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赤井林檎(ホリデージャパン)  真っ赤なジャケットで10年ぶりに復帰  ふる里へ想いをはせる「津軽三味線」を6月にリリース [インタビュー]

赤井林檎2.jpg◆ポケットにりんごのアップリケを付けた真っ赤なジャケットに身を包んで現れたのが赤井林檎。その名の通りにりんごのような出で立ちであった。かつて原田淳の名前で各地の病院を巡り、ボランティアで歌っていた。その際にいつも手土産に持って行っていたのが、ふる里津軽のりんごをだったことから、いつの間にか「りんごちゃん」のニックネームが付いた。その<りんご>を新たな芸名にして、2017年6月21日に出した「津軽三味線」で、10年ぶりに歌手復帰を果たした。同7月2日、東大阪市のイトーヨーカドー東大阪店で行われた「歌謡フェスタ in イトーヨーカドー東大阪店」で、その歌を披露した。


赤井林檎・津軽三味線.jpg









 出身は青森県北津軽郡金木町(現・五所川原市)で、作家の太宰治、歌手の吉幾三も同郷である。「最初にステージに立ったのは18歳だった」(赤井)と芸歴は古い。途中、吉本興業でぴんからトリオの宮史郎の付き人をするなど、下積み生活も長かった。

 本格的な歌手活動を始めたのは2003年。ガウスエンタテインメントから出した「女の運命」だった。07年まで「特急つがる」(徳間ジャパンコミュニケーションズ)「風雪岬」(バップ)「酒しぐれ」(徳間コミュニケーションズ)をリリースするものの、病気や事故が続いてやむなく歌手を休業することになった。

 「人生の最後に花を咲かせたい」と歌手業に復帰した。と言ってもまだ65歳。復帰後初のキャンペーンとなった「歌謡フェスタ in イトーヨーカドー東大阪店」では、代表曲の「特急つがる」と新曲「津軽三味線」、そのカップリング曲の「大阪化粧」の3曲を披露したが、最後に「きょうは僕の歌を聞いて頂き、ありがとうございました」と、何とも控えめ。
 彼を応援する女性のひとりも「自分から前へ出ようとはしない性格」と、彼を評する。それがまた、女性人気を集めているのだともいう。

赤井林檎.jpg

 新曲「津軽三味線」は、五所川原が発祥の地である津軽三味線を盛り込むとともに、津軽の河原や野山で陽が落ちるまで遊んだ幼い頃の想い出を歌った望郷歌である。カップリングの「大阪化粧」とともに、赤井林檎が作詞・作曲をしている。

 真っ赤なりんごのようなジャケットに緑のシャツは<りんご>そのもの。大阪演歌を盛り上げる歌手がひとり帰ってきたようでもある。





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