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たくみ稜 、プレミアムアコースティックライブ2017 演歌・歌謡曲をアコースティックバージョンで歌う  ゲストにKANA  ともに来月新曲リリース  大阪・フラミンゴ・ジ・アルーシャ [ライブ]

◆日本クラウンの歌手、たくみ稜が2017年3月28日、大阪・桜川のライブレストラン、フラミンゴ・ジ・アルーシャで「たくみ稜 プレミアムアコースティックライブ2017」を開いた。ライフワークとするアコースティックバージョンに編曲した歌謡曲や演歌をカバーした。4月19日に発売する新曲「上海たずねびと」も披露。去年5月から今年3月までテレビ大阪で放送していたレギュラー番組「たくみ稜の朝うた」でアシスタントをしていたテイチクエンタテインメントの歌手、KANAがゲスト出演し、同じ4月19日にリリースする新曲「コイノアシアト」などを歌った。

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たくみ稜(左)とKANA

 大阪出身のたくみ稜が地元大阪で開く、日本クラウン移籍2回目のアコースティックライブ。しかも歌ったオリジナル曲は、4月に発売を控えた「上海たずねびと」「オランダ坂」など4曲だけ。
 ほぼ全編、アコースティックバージョンにこだわるといった企画。バイオリンとベース、ピアノをバックバンドに「情炎」「望郷じょんがら」など演歌から、「秋止符」「ラブイズオーバー」など懐かしのヒット歌謡曲、さらには自らサックスを吹きながら「夜霧よ今夜も有難う」も初披露してくれた。

 もちろんかつてボーカルを務めたこともある内山田洋とクールファイブの「長崎は今日も雨だった」「噂の女」も聴かせた。

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サックスを披露するたくみ稜(右)

 軽快なリズムにのって歌う新曲の「上海たずねびと」は、自分の楽曲では初めてという振り付けも決まって、この日は会場で4月19日発売のCDの予約を受け付けていた。発売後には店頭歌唱などのキャンペーンも予定している。

 会場には春場所を終えたばかりの大相撲、元関脇安芸乃島の高田川親方と同部屋の幕内力士輝、十両の竜電が応援に駆け付けて、ステージに上がってたくみを激励していた。

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応援に駆け付けた高田川親方(右から2人目)と同部屋の輝と竜電の両力士


■バックコーラス仕込みのKANA

 ゲストのKANAもまた抜群の歌唱力をみせた。
 作曲家杉本眞人の「すぎもとバンド」のバックコーラスや五木ひろしなど著名歌手のコンサートでもバックコーラスに参加してきた。2009年にテイチクから再デビューしてソロシンガーとして活躍している。2016年、初のミニアルバム「永遠に・・・」を出し、今年4月19日には7枚目のシングル「コイノアシアト」を発売する。

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迫力ある歌を聴かせたKANA

 この日は「コイノアシアト」のほかテイチクからの再デビュー曲「ナイアガラ」を歌唱。國友章太郎のジャズピアノの演奏でオリジナル曲「バーボンダブルで」と高橋真梨子の「裏窓」をカバーして、会場をジャジーな雰囲気につつんだ。
 また、この新曲の発売を記念したソロライブを、7月17日、大阪・茶屋町のライブレストラン「海の彼方」で予定している。

 さらに客席のファンも巻き込んで、ノリがいい「微笑みを想い出すまで」を、ステージを飛び跳ねるように歌い、最後はたくみと「愛は傷つきやすく」(ヒデとロザンナ)をカバーした。

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デュエットするたくみ稜とKANA

 KANAがアシスタントを務めて、たくみがメインレギュラーの「たくみ稜の朝うた」が17年3月で終了。KANAは「収録で大阪へやって来た時、たくみさんに連れられて天満などの飲み屋でディープな大阪を体験しましたが、どうも関西は<男前でナイスな>私の肌に合っているようで、番組出演は終了しましたが、これからも片っぱしから大阪の街を探索したい」などと話していた。

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4月からの新番組のメインレギュラーを務めるたくみ稜

 4月4日からは新番組「たくみ稜の夜うた」がスタートすることになっている。放送時間は毎週火曜日午前1時から30分間。たくみ稜と川岸ゆか、林よしこがレギュラー出演する。


[たくみりょう オフィシャルサイト]
http://www.m-plus-ryo-takumi.com/
[KANA オフィシャルサイト]
http://pre-pro.co.jp/talent/kana/
http://ameblo.jp/kananaiagara






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たくみ稜、朝うたから夜うたへ  テレビ大阪で新番組4月4日スタート   歌とトーク中心に得意の料理も披露 !? [テレビ]

◆日本クラウンの歌手、たくみ稜がレギュラー出演して、2016年5月からテレビ大阪で放送されていた歌とトークを中心にした「たくみ稜の朝うた」が、17年4月から放送時間を今の早朝から深夜午前1時に移し、番組名も「たくみ稜の夜うた」に変更する。同3月27日、大阪市内のライブハウスで出演者が出席して制作記者会見を開いた。たくみがアコースティックのカバー曲とオリジナル曲を披露するほか、酒と自らの手による料理をゲストに振舞ったり、スタジオを飛び出して天六や京橋の居酒屋など、人情あふれる大阪の下町でのロケも取り入れていく。

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4月4日から始まるテレビ大阪の新番組「たくみ稜の夜うた」のレギュラー出演者
左から林よしこ、たくみ稜、川岸ゆか

 新番組は1回目の放送は2017年4月4日午前1時から同30分まで。毎週火曜日の同時刻に放送される。出演者はたくみ稜のほか、レギュラーアシスタントはタレントの川岸ゆか。「よしこに1分ちょーだい」コーナーのレギュラーには、歌手の林よしこ(ビクターエンタテインメント)が起用され、毎週.オリジナル曲を披露する。

 「-- 朝うた」の視聴者はシルバー層中心だったが、「-- 夜うた」では40代、30代にまでターゲットを拡げたい考えで「カバー曲もJーPOPも加えていきたい」(たくみ)としている。
 不定期に出演するゲストも歌手に限らず、多彩な著名人を起用するなど、大阪らしさを演出していきたいという。

■天六・京橋などでロケも

 記者会見場に顔を揃えた出演者たちは、それぞれ新番組への意気込みを語った。

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KANAがアシスタントを務めて1年間親しまれた「たくみ稜の朝うた」

 1年間続いた朝うたで初めての自身のテレビ番組を持ったたくみ稜は「知名度を高めるとともに、自分にとって大きな励みになりました。4月から放送時間が夜に移ることから、歌をメインにしながらも、バラエティのようなくだけた要素も取り入れたい」とし、また「たくみ稜の名前をより多くの人に知ってもらい、歌をアピールしたい」と話した。

 「-- 朝うた」のKANAに代わってレギュラーアシスタントを務める川岸ゆかは、3月にたくみと初めて会ったばかり。「たくみさんも私もお酒が好きなので、息はピッタリです。番組を盛り上げていきます」といい、たくみが「月1回程度はやりたい」という酒と手作りの酒肴の振る舞いが楽しみなようすでもある。

 いつもはドレスの衣装が多い林よしこは、珍しい和服姿で制作記者会見に現れた。毎回、テーマにそって、フリートークを披露することになっているが「きょうはおめかしをして着物にしましたが、本番の衣装はドレスの予定です」と話していた。
 また、番組でピアノを演奏する國友章太郎は「たくみさんと相談して、ジャズっぽくアレンジした楽曲もお届けしたい」と新番組への意欲を見せていた。

■4月発売の新曲もアピール

 たくみは4月19日に、日本クラウン移籍3枚目のシングル「上海たずねびと」(作詞・かず翼、作曲・小田純平)を出すが、1回目の番組で早くも披露する。
 早く歌いたくて仕方がない、というたくみは「こんなに人前で早く歌いたいという衝動にかられるのは初めてです。斬新な楽曲でノリも良く、耳障りのいい歌です」と、3年度連続の日本クラウンのヒット賞をこの新曲でねらう。


[たくみ稜 オフィシャルサイト]
http://www.m-plus-ryo-takumi.com/
[たくみ稜 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/takumi/whats.html





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若原りょう、アローナイツ木下あきら、西山ひとみが「一姫ニ太郎ショー」 オリジナル曲から懐かしの昭和歌謡まで 歌って踊って モノマネも 大阪・上六 [イベント]

◆ホリデージャパンの歌手、若原りょうのファンクラブが主催する「若原りょうを応援する会 ~ 一姫二太郎ショー in 大阪 ~ 」が2017年3月26日、大阪市天王寺区のホテルアウィーナ大阪で開かれた。若原は新曲「雨のジルバ」などを歌い、一姫二太郎のメンバーで、同じレコード会社のアローナイツ・木下あきら、西山ひとみも出演し、オリジナル曲などを披露した。また来月4月1日は西山の誕生日とあって、バースデーケーキが若原のファンクラブからプレゼントされた。

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若原りょう(中央)木下あきら(左)西山ひとみがムーディーなステージを見せた
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西山ひとみにバースデーケーキのプレゼント

 3人による一姫二太郎ショーは昨年、東京・赤坂でスタートしたが、予想以上に好評だったことから、今年も1月に東京で開催している。それを受けての大阪開催となった。この後5月には札幌、8月には名古屋で行われることになっている。
 この日の大阪での開催は、関西に強力なファンクラブを持つ若原が「ぜひ大阪でも開いてほしい」といったファンからの要請を受けて、木下と西山に呼びかけて実現した。

