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ニック・ニューサ(田中収) 35周年記念「母に捧げるレクイエム(母に対する懐いを・・・)」 母への想いを綴る カップリングに初の「サチコ」 [インタビュー]

ニック・ニューサ2.jpg◆30歳でデビューして今年で35年。デビュー曲はいきなりミリオンセラーとなった、あの「サチコ」である。ニック・ニューサ(田中収)はコンサートやライブではしばしばこの代表曲を歌うが、デビューシングルを除いて、今までに出したレコードやCDのシングル盤に収録したことは一度もなかった。2015年6月にデビュー35周年記念シングルとしてリリースした「母に捧げるレクイエム(母に対する懐いを・・・)」で初めて、カップリング曲にニューバージョンの「サチコ」を収めた。博多のナイトクラブで歌っていた「サチコ」が徳久広司の目にとまり、デビューするまでには長い年数がかかったが、そのサウンドが35年ぶりに新曲とともに蘇った。


ニック・ニューサ・母に捧げるレクイエム.jpg









 田中は5年前に母親を亡くしている。その母への想いが重なってくるのが新曲「母に捧げるレクイエム(母に対する懐いを・・・)」である。
 「オケを聴いて、いっぺんにいい楽曲だと感じたんです。歌の想いが伝わってくるようでした」
 その詞は二度と会えない亡き母へ語りかけるかのような内容だ。かつてはロック演歌グループとも言われてきたニック・ニューサとはまったく一線を画す。「35年歌ってきた今だからこそ、この歌とめぐり合うことができ、歌える歌なのでしょう」と田中。

 新曲はデビュー曲「サチコ」に代表されるニック・ニューサ独特のメロディーとは大きく違う。これも35年というキャリアならこそ歌えるのだろう。


ニック・ニューサ3.jpg 母を想い起すことにもなった田中の新曲は「初心に返る」ためのものでもあった。それはデビュー曲の「サチコ」を初めてカップリング曲として収録したことにも現れている。
 「サチコ」のヒットへのストーリーは、テレビドラマ「寺内貫太郎一家2」の挿入歌「北へ帰ろう」で歌手デビューし、今は作曲家の徳久広司がキャンペーンで博多にやって来た時に、彼が耳にしたことから始まる。

 その後作曲家に転向した徳久の働きかけでデビューへの道が開かれることになったが、レコーディングは博多で行った。1981(昭和56)年6月21日、RCAビクターからデビューすることになった。「あれよあれよという間のデビューだった」(田中)。
 デビューは決まったが「東京へは行きたくなかった」という。それまでに一度、東京へ出ていた田中は、歌手になる夢を果たせずに博多に戻っていたからだった。

 それでも周囲からの強い働きかけに押されて、ニック・ニューサのメンバーを入れ替えるなどして上京することになった。デビュー曲が売りだされるとまたたくまにヒットチャートの上位にランキングされ、その年の全日本有線大賞優秀新人賞など5つの新人賞を獲ってしまった。

歌い続ける「サチコ」


 それからも「サチコ」は歌い続ける。しかし「3年もすると、もう『サチコ』は歌いたくなくなってきたんです」と田中。彼にはR&Bやジャズ、ポップスなど多様なジャンルでの自己表現がしたいといった想いが強かったのだ。
 しかしファンから「サチコ」を聴きたいといった声も大きかった。それに後押しされるように「サチコ」は、その後も決して消えてしまうことはなく、今なおステージでも必ず歌い続けている。

 1990(平成2)年に出した「鬼やんま」から02(同14)年の「かんにんね」までの約10年間は、それまで毎年出していたCDがピタッと止まっている。長い沈黙の期間である。「オファーはありましたが、自分の音楽とは違ったために、ライブなどの音楽活動中心に切り替えていました」

 デビュー当時の田中はカーリーヘアにレイバンのサングラスをかけ、ヒゲまではやすといった、いかにもむさ苦しいオジサンっぽい風貌だった。ボーカルの田中をはじめ、ほかのメンバーもほぼ同じだから「フィリピンか何処か東南アジアからやって来た外人バンドと間違われることもあった」(田中)ほどだ。
 そのスタイルが当時のニック・ニューサのサウンドそのものだったようだ。

ニック・ニューサ.jpg


 現在のホリデージャパンは「かんにんね」からだ。「タレントと会社という関係じゃなくて、ファミリーって感じがいいねぇ。何でもストレートに物が言えるしね」
 山あり谷ありのデビューからの35年だったという。
 「自分が求める音楽から脇道にそれることもあったが、好きな歌を追い求めてきたことは幸せ」と感慨深げな田中の音楽の原点はやっぱり「サチコ」にある。「サチコ」ニック・ニューサそのものであるとも。

 ちょっと気が早いが50周年に向けては-。
 「声が出る限り、ステージに立てる限り、支えてくれる人がいる限り、長く歌っていきます」
 50周年は80歳になる。まだしばらくはニック・ニューサのサウンドが楽しめそうである。





[ニック・ニューサ(田中収) ホリデージャパン]
http://www.holiday-japan.co.jp/menu/artist_na3_nyc.html



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市川由紀乃(キングレコード)  新曲「命咲かせて」6万枚突破で埼玉・浦和の本太氷川神社でヒット報告と大ヒット祈願  夜はレッズファンの聖地からサポーターとニコ生出演 [イベント]

市川由紀乃が歌う新曲「命咲かせて」のCD販売枚数が6万枚を突破した。2015年8月27日、それを地元埼玉県にある本太氷川神社でヒット報告と大ヒットを祈願。その夜、サッカーチーム「浦和レッズ」ファンの聖地である居酒屋に場所を移してサポーターと一緒にニコニコ生放送に出演して、市川は「『命咲かせます』を聴いて、歌って下さいね。番組ではこれからも埼玉の良さを発信していきます」とアピールしていた。

本太氷川神社でヒット御礼&大ヒット祈願を行う市川由紀乃.jpg
埼玉・浦和の本太氷川神社でヒット報告と大ヒット祈願をする市川由紀乃


 「命咲かせて」は4月22日に発売以来18週連続でオリコン演歌・歌謡曲ランキングのベスト10にランキングされており、そのうち1位を4度も獲得している。
そのヒットの報告とさらに10万枚の大ヒットを祈願を、市川が生まれて中学1年まで過ごした埼玉県さいたま市浦和区にある「本太(もとぶと)氷川神社」で行った。

 市川にとって本太氷川神社は想い出の場所。隣にあるさいたま市立本太小学校に6年間通ったが、神社はその行き帰りによく遊んだ場所だからだ。
 その時以来という本殿の前で手を合わせて「6万枚突破の報告と大ヒットを祈願するとともに、小学校時代は、いい友だちにめぐり会えたので、そのころへの感謝の気持ちと、これから健康でいい仕事ができますように願いました」と市川。

レッズサポーターの聖地からニコ生


 ヒット報告と大ヒット祈願を済ますと、夜8時からは動画コミュニティサイト・ニコニコ動画を運営
するニワンゴが提供している「ニコニコ生放送」の番組「"彩の国"さいたま応援番組」に出演した。これは歌番組ではないが、市川が生まれ育ち現在も住んでいる埼玉県の良さやおすすめスポットを紹介している。

市川由紀乃・ニコニコ生放送第3回目.jpg
レッズのサポーターの聖地・居酒屋「力」の店長にインタビューする市川由紀乃(ニコニコ生放送)

 今回で第3回の27日は、浦和にある浦和レッズファンの聖地とも呼ばれている居酒屋・力からの生中継。始まって間もなく画面が約10分間にわたってフリーズするといったハプニングもあったが、視聴者からは「由紀乃ちゃんがんばって」などのコメントがたくさん寄せられていた。

 番組途中からは浦和レッズのサポーター5人がゲスト出演。ウォ~ツと応援の掛け声とともに、「あまり飲めないんですが」という市川とビールで乾杯。ふる里・浦和のこと、レッズのことなどで、放送が中断したロスタイムを盛り上げていた。
 市川は「先のこととかはいまは考えずに、頑張った先にはきっと何かが待っているという気持ちで取り組んでいます。新曲『命咲かせます』を聴いて下さい」と話していた。


[市川由紀乃 オフィシャルサイト]
http://www.primecorp.co.jp/artist/ichikawa.html
[市川由紀乃 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=13522



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井上実香(キングレコード) デビュー25年の新曲「とまり木情話」を披露 大阪・ライブハウスで新曲発表ライブ [新曲発表]

