜子 オフィシャルサイト]
http://www.mizuta-ryuko.net/
http://ameblo.jp/mizuta-ryuko/
[水田竜子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=10431





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井上実香(キングレコード) クラウンの水木良新曲発表会で「とまり木情話」歌う 5月には「ごんたの会コンサート」にゲスト出演 [ライブ]

井上実香2.jpg「とまり木情話」が好調な井上実香が、2016年1月26日、日本クラウンの水木良が昨年12月に出した新曲「酒場のかもめ」の発表会にゲスト出演。「とまり木情話」とカップリングの「あじさい雨情」などを歌った。3月1、2日には東京でキャンペーンも予定しており、前作を上回る勢いでプロモーションを強化している。











 水木良は今年デビュー30年目のベテラン。北海道帯広市出身だが、関西を中心に活動の輪を広げている。日本クラウンに移籍して出した「冬雨」から前作の「ダンチョネ別れ節」まで3作連続で日本クラウンヒット賞を受賞している。30周年記念曲として前作同様に好調な売れ行きで、水木も「勝負曲として頑張ります」と話した。

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新曲「酒場のかもめ」が好調な水木良

 その新曲発表会にゲストとして出演したのが、おじゃましまんにゃわ〜のギャグで知られる吉本興業新喜劇の俳優、井上竜夫の娘の井上実香。1993(平成5)年に「大阪恋みれん」で歌手として本格デビュー。この日も「おじゃましまんにゃわ〜 の井上竜夫が父です」とアピールしていた。

 井上が昨年、新曲を出したのは3年半ぶりだった。それだけにこの歌は勝負曲とばかりに、力を入れる。その甲斐あってUSENでもベストテン内にランキングされた。水木の新曲発表会では茶色のドレスで現れたが、前作の「夢の風ぐるま」は着物で歌った。

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 常に新鮮味を忘れない彼女。2曲目に歌った「逃げる月」は、ロック風のラテン調のメロディーが心地よい楽曲。これを出したのは2008(平成20)年だが、この時は背中を大きく露出したセクシーなドレスでファンを驚かせた。

 「とまり木情話」は、北島三郎の「北の漁場」などで知られた新條カオルが作詞した。新條は井上の前作までの4曲を聴き、井上の個性を見抜き一気に書き上げたという。作品は客との心のふれあいを歌ったものだが、歌に出てくる小料理屋は当時、井上の両親が営んでいたスナックをモデルにしているという。
 「音域が広いのが特徴です。もうすぐ通信カラオケにも配信されますので、皆さん歌ってください」と井上。

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 3月1日には東京・西荻窪のライブハウス、西荻ターニングでのライブに出演。翌日は都内のCDショップなどでキャンペーンも行う。5月23日には大阪・吹田のメイシアターで鳥羽一郎、鏡五郎、三門忠司の「ごんたの会」コンサートにゲスト出演することになっている。


[井上実香 オフィシャルサイト]
http://www.geocities.jp/mika_inoue_singer/







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真木柚布子(キングレコード)  ポップな「助六さん」 歌って踊って軽快な演歌  今夏にはノンジャンルライブも予定 [インタビュー]

「助六さん」真木柚布子が2015年11月に出した新曲である。ちょっと風変わりなタイトルが目を引く。ご存知、歌舞伎の演目で古典的な香りも漂ってきそうだが、今風な軽快でポップなリズムは「ノリのいい曲が欲しい」といった本人のリクエストにピッタリ。「ありきたりの演歌じゃないもの」をいう意見も取り入れられ、津軽三味線の音色も効果的だ。

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 難しそうな歌ですね-。ファンからはそんな声も少なくはなかったようだが「リズムに乗って歌ってもらうと決して難しい歌ではないんですよ」と、真木は説明している。
 ♪ こいつぁ春から 縁起がいいわいなぁ ~ は、聴いていても気持ちのいいところでもあるし、歌詞の真ん中あたりで ♪ 助六さ~と呼びかけるのも小気味いい。


真木柚布子・助六さん.jpg 「1番から3番までにすべて ♪ 助六さ~ん の掛け声が入りますが、助六までの距離感がすべて違います。1番は遠くの助六さんを呼んでいますが、2番では近くを、3番はちょっとだけ先にいる助六さんを呼んでいます。そうした使い分けをして歌うとメリハリが出来ていいですね」