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若原りょう

 デビュー当時、北の貴公子と呼ばれていた若原りょうは北海道・旭川出身。会場にはその北海道をはじめ関東、東海、関西、中国、九州と全国各地から大勢のファンが詰めかけていた。
 今年1月18日に出した「雨のジルバ」をはじめ「振り子」「一度は愛したひとだもの」や、懐かしのオリジナルヒット曲「電話」「ゆうこ」などをムードいっぱいに歌って、「みなさんの前で歌わせてもらうのは堪らない」などと歓びを語っていた。

 「出張」10日目で大阪へ駆けつけて来たという西山ひとみは、トレードマークの金髪のヘアメイクで代表曲「小島の女」と新曲「東京の夜は淋しくて」のカップリング「冬のこおろぎ」などを歌った。「小島の女」は西山にとっては「いろんな場面で私を引き上げてくれた歌で、一生の親友」ともいう楽曲で、渾身の歌唱を披露した。

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木下あきら(左)と西山ひとみ

 一姫二太郎のリーダー格である木下あきらは、1970年代から80年代にかけて活躍し、内山田洋とクールファイブとの競作になったヒット曲「中の島ブルース」などで知られる秋葉豊とアローナイツの元ボーカル。
 この日は「中の島ブルース」のほか秋葉豊とアローナイツ時代の歌を中心に披露した。その1曲「女こころ雨」は動画サイトYouTubeで評判になり、再リリースされた話題曲。1990年に亡くなった秋葉の追悼曲になった「最後にもう一度」も、往年のファンを喜ばせていた。

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 ショーのクライマックスは3人が交互に歌う、ご当地ソングメドレー「日本の歌たび」のコーナーで盛り上がった。若原の「恋の町札幌」(石原裕次郎)から西山の「天城越え」(石川さゆり)木下の「宗右衛門町ブルース」(平和勝次とダークホース)まで全15曲を次々と歌い、途中、若原がオリジナル歌手のモノマネを交えて会場を沸かせた。

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若原りょう(左)がオヤジと慕う木下あきらとの掛け合いが笑いを誘っていた

 次回の「一姫二太郎ショー」は、5月に木下のファクラブ主催で札幌で行われるが、その木下は永く体調不良で見合わせていたワンマンディナーショーを約20年ぶりに、9月、東京・浅草ビューホテルで開くという。会場には西山と若原の一姫二太郎のメンバーが応援に駆けつけることになっている。


[ホリデージャパン]
http://www.holiday-japan.co.jp/menu/home02.htm




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蒼彦太 (徳間ジャパンコミュニケーションズ)  「樹(き)」  自然の中で生きる樹木を人生に重ねて歌う  デビュー5枚目シングル [インタビュー]

◆ひこたんの愛称で親しまれている徳間ジャパンコミュニケーションズの歌手、蒼彦太が、デビュー6年目にして初めて王道演歌に挑んでいる。2017年1月11日に出た「樹」(作詞・久仁京介、作曲・宮下健治)がそれである。厳しい自然の中で生きる樹木を、人生に重ねて歌う。人の温かさを伝えられる歌い手を目指し「30歳までには紅白に出て、応援してくれている人たちに喜んでもらいたい」と、夢は大きくふくらむ。その第1歩が新曲の「樹」をヒットさせることである。


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 まだ28歳だというのだが、蒼は「僕がこれまで生きてきた道と重ねて、自信をもらえる歌です。スケールが大きい歌詞の1行1行に励まされ、共感させられます」と、詞を自らの身に映して歌っている。
 その想いを蒼と共有出来るのだろうか、キャンペーン先でも「いいねぇ~」とか「いい歌をもらったんだから、頑張らないとね」などといった声が、ファンの間から聞こえてくる。今までの楽曲以上に今作では共感して聴いてくれる人も多いようである。

 「聴いてくれる人に幸せな気持ちを持ってもらい 、共感してもらって、涙してくれるような歌を歌っていきたい」
と蒼は考え続けている。

 「樹」を歌う蒼の表情は、前作までのそれとは違って力強い。
 「この楽曲で男らしい蒼の姿を出したかった」という担当ディレクターの想いが反映されているかのようである。蒼も「男らしいメロディーと詞ですから、自然と男っぽくなってしまいますね」と話す表情は真剣である。

 蒼はこの歌を「義理と人情」の世界でイメージして表現したという。
 「人生は人と人の支え合いで出来ていますから 、そこには優しさや温かさが求められます。他人への感謝の気持ちが大切ですね」
 彼にとって男らしさとは「義理と人情」の世界であるようだ。歌詞の1つひとつにそれを感じているようだ。

 ♪ 幹を持て ~ と拳を握りしめて、力強く歌い上げる。「歌い甲斐がありますね」と蒼は、さらに高音で始まる歌い始めを「歌を楽しめるところですね」とも。

■生涯歌いたい「樹」

 2011年のデビュー曲は「カラオケ流し」だった。北海道を舞台にカラオケで流しをしながら旅する男を描いた楽曲で、1983年発表の作品のカバー曲であった。第2弾はそれの続編のような「カラオケ情け」、そして第3弾は東京駅八重洲口の酒場で繰り広げられるドラマを描いたヒューマン演歌「八重洲の酒場」。前作の「ねずみ小僧」は、一転して時代劇(芝居)の世界を歌い、盗人装束で演じた。

 そして本格的な王道演歌の今作。新人歌手を鍛える道のりのようでもあり、新曲「樹」とも重なって見えてくる。

 「聴く人たちの心を動かし、心に触れるような歌を歌っていきたい」
 そんな歌が歌える日を夢見る蒼だが、「まだまだ勉強の毎日です」と先は長い。と言うものの、30歳までに紅白に出場する大目標を立てるのは、蒼らしい強気の性格なのだろう。
 蒼は「『樹』は、一生かけて歌っていきたい歌です。歌のスケールも少しずつ大きくしていきたいです」と、自らの代表曲へと意欲を燃やしている。




[蒼彦太 オフィシャルサイト]
http://aoi-hicota.com/
[蒼彦太 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/aoi_hikota.html




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大城バネサ(ビクターエンタテインメント) ミニアルバム「沖縄のかほり」 世界へ伝えたい沖縄の歌 祖父母たちの望郷の想いを歌う [インタビュー]

◆ビクターエンタテインメントの歌手、大城バネサ。アルゼンチン生れで日系アルゼンチン2世である。縁があって岐阜県に住むが、祖父母が沖縄県出身ということもあって、子どもの頃から沖縄の民謡に親しみ、3年前からは美ら島(ちゅらしま)沖縄大使を務める。2017年3月1日には、自ら作曲したオリジナル新曲「今帰仁(なきじん)の春」を含む沖縄の楽曲ばかりを集めたミニアルバム「沖縄のかほり」を出している。

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 移民した沖縄県出身者と県系人は世界各地に散らばっている。アルゼンチンに住む大城バネサの祖父母もまた、沖縄県中部の人口が1万人にも満たない小さな今帰仁村で生まれている。
 2016年10月、沖縄県内各地で開かれた、5年に1度の「世界のウチナーンチュ大会」に、89歳になる祖母(おばあ)が36時間をかけてアルゼンチンから沖縄までやって来た。
 大城は、1万6千人が集まったそのメイン会場の沖縄セルラースタジアム那覇でのグランドフィナーレのオープニングで「三線(さんしん)のかほり」を歌っている。

大城バネサ・沖縄のかほり.jpg 夢と希望を抱いて移住したアルゼンチンのブエノスアイレスでの現実は、苦労ばかりの生活だったという。 唯一心の支えになったのが三線の音色に合わせての沖縄の歌と踊りだった。「三線のかほり」は、そんな祖父母たちが体験した実話を元に書かれた青山るみの詞に、大城が曲を書いた。
 「そこで私が歌うと知ったおばあは、1万8千キロを旅して沖縄までやって来てくれて、歌を聴いてくれました。おばあはまた、何十年ぶりに同級生や親戚の人たちにも会って、絆を確かめ合っていました」



 アルバム「沖縄のかほり」には、大観衆を前にフル歌唱した「三線のかほり」のほか、祖母が生まれた今帰仁村での親友と お想い出などをモチーフに書かれた「今帰仁の春」など沖縄を歌った7曲と、スペイン語で歌うアルゼンチンの反戦歌「神にのみ頼む」もボーナストラックとして収録している。

 シングルリリースもされている「逢いたい島」は、沖縄の自然や人の素晴らしさが、聴く人誰もが共感する話題の楽曲で、評判の収録曲もひとつである。

■沖縄の風を歌う

 アルゼンチン生れの大城だが、家の中は三線と歌に踊り、自家製のゴーヤなどを使った沖縄料理といった具合に、いつも<沖縄>であふれていた。会話は「沖縄の言葉とスペイン語がチャンプルだった」(大城)というが、来日した2001年には大城はスペイン語しか話せなかった。
 デビューは2003年8月。NHKのど自慢チャンピオン大会にアルゼンチン代表で出場してグランドチャンピオンを射止めたのがきっかけだった。デビュー曲はEMIミュージック・ジャパンから出した「鷗も飛ばない海だよ」。15年年にはビクターに移籍している。

 去年9月には、ブラジル・サンパウロで地上デジタル放送が始まって10年になるのを記念したイベントに参加した。ここまで来たのなら「アルゼンチンまで足を伸ばして、日系の人たちに聴いてもらいたい」と、ブエノスアイレスでコンサートを開いている。
 もちろん「沖縄の風を感じてもらいたい」と、たっぷりと沖縄の歌を歌った。