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新曲「とまり木情話」を披露する井上実香


◆「(この新曲で)さらにステップアップしてほしい」
 井上実香が、2015年8月26日、大阪市北区のライブハウス梅田ロイヤルホースで、同日発売の新曲「とまり木情話」の発表ライブを開いた。吉本新喜劇の俳優で井上の父親、井上竜夫が会場に駆け付けて娘を激励した。井上(実)は新曲とそのカップリング曲「あじさい雨情」、前作の「夢の風ぐるま」など9曲を歌った。新曲発売は約3年ぶりで、オープニングでは馴染みのファンの顔を見て涙ぐむシーンもあった。


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 井上は細身の身体をブルーのドレスで包んで、新曲「とまり木情話」を2度歌った。北島三郎の「北の漁場」などを書いている作詞家の新條カオルが、井上に惚れ込んで初めて書いたうちの1作である。この時点で作曲、編曲は、すでに川端マモルの起用が決まっていた。
 カップリング曲の「あじさい雨情」も新條、川端コンビの作品で「カップリング曲にしておくのはもったいなほど」(井上)の楽曲。


井上実香・とまり木情話.jpg 「とまり木情話」は、店を独りで切り盛りする小股の切れ上がった女将が主人公。和服はもちろんおしゃれな洋服も似合う、そんな小綺麗な店を舞台に歌のドラマは展開する。

 それに合わせてジャケットの井上はカウンターでひとり昔に想いを馳せる。彼女はこれをいち早く自分のブログとフェイスブックに載せたところ、予想もしなかった反響が寄せられた。
 「親しい人からコメントをたくさん頂いたり、まったく知らない人からも『いいねぇ !』のサインをもらいました。楽曲の良さとともに、手応えの良さを感じました」と井上。

 発表ライブを井上は「とまり木情話」「あじさい雨情」のほか、前作の「夢の風ぐるま」、ファンからのリクエストが多い「大阪恋みれん」、5枚目シングルで歌った「逃げる月」「世界一美しい嘘」、デビュー曲「樹氷の駅」を歌うなど、全曲をオリジナルで構成した。

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■吉本・竜じいがエール■


 井上竜夫は吉本新喜劇では老人役がハマり役。最近は1年ほどは体調を崩して伏せっていたが、 この日は元気な姿を見せた。実香とツーショットに収まり「苦労を重ねないと(歌には)味が出ないけれど、親としてはやはり苦労は少なく上へ上がって欲しい。複雑な心境です」と、娘を気遣っていた。

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井上実香(右)と父親の井上竜夫

 井上は1991年に父親が芸能生活30周年を記念して出したCD「ナイト大阪」(キングレコード)でデュエットしたのがきっかけで、翌年、キングレコードから「樹氷の駅」でソロデビューして、今年でデビュー25周年を迎えている。

 それを記念するかのような新曲「とまり木情話」は7枚目のシングルで、父親の期待にも応えるように井上は「初めて笑顔で歌える明るいリズムの歌です。レコーディングが終わって、聴き直してみてあらためていい楽曲だと思いました。ポスター、ジャケットの写真もとても良く出来ています」と、話していた。

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キングレコードの大槻淳ディレクター(左)と井上実香

 発表会にはキングレコード大槻淳ディレクターも応援に駆け付け「今回はメイン、カップリングともに、前作を上回るかなりの自信作です。両A面と言ってもいい出来です」と出来ばえの良さをアピールした。

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木本勝治(左)と泉吏映

 また在阪の歌手で井上の歌仲間の泉吏映、木本勝治も応援出演。泉は「夢追い人」、木本は「ひとりよがり」など歌って花を添えた。


[井上実香 オフィシャルサイト]
http://www.geocities.jp/mika_inoue_singer/
[井上実香 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/g/gKICM-30675/



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歌語り「女の昭和戦記」  10月に東京で公演  高橋樺子が歌い、高沢ふうこが戦争の記憶を伝える  もず唱平構成・演出 [舞台公演]

◆太平洋戦争は国策の間違いであったが、参政権を持たない女性はその国策に加わり、声を発することもできずに、ただ時代に弄ばれるだけだった-。戦争と平和をライフワークとしている作詞家のもず唱平が、原爆体験のある女性の個人史をもとに、語りとオリジナル楽曲や昭和の流行歌で、二度と愚かな戦争を繰り返すべきではないと訴える舞台公演「女の昭和戦記」を、2015年10月16日、東京・新宿の関交協ハーモニックホールで行う。

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「女の東京戦記」の東京公演を発表するもず唱平(左から2人目)


 もずの門下生で徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手高橋樺子 = 写真・下 = が、8月22日、大阪・道頓堀の道頓堀ホテルで初めて開いたディナーショー「戦後70年祈念 高橋樺子ピース&ラブサマーディナーショー」の席で、その内容を明らかにした。


高橋樺子2.jpg 今年度の第70回文化庁芸術祭参加公演で、もずが構成と演出をする。女優の高沢ふうこが語りを、高橋樺子が平和を祈念したオリジナル曲などを歌う。評釈師と名付けたナレーターを文化放送の番組「走れ歌謡曲」のパーソナリティー小池可奈が担当する。
 戦争中、父や夫、息子を戦場に狩り出されたことで、多くの女性は女手ひとつで家族を護らなければいけなかった。歌語りでは、そうしたひとりで戦争に翻弄された東北出身の女性の一生を綴る。

 語りを担当する高沢ふうこは演劇集団「ざ・えん」を主宰し、女優兼プロデューサーとして、今までに70を超える公演を行っている。当日は出身地の山形の言葉を織り混ぜて語るという。
 高橋樺子は東日本大震災復興支援ソング「がんばれ援歌」で5年前にデビュー以来、戦争と平和をテーマに歌い続けている。公演では、最新曲で原爆体験した母子の平和記念の歌「母さん生きて」のほか、世界平和を呼びかけるオリジナル曲「ドリナの橋」「サラエボの薔薇」「向こう岸」も歌う。

 歌には「ドリナの橋」など3部作を作曲した田中裕子がピアノ演奏とハーモニーで加わる。

 在阪にこだわり大阪発信の文化の大切さを言い続けるもずが、今回、東京で公演する背景には「東京発信でないと全国へ届かない」といったもどかしさがある。戦争を知る人たちが少なくなった今、同じ過ちを犯すべきではないことを呼びかけることで「数多くの人たちに戦争の愚かさを知ってもらいたい」と話している。

■戦争と平和をテーマに初のディナーショー■


 高橋樺子がディナーショーを開くのは初めてである。たくさんのファンを集めて歌う歌は、すべて戦争の悲惨さと平和の大切さを訴えるもので構成した。
オープニングはもちろん「がんばれ援歌」。出席した人たちは手を打つなどして会場を盛り上げた。

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初のディナーショーで歌う高橋樺子

 戦争と平和をテーマに歌い続ける高橋は、背景に非戦の呼びかけなどの想いを込めた数多くの昭和歌謡曲も歌っている。この日もサトウハチロウ作詞の「もずが枯木で」や、宮城まりこが昭和30年に歌ってヒットした「ガード下の靴みがき」、その翌年に島倉千代子が歌ったヒット曲「東京だョおっ母さん」、そして「九段の母」などを歌った。

 世界平和を呼びかけるオリジナル曲「ドリナの橋」「サラエボの薔薇」「向こう岸」や最新曲の「母さん生きて」「そんなに昔のことじゃない」も披露した。

 高橋は「平和は戦争をしないことだけではありません。災害や事故など私たちの生活を脅かすもののないことを幅広く指しています。10月の公演では、そんな社会を目指そうという想いを伝えられればと思います」と話していた。


[高橋樺子 オフィシャルサイト]
http://www.hanako-shriker.com/
[高橋樺子 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/takahashi_hanako.html







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KOBE流行歌ライブ ニック・ニューサ、西方裕之、清水博正、山本和恵、北沢麻衣が出演 [ライブ]

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第131回KOBE流行歌ライブの出演者


第131回KOBE流行歌ライブが、2015年8月20日、神戸市中央区の神戸ハーバーホールで開かれた。35年前のデビュー曲「サチコ」でミリオンセラーを記録したニック・ニューサ(ホリデージャパン)来年デビュー30周年という西方裕之(キングレコード)初の北海道ワンマンコンサートを今年開いた清水博正(テイチクエンタテインメント)のほか新曲コーナーではたくさんのファンを引き連れた出演した山本和恵(ウイングジャパン)10月には5回目のライブ・杉本眞人を歌うを開く北沢麻衣(テイチクエンタテインメント)の5人が最新曲などを披露した。


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ニック・ニューサ(田中収)

 デビュー曲「サチコ」(1981=昭和56年)が大ヒットし、いきなりミリオンセラーになったニック・ニューサの田中収。2002年からホリデージャパンに籍を置く。今年6月にはデビュー35周年記念曲「母に捧げるレクイエム(母に対する懐いを・・・)」を出し、初めてカップリング曲にデビュー曲「サチコ」を収録している。
 この日はまずは「サチコ」をフルコーラスで歌い、会場では口ずさむ人もいるなど衰えない人気曲のすごさを感じさせていた。