 真木の後援会・柚子の会にも歌好きなメンバーへもそうしたアドバイスをしている。歌に振付も加えて歌うと、自然と身体も動いてきそうな楽しい歌である。

 カップリング曲は「なごり月」。
 「助六さん」とともに今回、両A面として発売した。実はこれは昨年11月に東京・ヤクルトホールでも披露している。そこでの恒例となった特別公演では、得意のひとり芝居も見せたが、その中で「越佐海峡~恋情話」「夜叉」とともに「なごり月」を歌ったのだ。
 真木らしい歌のひとつと言える。

 ひとり芝居は企画から脚本、選曲、稽古と、すべてオリジナルの内容で仕上げるには、ほぼ1年がかりだという。「常に次の作品を考えている」(真木)というものの、次の公演は来年になりそうである。

 そして今年は、夏に小劇場でノンジャンルのライブの開催を計画している。ジャズ、シャンソン、フォークソング、歌謡曲、そして演歌とあらゆるジャンルの歌を歌い、踊る。多芸な真木ならではステージを演出を考える。

 「オリジナルの歌は控えて、誰もが知っている歌を聴いていただきたいですね。ギターの演奏に合わせて、観客と一緒に楽しめる内容を考えています」
 新しいことに挑戦し続ける真木の真骨頂である。会場さえあれば関西でもぜひ試みたいと、意欲を見せる。


[真木柚布子 オフィシャルサイト]
http://www.yukomaki.com/
[真木柚布子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=12453






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永井裕子(キングレコード)  「音信川(おとずれがわ)」  書いて川に流すと相手に届く恋伝説を歌う [インタビュー]

永井裕子が今までの永井節から新しい世界に挑戦している。2016年1月1日に出した「音信川(おとずれがわ)」はメジャーな楽曲ながらも、艶っぽくて切ない女心を歌っている。音信川は架空の川ではなく、山口県の湯本温泉を実際に流れている。地元には恋心を想い人に届けておくれと川の流れに恋文を託した湯女の音信川恋伝説も残されている。永井も「音信川」では ♪ 流せばあなたに とどくでしょうか ~ と歌っている。

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 「穏やかで歌いやすい歌です。鼻歌まじりで歌ってもらえるといいかな」
 永井は「音信川」をこのように説明する。
 前作の「雪國ひとり」も力まずにシンプルな歌い方を見せていたが、新曲も力を入れずに六分目程度の力で素直に歌うのがポイントだという。演歌と言えば港や海峡が登場するのが定番。あえてそれに異を唱えるような制作スタッフの想いと「自分らしい歌を歌いたい」という永井本人の考えを形にしたのが「音信川」だった。


永井裕子・音信川.jpg そんな曲へのファンの反応はどうか。
 大阪では約1年ぶりのキャンペーンを先日行ったが「歌いやすそうで、いい歌ね、と言ってもらいました。レコード店のスタッフからも『手応えいいですよ』といった声も聴くことが出来ました」(永井)と、恋しい人への想いだけではなく、ファンへの想いもちゃんと伝わっているようである。

 山口県・湯本温泉では毎年、地元の湯本温泉旅館協同組合が中心になって音信川恋文コンテストを開いているが「出来るだけ早く地元へ行って歌いたい」と気は焦る。
 湯本温泉と言えば、彼女が第二の故郷と呼ぶ島根県大田市からは車で3時間ほどの距離。今年3月には大田市内でテレビ番組の収録も予定されている。その折にちょっと足を延ばせば、夢も叶いそうだ。

 2000年に「愛のさくら記念日」でデビューした永井は東京オリンピックが開かれる2020年に20周年を迎える。「それに向けて夢を一つひとつ実現させていきたい」と永井は話す。
 去年までには単独コンサートの開催をはじめオリコンチャート1位、たくさんの人に名前を知られて応援してもらうこと - などと、デビュー以来ずっと願い続けてきたことが一つひとつ現実になってきた。

 まだまだたくさんあるという夢。
 教えてもらえますか、と訊ねた。
 すると「夢はね、口に出すと叶わなくなるというから、心の中に秘めておきたい」と、断られてしまった。もちろん彼女の頭の中には歌手としての成功へのロードマップは出来ているようである。

 今年6月には「夢道 Road to 2020」と題した単独コンサートを東京・一ツ橋の日本教育会館一ツ橋ホールで開催する予定だ。文字通り20年へ向けての夢を実現させるコンサートでもある。

 ところでひとつだけも新たな夢を公表してもらえませんか?
 ちょっとしつこいと思ったけれど、もう一度聞いてみた。
 「結婚かな」
 えっ!
 「ご縁があれば、いいかなぁと思っています。女性ですからね」
2020年に向けて永井裕子は一層華やかになりそうである。


[永井裕子 オフィシャルサイト]
http://blogs.yahoo.co.jp/yucho_nagai
[永井裕子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=13787








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