 ナンクルナイサーの言葉通りに 沖縄はおおらかな風土。そのDNAとアルゼンチンの情熱っぽさを持つ大城は今、「1人でも多くの人たちに歌を聴いてもらいたい」と、きめ細かく全国各地へ出かけて歌い続けている。



[大城バネサ オフィシャルサイト]
http://vane-music.com/
[大城バネサ ビクターエンタテインメント]
http://www.jvcmusic.co.jp/-/Artist/A025045.html




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三代沙也可(キングレコード)  「江ノ島絶唱」  湘南3部作+ワンで10万枚目指す  新たな気持ちで歌う湘南 [インタビュー]

◆キングレコードの歌手、三代沙也可が2017年2月8日に、24枚目のシングル「江ノ島絶唱」を出した。前作の「逗子の恋港」(16年)で完結したはずの湘南3部作だったが、今作ではなんと、シリーズ第1作の「江ノ島ひとり」(14年)の舞台、江ノ島に戻ってしまった。「新たな気持ちで大好きな湘南・江ノ島を歌っていきます」と三代は、ここまで歌えば「湘南エリアの歌なら三代」と呼ばれるまでこだわりたいようすだ。

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 かつてあの人と過ごした江ノ島は、終わったはずの恋なのに、江ノ島の街を歩くと見るものすべてが、あの日のまま・・・でも、新たな恋と出逢えるかもしれない。
 まるで「江ノ島絶唱」が、三代沙也可の新たなシリーズの始まりを暗示しているかのような歌である。

 湘南3部作の累計で販売したCDは10万枚に達しようとしている。今は1万枚を売るにも大変な時代である。CDを買わずに、スマートフォンで歌を聴いたり、それを覚える人が多いからだ。それだけに「江ノ島絶唱」で、早々に10万枚突破を達成させたいところである。

■キャンペーンの楽しみは玉子サンド

三代沙也可・江ノ島絶唱.jpg 三代は1年の多くを、自宅を出て地方でのキャンペーンで過ごす。期間中はマスコミによる取材もあるが、カラオケ喫茶店で歌うのがメインである。その数は多い時で年間200ヶ所にもなる。それだから自然と旅慣れてくる。必須の持ち物であるスーツケースは、行き先のホテルに宅配便で送り、身の回り品だけの身軽なスタイルで移動するのが最近の常となっている。

 「旅のお供は玉子サンドです。厚い大きな玉子焼きが、そのまま挟んであるんですよ。かつては空弁として空港でしか買えませんでしたが、 今はJRでも買えるようになりましたので、これとサラダを必ず購入します。列車での楽しみですね」

 訪ねるカラオケ喫茶店は田舎も多い。一緒に歌ったり写真を撮ったり、持って帰れと土産ももらう。「数少ないこうしたイベントに喜んでもらっているようです」と 三代。
 訪ねた先には新曲が出る度にサイン入りのポスターを送っているという。その数は1500枚にもなるが 、廃業のためだろう「宛名不明」で返送されてくるものも 、このところ増えてきているそうだ。

 キャンペーンでは新曲をアピールが一番の目的だが 、歌うのは決して新しいものばかりではない。2002年の「酒がたり」や2011年の「夢蕾」、そして「江ノ島ひとり」のカップリング曲「水色のハンカチ」などの楽曲も歌う。
 「この3曲を歌うと、必ずアルバムが売れるんですよ」(三代)と、人気が高いようである。

 こうした現場でのニーズを新たに出るアルバムの楽曲構成に反映させているという。

■キャンペーンひとり旅

三代沙也可・ベストセレクション.jpg 「江ノ島絶唱」のカップリング曲は「愛は永遠に・・・」
 「ファンの人たちには、これが好きな人も多いのですが、私にとっては苦手なジャンルの歌かな。レコーディングの時には、秋元順子さんならどのように歌うかな、と考えながら歌いました」
 確かに秋元順子を想わせるような楽曲だが、それを三代節に昇華させて歌っているところは
ささすが26年のキャリア、と言わざるを得ない。



 キャンペーンは途中、中国地方でのスケジュールを挟んで、関西での予定がしばらく続く。三代沙也可「江ノ島絶唱」の<がんばりキャンペーンひとり旅>は、まだ始まったばかりなのである。




[三代沙也可 オフィシャルサイト]
http://www.mishirosayaka.com/
[三代沙也可 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=10053




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夏木綾子(キングレコード)  デビュー25周年  大阪で育まれた演歌歌手への道  記念曲「雪舞い桜」 [インタビュー]

夏木綾子2小.jpg◆デビュー25年を迎えているキングレコードの歌手、夏木綾子を育てた大阪の街。デビュー曲「浪花の母」はそのタイトルの通り、大阪を舞台に歌手夏木の原点を歌っている。それ以降も大阪を歌った楽曲は4曲ある。大阪は夏木の中で忘れられない街として生き続けている。子供の頃に住んだ通天閣のある新世界など、大阪では20年の時を過ごしている。そんな想いを込めて2017年3月8日に出したデビュー25周年記念曲「雪舞い桜」のカップリングには、浪曲を挿入した「浪花の母 ~ 25周年バージョン ~ 」を収録した。


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 デビュー25周年記念で34枚目のシングル「雪舞い桜」。25周年を飾る記念曲に相応しい美しいタイトルである。
 夏木綾子はこの楽曲を最初に手にした時の印象を「まるで1枚の美しい風景画を見ているような気持ちになりました。伴奏の琴の音が、恋に落ちていくひとりの女性の心のうちをドラマチックに表現しており、ドラマのストーリーと映像が自然と浮かんできました」と述懐している。

 この楽曲を「歌いごたえがある歌」だという夏木が、最後の ♪ 雪舞い桜 〜 と歌って感情をぐっと高ていくのを見ていると、本人がまるで主人公に成りきって歌の世界へと入り込んでいるようでもある。

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 夏木の歌には「雪」「花」「雨」「海峡」などと、いくつかのキーワードがある。女唄だけでなく、男唄も歌っている。
 「バラードもサンバにも挑戦しましたよ。今回、カップリングの『浪花の母 -- 』には、25周年バージョンということで浪曲も入れました」

 「何か新しいことにチャレンジするのが楽しみなの」と、挑戦欲の旺盛な夏木は今、ステージで自分が歌う演歌に合わせてバイオリンを弾いてみたい、と新たな取り組みに意欲を燃やす。

■福岡生まれの浪花っ娘

 20歳を前にして夏木綾子は生まれた福岡へ母親と一緒に戻っている。それまで大阪で飲食店を営んでいた母親が、体調を崩したためであった。
 歌手への第一歩は、川中美幸の「越前岬」(岸本健介作曲)が大好きだった母親の知人に紹介してもらった、作曲家の岸本健介氏との出会いだった。歌手になりたいと願っていた夏木は母が亡くなってから、岸本氏を頼って上京することになる。

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岸本健介氏(左)と夏木綾子

 ところが夏木は「弟子は取らない」と、岸本氏から断られているのだが、作詞家の田村和男氏が仲介して弟子入りが実現している。

 大阪時代は小さな小料理屋を営んでいた母親は天王寺、新世界、道頓堀などと20年近くの間に場所を転々と変えて、ひとりで夏木を育てた。
 店か新世界の大衆演劇の劇場の近くにあった頃、店の掃除にやってきていた女性は、掃除を素早く終えると、幼い夏木を散歩に連れていくと言って、劇場で芝居を見ていた。もちろん夏木は女性に連れられて、毎日、大衆演劇を見ていたのである。

 このことを母親は知っていたのかは分からないが、母親の夢だった娘を歌い手にすることに、劇場の舞台で繰り広げられる歌と踊りを見たこの時の体験は、今から思えば少しは役立っているのかもしれない。

■ゆったりと歌っていきたい

 母親の夢を夏木が叶えるのは、母の死後になってしまったが、見事に果たした。ところが好きな歌は歌えるが、それは決して華やかなものではなかった。デビュー当時は岸本氏がギターを弾いて、夏木が歌うといった2人3脚のキャンペーンを続けてレコードを売って歩いた。
 「先生が組んだ行程に合わせて行くのですが、列車やクルマを使って九州から石川県まで歌ったこともありました」

 自分のレコードをかけてもらいたい一心で、全国に700ヶ所近くあったという有線放送の送信所にも出かけている。

 こうしてデビューしてからは脇目も振らずに「必死で突進してきた」という夏木、これからは「焦らずに、少しゆったりとした気持ちで歌っていきたい。頂いた歌をいろんな角度から勉強して、深く理解していくこともしてみたい」と話している。




[夏木綾子 オフィシャルサイト]
http://natsukiayako.net/
[夏木綾子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=10421




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井上実香(キングレコード)   道頓堀で新曲「有りン子」を披露  中村泰士が作詞・作曲 [新曲発表]

◆5枚目のシングル「有りン子」を2017年3月8日に出したばかりのキングレコードの歌手、井上実香が同3月21日、大阪・道頓堀のライブハウス・道頓堀ZAZAで、それを披露した。同曲を作詞・作曲した中村泰士がプロデュースするライブ、道頓堀SUPER歌謡劇場の中で歌った。

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 「姉ご肌の歌の主人公、実は女っぽいところもあって、好きな男性からプロポーズされるのを待ち焦がれているんです。そんな女性を想いながら歌っています」
 今までの井上実香の歌からはガラリと変わった、演歌とも違うワルツ調の歌謡曲である。レコーディングの日が、亡くなった父親、竜ジーの名前で知られた、吉本新喜劇の役者、井上竜夫の百か日だった。