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西方裕之

 最近まで来年が30周年だと知らなかったという西方裕之は「同期の坂本冬美に教えてもらったんです」と会場を笑わすとぼけたステージは、久々に見る神戸のファンを喜ばせていた。ところが歌となると真剣な表情。新曲「港やど」や最初のヒット曲だという「遠花火」などを歌った。
 続いて「風やまず」も披露。この歌、同じレコード会社の福田こうへいがヒット曲「南部蝉しぐれ」のカップリングで歌って広く知られたが、実は08年に西方が出した「雨情話」のカップリングで出した楽曲なのである。福田が歌ったエピソードを紹介。「まさか紅白まで出演するとは思わなかった」。

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清水博正

 清水博正はこの日の出演者の中で最年少の24歳。小学3年からおじいちゃんおばあちゃんの中で歌ってきただけに、最年長と思わせるほど。新曲の「東京坂道物語」は4作目のご当地演歌。これとともに「湯の町エレジー」「岸壁の母」「古城」といった昭和の名曲で年配客を喜ばせた。
 新曲のカップリング「日登駅」も披露。島根県のJR木次線に実際にある駅である。これを作詞したさとうしろうは松江市出身で、東京新聞退職後に作詞家活動を始めた。清水の「哀愁の奥出雲」永井みゆきの「雨の木次線」の出雲シリーズを手がけている。「東京坂道物語」もさとう作品。

■パワフルな新曲・PRコーナー■


 8月5日に「トワイライトラブ」を出した山本和恵は新曲コーナーに出演。新曲のほか自らの半生を歌った「三つの宝石」「アイツみたいに・・・ブルースを」の3曲を歌った。同4日に65歳の誕生日を迎えたばかりだが、パワフルな歌唱力と聴く人たちと同世代を歌う楽曲は、客席を黙らせるほどの説得力を持っている。
 デビュー16年目で、「三つの宝石」は「還暦記念曲として作ってもらった」という。北海道から九州まで全国各地のカラオケ喫茶店をキャンペーンで巡回するなど、精力的にファンを増やしている。

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北沢麻衣(左)と山本和恵

 今年は大阪・道頓堀が開削されて400年の記念の年。様々な記念行事が繰り広げられているが、北沢麻衣が歌う「道頓堀(とんぼり)リバーサイドブルース」も、それにあやかってヒット中だとか。作曲家杉本眞人の弟子として1985年に「私の胸をかじる人」でデビューしている。長い休業期間を経て「御堂筋線で・・・」でテイチクから再びデビュー。
 この日は再デビュー曲のカップリング曲「道頓堀(とんぼり)リバーサイドブルース」と代表曲「港のセレナーデ」などを歌った。10月12日には大阪市内のライブハウスで定期ライブを開く。





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寺本圭佑(アクトラスレコード)  想いを歌に込めてデビュー5周年の寺本圭佑が歌う「うたあけ話」10月には大阪でもライブ [インタビュー]

寺本圭佑2.jpg◆出だし好調な新曲「うちあけ話」を歌うアクトラスレコードの歌手、寺本圭佑を大阪・なんばのホテルで初めてインタビューした。カラオケ好きの人たちなどのFacebookやブログでは頻繁に名前を見かける歌手のひとりだ。33歳までサラリーマンをしていた。デビューして今年で5年目である。デビューのきっかけは、カラオケ発表会で歌った「イヨマンテの夜」だった。全国でキャンペーンを展開し、ファンクラブ「KEISUKE倶楽部」には600人になろうという男女が名を連ねていることからも、その人気の高さが分かる。










 インターネットで名前をよく見かけていた寺本圭佑は、インタビューの席で顔を合わせると「僕もネットで名前は知っていました。一度お会いしたかったんです」と、話してくれた。その彼が2010年4月、自らの父親を歌った「おやじありがとう」でプロデビューして付けた芸名は東大寺四郎
 出身地が奈良であるなら、と迷わずに「誰にでも覚えてもらえる」と苗字は奈良の代名詞とも言える東大寺から取った。四郎はボイストレーナーの先生の名前から拝借したそうだ。

 ところが、念願かなって弟子入りを許されたシンガーソングライターの小田純平からは、デビューして2作目の「心の花束」を出す際に、今の芸名へ改名を助言された。寺本は本名である。
 歌が好きで色んなカラオケ大会に出場していた。ある発表会で「イヨマンテの夜」を歌ったところ、それを聴いていた現アクトラスレコードの水谷直社長の目に留まった。「圧倒的なボーカルの良さに惹かれました」と水谷は振り返る。


寺本圭佑・うたあけ話2.jpg ずっとファンだったという小田純平との関わりはプロデビューしてからである。小田がゲスト出演するカラオケ大会が北海道から九州まで全国18ヶ所で開かれたが、寺本(当時は東大寺)はそれについて回り、デビュー曲を歌った。
 「ずっと小田純平先生に憧れていたんです。なんとかして弟子にしてもらいたいと思っていたのですが、なかなか言い出せないでいました。漸く最後の予選会会場の九州でお願いすると『いいよ』って言ってもらったんです」

 嬉しさを隠せなかったが、小田の寺本への注文は厳しかった。
 「歌は上手さだけではダメだ。聴いてくれる人に、歌からにじみ出る心や感動で、聴いてくれる人を揺り動かすことが大切だ。聴いてくれる人に喜んでもらえるように、真剣にまっすぐに取り組めと言われたんです。」
 素人時代から北島三郎や鳥羽一郎の歌を好んで歌い、節回しなど出来るだけ本人に忠実に上手く歌おうとテクニックばかりに気を取られていた。

 とこが小田のアドバイスは詞を繰り返し何度も読むように-だった。
 「歌のドラマが見えるようになるまで、何回も読んで読んで、言葉を理解していきました」
 最近になってようやく小田からも「歌に感情が感じられるようになった」と言われるようになった。物まねに終始し声を張り上げるだけだった歌は「変ってきた」と周りからも指摘されている。

自ら作詞して想いを伝える


 5月に出した最新曲「うちあけ話」はリーシャウロン作詞、小田純平作曲でヤタベタケシが編曲を担当した。決して力まずしっとりと歌うそれは「イントロから歌の風景が見えてきそうだ」といった声も聞かれるように、新たな寺本圭佑を感じさせる楽曲でもあると評判は高い。
 前作の「そしてそしてそして…」も同様に小田の作品であるが、こちらは発売から1年8ヶ月を過ぎた今、累計販売枚数は1万5000枚を突破している。現在も全国各地のカラオケ喫茶店や道の駅などでのキャンペーンで1枚1枚を確実に売って、その広がりを続けている。

 「そしてそしてそして…」では、カップリングの「たった一つの願い」で初めて寺本が詞を書いている。新曲「うちあけ話」でもカップリングの「ありったけの愛を込めて」も寺本自らの手によるものだ。
 「師匠の小田先生に触発されたこともありますが、自分の想いを詞にすることで残したいものがあります。ただ今は補作付きですけれどもね。いずれは独り立ちできるように頑張ります」

 それらは6月にリリースしたファーストアルバム「GROW TOGETHER I」にも収録されており、プロへのきっかけとなった「イヨマンテの夜」や小田の「恋月夜」なども聴くことができる。

 10月17日に大阪・曽根崎のライブハウスamHALLで開く、大阪ではピアノ、ギターなどによるシンプルな初のアコースティックライブでは、そうした数々の楽曲も披露してくれるはずだ。





[寺本圭佑 アクトラスレコード]
http://www.actrus.jp/Kevent.html
[寺本圭佑 オフィシャルブログ]
http://ameblo.jp/keisuke-teramoto/



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道頓堀SUPER歌謡劇場  吉本興業とコラボ 毎月大物芸人の出演で盛り上げる  道頓堀の歌姫叶麗子も「ドキドキします」 [イベント]

道頓堀SUPER歌謡劇場吉本興業とコラボしてパワーアップしている。通天閣の歌姫叶麗子を道頓堀の歌姫として蘇らせる一方、道頓堀に集うたくさんの人たちにも昭和歌謡と演歌に親しんでもらおうというもの。8月18日に開かれた「第8回道頓堀SUPER第歌謡劇場」には、吉本所属のWヤングのメンバーで歌手でもある平川幸男が出演した。来月14日の第9回にはオール巨人が出演するなど、歌と笑いで観客を楽しませてくれている。

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第8回道頓堀SUPER第歌謡劇場の出演者が勢ぞろい

 去年(2014年)12月にスタートした道頓堀SUPER歌謡劇場は作詞家で作曲家の中村泰士のプロデュースで毎月、多彩なゲストを呼んで、大阪・道頓堀のライブハウスZAZAで開かれている。8月からは1日3回公演を実施して、毎回、たくさんの演歌・歌謡曲ファンで賑わっている。

 もともとは通天閣の歌姫と呼ばれた叶麗子が、通天閣歌謡劇場が閉館したことに伴ってメインの活動場所を失って失望していたのを励まそうと、中村らが立ち上がって関係者に呼びかけて実現したのが同劇場。毎回、叶たち出演者全員が彼女の最新曲「くしたんのテーマ~串揚げと通天閣と私」を歌いながら幕を開けている。

 劇場にたえず新たな魅力を提供し続けることでマンネリ化を防ごうということから吉本興業との提携が実現。8月18日の公演に出演した平川幸男は、かつて同じ大阪・ミナミの宗右衛門町が火事見舞われた時に、町の復興を願って歌った「人情横丁法善寺」を披露した。

 平川は昭和40年代に中田軍治とコンビを組んで初代Wヤングを結成、漫才ブームに火を付けた立役者。今は相手役を代えて二代目Wヤングとして衰えないギャグで観客を喜ばせいている。この日も、約400曲を休みなく歌い続けてギネスブックに登録されたり、作詞家もべ唱平ともエピソードなどを語って、客席の笑いを誘っていた。

 平川の長男で演歌歌手の秋岡秀治(日本クラウン)とのデュエット曲「浪花の父子酒」も歌った。この歌、実の親子がデュエットして演歌を歌うというのは演歌界初というもので「演歌の大御所北島三郎さんが歌うのは義理の息子であり、私が日本初です」と笑わせていた。


 吉本興業のタレントのゲスト出演は、当面、毎回続くようだ。
 9月14日には第3回目の公演限定でオール巨人が出演する。巨人はCDも出しライブをするなど歌の上手さには定評がある。友人でキングレコードの歌手神野美伽とはデュエット曲を出しているほど。そんな巨人が来月、SUPER歌謡劇場のステージに登場する。

■毎回、多彩なゲスト出演■


 道頓堀SUPER歌謡劇場はレギュラーの叶麗子、林よしこのほか、毎回、多彩なゲストを集めているのでも話題になっているが、8月18日には佐川満男や立花淳一、浅田あつこ、歌謡女子じゅくぜん果実も出演。それぞれ最新曲などを歌った。
 9月にはオール巨人のほか渚ゆう子、沢井あきら、歌謡女子じゅくぜん果実、大道芸のモンブラン(吉本興業)が予定されている。

 叶麗子はこうした大物ゲストの出演に「公演前の夜は眠れないほどドキドキします。初心に帰ったような気持ちで歌わせていただいています」と、話していた。



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歌謡女子じゅくぜん果実(ホリデージャパン)  昭和歌謡を歌う女子デュオ 石原裕次郎の「きょうよりあしたが」のリメイク曲で7月にデビュー 2ヶ月連続「道頓堀SUPER歌謡劇場」に出演 [インタビュー]

歌謡女子じゅくぜん果実.jpg◆昭和の名曲とも言える「喝采」(ちあきなおみ、1972年)「北酒場」(細川たかし、1982年)で2度のレコード大賞を手にしている作曲家中村泰士が、このところ昭和歌謡の復権に力を注いでいる。大阪・道頓堀で毎月開催する歌謡ショー「道頓堀SUPER歌謡劇場」をプロデュースしたり、昭和歌謡を歌う若手歌手の育成に力を注ぐ。2015年7月17日に「きょうよりあしたが」でデビューした女性ふたりの歌謡女子じゅくぜん果実も、中村が創り上げた昭和歌謡を歌い継ぐデュオである。彼女たちのデビュー曲は石原裕次郎が1973年11月に出した同名曲を、平成の歌謡曲にリメイクした楽曲。彼女たちは「昭和最後の年に生まれ、平成を生きる私たちが昭和歌謡を蘇らせます」と話している。


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小島綾香(右)とデボラ延寿





 歌謡女子じゅくぜん果実のデビューの実質的なお披露目は、7月21日、大阪・道頓堀で開かれた道頓堀SUPER歌謡劇場のステージだった。若い女性ふたりがかつて石原裕次郎が歌ったという「きょうよりあしたが」を歌った。そして8月18日、彼女たちは2度目の道頓堀のステージを踏んだ。云わば大阪・道頓堀は歌謡女子じゅくぜん果実の生誕地なのである。

 小島綾香(26歳)と日系ブラジル3世のデボラ延寿(27歳)のふたりによるじゅくぜん果実。熟した果実のように成長してほしい-と願いを込めて中村泰士が名付けた。
 グラビアモデル、パワーストーン・ブレスレットのデザイナー兼社長をしていた小島と、ボサノバやR&B、ポップス、演歌と幅広く歌を歌っていたデボラのふたりに昭和歌謡を歌わせてみたい、と1年前に彼女たちを見た中村のひらめきが形になった。

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 デビューして1ヶ月が過ぎた8月の道頓堀SUPER歌謡劇場のステージで、ふたりは「有線放送リクエストチャンネルで初登場5位、今月は3位になりました」と、上り調子であることを観客に報告した。「うれしいです」と感情をストレートに表すデボラ、一方の小島は「みなさんの応援があって今があります」と喜びも抑え気味。

 このふたりが歌う「きょうよりあしたが」は、作詞大塚和子、作曲中村泰士、編曲おかのたちおで、1973年11月に石原裕次郎が歌った。中村は石原裕次郎にこの曲のほかにも「旧友」(作詞・阿久悠、編曲・おかのたちお)「男のブルース」(作詞。なかにし礼、編曲・小谷充)「さらば青春」(同)の計4作品を作曲している。
 歌謡女子じゅくぜん果実のデビューのデビューCDには、この4曲と「きょうよりあしたが」のカラオケを含めた5曲を収録している。いずれもオリジナルのアレンジを変えてのリメイク曲である。

 石原裕次郎は去年生誕80周年だった。石原はふたりたちにとっては祖父世代である。そのオリジナルの歌の世界を理解するのも難しいかもしれない。
 昭和歌謡って、彼女たちにとってはどんなイメージなのだろう。

 「私たちにとって昭和歌謡と言えば母たちが良く聴いていた山口百恵さんかな。今とはリズム、テンポが違いますね。歌詞が手紙みたいで、とても素直に言葉が並べられており、言葉が伝わってきます」

 デビュー曲は「女性でも歌いやすくなって、まったく違った曲になっています。4曲をリリースするにあたって石原裕次郎さんの『夜霧よ今夜もありがとう』などほかの歌も聴きました。裕次郎さん・・・祖母が好きだと言っていました」という彼女たちにとって、石原裕次郎といえば精々テレビドラマ「太陽にほえろ」のボスこと藤堂係長が浮ぶ程度。

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 そんな歌謡女子じゅくぜん果実たちが歌う石原裕次郎の歌。編曲は変っているが歌詞はオリジナルと同じである。それだらかだろうか「知らない言葉も出てきます。その言葉を理解するよりイメージをつかむことに務めました」というのも、やはり20代の女の子なのだろう。

 毎年7月に石原裕次郎ゆかりの地、北海道・小樽で行われている「潮まつり」のイベント<石原裕次郎を唄う>に、今年は歌謡女子じゅくぜん果実の彼女たちも出演して、「きょうよりあしたが」などを歌って喝采をあびた。


 「大阪のお客さんは気さくに客席から『応援するよ』などと声をかけてくれますね。そうそう、串かつ文化にはビックリしました。大阪のすきやきは美味しいですね。道頓堀はインターナショナルだし、いつも忙しそうです」
 徐々に大阪に馴染みつつある歌謡女子じゅくぜん果実のふたり、9月14日には三度「道頓堀SUPER歌謡劇場」のステージに立つ。








[歌謡女子じゅくぜん果実 オフィシャルサイト]
http://jukuzenkajitsu.jp/
[歌謡女子じゅくぜん果実 BBBレコード]
http://www.bbbrecords.com/blog.php




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島津悦子(キングレコード) 新曲「鶯 〜 うぐいす 〜」とカップリング曲の「花のお江戸の艶次郎」 日本情緒あふれる粋をテーマに新しい世界を表現 [インタビュー]

◆歌手生活28年目の島津悦子。演歌一筋に色んなジャンルの歌を歌ってきた。ここ数年でも日陰の女を歌った女歌、威勢のいい男歌など、様々な歌の世界を演じてきた。新曲の「鶯 ? うぐいす ?」とカップリング曲の「花のお江戸の艶次郎」は、どちらも日本情緒あふれる粋をテーマにして女心を表現するという新しい島津悦子の世界を表現する。