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中村泰士(右)と「小心者」をデュエットする井上実香

 「お父ちゃんがずっと見ていてくれたようでした」と、カップリングには父親が芸能生活30周年記念として出して、娘の実香とデュエットした「ナイト大阪」を再収録している。井上は「父の声だけが入ったカラオケも収録していますので、楽しんでもらえると思います」とアピール。
 竜ジーは役者になる前は三橋美智也に憧れて、歌手になりたかったというほどの歌好き。「元調で三橋さんの20~30曲を歌っていたものです」と井上と振り返る。

 井上実香はデビュー24年になるが、今回の新曲で5枚目と寡作である。キングレコードから新曲を出す話があった際に、井上が道頓堀SUPER歌謡劇場への出演をきっかけに、中村にレッスンを申し出ていたこともあって、作詞と作曲を依頼して「有りン子」は出来上がった。

井上実香3.jpg井上実香1.jpg


















 中村は「レッスンでは、演歌にこだわる必要はなく、自分の声にあった歌を歌う歌えば良い、とアドバイスした。実香ちゃんは、レッスンを通して自分の歌を見つけたようです」と、話している。

 この日、井上は「有りン子」「ナイト大阪」のほか、前作の「とまり木情話」、さらには梓みちよが歌った「小心者」を中村とデュエットした。
 観客から「有りン子」ヒット祈願と書かれた千羽鶴をプレゼントされた井上は「新曲を歌うことで自分がガラッと変わったようです」と、これからの活動へ期待を膨らませていた。


■1年ぶりに道頓堀へ林よしこ

 道頓堀SUPER歌謡劇場にはまた、1年振りに出演した林よしこ、4月9日によしもとアールアンドシーからデビュー曲「いとおしい」を出すエンジュ、ヒット曲「ホテル」で知られる立花淳一が出演した。

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立花淳一(左)と林よしこ

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エンジュ


[井上実香 オフィシャルサイト]
http://www.geocities.jp/mika_inoue_singer/
[井上実香 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=35548




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おおどり美代子さん、大好きな歌を歌って「生誕70年祭」 大阪市内のホテルで [イベント]

おおどり美代子こと井上美代子さんが2017年3月20日、大阪市天王寺区のホテルアウィーナ大阪で、70歳の古希を祝う「生誕70年祭」を開いた。キングレコードの歌手、真木柚布子の「ここは日本海浜坂の駅」など、井上さんが大好きだという楽曲の中から9曲を選んで歌った。会場にはきわめて親しい人たちなど40人が集まった。

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おおどり美代子(井上美代子)さん

 大阪市内で居酒屋を営む井上さん、70歳を機に好きな歌の歌唱を盛り込んだ、一世一代のワンマンディナーショーを開こう、と去年から計画してきた。友人たちも協力し合って開催にこぎつけた。

 とにかく歌が好きで、今までに関西で最大規模のカラオケコンテストである関西歌謡大賞(現・にっぽんうたまつり)にも、何度も出場している。贔屓の歌手の応援にも余念がなく、今回、歌唱曲に選んだのも、そうした歌手たちの歌。

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挨拶をするミヤコ瓢箪山店の岩城会長(左)と井上美代子さん

 応援を始めて27年と長い真木柚布子の楽曲は、オープニングで歌った「助六さん」とYouTubeにも自身の歌唱をアップしている「ここは日本海浜坂の駅」を選曲した。
 女性歌手だけではなく男性歌手の歌もレパートリーに持ち、この日はラストソングに選んだ吉幾三の「情炎」と、これからの活躍に期待を寄せるこおり健太の「泣いてください」を歌った。

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 このほか北沢麻衣の「御堂筋線で」、塩乃華織の「夜更けのワルツ」、天童よしみの「幸せはすぐそこに」も。
また川崎節さんのバイオリンに合わせて、ちあきなおみの「紅い花」と、リ・ハンジュさんのギター伴奏で千昌夫の「星影のワルツ」も聴かせた。
 長男の井上一生さん(39歳)と孫の晴太郎さん(17歳)も、美代子さん譲りのノドを披露していた。

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 イベント開催に際して真木柚布子、山内惠介、チョン・テフ、北沢麻衣、塩乃華織、こおり健太、真田ナオキから寄せられたメッセージも紹介されていた。

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司会の平吉将さん(左)と井上美代子さん

 井上さんは「皆さんのおかげで生誕70年祭を開くことができました。ありがとうございました」と話していた。




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木下結子(日本クラウン)   「マリーゴールドの恋」 4月5日発売  クラウン移籍5枚目の大人の恋の歌 [インタビュー]

木下結子.jpg「放されて」「ノラ」のオリジナル歌手として知られる実力派歌手、木下結子が2017年4月5日、新曲「マリーゴールドの恋」を出す。作詞は高畠じゅん子、作曲は今人気急上昇中のシンガーソングライターの小田純平、編曲は矢田部正。日本クラウンへ移籍して5枚目のシングルになる。大人の女性の恋を歌った、シャンソンを想わせる歌謡曲である。彼女の実力ぶりを存分に発揮しており、愛に揺れる女性の魅力を巧みに表現している。










 大人の女性をどう表現するかが「マリーゴールドの恋」を歌う課題だった、と木下結子は語っている。前作の「愛は海」もそうだったが、大人の女性の色気を出せるのだろうか、歌えるのだろうか、彼女は不安でいっぱいだった。作詞をした高畠じゅん子に、そう問いかけている。
 すると高畠は「これくらい歌えないとダメよ」と、言い捨てた。

 その課題に挑むには、1番にある ♪ 好きよ好き すべてが好きよ ~ の表現が重要だと考えた木下は、ひとりカラオケボックスにこもって、決してやらしくならない ♪ 好きよ ~ の歌唱を繰り返し試した。
 この時、28歳で歌った「ノラ」でも、同じ ♪ 好きよ好きよ・・・好き ~ といった歌詞の繰り返しがあったことを思い出す。

■控え目な色気

木下結子・マリーゴールドの恋.jpg 当時、日本コロムビアで木下のディレクターををしていた中村一好が彼女の歌唱を「それはやらしすぎるよ」と、何度もダメ出しをしたのである。中村は都はるみを育てた名物ディレクターであった。その彼が「控え目な言葉に色気を感じるんだよ」と、木下に女の魅力をたたき込んだ。
 それから30年たった。「今は十分に理解できる歳」になったが、再び同じ局面に立たされるとは思いもしなかったようである。

 木下は、その中村から「プロである以上、素人に簡単に歌えるようなものは作らない」と聞かされて、歌手として育てられてきた。その影響なのか、彼女が歌う歌はデビュー曲の「放されて」も「ノラ」も、その多くが一般の人たちからは「歌うのが難しい」と言われる。
 「マリーゴールドの恋」も同じように感じる人もいる。だが、木下は「決して難しいメロディーではありません。カラオケ大会などで賞をねらうには、如何に感情を表現するかがモノを言います」と話している。

 カップリング曲は「とんかつ赤のれん」。やはり高畑の作詞。作曲は神野悠斗。これもシャンソンの香りがする楽曲で、とんかつ屋と赤のれんという、ちょっと異次元な雰囲気の世界で、語るように歌うノスタルジックな作品である。

■大人の女性を歌う

 木下は2012年8月に高畠が詞を書き、浜圭介が作曲した「ウヰスキー」で日本クラウンに移籍している。今作の「マリーゴールドの恋」まで、すべて高畠が詞を手がけている。
 歌い手を探している高畠と、木下が東京で知人を介して最初に会ったのは10年前だった。話はすぐには進展しなかったが、5年たったある日、高畠は木下に「まだメジャーでやるだけの気持ちは持っていますか」と訊ねてきた。もちろんまだやる気十分で歌い続けている木下は「財産もなにもない自分ですが、やる気だけはあります」と答えて、復活第1作の「ウヰスキー」へとつながっていく。

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月例の「うさなろライブ」で歌う木下結子

 大阪で埋もれていた木下結子に再び光を当てた高畠は、「ラブユー東京」「足手まとい」「夜の銀狐」など数々のムード歌謡曲のヒット曲を世に送り出した作曲家中川博之の妻で、作詞家である。
 木下は「再びメジャーの世界へ呼び戻してくださった高畠先生の陰には、中川先生の尽力があったと思っています」と頭を下げる。2016年9月25日、大阪市浪速区のライブレストラン、フラミンゴ・ジ・アルーシャで開かれた中川博之の3回忌記念 チャリティーライブでは受付を買って出たほどである。

■9年続ける「うさなろライブ」

 「放されて」でデビューしてから木下の歌手生活は33年になる。東京での活動期間はわずか9年であったが、その後は地元大阪に拠点を移して歌い続けている。2008年から毎月1回、大阪・あべののカフェバー・うさなろで続けているプライベートライブ「うさなろライブ」は、毎回、満員の賑わいである。
 来場者からのリクエストに応えたり、普段はあまり歌うことはない楽曲も披露するなど、ファンには堪らないひと時のようである。

 どんなイベントでも緊張感を持ち、決して手は抜かない-。デビュー当初に教え込まれた歌い手としてのマナーだという。30年を超えても歌い続けられるのも、今もその心を忘れないで持ち続けているからであるようだ。