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このところ作品ごとに色んな歌に挑戦している島津が、2015年5月27日に出した「鶯 ? うぐいす ?」は、浮気な男をウグイスに重ねて歌っている。都々逸のような言葉遊びの雰囲気も盛り込み、明るく<粋>な世界を感じさせる。島津にとっては「初めて歌う世界だ」という。


ジャケット写真など彼女の写真の多くは、ふっくらとした笑顔の表情が多かった。新曲ではきりりと引き締まった「シュッと切れ味のいい顔になった」(島津)。これが明るさとともにかっこいい粋を感じさせる理由なのだろう。


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デビューは26歳だった。当時としては遅いデビューだった。もらった曲は7社7人による競作の「しのび宿」だった。新人ながら島津が一番売れたという。キングは競作に強いといったジンクスがあった。続いてデビュー5、6曲目に出した「人妻しぐれ」も安倍里葎子などとの競作。やはり一番売れた。

それでも「かなり背伸びをして歌っていたと思います」と島津。

デビューから10年は日陰の女を主人公にした歌を歌ってきた。昨年10月に出した「惚れたのさ」は、長い歌手生活で初めての男歌だった。思い切り演じてほしいといったディレクターの要望に合わせて、この時ばかりは女をやめて「島津悦夫」になった。


新曲のカップリングは「花のお江戸の艶次郎」。こちらも日本情緒をふんだんに感じさせる歌である。島津の得意芸のひとつだ。「どこで身に付けたの、と良く聞かれるんですよ。でも特に勉強した訳でもないのですが・・・」
色っぽい粋を感じさせる。

かつてマイナー時代に静岡で活動していた時の事務所の社長が、江戸の雰囲気を残す世界が好きだったという。以来、年1回開いているコンサートでは必ず<芸者コーナー>を設けている。「これが自然と自分の中に自然と染み付いたのでしょうか」と島津。

ところがそうした江戸情緒を感じさせるオリジナル曲はデビュー15周年記念曲として02年に出した「深川情話」ただ1曲だけだ。スタッフの間では今、そんな曲を歌うアルバムを出そうじゃないかと、話が進められているという。


初心を忘れないようにと昔のCDにも耳を傾けている。「忘れていた部分を思い出して、歌を元に戻す作業でもあるんですよ」


【島津悦子 動画メッセージ】
http://youtu.be/GjkiUY6UuWI



[島津悦子 オフィシャルサイト]
http://www.shimazu-etsuko.net/
[島津悦子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=10397


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いずはら玲子(ホリデージャパン) 丹後・与謝野町の花火大会で新曲「女友達」など歌う オペラやアニソンまで披露に会場は大喜び [イベント]

◆京都府与謝野町の加悦いきいきふれあい広場で、2015年8月14日夜、歌手のいずはら玲子(ホリデージャパン)の歌謡ショーが開かれた。同町加悦地区の夏祭りイベントとして催されたもので、新曲「女友達」「居酒屋の女将」 のほか、テレビアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」のオープニング曲「残酷な天使のテーゼ」、地元にちなんだカバー曲などを披露した。集まった人たちは大喜びで、200発の花火が歌に華を添えていた。



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初めての丹後で歌ういずはら玲子

丹後は初めてといういずはら、フェイスブックで知り合った人から声をかけられたのをきっかけに、約4時間かけて愛知県から駆け付けて出演。
今年6月17日に出した8枚目のシングル「女友達」や「夢しぐれ」「漁火情話」「今夜は飲んじゃえ」とオリジナル曲を次々に披露。アップテンポな「今夜は ーー 」は同名のスナックが大阪府内にオープンしたほどの人気曲で、軽快な歌に手拍子も飛び出していた。

いずはらは音楽大学でクラシックなどを学び、東海テレビの子供向け番組の歌のお姉さんを演じていたが、8年前に演歌歌手に転向。この日もオペラの人気曲からサラ・ブライトマンの「タイム トウ セイ グッバイ」を聴かせるなど、昔取った杵柄で賑わう会場の人たちを魅了していた。


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かつてはハワイアンの経験もあるといういずはら

何でも歌える演歌歌手をイメージ付けたその勢いで、今度はステージを降りてアニメソングを披露。テレビアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」から「残酷な天使のテーゼ」を歌ったり、夏祭りらしくデュエットを楽しむと、控え目な同地区の観客も目を細めて喜んでいた。
さらには、美空ひばりの「みだれ髪」水田竜子の「伊根の舟屋」水森かおりの「天橋立」といった丹後ゆかりのカバー曲も披露するサービスも。


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新曲「女友達」も披露

丹後と名古屋は古代から文化面で共通点も多く、言葉も名古屋の<ミャーミャー>という語尾は丹後と極めて似通ってる。それをご縁に「また来年も」と呼びかけていた。
最後は8月15日からも沖縄キャンペーンに合わせて、BEGINの「オジー自慢のオリオンビール」を歌って、酒大好き<いずはら玲子>をアピールして会場を盛り上げた。

歌が終わると近くの川岸から上がる花火が夏のイベントのフィナーレを告げていた。


【いずはら玲子 動画メッセージ】
http://youtu.be/sOZXoCWP0Tg


[いずはら玲子 オフィシャルサイト]
http://izuharareiko.com
[いずはら玲子 ホリデージャパン]
http://www.holiday-japan.co.jp/menu/artist_a4_ir.html



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岩出和也(キングレコード)  新曲「つばめが帰る頃」  9月に大阪で北野まち子とジョイントライブ [インタビュー]

岩出和也.jpg◆やすらぎ演歌の岩出和也。ここ数年岩出に与えられたキャッチフレーズである。2015年5月に出した新曲「つばめが帰る頃」もまた、同じ路線の楽曲だ。「これが一番、君に合ってる」という作曲家弦哲也の勧めで歌い続ける。今年はキングに移籍して10年。再来年にはデビュー20年になる。先日放送された「NHKきらめき歌謡ライブ」では、珍しくデビュー曲「おまえに雨宿り」を歌った。デビュー10周年記念ライブ以来のことで「練習を重ねましたよ」と笑う。9月には北野まち子(キングレコード)と大阪でジョイントライブも予定している。








 「つばめが帰る頃」。季節が冬から暖かな春になってつばめが戻ってくるように、離れていても再び愛しい人のもとに帰っていくー と、男性の未練心をつばめにたとえて軽快に歌う。
 オリコン初登場も6位でスタートで「歌い心地のいい歌になっている。みなさんに歌って頂きたい」と岩出。

 弦が岩出に初めて書いた「おまえにやすらぎを」(2011年)以来続いているメロディーである。歌詞を区切るような歌唱も岩出特有のもの。<これが岩出だ>と、誰が聴いてもすぐに判る。
 かつては「ムード演歌のようなものを歌ってきた。デビュー当時は野太い声」(岩出)が、発声も歌唱法も大きく変わったのは弦との出会いからだ。
 歌は変化するが声の甘さは変わらない。ところがそんな声を生かしたデュエット曲が、デビュー20年近く経った今なお1曲もないというのだ。


岩出和也・つばめが帰る頃.jpg そんな彼が9月10日に、大阪市内で同じキングレコードの北野まち子とジョイントライブ「スペシャルふれあいイベント」を行う。
 ふたりの取り合わせは、16、17年前に一度だけ、瀬戸内にある周防大島で一緒に歌ったことがある。それ以来のイベントという実に珍しい。
 岩出は「新曲の発売日が近かったからの企画でしょうか?」と、淡々と答える。「あまり普段は歌はないような歌やチャレンジ曲なども披露したい」とも。再びデビュー曲も聴くことができるかもしれない。


 このふれあいイベントはCD「つばめが帰る頃」の購入客を対象に抽選で50組100人をライブに招待する。北野も同時に新曲「今治みれん雨」の購入客対象に同様に募集しており、ふたりのファン計200人がイベントに参加する。初めてのデュエット曲が誕生するきっかけになるかもしれない。

このイベントで岩出が大阪に帰る頃、ふる里の大阪・岸和田ではあの勇壮なだんじり祭が近づき、彼のファンたちもヒートアップしてくる頃、やすらぎ演歌「つばめが帰る頃」が響き渡る。





[岩出和也 オフィシャルサイト]
http://www.sunnysb.jp/iwade/
[岩出和也 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=20199



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大月みやこ(キングレコード) 大阪でも新曲「愛のかげろう」フリーライブ  4年ぶりの堺・おおとりウイングス [キャンペーン]

大月みやこ1.jpg大月みやこが、2015月8月8日、大阪府堺市のショッピングセンターおおとりウイングスで、新曲「愛のかげろう」(作詞・田久保真見、作曲・幸耕平、編曲・丸山雅仁)のフリーライブを開き、1階イベントホールにいっぱいの人たちを集めた。埼玉県上尾市から始まった関東、関西5ヵ所でのフリーライブツアーは、ここで全日程を終了し、大月は「新しいファイトをいただきました」と話していた。











 4年ぶりというおおとりウイングスのステージに立った大月。満面の笑みで両の手をひろげて客席を見渡すと、待ち構えていた人たちからは<みやこさ~ん><久しぶりやぁ~>と声が飛ぶ。
 同八尾市出身の大月だが、約20年前に母親が亡くなってからは年2回程度、墓参りに戻るだけ。それでも「今もふる里は大阪です」といい、仕事で大阪へ来ると「実家に戻ってきたようです」と話す。

 ♪ あなたは かげろう ~ と歌う新曲「愛のかげろう」は、逃げ水のように追いかけても追いかけても手にすることができない、儚いかげろうのような男性への想いを歌にした。
 大月はキングレコードに入社して52年目で手にしたこの作品は「だいたい110数枚目のシングルです。年月を重ねてたくさんのレコーディングができて幸せです」と語った。

 その新曲「愛のかげろう」と、第34回日本レコード大賞受賞曲「白い海峡」、船村徹が作曲した前作シングル「霧笛の宿」、再度フルコーラスで新曲を歌うという構成。CD購入者とはステージ上で握手会も行い、長い列が出来ていた。

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 大月はデビュー当時には三橋美智也や春日八郎といったキングレコードの大先輩歌手について全国を廻り、前座歌手として実力を磨いてきた。周りからは「いつもニッコリと笑って歌っていると、きっと皆が認めてくれるから」と励まされていた。

 そんな下積みも平成元年に「白い海峡」で第34回日本レコード大賞を受賞することで一気に開花した。決して早くはなかったが、今では「世界一幸せです」と言い切る充実した52年の歌手生活。
さらに「先輩たちが残してくれた素敵な日本の歌謡曲をこれからも一生懸命に歌い続けていきたい」と、次の世代へと歌い継ぐ。

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大月の魅力をアピールするキングレコード水川ディレクター

 彼女の特有の裏声の魅力は存分に味わえる恋歌だが、決してどろどろとした演歌ではない。ひとつの物語を見るようで、聴き終わった後には爽やかさが残る。歌い終わると客席からは拍手とともに、<最高~っ!>と大きな声が掛けられていた。
 この日は大月の制作ディレクターであるキングレコードの水川忠良氏もステージに上がって「絹のようだと言ってもいい大月さんの声は、ひとコマひとコマの情景を浮かび上がらせてくれます。この声による表現力こそ、最大の魅力です」とアピールした。

 9月4日からは大阪・新歌舞伎座で新歌舞伎座9月特別公演「結婚しない女たち」(神野美伽と共演)に出演(同21日まで)する。10月1日には、東京・三越劇場で恒例の秋のコンサートも開く。


[大月みやこ オフィシャルサイト]
http://www.otsukimiyako.com/
[大月みやこ キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=10066

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チョン・テフ(徳間ジャパンコミュニケーションズ)  新曲「東京メランコリー」 ラテンのメロディーで新しいファン増やす  来年は来日10年 「何かやりたいね!」 [インタビュー]

チョン・テフ ライブ1.jpg◆韓国・ソウル出身のチョン・テフは今年で来日9年目を迎えている。韓国でダンスグループなどで活動をして、2006年に来日。日本では拓哉と名乗ってインディーズでソロ活動をするが、2年前に芸名を現在の名前に変えて「サソリの涙」で徳間ジャパンコミュニケーションズからメジャーデビューしている。15年7月1日に出した「東京メランコリー」はメジャー3作目。関西中心の活動だったインディーズ時代と大きく変わって、活動は全国規模になった。新たなラテン調のメロディーで新しいファンを増やす。


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 礼儀正しく真面目で、好感が持てるー。彼をインタビューした印象は、メジャーデビューした頃と変わりない。そうした人柄の良さもあるのだろうか、昨年3月に出来たファンクラブには350人が加入するまでになっている。店頭キャンペーンなどで彼と身近に接して、その性格に魅せられた人たちも多い。

 メジャーデビューして3作目になる。身の周りは大きく変わった?
 「180度違います。環境がガラッと変わりましたよ。関西中心だった仕事は全国規模になり、その数も多くなりました」
 ファンクラブの会員も増え続けている。7月に大阪市内のライブハウスで開いた新曲発表ライブには関東からもファンが駆けつけるなど、彼の魅力は広がり続けている。

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歌って踊ってのチョンテフのライブ


 都会的なダンス・パフォーマンスは新曲発表ライブでも女性ファンを魅了した。立ち上がって身体をゆする人、ペンライトを振る人、会場はリズミカルに揺れて盛り上がりも絶好調に達した。彼のライブの見せ場でもある。そこに甘い歌声がからみあうと、黄色い掛け声させ飛び出す。


チョン・テフ.jpg テフの魅力はどんなところなのだろうか。
 「人との縁は大事にしたい」というテフは、一度出会った人たちとは永く付き合えるように、と心がけている。CDショップでの店頭キャンペーンに彼の歌を初めて聴きにやって来た人たちとも、その出会いを大切にする。多くの人はその律儀な人柄に惹きつけられるのだろう。

 新曲「東京メランコリー」はラテン調でテンポも早い。ライブで歌って踊り激しくステージを動き回る彼には、最もピッタリとはまる楽曲のようでもある。
 が、テフは今までバラード調のゆったりとした楽曲も数多く歌ってきた。日韓での歌手キャリアは26年目と長いこともあってか、歌うジャンルは幅広い。
 「歌謡曲やポップス系楽曲を歌っていますが、どんな歌でも曲をもらえるのがうれしい。その想いを皆さんに伝え、輪を広げられるといいなぁって考えています。ど演歌を歌って、驚かせてみたい、そんな気持ちもありますよ」


 来年は来日10周年。
 「やりたいことはいっぱいある」とテフ。
 かつて12年には3泊4日のディナーショー・ツアーをソウルで実施したことがある。日本からもファン100人をソウルのロッテホテルに呼んだ。「またやってみたいですね」と、夢は広がる。
 同じ韓国出身の若手歌手、パク・ジュニョンは友人でありライバルでもある。「彼とは近々、日本でライブをやる予定があります」と、ファンを再び楽しませくれそうだ。

チョン・テフ ライブ3.jpg
女性ファンの支持も多い

 8月6日からはラジオ日本の人気演歌・歌謡曲番組「えんか侍」で、9月末まで2ヶ月間、毎週木曜日のパーソナリティーを担当している。ヒットを夢見る今最も旬な若手演歌歌手を抜擢する番組。曲を流す時間もあるが、ほとんどひとりで話す番組である。
 「自分のステージを作る上でも大いにプラスになりますね」とテフは、今、来日10年目に向けて大きく羽ばたこうとしている。


[チョン・テフ オフィシャルサイト]
http://ameblo.jp/jung-taehu/
[チョン・テフ 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/jung-taehu.html





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こおり健太(徳間ジャパンコミュニケーションズ) 新曲「山吹の花」好スタートで大好物のスイカ20玉もほぼ確実 !? [インタビュー]

こおり健太.jpg◆徳間ジャパンコミュニケーションズに移籍して6年目のこおり健太が2015年7月8日に出した「山吹の花」が、好スタートを切っている。オリコン初登場では前作の「女の口紅(べに)」の4位を抜いて、初の2位を記録した。「今までCDショップをはじめ細かく色んなところを歩いてきたことが、効果につながっているのでは」とこおりは見る。大好きなスイカも今年は20玉を食べることが出来そうだといい、今夏はCDとスイカともにハイペースで突き進んでいる。










 こおりが歌う歌は今まで「情念の深い女性を主人公にしたものが多かった」(こおり)が、新曲の「山吹の花」では詞、メロディーのどちらもが、さらっとした表現に変っている。それに合わせて歌唱も優しさを前に出した。
 この歌に登場する山吹の花は、花は咲くが実は実らない八重山吹である。それに重ねて、歌の主人公は成就しない恋でも素直に受け入れるという女性。
 「覚えやすいメロディーに、花のイメージに合わせてさらりと歌ったことが受け入れてもらいやすかったのではないだろうか」

 カップリングの「風の道」は作詞が麻こよみ、作曲は田尾将美、編曲南郷達也で、「山吹の花」と同じである。もエールを送るメッセージソングである。つまづき傷ついて生きてきた人生だけど、これからも迷わずに歩いていこうよ、と人々にエールを送るメッセージソングである。聴く人たちを爽やかな気持ちにしてくれる。
 当初は「歌手として歩んできたぼくの人生を励ます歌として作られたものですが、多くの人たちを励ます内容にみなさんから共感を得られたようです」