[木下結子 オフィシャルサイト]
http://nora-yuiko.jugem.jp/
[木下結子 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/kinoshita/whats.html





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20回を迎えた「歌う王冠ライブ」 日本クラウンの北川大介、川野夏美、塩乃華織、津吹みゆ、五条哲也、渡辺要が出演 [ライブ]

◆日本クラウンの歌手による「歌う王冠ライブ」(主催.・WARAKASU)が2017年3月17日、大阪市中央区のテイジンホールで開かれた。5年目を迎えて、今回で20回目。北川大介、川野夏美、塩乃華織、渡辺要、五条哲也が出演してそれぞれ新曲などを披露した。会場は詰めかけたファンなどで、ほぼ満席だった。

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渡辺要(中央)五条哲也(右)谷原りょう

 第1回目の歌う王冠ライブはゲストに渡辺要、瀬口侑希、三山ひろしを迎えて開かれている。それから会場を変えながらも、ほぼ3ヶ月に1度の割りで行われてきた。毎回、日本クラウンの歌手が出演しており、関西で唯一のレコード会社1社による単独イベントとして定着している。
 公演はケーブルテレビのJ;COMで放送され、この日の模様は5月6日と同13日に、いずれも午後9時30分から放送される。

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津吹みゆ(左)塩乃華織

 最初に登場したのは、デビュー3年目を迎えている21歳になった津吹みゆ。デビュー曲の「会津・山の神」と1月に出た新曲「雨の向こうの故郷」などを歌った。今ハマっている宝塚歌劇の「うたかたの恋」の一場面のモノマネをして見せたり、郷土料理のイカ人参のレシピを披露していた。
 2月22日に愛媛県大洲市を舞台にした「赤い橋」を出した塩乃華織は、その新曲とカップリングの「鴨川なさけ」などを披露すると共に、キャンペーンで出かけた大洲の街や赤い橋のモデルになっている同市の長浜大橋などを紹介していた。

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川野夏美

 映画のワンシーンを想像させるような世界観の歌である、ドラマチック演歌路線を突き進む川野夏美は、その第1弾となった「悲別~かなしべつ~」と、3月8日に出した「オホーツク海岸」などを歌った。なっちゃんコールも飛び出す中、川野が大好きな「紙のピアノ」や前作「九官鳥」のカップリング曲「ひまわりとタンポポ」も披露した。

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北川大介

 トリは北川大介。2月22日発売の新曲「横濱(ハマ)のブルース」をはじめ「男と女」「横濱(ハマ)の踊り子」の濱(ハマ)シリーズ3作を披露。昭和の格好いい映画を見ているようなムードを客席に振りまいていた。北川は今年、デビュー19年目。いつもにこやかな笑顔をトレードマークに、この日もムードいっぱいの歌でファンを楽しませていた。

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五条哲也

 また1部で五条哲也、2部では渡辺要も出演して。五条は「あきらめ上手」を渡辺は「母は今でもこころの港」などを歌った。





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清水博正(テイチクエンタテインメント) 自らを歌う応援歌「人生一番」 デビュー10周年記念曲 目指すは人生の晴れ舞台 [インタビュー]

清水博正.jpg◆「あれから10年経って、今は26歳のお兄さんになりました」。高校2年の17歳で「雨恋々」を歌ってデビューしたテイチクエンタテインメントの歌手、清水博正がデビュー10年を迎えている。それを記念して出したのが12枚目(デュエットを含む)のシングル「人生一番」である。その歌にあるように、彼は選んだ演歌歌手の道を歩み続け、連日、花舞台で真剣勝負に挑む。


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 10周年記念曲「人生一番」は、にっこりと笑える日を目指す演歌歌手、清水博正が進む歌人生を恩師で作詞家のたかたかしと作曲家の弦哲也が書いたものである。
 「あっという間の10年ですが、その中にも色んなことがありました。このまま歌い手を続けていていいのかな、マッサージ・鍼灸師の資格を取ろうか、カラオケ教室を開こうかなど、他の仕事に就いた方がいいのかな、なんても悩み考えた時期がありました」

 それは2011年の東北大震災の年だった。世の中は自粛ムードで歌謡イベントはキャンセルされるし、新曲も出せない。自宅周辺では計画停電もあったし、彼はエレベーターに閉じ込められてしまうといったハプニングを経験するほどだった。

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 そんな時に有線放送で自分の歌が流れているのを聴いた彼は「応援してくれている人がいることに心強く感じた」という。
 こうした経験をしているからこそ、「人生一番」は自分への応援歌としても感じるし、ファンも「これこそ博(ひろ)君の歌や。しかも歌いやすいよね」と後押しをしてくれる。
 中でも清水は3番のここが好きだという。「 ♪ 行くぞ、見ていろ 晴れてにっこり 笑える日まで ~ の歌詞が、自分のことをそのまま表現しているようです。この歌は楽しんで歌っています。歌い終わった時の充実感が大きいですね」

 カップリングの「小窓の女」は、それと打って変わって、清水にとっては「大人びた年上の女性」を表現した歌である。「すべて想像で歌っています。女性の気持ちなんて分かりませんしね。それを歌うなんて、恥ずかしかったです」と話す清水は真顔である。
 しかもこうしたブルース調の歌謡曲は苦手なのである。レコーディングも「メイン曲の倍ぐらいの時間がかかりました」という。でも「新しい引き出しが出来たみたいで、また同じような楽曲も歌ってみたいです」と、早くも次への意欲も見せるほど。

■半生記を出版

 清水は高校時代からおじいちゃん、おばあちゃんといったかなり年配の人たちに混じって歌ってきた。彼の祖母も90歳になるが「キングレコードの歌手、鏡五郎さんが大好きで『漁火の宿』など〈宿シリーズ〉を良く歌っています」というほど。そんな歌を知らず知らずのうちに耳にしてきたのが、自分のノドを鍛えることにつながっていったようだ。

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 以前から続けている施設への慰問は、恐らく彼のライフワークにもなるだろう。そんな慰問活動を10周年を機にもっと増やしたいという。「慰問はもっと行きたいです。そこでみんなが一緒になって歌って楽しめる、三波春夫さんの『チャンチキおけさ』のような音頭ものの歌を僕にも欲しいですね」
 そうした地道な活動をする一方で、もっと清水博正の名前を知ってもらえるようになりたいと願う想いは強い。そのためにも「これからも全国各地で歌い続けて行きます」とも。

 4月9日には地元、群馬県渋川市の市民会館で10周年記念コンサートを開く。午後2時開演で「夜は近くの伊香保温泉でお湯につかってもらえば息抜きになります」と、来場を呼びかける。
 同じ日、清水は初の著書を出す。自らの半生を書いた「目が見えない演歌歌手」である。この本で彼は「人生にはいろいろあるけれど、負けちゃダメ」と訴えている。歌手として歩んできた10年でつかんだ言葉である。



[清水博正 ミュージック]
http://teichiku-music.co.jp/artist/shimizu/
[清水博正 テイチクエンタテインメント]
http://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/shimizu/





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川中美幸(テイチクエンタテインメント) 芸能生活40周年記念 歌と芝居の特別公演  ヒットメドレーから新曲「津軽さくら物語」、アルバム「美幸のおとこ唄」も披露  大阪・新歌舞伎座 [舞台公演]

◆テイチクエンタテインメントの歌手、川中美幸の芸能生活40周年を記念した大阪・新歌舞伎座での特別公演が2017年3月15日、中日を迎えて、生きた博多人形の異名持つ役者松井誠と共演した芝居を熱演。2部の歌謡ショーではオリジナル曲のヒットメドレーから、新曲「津軽さくら物語」やアルバム「美幸のおとこ唄」の収録曲などを披露した。40周年に相応しく、笑いと涙、さらには聴き応えたっぷりの充実したステージを見せている。3月24日まで。

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 2部の「川中美幸オンステージ 人 うた 心」のオープニングで、川中美幸は真っ赤な地に真っ白な鶴が舞う振り袖姿で、1980年の大ヒット曲「ふたり酒」から歌い始めた。赤は自身の還暦を示すが、それを祝うのが白鶴。十数羽が舞っていた。「酉年ですから鶴を...。さて何羽飛んでるのかしら。鶏では絵になりませんしね」。川中らしい返しであった。

川中美幸・津軽さくら物語.jpg オンステージの1部は40周年のヒットメドレー。「ふたり酒」「越前岬」から「ちょうちんの花」「貴船の宿」「二輪草」「おんなの一生~汗の花~」など14曲を歌った。

 40年は川中美幸として、1977年に2度目のデビューをした21歳の時から数えてである。親孝行で知られる川中、中日の前々日、東京に住む91歳の母親・久子さんを新歌舞伎座に招いた。前列で娘のステージを見て「良かった、良かったと言ってくれました」(川中)という。
 メドレー最後の ♪ お母ちゃん・・・・・一生懸命生きている あなたの 背中が道しるべ ~ と歌う「おんなの一生 ーー 」は、まさにその母親をモチーフにしている。

 車椅子ながら元気な母親の姿を見た川中は、40周年記念カバーアルバム「美幸のおとこ唄」(13曲収録)の中から「北の旅人」など7曲を聴かせた。収録曲の1曲「船方さんよ」を歌った三波春夫からは「歌は大衆の中にあると教えていただきましたし、いつもお母さんは元気かと気遣って頂きました」などと、収録曲のオリジナル歌手との思い出も語った。

川中美幸・美幸のおとこ唄.jpg 特別公演のもうひとつの見ものが松井誠の日舞である。人形ケースから飛び出したような博多人形を思わせる艶やかさで舞う姿は、女性をも凌ぐほどの美しさ。着物の早替えの模様をステージ中央で見せて、その素早さに観客もため息を漏らしていたほど。
 松井の踊りには川中の歌が流れて彩りを添えているが、デビュー曲「あなたに命がけ」(1977年)といった懐かしい歌も聴かせてくれた。


 オンステージは 、川中が2017年2月22日に出した40周年記念シングル第2弾の「津軽さくら物語」で締めくくられた。


■91歳まで頑張る!

 1部の芝居は、川口松太郎の「大阪善人」が原作の「めおと喧嘩ラプソディー」。川中は大阪・ミナミの宗右衛門町の料亭の女将役。優しいが浮気が玉にキズの亭主には松井誠、やはり浮気者の亭主を持つ姉でトンカツ屋の女将に三林京子、その夫に曽我廼家寛太郎、音楽評論家で役者の小西良太郎も出演している。
 宗右衛門町などを舞台に、正調大阪弁が飛び交う夫婦喧嘩あり笑いありの夫婦喜劇。芝居を演らせても天下一品の川中だけに、松井、三林との掛け合いも抜群。手放しで笑えて、時折涙もといった短編劇である。

 川中は冒頭から「本来はお1人おひとりお訪ねするところを、一括でご挨拶させてもらいます。長丁場の公演は体力勝負ですが、中日のきょうが一番調子がいいんですよ」と、大阪人ならではの喜劇役者顔負けのあいさつで観客を笑わせていた。
 40周年を迎えては「厳しい芸能界でよう40年もやってこれたと思います。私も(母と同じ)91歳までは頑張ろうと思っています」と、これからの芸能生活に意欲を見せていた。


[川中美幸 オフィシャルサイト]
http://kawanaka-miyuki.jp/
[川中美幸 テイチクエンタテインメント]
http://kawanaka-miyuki.jp/







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鏡五郎(キングレコード)  「おまえの涙」 51年目のデビュー曲 これが鏡五郎だ  多くが共感できる歌 [インタビュー]

◆51年目の新人歌手です。その<デビュー曲>でもある「おまえの涙」を誰もが知ってくれている歌にしたいーと、元気よくあいさつをしてくれたのは、今年6月で73歳になるキングレコードの歌手、鏡五郎。昨年、50周年記念ディナーショー・リサイタルを開き、今年は心機一転、1年生のつもりで歌う。新曲は「共感の持ってる歌」(鏡)とあって、オリコン初登場4位と出足好調で、ねらい通りにヒットの予感もするという。

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 これが鏡五郎だ!
 そんな歌を1曲でも残したい。50年歌い続けてきて鏡は今、熱くそう思う。キングレコードに入った1985(昭和60)年からでも、64枚のシングルを出している。その楽曲も、威勢のいい男歌からしっとりとした女歌、さらには忠臣蔵のような時代もの、民謡もデュエットもある。通信カラオケには100曲以上が配信され、本人映像も30曲を超える。残された課題は歌手、鏡五郎の名前を後世に留めることである。
 そうした金字塔を打ち立てることは、紅白に出場する以上に名誉あることだと自認するほどである。

鏡五郎・おまえの涙.jpg 2017年2月に出した新曲「おまえの涙」は、まさにそれに一歩近づいた、とも感じさせるほどに多くの人に「これこそ鏡演歌」と、たくさんの人たちが共感を持ってカラオケで歌う。
 その「おまえの涙」。作詞は仁井谷俊也、作曲は山崎剛昭、編曲は南郷達也である。「今までの楽曲とは違って、誰でもが歌いやすいものを」という鏡の注文で出来あがった。



 ゆったりと流れる優しい歌詞とメロディーは、確かに従来の鏡五郎のイメージとは違い、少し物足りなさを感じる人もいるかもしれない。
 「前作の『宇奈月の雨』、そのひとつ前の『花火師かたぎ』などと、このところ難しい歌が続いていましたから、カラオケで歌ってもらうのも大変だったかもしれません」
 それ以上にこの歌、とりわけ男性が共感を持って聴いているようだ。コンサートでも女性の鏡ファンに混じって、男性が列をなしてCDを買っていく姿が多く見られる。
 鏡は「人肌を感じる歌が一番自分の気性に合っているようで、肩の力を抜いて歌えます。若い頃には難しかった笑顔で歌うことも、今は自然と笑って歌うことが出来るようになりました」と笑ってみせるのである。

 4月5日には、そんな集大成の2枚組アルバム「鏡五郎 ベストセレクション2017」も出す。「おしどり人生」(1989年=平成1年)から「おまえの涙」まで26曲を収録している。

■若い頃と変わらない声

鏡五郎・ベストセレクション2017.jpg 左手にマイクを持つ、歌う鏡のスタイルは、右足に重心を置いて<前かがみ(鏡)五郎>の異名の通りに前へ身を乗り出す。この際、決して身体の中心が振れることはない。「身体がぶれると歌えなくなる」(鏡)ためである。しかもステージを動き回る。
 これには頑強な足腰が必要である。それが「若い頃と変わりなく出ている」という声を作っている。その秘訣は何であろう。

 鏡は東京都内の閑静な住宅街に持つ自宅の地下室は、40~50人は収容できるという広さ。照明設備も整っており、普段は貸しスタジオとして利用しているが、空いている時には鏡はいつも歌の練習をしている。「ここで歌い込んで身体にしみ込ませています。練習の間は15段の階段を昇ったり降りたりで、これが結構身体を鍛えてくれるんです」
 というものの、カップリング曲「俺は浪花の暴れん坊」の歌詞に ♪ 酒と女が 可愛ゆてならぬ ~ とあるように、案外とそれが鏡の元気の一番の秘訣なのかねしれない。

 この自宅は亡妻と一緒に計画を立てて、15年前に建てた。1階は息女が営む喫茶店で、土曜、日曜日にはライブを開いている。鏡は「若い頃にはいろんな場所でキャンペーンもしましたが、演歌は大きな会場で歌うものだという意識があって、ここでは一度も歌ったことはないんです」と、目を細めている。





[鏡五郎 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=10398




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松原のぶえ(徳間ジャパンコミュニケーションズ)  プレ40周年記念曲「十勝厳冬」  松原の真骨頂 ひしひし伝わる切なさ [インタビュー]

松原のぶえ.jpg◆ 2018年7月に歌手生活40周年を迎える徳間ジャパンコミュニケーションズの松原のぶえは、1979(昭和54)年のデビュー以来、今までに67枚のシングルを出している。この中で記者の印象に残っているのは「離愁・・・秋から冬へ」(1991年=平成3年)である。もう26年も昔の歌になる。歌の舞台となった京都・丹後の冬は、晴れているかと思うとまた雪になる暗くてうっとうしい。日本海側特有の裏にしと呼ばれる天候は、哀しさを表す重要なファクターなのである。箸が転がっても笑うような明るい性格の松原なのだが、不思議とこんな楽曲が良く似合う。2017年2月22日に出した「十勝厳冬」もまた、♪ 一夜でやつれる 別れのつらさ ~ 哀しみからは 逃げられません ~ と、全編哀愁感が漂っている。







 「私の好きな世界観の歌なんです」。
 松原のぶえは新曲「十勝厳冬」をこのようにいう。初めて歌う幸田りえの詞、「涙の海峡」(1986年)以来、31年ぶりという徳久広司作曲による楽曲である。歌詞は切ない女心の叫びを表現する内容である。
 「諦めきれない女性の想いが、徳久先生が書く独特の世界観によって、重くならず軽くもなく、しかも詞の世界に入りやすくて表現しやすい。歌い甲斐のある作品ですね」と松原。

 「十勝厳冬」まで67曲はすべて歌の顔が違っているという。その都度「歌の引き出しが増えるようで、ワクワクしています。今作は1番好きな歌の引き出しに入る1曲です」

■「哀愁かもめ」がトラウマ !?

松原のぶえ・十勝厳冬.jpg 松原が哀愁感漂う暗いイメージの楽曲が得意とするようになったのは、デビュー間もない頃の出来事によるトラウマが原因である。
 明るい性格の松原にディレクターは今も「地のままで歌えばいいんだよ」というが、本人にとってはそれが難しいらしい。
 「惚れとったんや」(2001年)「春待ちさくら草」(2006年)「面影橋」(2015年)など、彼女にも明るい曲調の楽曲はあるが「どのように表現していいのか、頭を悩ませてしまう」ほどでに、その度、苦手意識が持ち上がってくる。

 それはデビュー5作目の「哀愁かもめ」だった。
 吉岡治が作詞し、作曲は市川昭介であったが、吉岡から「のぶえ、もっと明るく歌って、と言われたんです。自分では明るく歌っているつもりだったんですが、OKをもらえるまでにかなり時間がかかりました」
 後に吉岡は松原に「演歌みち」「男なら」などのヒット曲を書くのだが、彼女はこの時の出来事が原因で、明るい歌は苦手だといった思いがついて回るようになったのである。

■17歳でデビュー

 デビュー曲「おんなの出船」を出したのは昭和54年7月1日だった。この年、日本レコード大賞新人賞などいくつもの新人賞を獲っているいる。まだ17歳だった。それから40年。その間、たくさんの出会いがあったが、デビュー曲を書いた船村徹と門下生として受け入れてくれた北島三郎の2人との巡り会いは、松原にとっては決して忘れることが出来ないものだった。