こおり健太・山吹の花.jpg こおりはデビューしてから新曲を出す度に、全国のCDショップへ電話をかけて販売への協力を求めている。今回もキャンペーン先の札幌から、発売日の7月8日、約150店へ電話を入れた。デビュー当初にレコードメーカーからの提案もあって始めたものだが、好評のようだ。
 「2回もバックオーダーを入れたなど、幸先のいい話をたくさんいただけました。まだ訪問できていないお店もありますが、電話がきっかけで応援をしていただくところも増えています」


 こうした小まめな電話やキャンペーンで店を訪ねたりすることを今まで続けてきた。それらが徐々にCDの売行きの現れているようだ。
 8月10日付のオリコン演歌チャートでは、2位からは落ちたものの24位にランキングされるなど、再び上位をうかがうなど、好調な売れ行きを見せている。

大好きなスイカ


 暑い夏を乗り切るための唯一と言ってもいいこおりの贅沢は、大好きなスイカを好きなだけ食べること。おととしは1人で何と16玉も食べたという。熊本、千葉、尾花沢、北海道と名産地のスイカには目がない。
 切り分けたものよりも割安なので1玉単位で買う。皮を切りとって冷蔵庫に保存しておくが、塩は使わずに2、3日で食べてしまうという。

 キャンペーン先でホテルに宿泊する場合には、スーパーで細かくカットされたものを買って食べるほどである。今年は新曲「山吹の花」と同様に出足が良く、すでに8玉を食べたとう。「この分だと一昨年の記録を抜く20玉は食べられそうです」と、新曲の好調とリンクするかもような勢いを見せてくれている。






[こおり健太 オフィシャルサイト]
http://k-kenta.sakura.ne.jp/wp/
[こおり健太 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/koori.html




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椎名佐千子(キングレコード) 「哀愁・・・日本海」 ドラマチックに力強く歌う  イントロに涙も [インタビュー]

椎名佐千子.jpg◆このところテレビの歌番組では頻繁に顔を見せている椎名佐千子。久しぶりに関西にやって来た。デビュー13年目で歌うのは「哀愁・・・日本海」。恋を捨てに日本海にやって来た女がひとり。海を見つめて力強く生きていくことを心に誓って歌は終わる。初めての岡千秋のメロディーである。その日本海を表す。千葉県で生まれて育った彼女にとって日本海のイメージは、断崖と荒波が象徴する「火曜サスペンス」だという。歌詞にある ♪ 越後 筒石 親不知 ~ は、まさにそれに相応しい場所である。










 大阪のNHKホールから生中継された2015年7月28日放送の「NHK歌謡コンサート」には、椎名佐千子も出演して新曲「哀愁・・・日本海」をドラマチックに力強く歌った。まるで断崖に打ち付ける荒波のようであった。
 若狭から能登、越後へと日本海に沿って恋を忘れる旅をする女を歌ったこの歌は、最後はひとりで強く生きていくのだと締めくくる。その場所が越後である。


椎名佐千子・哀愁・・・日本海.jpg 越後 筒石 親不知 ~ は、いずれも新潟県糸魚川市にあり、筒石は海沿いのひっそりとした町、親不知は街道の難所で自殺の名所としても知られる。そこから日本海を見つめて、ひとりで生きる ~ と誓う。
 水上勉の小説「越後つついし親不知」(新潮文庫)が、作品の下敷きになっているようでもある。小説は越後杜氏たちを主人公に繰り広げられる男女の愛憎劇である。1964年には同名のタイトルで映画化されており三国連太郎、小沢昭一、佐久間良子らが出演した。



 文庫本を読んでレコーディングにも臨んだ。
 そんな歌だがイントロが流れると「鳥肌がたち、涙が流れた」という椎名。「主人公の心情や、夕陽や海鳥が翔ぶ景色などが、自分の頭の中ですんなりと描くことができました」

 「哀愁・・・日本海」を作詞したのは作詞家の仁井谷俊也。同じ水上勉の小説「飢餓海峡」は、吉岡治が作詞して石川さゆりが歌った、彼女の代表曲のひとつでもある。NHK大阪ホールのステージで見せた、あの力強さは、同じように哀しい女が主人公である「哀愁・・・日本海」を自らの代表曲へという想いの現れのようでもある。

火曜日の女


 火曜日夜のNHK歌謡コンサートをはじめ、テレビの歌番組への出演が目立つ。
久しぶりにインタビューをしたが、テレビで顔を見ているからだろうか、時間の隔たりはあまり感じなかった。
 テレビ出演が増えたのは3年前にNHKテレビで歌った、西田佐知子をカバーした「女の意地」がきっかけだった。

 「よく表現していたね、と担当の方からほめられて、以来、時々オファーをいただくようになりました」

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「NHK歌謡コンサート」で歌う椎名佐千子

 カバー曲は難しい。とりわけ本人のイメージが強いヒット曲はいくら上手く歌っても、本人に負けてしまうからだ。少なくとも視聴者はそのように聴いてしまう。椎名には次々とカバーの依頼が来た。依頼というより、課題を与えられているようでもあった。「物まねではダメで、如何にオリジナリティーを出すかを研究しなければいけない」。
 本番までには1ヶ月ほどしかない。そんな短い期間に椎名は、自分の歌として歌えるようにキングレコードのディレクターに相談したり、練習を重ねる。

 「カバー曲を練習する際には本人の歌をできるだけ聴かないようにしています。まーあまり聴き過ぎると物まねになってしまいますから」

 そうした練習の繰り返し、そして大きなステージでの歌唱が、オリジナルのレベルを高めることにつながっているようだ。「日本海は火曜サスペンスのイメージ」といった彼女は、まさに「火曜日の女」である。

 休日は時間があればひとり旅をしたいという。先日は電車にゆられて地元千葉県の銚子まで行った。終点の駅では煎餅を焼く体験をするなど、日本海とはまた違った海の町を楽しんでいる。




[椎名佐千子 オフィシャルブログ]
http://ameblo.jp/sachisanpo
[椎名佐千子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=18032

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高橋樺子(徳間ジャパンコミュニケーションズ)  講演と歌で検証する平和のイベントで「母さん生きて」歌う  幻の学童疎開の歌「ぼくらのおうち」も初披露 [イベント]

高橋樺子.jpg◆被爆体験の話しを聞き、平和の大切さを呼びかける歌に耳を傾ける「講演と歌で検証する戦争と平和」(主催・大阪国際平和センター)が、2015年8月2日、大阪市中央区の平和ミュージアム「ピースおおさか」で開かれた。戦後70年の節目の今年、戦争の悲惨さと平和の尊さを改めて考えようというもの。平和の歌姫と呼ばれる高橋樺子(徳間ジャパンコミュニケーションズ)は、被爆の実話から生まれたオリジナル曲「母さん生きて」や、イラストレーターの成瀬國晴さんが国民学校時代に体験した学童疎開時に耳にした想い出の歌「ぼくらのおうち」などを歌った。会場に集まった220人余りの人たちは平和の大切さをかみしめていた。





平和の歌姫高橋樺子


 戦後70年終戦の日の平和祈念事業として開かれた。1部では広島市の旧被服支廠の保全を願う懇談会代表の中西巌さん「広島を忘れて欲しくない」をテーマに、自ら学徒動員されていた旧被服支廠での被爆体験を話した。

スライドで被爆当時の話しをする中西さん.jpg
被爆体験を話す中西さん.jpg
被爆体験を話す中西さん

 爆心地からは2700メートル離れていた旧被服支廠は「かあさん生きて」を作詞した作詞家のもず唱平の父親が働いていた所とも言われており、歌の舞台となった場所でもある。当時中学2年だった中西さんはそこで勤労学徒として働いていたが、幸いにも無傷で助かった。
 そこで見た悲惨でやるせない光景を語り、「平和の原点は互いに違いを認め合って分かりあう、人の心と心のふれあいです」と話した。さらに「平和が当たり前となった今こそ、平和の最大の敵です」と、今の時代への警鐘を鳴らした。

平和を歌で訴える高橋樺子


 2部では高橋樺子の歌のステージが開かれた。東日本大震災復興支援の歌として歌い続ける
「がんばれ援歌」は、彼女のデビュー曲であり、歌い継ぐ戦争と平和をテーマにした彼女の原点となった歌。オープニングでも、トレードマークのポロシャツとズボン姿で歌った。

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 この日はまた原爆詩集を朗読したり、サトウハチロウ作詞、古関裕而作曲の「長崎の鐘」、オリジナル曲の「母さん生きて」、そのカップリングの「向こう岸」さらには「ドリナの橋」といった平和を願う歌を中心に披露した。