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 「20歳前の私がいきなり大人の歌をもらったのですが、カラオケ好きな人によって歌い継いでもらってきたので今があります。船村先生とはなくてはならない出会いだったと思います」

 その船村に松原は、40周年に相応しい楽曲を書いてほしいと依頼をしていた。それを手にすることなく、永遠の別れが訪れたが「もしかすると書き上がってるのかもしれませんが・・・。それを確かめる勇気がないのです。でも、もし完成していたら、先生に届けとばかりに歌いたいのですが」と、彼女はかすかな期待を抱く・・・。



 「17歳でデビューして、途中、離婚などいろんなことがありましたし、1度は歌を辞めようとも思ったほどです。でも苦しいことがある度に、何くそと思って乗り越えてきました。それまで肩ひじを張ってきたけれど、病気をきっかけに優しい気持ちを持てるようになったし、何よりも楽天的になりました」と話す松原は、インタビューの間もずっとにこやかに答えてくれた。

 記者の好きな「離愁・・・秋から冬へ」は、松原は紅白歌合戦でも歌っており、今もコンサートなどで歌っているという。彼女にとってもまたお気に入りの1曲であるという。もちろん「十勝厳冬」も大好きな1曲である。


[松原のぶえ オフィシャルサイト]
http://www.nobue-matsubara.jp/
[松原のぶえ 徳間ジャパンコミュニケーションズ]
http://www.tkma.co.jp/enka_top/matsubara.html




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夏木綾子(キングレコード)  デビュー25周年を祝う 全国から500人超が集う  「感謝の25年です」と夏木 角川博、北川裕二が祝福の歌唱 ヒルトン大阪 [イベント]

夏木綾子6.jpg◆今年7月に歌手生活25周年を迎えるキングレコードの歌手、夏木綾子デビュー25周年を祝う会が2017年3月12日、大阪・梅田のホテル、ヒルトン大阪で、ファンや業界関係者など約530人を集めて開かれた。夏木はデビュー曲から25周年記念曲の「雪舞い桜」まで全13曲を歌い「たくさんの人たちに応援して頂いてここまで来ました。感謝しています」と歓びを表していた。同じキングレコードの歌手、角川博北川裕二が祝福に駆けつけてオリジナル曲などを披露するなど、思わぬ豪華歌謡ショーとなってファンは大喜び。


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デビュー25周年記念曲「雪舞い桜」


 夏木綾子デビュー25周年を祝う会実行委員会が主催。代表発起人で全国後援会の南安子さんが冒頭「何にもくじけずに、心に染み渡る人生の歌を歌い続けている綾子さんが大好きです。これからも素敵な歌を届けて下さい」と挨拶。
 夏木演歌が自分の演歌入門の扉だったというキングレコードの第一クリエイティブ本部チーフディレクター湊尚子さんは「最新曲の『雪舞い桜』まで34人、それぞれの人生を歌い、ミステリアスそのものです。ファンはそれを自分と重ねている」と、今までに34枚のシングル、30枚のアルバムを出している夏木の魅力を語った。

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祝のケーキを披露する夏木たち(左)と挨拶をする代表発起人の南安子さん

 夏木と彼女の師匠で作曲家の岸本健介さんたちで祝いのケーキを披露すると、ステージの桜の花も満開。会場からはワァーッと大歓声が沸き起こり、25周年を祝福する熱気で包まれた。
 それに押されるように夏木が最初に歌ったのは、1993(平成5)年7月21日に出したデビュー曲「浪花の母」。会場にはこれを作詞した作詞家の泉俊輔さんも顔を見せ「曲中のセリフは祖母がよく、通天閣を見上げて私に話してくれた言葉をそのまま使って書きました。その詞に岸本健介さんがスラスラとチラシの裏に譜面を書いて仕上げた楽曲です」と、デビュー曲誕生の秘話を明かしてくれた。

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客席を回る夏木

 この楽曲は「雪舞い桜」のカップリング曲に25周年バージョンとしても収録されているが、今日の夏木の姿を見ることなく28年前に亡くなった母親をモチーフに書かれている。ステージで笑顔で歌う夏木の目に光っていたのは涙か汗だったのか、はたまた照明の光なのか、判別は難しかったが、何れにしても彼女にとって忘れられない1曲であることには違いない。

■大先輩に近づきたい

 自分が楽しまなければ客席に伝わらない、と今まで歌い続けてきた夏木は「1本の竹に例えると、今は25の節が出来たところです。その1つひとつに想い出や絆があり、どれも私の宝物です」と、25周年への想いを語っていた。

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夏木綾子(左)と岸本健介氏

 25年間、夏木と2人3脚で歩んできた岸本さんはまた「夏木はコツコツと、ひたむきに1歩1歩を進んでいくのが取り柄です」と、そんな律儀な彼女への応援を呼びかけた。

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司会の杉田愛子さんの質問に応える夏木

 「あじさい雨情」など代表曲を歌いながら客席を回り、1人ひとりと握手した夏木は、司会の杉田愛子さんから、今までで一番うれしかったことと、これからの夢を聞かれて「3歳の頃から着物を着る手順を母が教えてくれたことは、今でも記憶に残るほどにうれしかったことです。夢はキングレコードの大先輩であるペギー葉山さんや大月みやこさんに、少しでも近づけるように負けずに歌っていきたい」と、答えていた。

■キングのクイーン

 祝賀会中盤は角川博、北川裕二といった豪華ゲストを招いてのショータイム。集まった人たちにとっては思わぬプレゼントとなった。キラキラと光る衣装をまとった角川は、最新曲「広島ストーリー」「伊豆の雨」などを歌い、美空ひばりの「悲しい酒」を得意のモノマネで披露して会場を沸かせた。
 北川はまた最新曲の「ついておいでよ」と、そのカップリング曲「宵待草の女」「泣いて大阪」などを歌い「裏面の『宵待草 ー 』はおもて面を上回るほど、とてもいい歌です。オモテナシの歌です」と、ちょっと難解な駄洒落で客席を笑わせていた。

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角川博(左)と北川裕二

 「きょうは自分たちの感謝パーティーのようです」という2人は、共に1953年生まれの〈花のニッパチ組〉。角川は「僕はキングのキングになりますが、夏木さんはキングのクイーンです」と称えた。

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 最後に夏木が、この日2度目の「雪舞い桜」を歌い終わると、会場からはアンコールの連呼。それに応えて「綾子のよさこい演歌」を賑やかに歌って幕を閉じた。


[夏木綾子 オフィシャルサイト]
http://natsukiayako.net/
[夏木綾子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=10421






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野村美菜(日本クラウン)  「北上川」 ゆったりと流れる大河のようにスケール大きく歌う ふる里の歌にちなんで改名 [インタビュー]

野村美菜9.jpg◆日本クラウンの歌手、野村美菜が初めてふる里の東北を舞台にした「北上川」を歌っている。10周年記念曲として出した「矢作川」(2014年)さらに「千曲川哀歌」(2015年)に次ぐ川シリーズで、今作は1月11日の「川の日」に出したシリーズ第3弾。2004年にデビューして今年で13年目になる。2009年には長野・上田市の観光大使に就任し、今年ですでに8年目。上田は第2のふる里でもある。来年はデビュー15周年へ向けての大事な年になることから「ふる里を歌った『北上川』でさらにステップアップしていきたい」と抱負を語る。


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 新曲「北上川」のイントロから続く女性コーラスが、恋に傷つき、恋の未練を断ち切ろうとする女性の切なさを一段と心に染み込ませてくれる。哀愁感と東北いちの流れを誇る北上川の壮大さが、重なってくる、そんな楽曲である。

 北上川は岩手・盛岡、平泉などを流れて宮城・石巻湾へと注ぐ全長249メートルの全国でも4番目に大きな川である。その川の流れに沿う名所などが、前作に引き続いて担当した森田いずみの詞には数多く登場する。
野村も子どもの頃から親しんできた北上川であるが「歌にも出てくる平泉・高舘から見る緩やかな流れがとてもきれいです」と、オススメのビューポイントとしてアピールする。

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 このゆったりと流れる北上川を野村はロングトーンの歌唱で大きな川を表現する。師匠の水森英夫から「雄大な川の流れを、3連のリズムに乗りながら、たっぷりと歌って欲しい」と助言を受けた野村は、発声練習をいつも以上にこなすことで、歌を低音でダイナミックに歌う。それは、スケール感を伴い、野村も「歌った感を強めてくれます」と話している。

 身長150センチと小柄な彼女は「周りからは小動物って呼ばれるんですよ」と笑わせるが、迫力ある歌唱のために体力作りも欠かさない。
 「声を出すには足腰を鍛えておく必要がありますから、デビュー当時から続けているジムに通って、2時間程度のウォーキングをしたり、たんぱく質をたくさん摂る食事も心がけています」

■真田の縁

 2009年から上田市の観光大使を任命されてから、年に3、4回は上田へ行っているというほどで「ふる里の仙台よりも訪ねる回数は多いですね」と、笑うほどである。その上田と言えば、歴史ファンにも人気の戦国武将、真田幸村の父、昌幸の居城上田城でも知られる。その真田つながりの縁で、仕事のエリアを広げている。

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 真田幸村が息子大助とともに幽閉された和歌山県九度山町では、2年連続して冬柿の収穫祭で歌っているし、同じ幸村の娘が嫁いだ由利本荘市がある秋田県では秋田放送ラジオのレギュラー番組が今年から始まっている。
 いずれも上田市観光大使を務めるようになってからの真田氏が取り持つ縁である。

■大きな歌唱後の充足感

野村美菜011.jpg 野村は元日本コロムビアの三代目コロムビアローズとして2004年に「出航5分前」でデビューした。今回「北上川」を日本クラウンから出すにあたって、4度目の改名をした。ふる里を歌うこともあって、菜の花のように美しい子であるようにと<美菜>と名付けてくれた両親の想いを大切にして本名に替えた。

 「北上川」は発売後2ヶ月が経って「カラオケで歌いたい、といった人たちも増えている」という。野村が指摘していたように、歌った後の満足感、充足感の大きさがカラオケ好きの人たちにも伝わっているだろう。

 歌ってスカ~ッとするという「北上川」を歌う野村、5月1日の東京会場を皮切りに、上田市、愛知県刈谷市の3会場で「野村美菜コンサート2017 歌声に染み入る14年の歳月」と題して15周年に向けたコンサートを開く。いずれの会場もゲストにはキングレコードの歌手、池田輝郎を予定している。











[野村美菜 オフィシャルサイト]
http://www.mitsui-ag.com/rose/
[野村美菜 日本クラウン]
http://www.crownrecord.co.jp/artist/nomura/whats.html





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北野まち子(キングレコード)  大阪で「明日舟」カラオケコンテストの決勝大会 優勝は三重県の福井さん [イベント]

◆キングレコードの歌手、北野まち子が2017年3月11日、大阪府岸和田市のショッピングセンター、岸和田トークタウンで最新曲「明日舟」カラオケコンテストの全国決勝大会を開いた。事前審査で勝ち残った7人が自慢ののどを競い合ったが、三重県の福井久富さんが優勝し、準優勝は埼玉県の木内妙子さんが選ばれた。

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「明日舟」を歌う北野まち子

 北野まち子が2016年10月に出した「明日舟」を課題曲に、それを歌唱録音したCD–Rやテープで応募した100余人の中から選ばれた男性3人を含む7人で決勝大会が行われた。

 ラジオ大阪のディレクター、村松慶太郞氏とキングレコードのディレクター、金沢悦子氏の2人による審査で「リズムや音程などすべての項目でバランスが良かった」(村松氏)という福井久富さんが優勝し、準優勝には「しっとりと自分の世界を表現した」(金沢氏)木内妙子さんが選ばれた。

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優勝した福井さん(左)と準優勝の木内さん

 福井さんは一昨年に大病を患ったが、それを克服して栄冠を勝ち取った。

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 審査が行われている間に北野は「明日舟」、カップリングの「花まるおんな節」「今治みれん雨」「望郷ひとり旅」など代表曲を歌った。出身地である青森・弘前の方言で詰め掛けたたくさんのファンと言葉を交わして客席を沸かせていた。

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 北野がカラオケコンテストを行うのは、2014年に出した「女いのち川」(2014年)以来だが、大阪で決勝大会を開いたのは初めて。

 北野は「皆さんは緊張されたと思いますが、私も手に汗を握って聴かせてもらい、勉強させて頂きました。私の歌をカラオケのレパートリーにして、歌ってもらえるとうれしいです」と話していた。

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決勝大会に出場した7人と北野まち子(中央)


[北野まち子 オフィシャルサイト]
http://www.machiko-k.com/
[北野まち子 キングレコード]
http://www.kingrecords.co.jp/cs/artist/artist.aspx?artist=18678







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KOBE流行歌ライブ 150回記念 清水博正、まつざき幸介、Kenjiroが出演 [ライブ]

◆第150回KOBE流行歌ライブが2017年3月9日、神戸市中央区の神戸ハーバーホールで開かれた。出演したのはテイチクエンタテインメントの清水博正、日本クラウンのまつざき幸介、テイチクエンタテインメントのkenjroの3人。

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左からまつざき幸介、清水博正、Kenjiro

 デビュー10年齢目になる清水は、2月22日に出したばかりの「人生一番」とカップリングの「小窓の女」などを歌って、得意の話術で会場を沸かせていた。

 1年9ヶ月ぶりに出演したまつざき「かたぐるま」とカップリングの「待ちくたびれて」などを歌った。Kenjiroは2016年8月リリースの「泥舟」などを歌った。





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演歌ジャックス 「京都の恋」「京都慕情」の渚ゆう子、好調「北上川」の野村美菜がゲスト 4月放送分を収録 [テレビ]

◆奈良テレビ放送、J:COM関西などで放送中の演歌情報番組「演歌ジャックス」の2017年4月放送分の収録が同3月8日、大阪市内で行われた。ゲストに大ヒット曲の「京都の恋」「京都慕情」などで知られる渚ゆう子、ふる里東北を歌った「北上川」のリリースに合わせて4度目の改名をした野村美菜が出演。レギュラー陣では林よしこ、MARI、小川リエ、山田壽一、生駒尚子、松本恵美子などが顔を揃えた。


 今年、歌手生活50周年を迎えている渚ゆう子。1970年に東芝音楽工業(現・ユニバーサルミュージックジャパン)から出したベンチャーズ作曲の「京都の恋」「京都慕情」が大ヒットし、合わせて300万枚を売り上げたとも言われている。翌年の「さいはて慕情」もブレイク。70年代を代表する昭和歌謡歌手のひとりとなった。

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渚ゆう子

 この日は「京都の恋」と前年に出した「二人の大阪」の2曲を歌った。去年までベンチャーズの日本公演に同伴していた。全世界に知られたベンチャーズとハワイアン出身の渚のコラボで出来あがった大ヒットだったが、今、静かなブームになりつつあるのが、それを出す1年前にリリースしていた「二人の大阪」である。

■再び話題の「二人の大阪」

 和田弘とマヒナスターズの前歌を歌っていた彼女が「これを最後に歌手を辞めて結婚しよう」と思って出したのが「二人の大阪」だった。ところがそこそこ売れて、次作の「京都の恋」につながったことが人生を変えた。
 その「二人の大阪」は、1番から3番まで大阪の地名が随所に出てくる、しっとりとした恋のご当地ソングで、作詞の辻本茂は「大阪・ミナミのレコード店の人」(渚)という作品。♪ 難波駅から橋筋あたり ~ で始まるこの歌が今、カラオケでリクエストする人が増えているという。

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カラオケで歌う人が増えている「二人の大阪」

 一度は辞めようと思った歌手生活も50年目を迎える。渚は「手術を経験したり父母を亡くすなど大変な半生であった」と振り返るが、「好きな歌を歌い続け来られたことは感謝に尽きる」とも。
 その歌を続けられた秘訣を訊ねられると「いつも素直な気持ちにいたことですね。飾らずにおおらかな気持ちでいることでしょうか。今も亡くなったお母ちゃんがいつもそばにいてくれるのも、頑張れる秘訣」と話していた。

■スケール大きく歌う「北上川」

 もうひとりのゲスト、野村美菜は元日本コロムビアの三代目コロムビアローズ。今回、1月11日に新曲「北上川」を日本クラウンから出すにあたって4度目の改名をした。今作がふる里の川を舞台に歌っていることから、菜の花のように美しい子であるようにと名付けてくれた両親の想いを大切にして本名に替えた。

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野村美菜

 身長150センチと小柄で「周りからは小動物って呼ばれるんですよ」と笑わせるが、低音で歌う歌はダイナミック。

 10周年記念曲としてに出した「矢作川」さらに「千曲川哀歌」に次ぐ今作は1月11日の「川の日」に出した川シリーズ3部作の第3弾。
 「北上川は盛岡、平泉、宮県県、石巻湾の流れる東北一の雄大な川です。その川のように
スケールの大きなリズムに乗って、恋の未練を断ち切る女性の悲しさを歌っている」

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 そのゆったりと流れる大河のように「ロングトーンでたっぷりと歌うように心がけて、事前のレッスンも行いました」とし、そのための体力作りも「デビュー当時から続けているジムに通って2時間程度のウォーキングをしたり、たんぱく質をたくさん摂る食事を心がける」などしてきた。
 そんな野村が歌う「北上川」は、彼女の特徴でもある低音で歌い上げる。

 野村は「演歌ジャックス」には初出演。2004年に「出港5分前」でデビューして13年になる。来年はデビュー15周年へ向けての「大事な年になることから、ふる里を歌った『北上川』でさらにステップアップしていきたい」と抱負を語っていた。

■多彩なレギュラー陣

 「演歌ジャックス」はこうした魅力あるゲストとともに、多彩な関西を地盤に活躍するレギュラー歌手たちも見逃せない。

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MARI(左)と山田壽一

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小川リエ(左)とTAIKI

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生駒尚子(左)と松本恵美子&長島一枝

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林よしこ(左)と石井夕起子

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名代ゆう

 「淀川みれん」のカップリング曲「ときめいて」を歌った林よしこ、「風ごよみ」「愛しくて切なくて愛は 」の山田壽一、「青い薔薇 La rosa azil」の花咲里佳、「洞海湾花しぶき」などの石井夕起子、「情ッ張り太鼓」などの名代ゆう、「浪花の一番星」の小川リエ、「アイ リメンバー ユー」のTAIKI、「浪花の女房」の生駒尚子松本恵美子と長島一枝の「女の日本海」、そして演歌ジャックス期待のMARIは「小指の思い出」などをカバーした。

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番組の司会者・小池史子(左)と今年10月に難波・イエスシアターで
上演される芝居「だんじり囃子」に出演するファンキー・コバ(=右=小林和由)。
中央は林よしこ。


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