 幻の歌とも言われている「ぼくらのおうち」も初めて披露した。これは成瀬さんが大阪・難波にあった精華国民学校3年の1944(昭和19)年に、学童集団疎開した先の滋賀県東近江市の東方寺・平松寮で、寮母の野中淑子さんから習った歌だという。
 疎開の記録を描いて先頃出版した「時空の旅」に載せましたのがきっかけで、関心を示したもずが口ずさむ成瀬さんから採譜して、発表することになった。

ぼらのおうちについて話す成瀬ともず.jpg
「ぼくらのおうち」について話す成瀬(左)ともず

 ただ1番の歌詞の2行が思い出せないまま。この歌を記憶している人を見つけ出せると復元することも可能だという。もずは歌を作ったと思われる野中さんを「恐らく音楽教師だったのではないだろうか」と推測し、なんらかの手がかりを得たいとしている。


馬場・浪江町長.jpg この日はまた福島原発の被害で2万1千人の町民全員が町外へ避難を続けている福島県浪江町の馬場有(たもつ)町長 = 写真・右 = も出席して、ピースおおさかの金子暁嗣(さとる)館長から義援金が手渡された。馬場町長は「義援金を町の復旧と復興に役立てます」と話していた。







[高橋樺子 オフィシャルサイト]
http://www.hanako-shriker.com/
[高橋樺子 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/takahashi_hanako.html
[ピースおおさか オフィシャルサイト]
http://www.peace-osaka.or.jp/

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市川由紀乃(キングレコード)  ミヤコ瓢箪山店で「命咲かせて」関西キャンペーンの最終あいさつ会 [イベント]

◆3日間にわたる関西でのキャンペーンを2015年7月31日、東大阪市のCDショップ、ミヤコ瓢箪山店で終えた市川由紀乃は、新曲「命咲かせて」の好調に支えられて、同店では約40人ものファンに囲まれて熱い声援を受けていた。

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ミヤコ瓢箪山店のスタッフと一緒に記念撮影する市川由紀乃(中央奥)

 今回のキャンペーンでは、7月29日の大阪府堺市のショッピングセンターおおとりウイングスでのミニコンサートに続いて、大阪府内のCDショップ6店舗を訪ね、店舗スタッフやファンとのあいさつ会を行った。

 最終日の同31日、今回のキャンペーンの最終地としたのは東大阪市のミヤコ瓢箪山店。午後4時来店の告知にもかかわらず、早くから40人を超すファンが詰めかけて、市川の来店を待っていた。

 到着すると早速、店内にかかった紅白の垂れ幕をパックに、CD購入客などファンと記念撮影。最後は店舗スタッフと自分の等身大パネルをはさんで記念撮影。市川は「この歌で私の命の花を咲かせます」と意欲を見せていた。

市川由紀乃・ミヤコ瓢箪山店・命咲かせて.jpg
紅白歌合戦出場へとファンの期待も大きい市川由紀乃

 集まったファンの間からは「今年の紅白出場はどうだろうか」といった声も聞かれ、用意された紅白の幕はまさにそれを象徴しているかのようだった。それに市川は「みなさんのおかげでここまで来ることができました。これからもがんばって歌っていきます」と、控えめに話していた。


[市川由紀乃 オフィシャルサイト]
http://www.primecorp.co.jp/artist/ichikawa.html
[市川由紀乃 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=13522





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岸田敏志(徳間ジャパンコミュニケーションズ) 新曲「ボルドー・ルージュ」で大阪キャンペーン 歌謡曲への挑戦にファンも期待 [インタビュー]

岸田敏志2.jpg岸田敏志=旧芸名・智史=が2015年7月8日に出した新曲「ボルドー・ルージュ」のキャンペーンで大阪を訪れ、8月1日、堺市内のショッピングセンター、ジョルノ堺東でインストアライブを行った。アーバン歌謡曲と名付けられたおしゃれ感漂う新曲「ボルドー・ルージュ」は、岸田にとって初めての歌謡曲。大ヒット曲「きみの朝」で聴かせてくれたように、彼の持ち味は高音の声であった。それを今回は低音に置き換えている。40年来のファンからの評判も良く、自身も「気持ち良く歌っています」と話している。


岸田敏志・ボルドー・ルージュ.jpg







 岸田が新曲を出すのは、1年前に9年ぶりに出した「ボクガ・ココニ・イル」(フレンズケイ音楽出版)以来。フォークとかニューミュージックとか言われてきた岸田の歌。前作ではアコースティックギターのサウンドで家族と過ごすありふれた一日を歌った。

 ところが今回はメロディーの異なる歌謡曲。徳間ジャパンコミュニケーションズの創立50周年企画のひとつとしてオファーがあった。「それに熱意を感じた」という彼が、初挑戦することになった。
 かつて同じ事務所にいた堀内孝雄が歌謡曲・演歌を歌った時には驚いたというが、「ぼくも色んなジャンルの歌が好きで、なんでも歌いますよ」と岸田。
 数年前からは松竹新喜劇の劇中な岸田流れる音楽の制作も手がけている。8月17日から京都・南座で上演される「しぶちん」でも、その多才ぶりを発揮している。
 周囲からは「自分では歌わないような歌を書くのも面白いこと」といった評価も聞こえてくるほどだ。

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 「ボルドー・ルージュ」のカップリングは1979年に大ヒットした、懐かしいあの「きみの朝」である。今回は2年前に録音したものを収録している。
 5月21日には東京都内でコンサートを開いて、いち早く新曲も披露している。来年、岸田は歌手デビューして40年を迎えるが、当時からずっと応援してきたファンが歌謡曲にどのように反応するのかが気にかかった。
 ところが結果は心配することなく「覚えやすくて、カラオケで歌うよ」といった声がたくさん聞かれ、ホッと胸を撫でおろしたコンサートであった。

 岸田のファンは50代、60代が圧倒的に多い。彼を俳優へと橋を踏みこませたテレビドラマ「一年B組新八先生」を見ていた人たちである。
 大阪でもそうしたファンを前に新曲を披露した。最初にワンコーラスを歌い「聴きたい曲はありますか」と岸田が問いかけると、客席からは岸田智史時代の「黄昏」など3曲が飛び出すほど。

 来年のデビュー40年を控えて岸田は「何かやりたいと思っていたら歌謡曲の世界に足を踏み込むことになりました。10月10日には京都・円山公園の野外音楽堂で開かれるフォークコンサートで新曲を歌います。ビリーバンバンたちも出演しますよ」と、新たな挑戦に意欲を見せている。
 その「フォークコンサート 京の旅人 again」には、岸田のほかに、ばんばひろふみ、ビリーバンバン、五輪真弓、杉田二郎、渡辺真知子らが出演する。

歌手の幅広げたテレビドラマやミュージカルへの出演


 70年代も終わりかけようとしていた頃、岸田智史の「きみの朝」が大ヒットした。
 当時はテレビでもよく流れていたから、♪ モーニング モーニング きみの朝だよ ~ の詞は今でも忘れずに、頭の片隅に焼きついているほどだ。きのう大阪市内でその本人にインタビューした。35歳になる子息がマネージャーであった。


岸田敏志5.jpg 岸田は1953(昭和28)年、岡山県真庭市に生まれた。京都教育大学を出ている。卒業生の95パーセントが教師になるという学校であり、彼も親と同じ教職を目指していた。

 記者は岸田と同い年で、同時期に同じ京都で学生生活を過ごしている。彼が通う学校は京都市の南に位置する伏見区にあった。記者の学校は北の端の上賀茂にあったから、彼とは出会うはずもなかった。40年近くを経て対面することになったのだ。

 岸田は大学4回生の時に従兄弟がレコード会社に持ち込んだテープに入っていた彼のオリジナル曲が、デビューのきっかけとなった。26歳で「きみの朝」を作曲し歌っている。
 その年には記者は高松で毎日、電器屋さんを廻って取材と新聞の拡販に明け暮れていた。「きみの朝」がヒットするまでの4年間、岸田は「各地でキャンペーンをやったり、コンサートの客集めをしていた」(岸田)という苦しい時期を経て、年間200本のコンサートをこなす超売れっ子となる。


 そんな時に舞込んできたテレビドラマ「一年B組新八先生」などテレビドラマやミュージカル「ミス・サイゴン」などへ出演。そうした体験が還暦を過ぎた歌手としての幅を広げると共に、今もなお昔と変わらぬ発声で歌い手を続ける力を備えることになった。

 「舞台演出家の石井ふく子さんやたくさんの名優さんとの出会いが、役者として本腰を入れようと思わせるようになり、さらにミュージカルという総合芸術の面白さに引き込まれて行きました」

 60歳を過ぎてまだまだ進化し続けている岸田の今後の歌手活動が楽しみである。


[岸田敏志 オフィシャルサイト]
http://www.kissy21.com/
[岸田敏志 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/kishida.html



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